ゼータ0096第2話

「青薔薇は散らず」


 月面最大の都市、フォン・ブラウン。地球から38万キロ以上離れたその地の一角に、小さなオフィスビルがある。目立たない、どこにでもありそうなビルだ。そのビルの厚いカーテンをかけた部屋で、一人の男が激昂していた。
「どうなってるんだ! あの博打じみた計画は破棄したはずだぞ」
 初老の男は堅く握った拳を机に叩きつける。鈍い音が狭い部屋に響きわたった。一見、彼の顔の造作は「道」を説く思索家を思わせる。だがその険しい表情は、彼の個性が第一印象と大きくかけ離れていることを示していた。
「君の言うとおりだとも、『ジャック・イン・ダイヤ』。あの計画はたしかにリスクが極めて大きい」
 豊かな顎髭をたくわえた男が、おだやかな口調で答える。「ジャック・イン・ダイヤ」と呼ばれた男と似たような歳だ。両の手を机の上に置くと、彼は言葉を続けた。
「だが状況は変わった。今回の作戦には我々エウーゴの運命がかかっている。今の我々はリスクを甘んじて受け入れねばならない」
「ふん。イソロク・ヤマモトのような台詞だな、『キング・オブ・ハート』」
「どうせならヘイハチロー・トーゴーと言って欲しいな。私はイソロクと違って、エウーゴの最終的勝利を望んでいるのだから」
 つかみかからんばかりの勢いで迫る相手に、髭の男は淡々とした調子で答える。しかしその眼には、固い決意を示す光があった。それに気圧されたのか、「ジャック・イン・ダイヤ」はわずかに口ごもる。
「…損害は大きいぞ。MSもパイロットもそう簡単には補充できん」
「ここで『カラバの鍵』を失えば、いくらMSがあろうと同じだ。作戦は断行する。投入可能なすべての戦力を使ってな」
 強く言い切る彼の姿に、「ジャック・イン・ダイヤ」は言葉を失う。エウーゴは今、ルビコン河を越えようとしていた。

「コウ、憶えてる? この基地にきた日のこと」
 ニナ・ウラキは歌うような声で夫に問いかけた。バスルームにはっきりと響く声は、二人が出会った日とまったく変わっていない。しかし夫の前に晒されている裸身は、13年前に倍する厚みがあった。
 だがそれは、無理もないことだったかもしれない。0084年、彼女はコウ・ウラキと結婚した。それ以来彼女は、このオークリー基地を一歩も出ていない。連邦軍による事実上の軟禁である。
 そのストレスにより彼女が過食に走ったとて、誰が責められようか。
 容貌はずいぶんと変わったものの、二人の想いはなんら変わっていなかった。先日6歳になったばかりの息子、エイパー・ウラキの存在がそれを証明してる。
 しかしそれゆえにこそ、コウ・ウラキは悩んでいた。
 北米第5戦車大隊のビニイ・キムヒ中佐から、彼はエウーゴによるセイラ・マス救出作戦への協力を要請された。だがそれに応じることは、彼の妻と子を危険にさらすことになる。戦場となれば流れ弾を受ける可能性もある。仮に作戦が成功したとしても、妻と子を置き去りにせねばならぬ確率も高い。その場合、連邦やティターンズが彼女らをどうあつかうかは想像することすら恐ろしかった。
 考えあぐねた彼は、妻にすべてを打ち明けた。自宅といえども盗聴されているため、浴室でシャワーを出しっぱなしにしての告白だった。
 それに対し、彼女はそう問い返したのだ。
「え? ああ、もちろん」
 意外な言葉に、夫は眼をまたたかせる。丸い頬に笑みを浮かべると、彼女は眼をわずかにそらした。
「あのとき、あなたは笑って許してくれた。あなたに銃を向けた私を」
「ニナ…」
「だから私は、あなたを笑って見送るわ。それが私にできる、たった一つの償い」
 そう言い終えると、彼女は夫の胸にしがみついた。シャワーからほとばしる湯が、彼女のふくよかな乳房と夫の引き締まった胸の間を流れ落ちる。彼女の頬をつたうのは、シャワーの湯のみではなかった。
「コウ、生きて。そして戦って。13年虐げられていた、あなた自身のために」
 重ねられた二人の唇は、それ以上の言葉を必要としなかった。

 エレノア・ドール少尉は、ゼムの狭いコクピットで深くため息をついた。片手をヘルメットの横にやり、青みを帯びたバイザーを上げる。
 彼女が所属するジオン共和国第1師団第3大隊は、同第1大隊と共にこの宙域の偵察に繰り出されていた。
「他の部隊はともかく、両大隊は演習を終えたばかりであります。補給と休養が必要です」
 出動を命じられた際、師団長たるヘルシング少将は参謀本部にそう訴えた。だが、それは聞き入れられなかった。ティターンズからの要請を断れば、どうなるか知れないからだ。
 やむを得ず彼は、補給を終えた部隊から逐次出動させた。
「エウーゴを発見しても、むやみに発砲するな。我らの任務はあくまで偵察である。生還を第一に考えよ」
 出動を命ずるに当たり、彼はそう言い沿えた。その一言だけが、彼が部下のためにできるすべてだった。
 師団長の言葉は、ドール少尉ら末端のパイロットにまでもれなく伝達されている。彼女が先ほど嘆息したのも、師団長や参謀本部の無念を我が事のように感じたからだ。
「まったく、何が悲しくてティターンズの下請けなぞ」
 額に滲んだ汗を指の背で拭いつつ、彼女はそう呟く。その憤りは、一人彼女だけのものではない。多くのジオン共和国兵士が、同じ思いを胸に抱いていた。だがそれを声高に叫べる者もいない。そんなことをすればサイド6と同じ運命が待っていることを、誰もが知っているからだ。
 しかしながら、ジオン国防軍兵士の士気は決して連邦軍に劣るものではなかった。誇り高きジオン軍の伝統は、彼らにも受け継がれているのだ。
 ゼムの特徴たるモノアイをゆっくりとスキャンさせ、彼女は眼下の地球を眺める。汚染され尽くしたにも関わらず、その惑星はまだ瑞々しい青に輝いていた。宇宙との狭間、薄い大気の層を見つめるこのひとときが、彼女の小さな楽しみである。
 その刹那、モニター上に小さな影が映った。バイザーを下ろし、彼女は走査設定を切り替える。小さなビープ音が鳴り、その「影」が強調表示される。艦艇だ。出動前に入力された船舶運航データと照合させ、彼女はそれが未登録艦であることを確認した。
 偵察ポッドのモードを確認すると、彼女は思い切りよくバーニアをふかす。パンツァーグレイの機体は、一気に高度を落としていった。

