ゼータ0096第1話

「平和の守護者」作戦


 カムラン・ブルームは、妻に電話をしていた。
「ああ、うん、そうなんだ。今日も帰れそうにない。テレビじゃどう言ってる? ここじゃネットの情報を分析するだけで手一杯なんだ」
 受話器を右の肩と頬で挟んだまま、彼はモニターを睨む。ブラウザが目まぐるしく表示を変化させ、膨大なニュースがネットからダウンロードされたことを彼に教える。それらはすべてタイトルに、「サイド6」、「連邦政府」、「交渉決裂」、そして「ティターンズ」の文字を含んでいた。
 彼は左手のペンで画面をタップし、ブラウザにニュースをスクロールさせた。サイド6外交部の官僚たる彼は、これらを分析し報告することを主な職務としている。チェックを要するニュースの量は、ここ一週間増え続けるばかりであった。
「うん、イライザには君からうまく言ってくれ。え? ああ、メイルは入れておくよ。でもあの子も今日で10歳だ。できあいのメイルだけじゃ納得して…」
 そう言いかけて、彼は口をつぐんだ。
 またあとで電話する、とだけ言って受話器を置くと、彼はあわただしくキーボードを叩く。二つのウインドウを画面に呼び出し、彼はもう一度食い入るようにして見た。ニュースの内容が、2時間前のものからまったくアップデートされていないのを確認すると、彼は部内電話で上司を呼び出す。手早く状況を説明する彼に、上司はわずかな沈黙の後に問いかけた。
「つまり、始まったということかね」
「そうです。これまでのパターンから推察すれば、ティターンズは遅くとも12時間以内にこのサイド6に攻め込みます」

 サイド6(リーア)と連邦政府間の亀裂は、そもそも一年戦争の際に生じた。
 緒戦において連邦軍はジオン軍に大敗を喫し、制宙権を失った。同時にこの戦いの中で、サイド1、サイド2、そしてサイド4はほぼ壊滅する。宇宙世紀0096年たる現在に至ってもなお、その人口はそれぞれ5000万人程度に過ぎない。これは、開戦前の7パーセントにすら満たない数字だ。
 サイド6はこれらの惨禍に恐怖した。連邦による引き留め工作にも関わらず、サイド6は中立を宣言する。
 彼らは巧みな政治工作によって連邦にもジオンにも「とりあえず敵ではない」と認識させ、両国に様々な製品を輸出した。漁夫の利を得たサイド6は、月面都市と共に経済的に成長する。その後の戦局の推移によりサイド6は徐々に連邦寄りの姿勢をとるようにはなったが、連邦政府の彼らに対する不信感は払拭されなかった。
 一年戦争終結後、宇宙難民の扱いをめぐって再びトラブルが発生した。1億人の受入を要請する連邦に、サイド6は5000万人までに限定すると回答してきたのである。
 それは決して、故なきことではない。当初見込まれていた「コロニー復興特需」は結局起きなかったし(当時の連邦にそんな財政的余裕はなかった)、サイド6としても失業問題への対応を急ぐ必要があったのだ。また、戦争の責任者たるジオン共和国こそが難民を受け入れるべきだと言う声も強かった(本土決戦をまぬがれたジオン共和国には、少なくとも戦死者分の許容量があった)。
 だが連邦からすれば、それは人の不幸で私腹を肥やした成金が手前勝手な理屈を並べているようにしか見えなかった。
 連邦が移民の追加受入を迫っていたころ、あのデラーズ事件が発生する。コロニー落下により北米穀倉地帯は大打撃を受け、その翌年には億単位の人間が餓死した(主にアフリカやインド亜大陸など)。
 連邦は各コロニーに農作物までも依存せざるを得なくなった。その過程において、連邦はこれ以上の難民受入を要請しないことをサイド6に対して約束した。これは無論、サイド6からの強い希望による。
「サイド6=第二のジオン」論がちまたに出回り始めたのは、このころだった。中には「デラーズ事件の首謀者はサイド6軍だ」と断定する者すら現れる始末である。当時の一部マスコミも指摘していたが、実際のサイド6軍にそんな戦力はなかった。デラーズ事件当時のサイド6軍はわずか2個艦隊にすぎない。しかもそれぞれの内訳は連邦軍の戦隊と同程度だった。
 だがそうした常識的な意見は、次第に報道されなくなっていった。いっこうに好転しない情勢の中で、連邦市民とマスコミは悪役としてのスペースノイドを求めていたのだ。
 さらに0085年12月、アクシズ・ジオン軍によって木星船団が襲撃された。いわゆる、ジュピトリス事件である。
 アクシズ・ジオン軍に拿捕されたヘリウム輸送船ジュピトリスは、元来ジオン公国船籍(旧名グロスグロックナー)だった。襲撃部隊の指揮官はジュピトリス乗員を解放する際、今回の行動を「国有財産を回収しただけだ」と述べたという。
 同年2月に「地球圏完全平定宣言」を出したばかりの連邦政府は、この事件により大いに威信を失墜した。また、その非力さを公衆の面前でさらした連邦軍は改組を迫られた。そしてその中で勢力を拡大していったのが、デラーズ事件直後に結成されたティターンズである。
 連邦軍は汚名をそそがんと0087年にアクシズ・ジオン討伐作戦を決行した。しかし、この作戦は失敗に終わる(アクシズ事変)。その詳細は明らかにされていないが、連邦軍の大敗であったことは間違いない。
 これ以後頻発した連邦政府高官のスキャンダルもあり、ティターンズ閥は連邦政界における地位を急速に高めていった。
「平和と安寧の追求」の名の下に、連邦は様々な統制を強化する。それに反発する人々を彼らは「反地球連邦組織」(エウーゴ)と決めつけ、押さえ込もうとした。規制はますます強化され、真相が明らかにされぬままに弾圧事件が続発する。なかには「言論の自由号」事件のように、小規模とはいえ武力衝突にまで至るケースも現れた。
 そして0095年1月、ついに公共福祉法が制定される。本法は保安執行法(0091制定)、治安委任法(0093制定)を強化・拡大するもので、ことに言論や報道への規制権を連邦政府及びティターンズに与える悪法である。
 同年8月、サイド6では総選挙が行われた。一般に「独立派」と総称される人々が圧勝し、サイド6市民がいかに連邦のくびきから逃れたがっているかを証明した。
「独立派」の大多数は、過激論者のように連邦からの分離独立を唱えてはいない。彼らの多くは、宇宙植民地を含む各州の自治権拡大を求めているに過ぎなかった。
 しかし連邦はそう受け取らなかった。彼ら(及びその支持母体であるティターンズ)は、その選挙結果から「第二の一年戦争を予防する必要有り」と判断したのだ。
 同年10月、ティターンズはサイド6に程近い宙域において演習を決行した。ティターンズ側はそれを「通常どおりの定期演習」だと説明したが、その規模は前年のおよそ2倍であった。
 さらに翌0096年1月、ティターンズは同宙域において再度演習を行った。この際、監視と情報収集のために接近してきたサイド6艦隊に対し、ティターンズ演習参加部隊は模擬襲撃を実施した。
 これらのあからさまな恫喝にも関わらず、サイド6市民はなお自治権拡大を求めてやまなかった。
 そして3月…すなわち今、ティターンズは遂にサイド6懲罰作戦を開始した。オペレーション・ピースキーパー、すなわち「平和の守護者」作戦である。

