文化昆虫としてのホタル
ホタルの語源は、光リながら飛ぶ様をみて、火垂る虫あるいは星垂る虫ということからきているそうです。奈良時代には、ホタルは邪気
を払う正義感の象徴としてみられたこともあるようです。ホタルは本来、有益でも有害でもありませんが、その存在は古くからよく知られて
いました。もともと、大きいのと小さいのがいるといわれていましたが、その虫たちの名前はつけられていませんでした。はじめてゲンジと
ヘイケの呼び名をつけたのは、渡瀬庄三郎(1901年)ではないかといわれています。
ゲンジボタルやヘイケボタルは、人間が生活するためにつくりだした水田や用水路という身近な自然環境にすんでいたことから、チョウ
やトンボなどとともに「人里昆虫」と呼ばれていました。どちらのホタルも光を放って飛ぶ成虫の期間は1ヵ月ほどですが、その印象は、季
節感や生活感を伴なって、人の心の中に強く残り、一生持続するようです。人の理性という障壁をすりぬけて、感性の領域まで到達した
神秘的なホタルの光は、人の心の中で十分に拡散した後、素直に反射して、人の知性として外部に結晶します。それが詩歌や絵画など
なのでしょう。ホタルは、記憶にも、記録にも残る文化的なものを生み出すという意味で「文化昆虫」(小西,1977・遊磨,1993)と呼ぶにふさ
わしい生き物だと思います。今様にいうと、いやし系の昆虫ということになるのかもしれません。この記憶は、ホタルが身近な生き物であ
っただけに、多くの人たちが共有できた数少ない文化だったのですが、残念なことに、私たちの生活環境が自然環境と切り離されてしま
ったことから、その伝承ができなくなってしまいました。むしろ希少価値が高まり、人々を集めることから、商売に利用されてしまい、「観光
昆虫」と悪口を言われるようにもなりました。しかしそれは、ホタルたちのせいではなく、我々人間側の問題ではないでしょうか。
たくさんのホタルが見られるのはとても楽しいことですが、数は少なくても、毎年ホタルが見られることのほうが大切だと思います。その
ためには、自然環境の悪化を防ぐ努力を続けながら、地元のホタルを大切に保護する必要があります。
愛知ホタルの会 高見明宏