BATTLE
ROYALE
〜 終わりに続く階段 〜
番外編
秋の引退試合に向け、テニス部はいつも以上の熱気を見せていた。
あるものはコート一杯にスマッシュの爆音を響かせ、あるものは気迫な表情でそれをボレーで返していた。
「あらまぁ〜もう始まっていたんだね」
部長の七姫蓮(男子二番)はその熱気で溢れたコートをまだ重い瞼で見回した。
「おい、七姫! ったくお前は何回遅刻してるんだ!?」
後ろを振り向くと仁王立ちの姿で顧問の伊東が口うるさげに怒鳴った。
さすが生活指導の体育教師。
目皺が寄った厳つい表情を自分に見せていた。
「何で遅れた!?」
「いや、ホームルームが長引いて」
「じゃあなんで三咲がいるんだ? あいつは1時間前に来ていたんだが」
ふいに右奥のテニスコートを見ると三咲優(女子3番)が小柄な体で激しい軌道を描いているテニスボールを必死で追いかけていた。
「先生なんだよそれ。まるで警察の検問じゃん。まぁカツ丼が出たら正直にいってもいいけど」
ふざけてその真面目な話を皮肉った。
2流のコメディー映画だったらそれでも許されるだろうが、無論この現場では火に油をそそぐだけのものになった。
「…七姫コート50周してこい」
伊東は怒りを必死で抑えたバス声でコートを指差した。
「えっ今ですか」
「早く!」
とまどいを隠さないままブレザー姿で飛び上がるかのように走った。
1周〜5周〜10周〜15周〜20周〜25周〜30周と200mトラックを駆け抜けるたびに徐々に空は郡青から黄金色に塗りつぶされ、時の流れと共に疲労が溜まってきた。
ただでさえ疲れるものなのにクソ重いブレザーと動きにくいローファーときたものだ無理はない。
35周付近になると部員は終わりの挨拶をし、次々にコートをあがっていった。
まったく声もかけないで薄情なやつらだと思ったが、そんなことを気に留める間もなくただ走ることを続けた。
そして50周を迎えたころには空全体が完全な黄金色へと変貌を遂げていた。
純白のワイシャツは汗を染み込み、背中から嫌な感触がした。
もう帰ろうかな・・・
七姫は持参のスポーツバックを肩にかけ、おぼつかない足取りでとぼとぼと一人コートを抜けた。
「あっ七姫君、お疲れ様」
ふいにまだ封を切ってないけーちゃんアップル味のペットボトルを渡された。
「あれゆうちんじゃん。帰ったんじゃないの」
「七姫君一人だったからずっとあそこのベンチで待ってたんだよ、で、これはさっき頑張ってたからそのご褒美」
「おっ、ありがと」
普段は中等部や高等部の人ごみで埋め尽くされているこの広場には俺とゆうちんしかいなかった。
そこにある適当なベンチに座り込むと趣に封を開けけーちゃんを飲んだ。
その林檎特有の爽やかさが乾いた喉を潤し、すっきりした感覚にとらわれた。
「やべぇ林檎林檎フゥフゥ!」
七姫はすっかりけ〜ちゃんアップルの虜になっていた。
本来オレンジ味派な七姫はそれを忘れるくらいこの味に魅了されていた。
「でもこのジュースには3%しか林檎は入ってないんだけどね」
そこで優の極めて常識な突っ込みが入った。
「じゃあ97%はドリアン?」
「ドリアンとか嫌だよ、臭い臭い」
優は鼻をつまむ仕草をし、クスクスと笑った。
「あっ、さっきゆうちんの試合見たけどすげぇ上達したじゃん」
「そうかな」
「いや、あれはまじでよかったよ、これも毎回練習きてるおかげじゃね」
思えば優はこの3年間部活を休んだことはなかった。
1年のころは全くといっていいほど基礎体力がなく、着いていくのだけでも一苦労だったが、最近はそうでもなくなった。
まだそこまでの体力はないが、それでも人並みまではついたと思うし、2年になってボールが目で追えるようにもなってきた。
小さな一歩だが、この三年間で優はとても大きな進化を遂げていた。
本人はそこまで気づいていないがこれは相当な努力の賜物である。
「いつか越えられそうで怖いなぁ」
「そんなことないってば〜」
七姫はお茶らけた表情で苦笑いしそれを薄い笑みで返した。
お互いその顔を見合わせると再び互いに笑った。
気づけば空はとうとう黄金色を飲み込み濃紺に代わった。
向かい風が少し強くなり、それがブレザーを貫通してヒンヤリしてきた。
何かとても心地よい気分だ。
こんな日々がいつまでも続けばいいな、いつまでも。