 作戦には、トータルネット(通称ネット)やマスコミなどでの偽装工作、情報管理も含まれていた。これらの工作は、コロニーを相手にする場合には比較的容易である。なぜなら、コロニー間や対地球間の通信は少数のレーザー通信回線に限られているからだ。
「公共福祉達成目的の情報規制措置」は、攻撃開始の4時間前からとられていた。また、偽装工作は実に3ヶ月にも渡って行われている。
 それまでにリークされていた情報は、ほとんどが一つのカバーストーリーに基づいていた。すなわち、「コンペトウを出撃したティターンズ・連邦軍合同部隊は、暗礁宙域を利用してサイド6に接近しつつある」という情報を全世界は受け取っていたのだ。
 これらの情報を元に、サイド6軍は第1艦隊のみを予備兵力として本土宙域に待機させ、残る第2〜第4艦隊を暗礁宙域へと送り込んでいた。
 サイド6の位置するラグランジュ5の暗礁宙域は、あのデラーズ・フリートが潜んでいたラグランジュ2のそれと比べるとはるかに小規模である。しかしそこは、近年発展したミノフスキー粒子対応型センサーですら十分な能力を発揮できないという意味では、まったく同等だった。
 サイド6軍はその点に賭けた。民間技術では連邦をしのぐサイド6だが、こと軍事技術に関してはあきらかに未熟である。
 戦闘艦艇の3割はムサイ級、7割はサラミス級で、すべて一年戦争に参加した老朽艦である。モビルスーツは国産のディアスだが、その設計のベースとなったのはリック・ドムだった。その戦闘力は、高く見積もってもゲルググ程度でしかない。
 そんな彼らが勝機をつかめるのは、暗礁宙域をおいて考えられなかった。障害を利用した遊撃戦で敵戦力を削ぎ、そこに予備兵力をたたきつける。それがサイド6軍の作戦だった。
 しかしティターンズは、彼らが想定したのとまったく逆の方向から現れた。低軌道基地ゼダンを出撃した第1軌道艦隊は、最短コースでサイド6へと迫る。

「スペースノイドめ、見事にかかったようだな」
 ミート・アルバ大佐は、ティアンム級重巡<アウエルシュタット・ダヴウ>のブリッジで呟いた。第2MS大隊の長である彼は、それがまるで軽口を友人が真に受けたかのような調子で言う。
 彼がそのたれぎみの目で見つめるモニターには、8隻のサイド6軍艦艇が光点として表示されていた。それぞれに1〜8の数字が割り当てられている。おそらくはみな、サラミス級軽巡だろう。
 それに対し、ティターンズ第1軌道艦隊はティアンム級重巡6隻、ワッケイン級強襲母艦12隻、イラワジ級軽巡11隻、そして空母トラファルガーから構成されていた(支援艦艇は後方にて待機中)。ティターンズ圧勝が揺るぎないことは、赤子の目にすら明らかだ。
 サイド6艦艇は領域からの退去命令を繰り返していたが、それは全く無視されていた。ティターンズにはすでに、戦闘を回避する気はなかったからだ。
「旗艦トラファルガーよりレーザー信号!」
 通信兵の声に、アルバ大佐は小さくうなづいて読みあげるよう促す。
「『第2MS大隊ハ目標5カラ8ヲ左翼カラ攻撃、コレヲ粉砕セヨ』」
「MS第4、第5中隊、出撃。発艦作業終了次第、第2攻撃機中隊出撃」
 復唱があり、艦内は急激に慌ただしくなる。部下に各MS中隊の管制を指示すると、彼はとまり木に腰を下ろした。小さく息を吐くと、彼は艦長に声をかける。
「これでは手柄にもならんな」
 艦長は生返事で同意を示すと、傍らの副長に向き直る。自分の出世のことしか頭にないのか、と口にしかけたからだった。

 戦いの火蓋は、ティターンズによって切られた。MS第1、第4中隊のカバーの下、第2、第5中隊が対艦攻撃を試みる。遅ればせながらディアスが小隊ごとに編隊を組み、迎撃にあがってきた。彩度のないデザート・イエローに塗られたその機体は、連邦系の角張ったスタイルを有する。だがそのシルエットは、明らかにジオン系MSのそれだった。
 そしてそのディアスを迎え討つのは、ティターンズの主力機たるガンダムMk2だ。青みを帯びた黒の塗装は、ティターンズたる証である。しかしディアスのパイロットたちには、それはあたかも死神の装束のように思えた。
 デラーズ事件の戦訓から、ティターンズは徹底したMS中心主義をとっていた。当初ティターンズはクゥエルを主力としていたがこれに飽きたらず、それをベースにバーザムを開発、装備した。
 さらにその実績をふまえ、再びコア・ブロック・システムを導入したMS、ガンダムMk2を完成させたのだ。幾度かの実戦で(いずれも小規模な戦いだったが)その卓越した性能を証明したガンダムMk2は、今やティターンズのほとんどの部隊に配備されている。もちろん、第1軌道艦隊においてもそれは例外ではなかった。