「エウーゴ艦艇12隻。内、ムサイ級8隻か。ドール少尉のお手柄だな」
 軽巡<ウィリアム・スチュレル>のブリッジに、アレクセイ・ザメンツェフ中佐の野太い声が響く。ジオン第1師団第3大隊を率いる彼は、上部大型モニターの表示にドール少尉機の推定位置を表示させた。
「単独での帰投不能とは、また無茶をしますね」
「それは違うぞ、参謀。彼女は為すべきところをたしかに為したのだ」
 ドール少尉はエウーゴとおぼしき艦隊を発見するやいなや軌道を修正、高い相対速度を保ちつつ接近した。そしてわずかな時間内に最小限必要と思われるデータのみを集め、そのまま離脱したのだ。合理的な判断であり、中佐が手放しに賞賛するのも無理はない。
 ただ惜しむらくは、相対角度の関係で、エウーゴ艦隊がHLVなどの降下装備を搭載しているか判別できなかった。より精密な分析をするには、艦に回収する必要がある。
「参謀、彼女から見て最寄りの艦は?」
「<レベルド・エッティンガー>のコースが近いですね。回収させますか」
「頼む。それと第1大隊に連絡を。あっちの軽MA小隊に襲撃してもらおう。うちはMSもMAも出せるだけ偵察に出してしまったからな」
 手早く指示すると、彼は自らの角張ったあごをつまんだ。わずかに顔をしかめ、彼はその敵が単なる陽動部隊であることを願う。
(ここでエウーゴが潰れたら、ますますティターンズの顔がでかくなるからな)
 そう口の中で呟くと、彼はいつもどおりの笑みを熊のような顔に浮かべた。

 地球光を浴びつつ、エウーゴの艦隊は進む。先にドール少尉が接触した艦隊である。
 その先頭を行くのは、アトキンソン戦隊所属のムサイ級軽巡<トラブゾン>だ。リーア所属艦艇であることを示すマークの横に、大きくエウーゴの旗印が描きこまれている。
 楔形を組むアトキンソン戦隊の後ろに続くのは、同じくエウーゴの第1遊撃戦隊である。こちらは、イ・スンシン級軽空母を中心とした編成だ。
 そして艦隊の真ん中には、HLV搭載のムサイ級3隻の姿がある。そう。ザメンツェフ中佐の期待と異なり、この艦隊こそ「青薔薇」救出作戦の中核だった。
 音もなく進む艦隊の脇を、デザートイエローのMSが1機、また1機とすり抜けていく。アトキンソン戦隊のディアスだ。その中に、ヴァージニア・エミルトン伍長の機体もある。
”ジオンの連中、なかなか気合い入っとるやないか。さっきの奴、一つ間違うたら大気圏突入やぞ”
 エミルトン伍長の耳朶に、ひどく訛った声が響く。間違うことなくジャン・ランヌ少尉の通信だ。人づてに聞いた話では、西フランスだか西日本だかの訛りらしい。
 彼女らが所属する戦隊は、元来サイド6の部隊である。先の「平和の守護者」作戦においてティターンズに打ち破られたサイド6軍の生き残りこそが、彼女らアトキンソン戦隊なのだ(なお、その名は戦死したニール・アトキンソン少将に由来する)。
 エウーゴへの合流を果たしたばかりのアトキンソン戦隊は、必要最小限の補給のみで今回の作戦に参加していた。驚くべき事に、主砲塔が使用不能の艦すら出動している。
 しかし、それにも理由がないわけではない。アトキンソン戦隊はムサイ級のみで編成されている。つまり、それらはすべてHLVの搭載が可能だった。HLVの使用を前提に立てられた作戦だから、万一に備えてムサイ級を少しでも多く作戦に参加させたいとエウーゴ首脳部が考えたのは、しごくもっともな話と言えよう。
 また、アトキンソン戦隊自身が作戦参加を強く望んだことも忘れてはならない。なにしろ彼らは、先の戦いにおいて多くの仲間を眼前で失ったのだ。復仇の念に燃える彼らの戦意は、天をも突かんばかりであった。さきのランヌ少尉も、闘志をわきたたせている者の一人である。
”ええか、エミルトン、メッツァー。たぶんジオンの連中はそろそろちょっかいを出してくる。せやけどそれは様子見や。深追いして怪我したらあかん”
 ランヌ少尉の指示を、エミルトン伍長とシェリル・メッツァー伍長はレーザー回線越しに聞く。本来なら少尉は二人と別の小隊に所属しているが、補給不足や修理のローテーションの関係で、この三人で臨時の小隊を編成していた。
”わしらの仕事はHLVを守ることや。いてこましたらなあかん相手がなんぼ来よるかわかれへん。メッツァーはあせりなや。エミルトンはバックアップだけきちんとやってくれればええ”
「はいっ」
 くだけた口調ながら指示は明確だ、とエミルトン伍長は思う。センサーが敵機の接近をとらえたのは、その時であった。