 何とか接近しようとするディアスを、ガンダムMk2のビームライフルがやすやすと貫く。この戦いの最初の戦死者は、核融合炉の爆発がもたらす閃光のなかに消えた。
 その爆光を抜いて、一機のディアスが突っ込んでくる。せめて一矢報いんと放たれたそのビームライフルは、軽くシールドで遮られてしまった。俗に言う「Iシールド」である。
 盾の表面に短時間ながらIフィールドを発生させる技術は、すでに一般化していた。だがその効果は、主にジェネレーターの出力に比例しているのだ。
 力強くバーニアをふかすと、ガンダムMk2は一気に間合いを詰める。袈裟がけに振り下ろされたビームサーベルによって、そのディアスは自らの非力を悔やむ間もなく両断された。
 迎撃に出たディアスは9機、すなわち1個中隊だったが、ことごとくガンダムMk2の前に破れ去った。残されたサラミス級8隻も又、スマートガンによる砲撃の前に次々と沈黙していく。音のない爆発が続けざまにおこり、サイド6第1艦隊は消滅した。
 ティターンズ側の損害、皆無。まさにパーフェクトゲームであった。

 サイド6軍の内、暗礁宙域で 待ちかまえていた残る3個艦隊は、ティターンズ来襲の知らせを聞くや合流して本国宙域に向かわんとした。しかしそこは無数の暗礁が漂う場所、合流は至難のわざである。気ばかり焦る彼らが目にしたのは、圧倒的な力で迫るティターンズであった。
 本国宙域を制圧するや否や、ティターンズ第1軌道艦隊は空母トラファルガーと揚陸部隊をのこし、残的掃討にかかった。位置的にも時間的にもばらばらのまま暗礁宙域から出てくるサイド6の三つの艦隊を、合流させずに粉砕する。いわゆる各個撃破を、ティターンズは狙っていた。
 仮に3個艦隊で集中攻撃をかけることができたなら、あるいはサイド6側もある程度の戦果を挙げられるかもしれない。しかしティターンズ側の権力と政治力を活かした策略によって、彼らは自らの戦力を分断してしまったのだ。
 最初にティターンズと接触したのは、第3艦隊であった。ディアスをすでに展開していた彼らは、11時方向のティアンム級重巡に攻撃を絞る。軌道艦隊のような大軍の運用においては、指揮・管制システムが重要な意味を持っていた。おそらくはその中核となっているであろう重巡を倒せたならば、いくらかなりとも有利になるはずだ。第3艦隊首脳は、そう考えたのに違いない。
 横隊を組んだサラミス級軽巡が、一斉にビームを放った。直撃ねらいではなく、敵陣撹乱のためだ。そこに合計9機のディアスが、小隊ごとに編隊を組んで三方向から迫る。だがティターンズの球形陣は、そうやすやすと破れなかった。
「撃ち方始め!」
 イラワジ級軽巡<インジオ・トクラ>のブリッジに、イサオ・メサ艦長の命令が響く。左舷ミサイル・ハッチが猟犬のあぎとのように開くと、誘導弾が一斉に発射された。近接信管によって作動するそれは、最も遠方を飛行中のディアス小隊の眼前で破裂する。演習の時よりも大きくふくれあがる爆光は、少なくとも1機撃破できたことを示していた。
「よし。砲術長、粒子砲での迎撃に切り替えろ」
「了解」
 タッチパネル上でいくつかの設定を切り替えると、左舷を指向できる砲8門が一斉に火を噴いた。一年戦争時のようなメガ粒子砲ではない。それらの砲には、MSのビームライフルと同じエネルギーCAPが利用されている。強力かつ小型化されたそれは、瞬く間に2機のディアスを撃破した。
 砲は次々と無傷の敵機に狙いを定め、ビームを放つ。照準はすべて、自動化された射撃指揮装置によるものだった。時代とともに進化しているのはMSだけではない。このイラワジ級軽巡はMS運用能力を持たない代わりに、極めて高い防空能力を与えられているのだ。
 球形陣の内側に飛び込むことができたディアスは、わずかに1機。だがそれも、直援のガンダムMk2のビームライフルで撃破される。
「みたか、ジオニストめ」
 こめかみにうっすらと浮いた汗を掌でぐいと拭うと、メサ中佐は手元のモニターを長距離表示に切り替えた。こちらのMS部隊による攻撃で、敵艦隊はすでに全滅しかかっていた。
 ふと彼は、自らがボールに乗っていた頃を思い出す。ア・バオア・クーの戦場から生還できたのは、黄泉の使いがたまたま自分を引っかけそこねただけのように思える。ザクのマシンガンで、ヒートホークで、多くの仲間が撃破された。所詮ボールは「状況によっては敵を撃破できるかもしれない」程度の兵器でしかなかった。それに比べ、今モニターの中で活躍しているガンダムMk2の性能はけた違いだ。モニター上から敵艦のアイコンが瞬く間に消えていく様を見ていると、彼にはそれが、コロニー落としで死んだ家族らの意趣返しの思えるのだった。
 と、その時、ふいにガンダムMk2を示すアイコンが一つ消えた。ブリッジの窓からかなたを見やると、少なくとも10本以上の火線が断続的にきらめいている。火球が広がると同時に、又一つガンダムのアイコンが消えた。

 サイド6第2、第4艦隊が合流できたのは、幸運以外のなにものでもなかった。合計16隻の艦艇は第3艦隊が交戦中であることを知るとそちらに転進、反撃を開始したのだ。
 この時、ティターンズ側は第3巻隊せん滅を急ぐあまり一部戦力が突出していた。彼らはその部分に攻撃を集中する。いかに個々の戦闘力が優れていても、これだけの集中攻撃を受けてはティターンズ側も無傷ではいられなかった。ガンダムMk2以外にも、イラワジ級の<レン・ケンドリック>がディアスのビームライフルを受け大破、後退しつつあった。
 ティターンズ側は慌てて突出した部隊を呼び戻そうとするが、ミノフスキー粒子の濃度が濃すぎるのか、連絡が取れない。
「ええい、通信手! <アウエルシュタット・ダヴウ>からは何も言ってこんのか」
「だめです、同調とれません」
「くそ、こんな時に。かまわん、前進だ!」
 イサオ・メサ中佐が叫ぶように命ずると同時に、頭上を何かがかすめていった。ロケットノズルの輝きが、ブリッジに立つ者たちの目をくらませる。
”こちら<ラウ・ドルワ>、<インジオ・トクラ>聞こえるか”
 割れた音声で入る通信に、メサ中佐はレシーバーを通信手から奪い取る。
”こちらの部隊が側面から襲撃する。慌てて突っ込むな”
「…了解」
 指揮系統を無視しての命令に、彼はむっとする。しかし自分自身もまた指示なしに前進しようとしたことを考えると、何も言えなかった。レシーバーを無造作に通信手に手渡すと、彼は低くうめいた。
「パブテマス・シロッコ大佐、か。ジオン仕込みの腕とやら見せてもらう」

 ここが勝負どころと、サイド6軍は猛攻を続けていた。そこに側面からなぐり込みをかけてきたのは、槍と盾を掲げたようなシルエットの攻撃機部隊であった。
 その攻撃機は、コア・ランサーと呼ばれる。一般には知られていないが、それはGP03デンドロビウムのアイデアを基礎とする機体であった。ガンダムMk2と同じコア・ファイターを内部に納めたそれは、円盤状のセンサーと多数のミサイル、そして強力なスマートガンを備えている。
 編隊を組んで迫るコア・ランサーは、一斉にミサイルを放った。長年の苦心の末ようやく1950〜60年代のレベルを回復した誘導技術は、それらをおおむねサイド6艦隊へと向かわせる。命中率は高くなかったが、至近弾などによりムサイ級3隻が防空能力を失った。
 サイド6艦隊に肉薄すると、コア・ランサーはスマートガンを撃ちまくる。彼らが猛スピードで戦場を駆け抜けた後には、膨張する五つの火球があった。

「MS隊、前へ!」
 ようやく指揮通信能力を回復した<アウエルシュタット・ダヴウ>のブリッジで、ミート・アルバ大佐が叫ぶ。攻撃機部隊は一撃離脱を主たる戦術としているので、やはりとどめはMSに頼るしかない。
 再び攻勢に転じたMS部隊により、手負いのサイド6艦隊はじりじりと後退させられる。ディアスもすでに10機を数えるのみとなった今、もはやサイド6艦隊には死の定めしか残されてないかのように見えた。包囲を狙ってか、ガンダムMk2部隊は両翼へと展開する。
 と、右翼に新たな火球が広がった。それも半端な数ではない。
「第5の艦隊? エウーゴか! 敵はどこから撃ってる」
「だめです、クラッターがひどくて方位しか特定できません」
 部下の言葉に舌打ちすると、アルバ大佐はMS隊を下げ、旗下の艦艇に対艦ミサイルの斉射を命じた。これ以上無用な損害で、自らの得点を減らしたくなかったからだ。
 敵の後方で、発光弾が瞬く。どうやら撤退するつもりらしい。

”後退だ、後退せよ!”
 ムサイ級軽巡<トラブゾン>で、カズヤ・ナカガワ中佐は艦隊司令たるニール・アトキンソン少将の指示を仰いでいた。旗艦<イズミル>はすでに被弾し、左舷エンジンが脱落している。
”繰り返す。全速が発揮可能なすべての艦、MSはただちに後退、離脱せよ。残りは我に続け!”
 戦線離脱を命じながら、ナカガワ少佐は手元のモニターを確認する。後退を開始したのは、<トラブゾン>以下8隻。そして<イズミル>を先頭に、計3隻の艦がゆるゆると前進する。ティターンズを少しでも足止めしようというのだ。断腸の思いで、彼はモニターを見つめる。
「旗艦より発光信号!」
 読むように促す彼の耳を、部下のうわずった声がうつ。
「『りーあ軍、破レタリ。ナレド、りーあハ滅ビズ』」…以上です」
 彼らの後方で、爆光が広がる。センサーはもはや、それが誰の艦であるかを特定できなかった。

 一方そのころ、サイド6首都<アイランド・リーア>に対し、ティターンズ陸戦部隊が突入を準備していた。サイド6政府が、ティターンズが言う「治安回復部隊」の受入を拒否したためである。
「二年前と同じですな…さて、どうされます? 一応準備はありますが」
 参謀たるジャマイカン・ダニンガン大佐が問いかけた相手は、第1軌道艦隊司令、バスク・オム少将だった。
 ここは空母トラファルガーのCIC。ダニンガン大佐の微笑む顔が、戦況表示モニターに重なって写っている。だがその目は、笑っていない。ミート・アルバ大佐と共に「狐」とあだ名された男らしい表情だった。
「悪い冗談はよせ。計画どおりでいい」
 そう答えるバスク・オム少将の心理は、その眼から推し量ることはできなかった。奇異なゴーグルを思わせる眼鏡で、目元を隠していたからだ。
 一年戦争においてジオン軍の捕虜となった彼は、その拷問により視神経を損なっていた。特異な眼鏡は、そのためである。彼がスペースノイドに対し強い敵意を示すのは、そのためだけではない。彼は家族すべてを、ブリティッシュ作戦で失ったのだ。
「では、時刻も予定通りで」
「どうせ反逆者をかくまうコロニーだ。多少のことは躊躇うな」
 禿頭をなであげると、彼は帽子を被りなおす。薄い唇が、にやりと笑った。

 揚陸支援艦が放ったロケット弾が、コロニーの床(円筒状の部分)を直撃した。そこに生じた裂け目は意外に小さく感じる。だがそれは、遠近感の失われがちな宇宙故の錯覚だった。のちの計測によればその最大幅は約14メートル。そこから次々と真空の中に投げ出されているのは、家屋やエレカ、そして人間であった。
 太陽光を受け、それらは地表から見る星のように瞬く。だがそれは、何の前触れもなく宇宙に投げ出された人々がもがき苦しむ断末魔の姿なのだ。
 無数の小型揚陸艇が、方形陣を組んで港湾ブロックへと前進する。そう、ティターンズは爆発による混乱に乗じて港湾を占拠せんとしていたのだ。サイド6最後の防衛線は、こうして砂の城のように崩れさった。