 エウーゴ艦隊に接近しつつあったのは、ジオン共和国第1師団第1大隊所属のガザ6機(2個小隊)であった。
”いいか、欲は出すなよ”
 最先任たるダイ・オオヤマ大尉は、もう一度念を押した。ローゲ・シュテルン少佐と同じ事を言ってるな、とメイベル・チャン軍曹は思う。
”特にチャン軍曹。仲間をかばおうなんて立派なことは考えるな。大丈夫、編隊を崩さなければ誰もやられはせん”
 あちゃ、とチャンは舌を出した。チャイニーズ系で小柄な彼女がそんな顔をすると、まるきりジュニア・ハイスクールの生徒だ。しかしその眼が再び正面を見据えると、そこにいるのは肝の据わったMA乗りだった。フィンガーチップを固く組み、彼女らのガザはエウーゴ艦隊の左舷前方から突っ込んでいく。
”3時方向、敵MS!”
 ノイズまじりの仲間の叫びが、彼女の耳朶を打つ。
”かまうな。敵艦に照準あわせ”
 オオヤマ大尉の声が妙にはっきりと聞こえた。手元のタッチパネルで対艦攻撃モードに切り替える。正面モニターにいくつものゲージが浮かび上がった。その真ん中に、ムサイ級の特徴的なシルエットが小さく見える。
 と、不意に後方モニターが真っ赤に染まった。

「当たった?」
 照準機を覗き込んだまま、エミルトン伍長は叫んだ。広がる火球を見つめつつ、彼女は膝が震えるのを感じる。あの炎の中で、どこかの誰かが死んだのだ。
 敵がガザ2個小隊のみであることを確認した上で、彼女は迎撃に加わった。敵の照準を妨げられればと思い放った一発が「ラッキー・ストライク」となったのだ。生まれて初めての「戦果」である。
”あと5機、HLVを撃たせるなっ”
 ランヌ少尉の声に、彼女はようやく我を取り戻す。彼女が撃たねば、今度は彼女の知る誰かが死ぬかも知れないのだ。

”ズアン曹長っ”
”振り向くな、各個射撃開始!”
 先頭を行くオオヤマ大尉が撃つと、ガザの編隊は一斉にビームを放った。
 それに答えるかのように、エウーゴ艦隊も次々とビームを投げ返す。2番艦の砲塔の一つが、直撃を受け四散した。つづいて3番艦の艦首が溶け落ちる。
 至近弾を浴びたのだろうか、一機のガザが編隊からわずかにはずれた。次の瞬間、艦砲がそのジェネレーターを貫いた。制御を失った融合炉はそのガザをまばたきする間に塵芥へと変える。
 それぞれ四、五発は放ったであろうか。ガザの編隊はエウーゴ艦隊の下をくぐり、そのままかなたに駆け抜けんとする。だがそこに、メッツァー伍長のディアスが斬りかかった。
「くっ」
 オオヤマは機体をひねってかわす。だが、逆手に握られたディアスのビームサーベルは、ガザをわずかにかすめた。
「逃がすもんですか!」
 なおも追いすがらんとする彼女のディアスを、ランヌ少尉の機が押し止める。
”言うたはずやぞ、深追いして怪我したらあかん!”
 直接接触回線(俗に言う『お肌の触れ合い』)のせいか、少尉の声が強く響く。
 なおも艦砲が放つビームの中を、ガザ部隊は脱兎のごとく駈け去っていった。

 ガザ部隊を回収しつつ、ジオン艦隊は取り急ぎ状況分析をおこなう。その結果はただちに、遅ればせながら合流した重巡<ラウ・ドルワ>へと送られた。ティターンズ・ジオン駐留部隊を率いるパブテマス・シロッコ大佐座乗の艦である。
 一通り眼を通すと、彼は長距離レーザー送信機で低軌道基地ゼダンへと打電するよう命じた。
 その主たる内容はドール少尉の偵察結果だったが(オオヤマ大尉は偵察パックを破損していた)、以下のような一文が添えられていた。
「降下装備ノ存在ハ未確認ナリ。艦隊ノ半数ハ旧さいど6艦隊デアルコトヲ偵察ニヨリ確認済。在さいど6船団ヘノ攻撃ノ可能性アリ」

「意趣返しか、ありえるな」
 ゼダンでおこなわれた作戦会議に於いて、バスク・オム少将はそう発言した。
 この時点のティターンズ上層部では、エウーゴが「青い薔薇」セイラ・マスを救出するためだけに大規模な戦力を投入する可能性は極めて少ないと考えている。あるとすれば、ハイジャック等のテロ活動、少数地上部隊による作戦、ないしコムサイなどの小型シャトルによる侵入ぐらいだろうと想定していた。常識的な判断と言って良いだろう。
 また、先の「平和の守護者」作戦完了後、ティターンズ第1軌道艦隊は分割され(流動的編成はティターンズの常である)、陸戦部隊とその支援艦艇以外はゼダンへと帰投している。すなわち、サイド6に停泊しているティターンズ艦艇は(彼らの基準からすれば)脆弱だった。
 となれば、エウーゴとつるんだサイド6艦隊が復讐戦を挑んできてもおかしくはない。ティターンズはそう判断した。バスク・オム少将の持つ「復讐へのこだわり」もまた、彼らの意志決定に影響を与えたのかも知れない。
 彼は2個MS大隊からそれぞれ1個中隊を抽出し、それを基幹とする軌道戦隊を至急編成するよう命令する。軌道戦隊は補給・編成が済み次第逐次サイド6方面に出動することとされた。
 戦術的に不利な逐次投入が選択されたのは、補給を待っている余裕はないとの判断からだった。また、先の戦いでガンダムMK2などの装備が高い戦闘力を有することが証明されたためでもある。
 ティターンズは連邦軍第13戦隊にも打電した。第14戦隊との合流を取りやめ、サイド6方面に急行するよう命ずるためである。

 ミハエル・シュテッケン曹長は連邦軍第13戦隊所属のGM2パイロットである。彼はつい先日同戦隊に着任したばかりであった。
「なんとも縁起のいいナンバーですな」  新たな配属先を示された際、彼はそう洩らしたという。
  索敵に出た者のうち、エウーゴ艦隊発見の知らせを最初に戦隊に持ち帰ったのは彼だった。
 新たに発見されたエウーゴ艦隊は軽空母4隻からなっている。さらに情報分析の結果、その艦隊はたしかにサイド6方面に向かいつつあると推測された。
 情報はただちにゼダンへと送られる。参謀たちは情報をつきあわせ、以下のように判断した。
「第1のエウーゴ艦隊(アトキンソン戦隊及び第1遊撃戦隊)は地球降下の可能性を示すことによって、我々から本来の意図を隠そうとした。彼らは第2のエウーゴ艦隊と合流し、サイド6停泊中の艦艇への攻撃を狙っている」
 後に彼らはこの判断ミスについて責任を問われることになる。だが、これまで小規模部隊による遊撃戦ばかりを展開していたエウーゴが、戦力をすりつぶしかねないような降下作戦を実施するなどとは、彼らには想像もできなかったのだ。
 この時点ですでに、ジオン共和国艦隊は第1のエウーゴ艦隊を見失っていた。だが第2のエウーゴ艦隊については第13戦隊がなんとか接触を保っている。バスク・オム少将は出撃準備が整った第1軌道戦隊(第1MS大隊より抽出して編成)にこれを叩くよう指示した。

「ご苦労だった、シュテッケン曹長。帰投し指示を仰げ」
”いえ、我々も攻勢に参加します”
「帰投せよと言っている。諸君の装備では足手まといだ」
”…了解”
 サイド6へと向かう軌道上。シュテッケン曹長ら第13戦隊所属MS部隊は母艦へと帰投すべく転針する。彼らのMSはプロペラントを使いつくし、帰投可能ぎりぎりの線であった。だが、懸命に接触を保ってきた我々にそんな言い方もなかろう、とシュテッケン曹長は思う。
 彼らとすれ違うようにして、9機のMSがエウーゴ艦艇目指して加速していく。機体はすべてガンダムMK2。先頭を行くのが、今、彼と交信していた機体である。
 そのガンダムを操るのは、アルテミス・ルファナ中尉であった。すれ違いざま、彼女は鋭い目元に憫笑を浮かべる。
(しょせんGM2でなにができると言うのか。我々はすでにMK2の次を目指しているというのに)
 そう口の中で呟くと、彼女は正面のモニターを見つめた。すでに敵も、彼女らの接近を察知しているはずだ。

 彼女らの敵は、ハマー・ミーラ少佐率いるエウーゴ第2遊撃戦隊である。
 そもそもエウーゴは、大規模なデモ活動などを活動内容とする団体であった。だが、ティターンズや連邦はそれを武力行使で押しつぶしにかかる。法は次々と改悪され、もはや遵法闘争は不可能に近い。エウーゴはやむを得ず、武装を伴う非合法闘争へと路線を変更した。保安執行法制定後のエウーゴの主たる活動は、ラジオ船などによる海賊放送(正確に言えば、トータルネットへの不法アップロード)と軍への示威的攻撃である。
 ハマー・ミーラ少佐は、女だてらに武装闘争の初期から参加している剛の者であった。
「あまり引き付けすぎないように。退避が遅れて回収できなければ見捨てます」
 ブリーフィングの際、彼女はティンカーベル乗員等にそう告げている。攻撃開始を控え、ダリル・ハーツフェルド中尉は部下にその点をもう一度確認した。
”初陣の連中もいるから言っておくが、あれは単なるおどしじゃないぞ。小隊ごとに一気に撃ったら後退。着艦したら後はミーラ少佐がなんとかしてくれる、いいな”
 了解、と返しながらミリアム・グッド軍曹は十字を切る。彼女はハーツフェルド中尉と共に殿を務めねばならないのだ。

 ティターンズ第1軌道戦隊のガンダムMK2は、小隊ごとに分かれて三方から第2遊撃戦隊に接近する。すでにエウーゴ側は、30機以上のティンカーベルを展開していた。
 戦端を開いたのはエウーゴであった。各ガンダム小隊に対し、ティンカーベル3個小隊が一斉にミサイルを放つ。ミノフスキー粒子下だから命中精度が低いとはいえ、これほどの数では撃破されかねない。急速に接近しつつあったガンダムらは、やむなくAMBACでこれを回避する。
 さらに斉射。ルファナ中尉は見事な見切りでミサイルを避けた。射撃姿勢をとるティンカーベルを狙うと、ビームライフルを放つ。直撃。ミサイルが誘爆したのか巨大な火球が広がる。
 ミサイルとビームが交錯し、無数の輝きが現出する。だが、ガンダムは未だ1機も撃破されていない。対してティンカーベルは少なくとも4機撃墜されていた。
「なぜあらがう、なぜ血を求める!」
 戦況を確認すると、マーク・レンフィールド少尉は一人叫んだ。一方的な戦いだ。彼の目には、次々と撃破されるティンカーベルがエウーゴの方針の犠牲者として映っていた。
「なぜ法の下で闘わぬかっ」
 叫びと共に彼はビームを放つ。新たな爆光がまた一つ広がる。理想家である彼は、自らの言っていることの実践がどれほど困難であるかを知らない。