 無数の塵芥で破口がおおむねふさがるのを見計らって、ティターンズ陸戦隊はコロニー内部に突入した。事前の計画に基づき彼らは政府官庁、警察、放送局など重要拠点を瞬く間に占拠する。保安執行法に基づき彼らは警察権を行使、「独立派」など反地球連邦的傾向があると見られる人々を片っ端から逮捕した。抵抗する者への発砲はほとんど躊躇されない。また、ピケをはる群衆に対しては催涙弾が撃ち込まれ、苦しむ人々はみな公務執行妨害で逮捕された。
 そのような争乱が続く中、放送局やネットはサイド6臨時政府が設けられたことを報じる。その主要メンバーは先の選挙で落選した反独立派ばかりで、ティターンズの傀儡であることは誰の目にも明白であった。

「おやめなさい、その人たちは関係ありません」
 ここはアイランド・リーア内のホテル。ティターンズ陸戦隊は、ここでも力づくの捜査と拘引を繰り返している。混乱の中、その女性の声は不思議に強く響いた。振り向く兵士は、その声の主を見やると小さく口笛を吹く。
 歳のころは30過ぎだろうか。目元はややきついが、美女であることは間違いない。平然とした顔で、彼女は一歩進み出る。山吹色の上品なスーツに身を包んだ彼女は、若いがやり手の女性経営者のように見えた。
「失礼だがむやみに動かんでくれ、お嬢さん。今はレディとしての扱いは期待しないでもらいたい」
 指揮官は拳銃を向けたまま、そう警告する。しかし彼女は、それに動じる気配すら見せなかった。
「あなた方が探してるのは私です」
「? ま、まさかエウーゴの」
 眼を大きく見開く指揮官に、彼女は穏やかな口調で告げた。
「私はセイラ・マス。エウーゴの『青い薔薇』です」

 それから3時間後。サイド6残存艦隊は2隻の艦と併走していた。<マクタン>と<バイレン>。ともにエウーゴの軽空母である。
 それに対し、サイド6軍の艦は6隻。厳しいティターンズの追撃を、彼らはようやく振り切ったところであった。サイド6艦隊最先任士官となってしまったカズヤ・ナカガワ中佐は、内火艇で<マクタン>へと移乗する。
 昔ながらの海軍式の礼を手早く終えると、彼はブリッジに通された。
「ようこそ<マクタン>へ。私はハマー・ミーラ少佐。この艦の艦長です」
 その声に彼は幾分驚かされた。筋肉質で、襟元を短く刈り上げたその艦長は、女性だったのだ。
 気を取り直し手短に挨拶をすると、彼は要件に入った。
「先のレーザー回線によるご提案ですが、お受けいたします」
「では我々と」
「ええ。我々リーア軍は今後祖国の解放まで、エウーゴの一員として戦わせていただきます」
 それはサイド6艦隊の総意であった。多くの犠牲を出しながらも、彼らの独立への意志は決して揺らいでいなかったのだ。
「ありがたい。ついでながら、もう少し早く合流できなかったことをお詫びします」
「いえ。この惨敗はむしろ、連邦を刺激すまいと必要以上に軍備を抑えてきた、我がリーア自身の責任です」
 沈黙が、その場をおおった。誰もが一様に強い後悔の念を抱く。
「ところで、先のミサイル攻撃はどのようにされたのですか。わずか2隻の艦にあれほどの一斉攻撃ができるとは思えない」
 沈黙を破ったのは、ナカガワ中佐だった。かすかに安堵の表情を浮かべながら、ミーラ少佐が答える。 「この艦の固定武装は対空砲のみです、中佐。先ほどの攻撃はティンカーベルが行いました」
「ティンカーベル?」
「エウーゴ仕様のボールだとお思い下さい。砲の代わりに多連装ミサイルランチャーを装備していたので、あのような攻撃ができたのです。もっとも、敵があのまま押してきたら二の手はジーマ(GMエウーゴ型)2機しかなかったのですが」
 女にしておくのは惜しい度胸だ。彼は口の中でそう呟いた。

 月面都市、フォン・ブラウン。静かの海の、アポロ11号着陸地点に程近い位置にそれはある。
 アナハイム・エレクトロニクスが支社をおくその市は、月面最大の都市でもあった。
 アナハイムのフォン・ブラウン支社長を務めるビル・アナハイムは今日、一人の男を訪ねている。
 その名から知れるように、ビル・アナハイムはアナハイム社の創業者の血族である。しかし彼が現在の地位までのし上がれたのは、血脈に頼ったからではない。
 一年戦争後、アナハイム社はジオニック社を吸収・合併した。ジオニック社はジオン最大手のMSメーカーであり、その技術・資産をめぐるビジネスウォーズは熾烈極まりなかった。そしてその闘いに勝利し、戦後の同社の躍進を決定づけた男こそ、ビル・アナハイムその人である。
 彼の辣腕ぶりは広く知られており、それ故にフォン・ブラウン支社は「アナハイム第2本社」とまで俗称されていた。
 その彼が訪ねた男は、彼と逆に、世間一般にはほとんど知られていない。だが政財界トップにおいて、その名はある種の畏れとともに語られている。
 その男、クワトロ・バジーナはわざわざ地球から取り寄せたダージリンに口を付けた。細く骨ばった指でティーカップを皿におくと、彼は薄い唇に笑みを浮かべる。
「では、まずまずと言ったとこですな」
「ええ。とりあえずこれで、主導権をサイド6に握られることはなくなりました」
 ビル・アナハイムの表情は、ラジコン飛行機大会で優勝した高校生のようだった。太い縁の眼鏡を、彼は親指でわずかに上げる。
 バジーナは、本革張りの椅子から音もなく立ち上がった。広い部屋には、旧世紀に織られたペルシャ絨毯が敷き詰められている。人払いをしたため、そこには彼ら二人以外に動くものの姿はなかった。マホガニーの棚の前に立つと、彼は背を向けたままアナハイムに言葉を投げかける。
「ティターンズは現装備方針の正しさを確認し、次期MS開発計画は事実上御社に委ねられた。サイド6の技術者は表裏どちらのルートでも最終的にはあなたの手駒になる」
「まあ、彼らはエウーゴ支援に廻さねばならんでしょうな。なにせこのままでは、ティターンズの一人勝ちで終わってしまう」
 そう答えると、彼は再び眼鏡を押し上げた。振り向きながら、バジーナは言葉を続ける。
「そう、終わらせてはいけません。まあアクシズ・ジオンは当分独力でやらせていいでしょう。いま少しエウーゴがもてば、その間に彼らはティターンズに対抗できる力を得る」
「あそこにはこれまでにずいぶん投資しましたからな。『クロスボーン・ワークス』も一旦、エウーゴ支援に廻します」
「ほう、確か元ジオニック非主流派でしたな。トップが女のような名の」
「ええ、カミーユ・ビダンと言いましてね。技術者としては一級なんですが、対人関係がどうも…ん、その茶器は?」
「最近手に入れましてね。章魚釣陶器という珍品です」
 棚から出した茶器を、バジーナはアナハイムに手渡した。しげしげとそれを眺めるアナハイムを、彼は切れ長の眼で見つめる。
「その茶器は時の覇権争いに巻き込まれ、200年海の底で眠っていました。ひびに滲んだような趣があるのはそのためです」
「ほう…我らが導いた争いは、このような逸品を生んでくれますかな」
 バジーナはただ、東洋の彫像のようにあいまいなほほえみを浮かべるだけだった。