「ハーツフェルド中尉機、着艦しましたっ」
「よし、全速で離脱!」
 ミーラ少佐が凛とした声で命ずると、第2遊撃戦隊の4隻は一斉に加速する。軌道を変え、ガンダムを置き去りにするつもりだ。
 スマートガンによる砲撃で、すでに2番艦<バイレン>は艦首カタパルトを失っていた。他の艦艇も皆、至近弾によって大なり小なり損害を被っていたが、幸いにしてすべて全速発揮可能だ。
 回避運動で軌道修正を強いられたガンダムたちは、これに追随することができない。スクリーンに映し出される状況を眺める者たちが、安堵のため息をもらす。
「気を抜くな、<ラヴィアン・ローズ>と合流するまで油断は…」
 少佐の言葉を、アラート音とオペレーターの叫びが遮る。
「8時方向より敵機っ…、コア・ランサーです」
 大型モニターに高速で接近してくる敵機が表示される。数は3機。わずか1個小隊とはいえ、とても迎撃はまにあわない。太い眉をしかめると、ミーラ少佐は落ちついた口調で命じた。
「各艦に通達。回避運動はとるな」
「少佐、しかし」
 驚きの声を上げる部下を視線で制止し、彼女は言葉を続ける。
「回避すれば今度はガンダムに追いつかれまます。そうなれば戦隊は全滅。だがコア・ランサーだけなら、生き残る艦もある」
 強い口調で言い切ると、彼女はふたたびモニターを睨む。その口元は強く噛みしめられていた。

 ユウキ・ヤツセ中尉率いるコア・ランサー隊は、レールに乗っているかのように一直線に第2遊撃戦隊に突っ込んでいく。
「有効射程に入り次第、各自発砲。すべての火器使用を認める」
 短く事務的な指示をすると、彼女は真っ先にスマートガンを放った。列機も相次いで発砲する。続いてミサイルの一斉発射。
 2番艦<バイレン>は爆沈し、3番艦<クァンタイ>は行き足を失う。
”我ラえうーごノ勝利ヲ信ズ”
<クァンタイ>はそう打電すると回頭し、その不十分な対空火器を追手のガンダムへと向けた。ガンダム部隊の攻撃を一身に浴び、<クァンタイ>はむごたらしく果てる。
 その乗員等の魂にとって唯一の救いは、半数となった第2遊撃戦隊がその間に離脱できたことだった。

 ジオン共和国艦隊の追跡を振り切ったアトキンソン戦隊及び第1遊撃戦隊は、第3遊撃戦隊と合流した。第2遊撃戦隊による陽動が失敗した場合を考えての措置である。
 今回の作戦は、セイラ・マスが捕らえられてから慌ててひねり出したものではない。そもそもそれは、当初アムロ・レイ救出を目的として立案されていた。この作戦は「ホワイト」と呼称される。「ホワイト」計画は何度か練り直され、それに基づく訓練も実施している。だが決行直前、エウーゴ首脳会議(通称『シャッフル』)は作戦の中止を決定した。失うものがあまりにも大きすぎる、というのがその理由であった。
 セイラ・マスが北米に護送されたとの知らせに、「キング・オブ・ハート」ことブレックス・フォーラ准将は「ホワイト」の一部修正、実行を提案した。検討の末に実施されているのが、今回の作戦である。このため、非公式にではあるが作戦は「ホワイト・セカンド」と呼ばれている。
 これまでのところ、陽動を含め作戦は計画通りに進んでいるように思えた。そうでなければ、すでにティターンズによる追撃が彼らの艦隊を襲っているはずだ。
 艦隊はHLVを降下させるための軌道へと進む。アトキンソン戦隊所属のムサイ級1隻がジェネレーター損傷のため離脱したが、今のところ大きな障害はない。
 軌道の再修正がおこなわる。あとはHLV降下を待つばかりとなったとき、センサーは後方より接近する敵艦隊をとらえた。
「やはりな」
 重巡<ロベルト・ケルナー>のスキップシートで、シンゾウ・サクマ中佐は低く呟く。
 彼が率いる第14戦隊もまた、ティターンズよりサイド6方面に進出するよう指示があった。だが彼は、電文が不明瞭であったことを楯に、あえて低軌道へと進んだのだ。彼の読みは的中した。
 チャンスを最大限活かすため、彼はMS2個小隊と軽MA2個小隊をぎりぎりのところで出撃させる。なんとしても降下部隊をここで叩くつもりだった。だが彼らの前に、第3遊撃戦隊が立ちはだかる。降下準備に入りコース変更がきかない仲間を守るため、彼ら第3遊撃戦隊は捨て身で第14戦隊に挑んだのだ。相対速度も低く、戦いは乱戦となる。
「くそ、これだけは避けたかったんだがな」
 ジーマのコクピットで、リシャール・シャミナード中尉がうなる。と、モニター上で、列機のアイコンが消える。至近距離からハイボールの主砲を喰らったのだ。
「やってくれたな!」
 ビームサーベルで斬りかかると、ハイボールは左右に両断された。支援用のハイボールがこんな位置にいるということは、連邦側もそれなりに混乱していることを示している。
 背後からの一条のビームが、彼のジーマをかすめる。すばやくAMBACで姿勢を立て直すと、彼は四方に目をやる。今撃ったと思われるGM2は近い。
 とっさにバーニアをふかすと、彼はジーマを左肩からたたきつけた。体当たりである。GM2の手から、ビームライフルが離れた。ビームサーベルを逆手に持ちかえると、すかさずGM2の脇腹に斬りつける。
 右足で敵機を蹴ると、機能を失ったそれは、ふらふらと軌道を離れていった。  と、後方で何かが光った。イ・スンシン級軽空母が、艦砲の直撃を浴びたのだ。

 この乱戦は、連邦第14戦隊とエウーゴ第3戦隊の双方に多大な損害を与えた。特にエウーゴ側は、軽空母2隻をここで失っている。戦果を数的に見れば連邦第14戦隊の勝利とも見える。だが連邦は、エウーゴの降下を阻止することはできなかった。はっきりと勝敗を決せぬまま、双方は徐々に離れていく。

 北米オークリー基地で異変があったのは、ちょうど第13戦隊がエウーゴ艦隊と戦端を開いた頃である。
 現地時間で午前4時、基地北東部に展開していた北米第5戦車大隊が、突如滑走路に向け発砲した。140ミリ砲弾は次々と破孔をうがち、滑走路はあっと言う間に使用不能となった。同時に、長距離送信塔なども破壊される。
 第3MSアグレッサー中隊がすばやく前進し、格納庫などを占拠した。
「どういうことだ、いったい」
 第6MS中隊のバジール・モロ中佐は、本部中隊のスタッフに問いかけた。共にオークリー基地防衛を任じられていたはずの部隊の反乱に、彼もすぐには状況を把握できないでいた。とりあえず、遮蔽物を利用して砲撃に備えるよう指示する。
「中佐、これを」
 スタッフが彼に見せたのは、コウサク・アカシ少尉のGM2が送ってきた映像だった。そこには、明らかに組織だって発砲する北米第5戦車大隊の様子が映し出されている。彼らは、その様にただ呆然とする。
 と、通信手が皆に注意を促した。基地指定の標準周波数で、第3MSアグレッサー中隊が何かを発信していたからだ。直ちにチューニングされると、雑音混じりの声が響いてきた。中隊長であるコウ・ウラキ大尉の声だ。ところどころつかえながら語る様子は、ハイスクールの放送部を思わせる。だがそれは、彼らを驚かせるにあまりある内容だった。
 北米第5戦車大隊と第3MSアグレッサー中隊はエウーゴの一員となること。目的は、不当に軟禁されつづけたアムロ・レイ大尉及びセイラ・マスの解放であること。武装解除に応じてくれれば安全は保証すること。そして最後に、彼はこうつけ加える。
”連邦は市民を欺いています。私やアムロ・レイ大尉が軟禁されていた事実こそ、その証です。より多くの方がエウーゴに参加してくれることを希望します”

 第6MS中隊とエウーゴのにらみ合いは、ウラキ大尉の放送後も続いた。どちらも互いに発砲をためらったからだ。
 状況を変えたのは、アムロ・レイ大尉本人の放送であった。16年前の英雄からの呼びかけに、第6MS中隊は動揺した。この段階でエウーゴに投降したものは少なくない。
「どうする、いっそまとめて投降するか」
 次第に不利になる中、モロ中佐はそんな軽口をもらす。
「まあ、たしかに連邦は腐ってますがね」
 と、ポール・タレイラン少尉。茶飲み話のような口調である。それをたしなめるように、バイン・ヒロセ中尉が口を挟む。
「しかし長いものに巻かれることも必要でしょう。わたしは後世に英雄と呼ばれるよりも、今を平穏無事に暮らしたいです」
「ちょっともめたからって軍を投入するような『今』が平穏無事か?」
 強く言葉を返すタレイラン少尉の肩を、モロ中佐は軽くおさえる。
「連邦が守るに足らぬ政府なのは確かだ。だが、今それに反旗を翻すのは危険すぎるのも事実。ここは昼行灯を決め込もう」

 第6MS中隊は部隊を二つにまとめ、それぞれをクレーター(デラーズ事件でできたもの)に後退させる。エウーゴ側の呼びかけも無視し、彼らは投降もせず攻撃もせずという、なんともあいまいな姿勢を示した。
 奇妙な平穏を破ったのは、上空から降下してきた3機のHLVであった。スラスターを全力でふかしながら、それらは基地の北、小高い山の向こうに消えていった。その方角にはオークリー湖がある。湖と言っても、クレーターに山からの水が流れ込んでできた一種のため池だった。だがその規模は、広さ深さ共にこの周辺では最大である。
 唐突に爆発音が響いた。基地司令部などを、エウーゴが爆破しているのだ。90式戦車を先頭に、エウーゴとおぼしき面々が北へと進む。降下してきた仲間と合流し、撤退するつもりだ。
 モロ中佐は部隊を集結させ、追撃を命じた。一応は攻撃せねば軍法会議にかけられかねないと判断したからである。

「てっ」  90式戦車の狭苦しい砲塔で、ワシーリ・ラドチェンコ曹長は命ずる。一斉に放たれた砲弾は、第6MS中隊のわずか手前に着弾した。すかさず、戦車隊は丘の後ろへと後退する。ほんの一瞬の間をおいて、その頭上をビームの光弾が飛び去っていく。
 第6MS中隊の前進を阻むため、彼らはこのような戦いを1時間ほども繰り返していた。
 距離があり、遮蔽物を活かせる状況なら戦車はそう簡単にMSにやられはしない。古参たるラドチェンコはそのことをよく知っていた。しかし、近距離戦でのMSの優位もまた彼は知っている。戦車と異なり、前後左右に(時には上にも)加速できるMSを狙い撃つのは決して容易ではない。
 それを知っているからこそ、彼は仲間を叱咤激励した。
「シンザン、後退が早過ぎるぞ。行進間射撃じゃあたる弾もあたらん」
”曹長、もう下がった方がいいんじゃないですか”
 実力に似合ない情けない声で、カイ・シンザン軍曹が言葉を返す。
「なにを寝ぼけた…」
”3時方向、ワッケイン級です。ティターンズですよ”