「判定、<アルディス・クライブ>大破。加速停止、一切の通信を禁ずる」
”いまので? …了解”
 レーザー回線ごしにすら、ローゲ・シュテルン少佐が強く舌打ちするのがわかる。肩をすぼめるオペレーターの背を見ながら、フォン・ヘルシング少将は静かに両手を組んだ。
 ジオン共和国国防軍演習は今、大詰めに入りつつあった。
 一年戦争における敗戦後、ジオン軍は完全に解体された。連邦は少なからぬ数の将校を戦犯として裁き、多くの軍事施設を接収した。連邦軍は駐留を開始し、国防はすべて彼らに委ねられた。
 だが、デラーズ事件とジュピトリス事件の発生が、その状況を変える。連邦はアクシズ・ジオンの脅威を痛感し、もはや自分たちの力だけではそれに対抗できないことを認識したのだ。
 0086年4月、ジオン共和国は連邦軍の指導に基づいて保安隊を創設した。そして90年1月、今度はティターンズの指導の下に、保安隊は国防軍へと改組された。敗戦から10年を経ての、ジオン軍の復活である。これには当然、0087年のアクシズ事件における連邦軍の大敗が影響を与えていた。
 0096年現在、ジオン共和国にはティターンズ1個任務部隊相当が駐留している。そして実質的には、ジオン国防軍はそれを補完するための部隊として存在していた。つまり、作戦の主導権はあくまでティターンズが握っているのだ。
 したがって通常なら、ヘルシング少将の横にはティターンズのオブザーバーが座っていなければならない。しかし今回の演習に限っては、その姿は演習指揮所のどこにもなかった。ジオン駐留部隊は、司令官たるパブテマス・シロッコ大佐と共に「平和の守護者」作戦に参加していたからだ。
 表情にはあらわしていなかったが、ヘルシング少将はシロッコ大佐の姿がないことに安堵の念を抱いていた。
 あの男には何かいやなにおいがする。彼はふとそんな言葉を心に浮かべた。いくらアクシズ事変で戦果を挙げたと言っても、大佐という階級にはシロッコは若すぎる。ティターンズ総帥ジャミトフ・ハイマン中将との間になんらかのコネクションがあるのではないかという噂もよく耳にするが、それもむべなるかな、である。それに最近、妙な話を聞いた。シロッコ大佐が旧フラナガン機関メンバーと頻繁に接触しているというのだ。
(まさかあの男が『ニュータイプ』だというんじゃないだろうな)
 ヘルシング少将はそんな子供じみた考えを抱いた自分がおかしくて、わずかに唇の端をつり上げた。
「どうかされましたか」
 チャナード・アームパード大佐の問いかけに、彼は再び口元を引き締める。
 アームパード大佐は第1師団第2大隊のトップである。主に財政的な理由から、今回の演習には第1大隊と第3大隊のみが参加していた。このため彼をはじめとする第2大隊の面々は、演習の判定や分析にかり出されていたのだ。
「第3大隊はどうか」
 ヘルシング少将がさりげなく話題を変えると、彼は自分のモニターに映し出されている情報をウインドウとして少将のモニターに転送した。
「アレクセイ・ザメンツェフ中佐はよくやってます。ただ…」
「ただ、なにかね」
「ここで見る限り、第3大隊はガザをMSの代わりに使っているように思われます。私なら一撃離脱に徹するよう指導します」
「ふむ。MS工兵出身の君らしい意見だな」
 ここで話題に出たガザとは、ジオン国防軍がボールの後継機として開発した軽MAである。
 ガザはボールと異なり核融合ジェネレーターを主機としている。このためガザは、主兵装としてビームライフルを機首にそなえることができた。ビームサーベルやIシールドは装備できないが、砲戦に徹する限りなかなか使える機体である。
 ただ、新たなMSへの習作的な意味あいが強く、開発コンセプトが煮詰まっていなかったきらいがあった。このためその運用に関しても、意見は分かれがちだ。
 と、モニターの上で1機のガザが撃破(と判定)された。どうやらMSに格闘戦を強いられたらしい。
「本当はボールよりもゼムの後継機が欲しかったのだがな」
 かすかにため息をつくと、ヘルシング少将は呟いた。
 ゼムとはすなわち、GMのジオン改良バージョンである。その名は『Zion’sGM』に由来していた。目立った改良点としては、メインカメラがジオン式のモノアイに換装されたことが挙げられる。塗装がジオン国防軍標準色であるパンツァーグレイなため、GMと見間違えることはまずない。とはいえ、以前ジオン公国軍が次々と撃破したGMを、自分たちが運用しているというのは、あまり気持ちの良いことではなかった。
 当然、これを更新する新MSの開発をジオン国防軍は望んだ。しかしその装備計画を連邦が問題視したため、開発はあえなく頓挫する。そして妥協の結果生み出されたのが、ガザというわけだ。
 これと同様のことは艦艇開発でも発生し、おかげで主力艦は改サラミス級軽巡(MS3機を運用可能)どまりである。
「今のゼムは良いタイミングで出ているな」
「<レベルド・エッティンガー>ですな。艦長はゴルバ・ハイデルン少佐。まだ若いが、優れた決断力の持ち主だと聞いています…ところで少将」
 その問いかけに、ヘルシング少将は視線で言葉を続けるよう促した。
「リーア艦隊の一部がエウーゴに加わったというのは、事実ですか」
 短い沈黙の後に、少将は答える。
「事実だ。連邦が今のやり方を続けるなら、これからもそういったケースは増えるだろう。どれほどのタイムスパンでかはわからんがな」
 この時二人は、そのスパンがひどく短いものになるであろうとは、考えもしなかった。