 エウーゴは今回の作戦に3隻のHLVを投入した。3隻はそれぞれMS1個小隊とプロペラントタンクを搭載している。降下後まもなく、彼らはプロペラントの積み替え作業を開始した。
 1隻が機関不調を訴えていたが、今のところ特に支障はない。最初から、本作戦では1隻のHLVを回収できればよいと考えられていたのだ。残り2隻のHLV、MSなどはすべて破壊、遺棄する。そうでもせねばHLVによる強攻救出作戦などできるわけがなかった。一時作戦が放棄されたのもむべなるかな、である。
 ティターンズ第4軌道戦隊が現れたのは、彼らがプロペラント積み替えを終えた直後だった。
 第4軌道戦隊は第2MS大隊から抽出された部隊より編成されている。指揮官はミート・アルバ大佐だ。
 当初サイド6方面へ向かうべく準備を進めていた同戦隊だったが、大気圏外戦闘装備のままオークリー方面へと派遣された。今ティターンズが動かせる部隊は、彼らしかないのだ。当然、大気圏外でHLVを回収に来るエウーゴ艦隊を攻撃することも考えられた。しかし、軌道の問題からそれは断念されている。
 あまり有利な条件下ではなかったが、アルバ大佐は満足げな笑みを浮かべていた。彼が座乗する強襲母艦<ラルクリード・アンティー>はワッケイン級に属する。ペガサス級をタイプシップとするこの艦は、ミノフスキークラフトによる大気圏内飛行が可能だった。降下して一気に勝負に出ることが可能になったのも、その能力のおかげである。コア・ランサーは出せないが、代わりはあった。
「通信手、北米第2戦術飛行隊に攻撃指示を」
 ウェイターにコーヒーでも注文するような調子で言うと、彼は愉快げに微笑む。
「飛行隊単独で攻撃させるのですか?」
 脇に控える参謀に、彼は小さく人差し指を振る。
「わかってないな、参謀。まず第1に、彼らと我々はたまたま協力しているだけで、共同作戦をおこなうために必要な訓練はしていない。第2に…まあ、『尊い犠牲』で敵の位置がわかれば、こちらもやりやすいってことさ」

 反乱発生時、北米第2戦術飛行隊はそのすべてがオークリー基地にいたわけではない。カズヤ・リックマン中尉のように空中で待機していたメンバーもいた。彼らの乗機はコア・ブースター2。火力においてはガンダムMK2にすらひけをとらぬ強力な戦闘攻撃機だ。
”ち、やつら俺たちを鉄砲玉あつかいしてやがる。どうせ殺りあうなら、エウーゴよりやつら相手にしませんか”
 エウーゴからの投降勧告は、ひどいノイズまじりではあったが彼らも傍受していた。今キャッチできるのは、チェリー・マックナイト伍長と名乗る女の甘ったるい声だ。ダイスケ・ナカハラ少尉の言葉には、わずかに冗談以外の意味が含まれている。
「ぼやくな、少尉。俺たちは軍人だ。まずMSを、反転してHLVを狙う」
 列機に短く返すと、彼は機首を大きく下げた。3機のコア・ブースター2は隼のようにオークリー湖へと駆け下りる。

”来るぞ、対空射撃準備!”  エウーゴ第1遊撃艦隊所属のユウキ・ムライ少尉が大声でどなる。9機のジーマはビームライフルを腰のラッチに固定すると、アサルトライフルを手にした。120ミリ実体弾を撃ち出す、強力な火器だ。有名なザクマシンガンをベースとしており、汎用性、信頼性に優れている。砲身は延長され、集弾率は大幅に向上していた。
 ジーマは全機ひざをつき、極力シルエットを小さくする。クレーターの縁は、彼らにとって絶好の遮蔽物だ。
 コクピットの中では、パイロットたちがシート後ろに格納してある照準器を引き出している。見た目は一年戦争の頃と変わりないが、現在のものはパイロットの視線に連動する機能が与えられていた。
 90式戦車もまた、その砲身を天へと向ける。
 一筋のビームが、ジーマからほんの5、6メートルのところに着弾する。瞬間、彼らは一斉に砲弾を放った。近接信管により炸裂する弾幕は、わずか3機のコア・ブースター2を深く傷つける。だが、同時に放たれた爆弾の内、一つがジーマの足下に落下した。
「レビン!」
 爆炎と土埃の中が、マーク・レビン少尉の機体をおおった。
「連邦め、レビンのかたきだ」
 バッズ・ニシハタ少尉はジーマを立ち上がらせる。見れば、3機のコア・ブースター2のうち2機はすでにブースターを切り放していた。おそらく主翼に大穴でもあいたのだろう。今日のコア・ファイターは単に独力で帰投可能な脱出ポッドに過ぎないから、それらは無視してかまわない。
 残る1機にすばやく照準すると、彼は単射モードでライフルを放った。その一発は至近弾となり、敵機の右主翼をもぎ取る。きりもみしながら落ちていく機体から、コア・ファイターが離脱する様がよく見てとれた。
「見てくれたか、レビン」
”ああ、見てたとも”
 慌てて振り返れば、そこには半壊したレビン少尉のジーマが倒れていた。脚部はむちゃくちゃだが、コクピットのある胴はさしたる損傷もない。
”気持ちはありがたいが、おれを勝手に殺すなよ”
 士官学校時代からの友の声に、ニシハタ少尉は胸をなで下ろす。だが第4軌道戦隊の攻撃はこれからだった。