 北アメリカ大陸上空、36000キロ。連邦軍第14戦隊は静止衛星軌道を航行していた。
 同戦隊は、改マゼラン級重巡4隻で編成されている。通常彼らは第13戦隊とともに第6艦隊として活動していたが(1個艦隊=2個戦隊)、今回は戦隊単位で出動していた。ティターンズから、とにかく急いで展開せよとの命令があったからだ。第13戦隊も補給が済み次第合流することになっているが、それにはもうしばらくかかりそうだった。
 シンゾウ・サクマ中佐は、重巡<ロベルト・ケルナー>艦長にして第14戦隊司令を兼務している。GM2の着艦する様をスキップシートから見ている彼の姿は、まるで軍広報部が撮った写真のようにぴたりとおさまっていた。二言三言低い声で的確な指示を出すと、彼は手元のモニターに戦隊の配置を呼び出した。MS1個小隊が哨戒中。同じく1個小隊が着艦作業中で、残り1個小隊は冷却作業を終え、補給・整備中である。そして、軽MA2個小隊は待機させてある。
 数だけはあるんだがな、と彼は一人思う。MSはすべてGM2。そして軽MAはハイボールだ。名前こそ洒落ているが、戦闘力ではボールと大差ない。機体を球形から横倒しの卵型に改め、行動時間は若干延長させた。だが、所詮ボールはボールに過ぎない。
 艦もまた、あきらかに旧式だ。主砲の一部を下ろしたおかげで(戦艦から重巡に艦種変更されたのはこのため)MSは運用できる。だがティターンズ艦艇と比べると、防空・指揮能力において十分ではなかった。
 たしかに組織としての性格上、連邦軍はまず数を要求される。それに対し、攻勢的な治安維持活動を主任務とするティターンズでは、なによりも強い打撃力が求められる。そしてその打撃力の中心とされているのがMSだった。
 ティターンズでは、MSが編成の根幹とされ、その支援のために艦艇や攻撃機部隊を用意すると考えられている。このため、その編成は流動的だ。それと異なり、連邦軍やジオン国防軍では、艦艇とMS部隊は一つのセットとしてとらえられている。
(さて、どちらがよいのか)
 その自らの問いに、彼はこう答えた。
(とりあえず、あの連中の手下にはなりたくない)
 この時、彼の脳裏に真っ先に浮かんだのは、ティターンズ情報局々長、ベン・ウッダー准将の顔である。
 ウッダー准将が連邦軍にいた頃から、その悪名は知れ渡っていた。彼はひどく嫉妬心が強く、他人の足下をすくう才能にだけは長けている。最近ではどうも、パブテマス・シロッコ大佐に狙いをつけているという噂もあった。
 小さく首を振って、サクマ中佐は自分の取り留めのない考えを振り払う。
 とにかく今は、任務に専念するのだ。たとえそれが、極めて重要度が低いはずのオークリー基地の防衛であったとしても。

 北米大陸。かつて世界最強の国家が存在したこの地は、二度にわたるコロニー落としを経験している。
 まずブリティッシュ作戦では、インディアナ州に落下したコロニーにより五大湖南岸の工業地帯が大打撃を受けた。また、東太平洋に落下したコロニーは自然界にはあり得ないほどの大津波を発生させ、サンフランシスコ、シアトル、そしてロサンゼルスを半ば壊滅せしめた。
 続くデラーズ事件では、ほぼ完全な状態のコロニーが中央平原に落下した。これにより、北米大陸の小麦・とうもろこし生産量は戦前の一割にまで落ちる。当然ながら牧畜も破綻し、かつての大国はその半ばを荒野と廃虚で満たされていた。
 その荒野の中程に、連邦軍オークリー基地はある。いくつかの格納庫と、無愛想な司令本部。そして滑走路が大小あわせて3本。今そこに、一機の連絡機が滑り込んでくる。ダクデッドファンを下に向けると、それは垂直に着陸した。側面のドアが開き、簡素な作りのタラップが架けられる。いかつい顔の警備兵が、あごで機内の者に降りるよう示した。
 私服の男がタラップを降りる。年齢は30歳前後、やや小柄だ。無表情に彼は周囲を見渡した。どうやら彼にとって、この基地は初めてらしい。だが基地の者は皆、彼を知っていた。いや、世界広しといえども、彼の名を耳にしなかった者はおるまい。
 彼の名はアムロ・レイ。一年戦争の伝説的なエースである。

 オークリー基地司令部棟のはずれに独房がある。そこに入るのはおおむね、ちょっとした軍規違反でMPにしょっ引かれた者たちだ。
 だが今そこには、品の良い顔立ちの女性がたたずんでいた。そう、セイラ・マスである。ティターンズは彼女をサイド6で捕らえた後、緊急に手配したシャトルでこの基地へと送ったのだ。彼女は鉄格子の入った小さな窓から、空を見上げる。
「セイラさん?」
 不意に自らの名を呼ばれ、彼女はすばやく眼差しを格子の入った扉に向けた。
「アムロ! 何年ぶりかしら」
 場所にそぐわない朗らかな笑みを浮かべて、彼女は扉に近づく。アムロの脇に立つ警備兵をちらと見ると、彼女はいくぶん眉をしかめた。
「気にしなくていいよ。彼やその仲間がずっと僕を『警護』してくれているんだ。16年もね」
「あなたの写真はよく見たわ。『北米某基地においてテストパイロットを務める若き英雄』ってキャプションつきで」
「ただの宣伝だよ。戦後の僕はMSに乗せてもらったこともない。それよりセイラさんはどうしてこんなところに」
 警備兵が小さく咳払いをするが、彼女はそれを無視した。
「エウーゴの『青い薔薇』。それが今の私の名前よ」
「エウーゴ…そうか、僕をここに連れてきたのは彼女の面通しをさせるためだったのか」
 彼は警備兵に問いかけたが、それに対する答えはなかった。
「レイ大尉、そろそろ司令部にもどりませんと」
「いいじゃないか、16年ぶりに戦友と再会したんだ」
 警備兵の言葉を軽くかわす彼に、セイラは低く語りかけた。
「アムロ…カイが死んだわ」
「え?」
「殺されたのよ、ティターンズに」
「大尉、お時間です」
 強引に割って入った警備兵は、アムロの腕を掴むと無理矢理引っ張る。
「どうしてカイさんが…セイラさん、何があったんです? セイラさん!」
 引きずられながら、彼はなおも叫び続ける。滑走路から響く轟音が、それをかき消した。

 ティターンズにとって、「青い薔薇」を捕らえたのは予定外である。彼らの情報局は「青い薔薇」がサイド6に滞在中との情報を得ていたが、それは確度が低いとみなされていた。これまでの調査結果によれば「青い薔薇」のエウーゴ内における地位は高く、たかが情報交換のためにわざわざ動くとは考えにくかったのだ。
 にもかかわらず、実際に「青い薔薇」はいた。となれば、よほど価値の高い情報の受け渡しが行われたに違いない。詳しく尋問すべきだ。ベン・ウッダー情報局長はそう判断し、彼女をオークリー基地に連行するようバスク・オム少将に依頼したのである。
 オークリー基地が選ばれたのには二つの理由がある。一つは、軟禁中のアムロ・レイ大尉に面通しをさせたいので、なるべくそこから近い基地にしたかったこと。もう一つは、そこが他のいかなる市街からも隔たっており、エウーゴがそこに浸透するのは難しいと考えられたからである。
 とはいえ、万一の事態に備えて防備を固める必要がある。しかしティターンズは「平和の守護者」作戦実施直後なので、地球にまで戦力をまわすのは難しい。そこで一旦、連邦軍に警護するよう命じたのである。
 これを受け連邦軍は静止軌道上に第14戦隊を配置、オークリー基地に北米第2戦術飛行隊を移動させる。さらにまた、基地近くにおいて演習を行っていた部隊に対し防衛に当たるよう命じた。その部隊とは、北米第5戦車大隊と第6MS中隊、及び第3MSアグレッサー中隊である。

「大尉、コウ・ウラキ大尉」  司令部での打ち合わせを終えたコウ・ウラキ大尉は、背後からの呼びかけに立ち止まった。
 彼は現在、連邦軍第3MSアグレッサー中隊の隊長を務めている。そう言うとずいぶんと出世したように聞こえるが、これは彼を隔離しておくための措置であった。彼の中隊はオークリー基地に所属しており、普段はどことも接触がない。アグレッサー部隊として扱われるのも、彼を他と接触させない理由作りである。普段聞けない者の声に、彼は口元をほころばせながら振り返った。声の主は、北米第5戦車大隊々長であった。
「ええと、ビニイ・キムヒ中佐でしたね」
 歩きながら話そうと言うと、中佐は骨太の手で彼の肩を叩いた。二人はフェンスを抜けると、かつては農道だった道を歩む。
「ここは長いのかね」
「ええ。デラーズ事件以来ですから」
「そうか。あの時君はガンダムに乗っていたのだったな」
 その言葉に、ウラキ大尉は足を止めた。
「なぜ知ってる、と言いたいのだろう?」
 うなずく彼に、キムヒ中佐は言葉を続ける。
「私が、エウーゴの一員だからだ…歩きなさい。怪しまれる」
 後ろから彼らを見つめる警備兵をちらと見ると、彼は再び歩を進めた。
「今この基地には二人の重要人物が来ている。一人はセイラ・マス、エウーゴの幹部だ。もう一人はアムロ・レイ大尉」
「あの伝説の撃墜王!」
「彼もまた軟禁されている。君と同様にね」
 しばしの沈黙の後に、ウラキ大尉は口を開く。
「二人を脱出させるのですか」
「二人だけじゃない、君もだ。なにしろ君は、デラーズ事件の真相を知る数少ない人間だからな」
「しかし、どうやって」
「ティターンズはサイド6懲罰直後で補給が必要だ。正確な情報を持たぬ連邦軍は十分な兵力を展開していない。チャンスは今だけだ」
「ですが、戦車とMSでは」
「戦車の負けだと言いたいのかね。うちの大隊は90式戦車を装備している。そう簡単にGMにはやられんよ。しかしコア・ブースター2は手強い。だからこそ君の中隊の支援が必要なんだ。できれば第6MS中隊のバジール・モロ中佐も同調してくれればいいのだが、難しいだろう」
 目線を落とす彼を見つめながら、キムヒ中佐は言う。
「『カラバの鍵』の在処を知るのはセイラ・マスただ一人だ。なんとしても脱出させねばならない」
「カラバの鍵?」
「詳しくは私も知らない。ただ、ティターンズを倒せるのはそれだけだと『キング・オブ・ハート』が言っていた…手伝ってくれるな?」
 おし黙ったまま、ウラキ大尉は肩越しに基地を眺める。その中の居住施設には、彼の妻と子が住んでいた。

次回予告

 錯誤と焦りが、新たな闘いを呼んだ。北米大陸で、そしてまた軌道上で再び血が流される。その血を眺めほくそえむ者。遥かなる地から見つめる者。何者が勝利するのか。そも勝利はあり得るのか。
 次回「ゼータ0096」第2話、「青薔薇は散らず」
 君は、時の涙を見る。


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