 ワッケイン級2隻の支援射撃の下、3個小隊のガンダムMK2が前進する。強力なバーニアを利用し、ガンダムは左右に機動しながらオークリー湖へと接近した。
「あてにならんな、航空隊も」
 ガンダムのコクピットに、エイラ・シュタイン中尉の冷たい声が響く。照準器を引き出すと、彼女は1両の90式戦車に狙いを定める。
「また争いの時代を呼ぶつもりかっ」
 低い叫びと共に、ビームが放たれた。爆音が響き、90式戦車の砲塔が宙に跳ね上がる。砲弾が誘爆したのだ。
 瞳を巡らせ新たな標的を求める彼女の視界に、突然何かが割り込んだ。反射的に後方に短くジャンプする。シールドを構え着地する彼女が眼にしたのは、意外にもGM2の背であった。
「連邦の第6MS中隊? なぜ今頃出てくる」
 濃度を増しつつあるミノフスキー粒子のため彼女は受信していなかったが、同中隊の唐突な前進によって戦場は少なからず混乱していた。
「ええい、これでは支援射撃ができんではないか」
<ラルクリード・アンティー>のブリッジで、ミート・アルバ大佐はオーバーなゼスチャーとともにうめく。
「通信手! モロ中佐はまだつかまらんのか?」
「だめです、応答ありません」
「ち…信号弾だ。全機一旦後退させろ」
 彼がここで後退を命じたのは、消極的だったからではない。クレーターと右手の山を除けば平坦なこの地では、敵戦車やMSの放つ榴弾は大きな脅威だ。さらに急遽地上戦闘に投入したため、MSの回避パターンには地形データが不足している。だからこそ、艦砲支援の下、一気にガンダムに詰め寄らせるという戦術を選択していたのだ。アルバ大佐の目に激しい怒りの色が浮かぶ。

「中佐、お乗りください」
 四輪駆動車の後部シートから、セシカ・プラウベル曹長が見上げるようにして叫ぶ。ゴスペルシンガーを思わせる張りのある声だ。
 90式戦車のハッチから身を乗り出していたビニイ・キムヒ中佐は覗き込んでいた双眼鏡を下ろす。北米第五戦車大隊を率いる彼こそ、オークリー基地反乱のリーダーだった。
「今の内です、中佐。HLV離陸までもう間がありません」
「かまうな、行け」
 口元に笑みを浮かべたまま中佐は答える。
「ですが中佐」
「安心しろ。ノーラ・クレマン軍曹のおかげで、カモフラージュは完璧だ。マリア・ブルーム軍曹のブービートラップもある。たやすくしとめられたりはしないさ」
「しかしここに残れば」
「曹長、命令だ」
 哀願するように訴えるプラウベル曹長に、彼は厳しく言い放った。
「ワッケイン級が見えた段階で決めたことだ。他の者はもうHLVに乗ったな?」
「は、はい。我々が最後です」
「よし、行け…ラドチェンコ曹長には酒はほどほどにと伝えてくれ」
 柔和な笑みを残し、中佐は砲塔の中に姿を消した。
 以後、彼を見た者はいない。ただ連邦軍の記録では、地上の反乱部隊は翌早朝に全滅したとされている。

 ティターンズ第4軌道戦隊が前進を再開して間もなく、耳を聾する爆音がオークリー湖から響いた。火山を思わせるような噴煙が沸き広がる。それをかき分けるようにして、巨大な釣り鐘状の物体が宙に浮かび上がった。HLVだ。
「撃て、狙撃しろ」
 アルバ大佐の指示を待つまでもなく、ガンダムは一斉にHLVへと狙いを定める。だがそこに、次々と榴弾がたたき込まれた。回避するわずかの間に、HLVはその巨体をぐいぐいと加速していく。ようやく放たれるビームも、回避に気を取られたり加速を見誤ったせいか、大きくはずれる。
 雲間に消えていくHLVを見上げつつ、アルバ大佐は責任をなすりつける相手を捜していた。

 大気圏を駆け上がってゆくHLVの中は、歓声で満たされていた。少なからぬ損失をはらったものの、彼らはエウーゴ始まって以来の大作戦を成功させたのだ。あとは軌道上で待つ艦隊とランデブーすればOKだ。ティーターンズも、それを攻撃する余力はまずない。
 耐Gシートに固定されたまま、エウーゴの面々は厳しい緊張からの開放感を味わっていた。
 パイロットたるアーレン・フェルナンデス曹長が「それ」に気付いたのは、HLVが高度60キロを超えたあたりである。
 後部カメラがとらえたそれを、最初彼は幻覚かと思った。巨大な円盤が三つ、彼らを追っていたのだ。
「空飛ぶ円盤…冗談でしょ」
 そう言いつつも、彼の顔は徐々に青ざめていく。コパイロットも又、その円盤に驚愕の色を隠せなかった。カメラはやがて、その円盤の前面に描かれている連邦軍のマークをとらえる。間違いない、連邦のMAだ。
 およそ常識から逸脱した形のそのMAを、連邦はアッシマーと呼称していた。大気圏上層部や亜宇宙での迎撃専用の機体である。開発にあたっては、ジオン公国が一年戦争中に試作したMA(MAX−03)が参考とされていた。
 ミノフスキークラフトとエアブリージング核ジェネレーターを併用するそれは、与えられた用途の中で非の打ちようのない性能を示していた。だが、あまりにも高価なこの機体は極少数の生産に終わっている。連邦軍は、コア・ブースター2で迎撃任務も賄えると判断したのだ。
 この戦いに連邦軍がアッシマーを投入したのは、苦し紛れと言って良い。北米ニューメキシコの人里離れた基地から発進したそれは今、自らが造られた意味を証明せんとしていた。
 先頭を行くアッシマーの機体下面から、大型のミサイル状のものが射出された。撃ち出されたそれは、何かの微粉末をまき散らしながら飛行する。
 まるきり検討はずれの方向に飛んでいたかと思われるそれは、突如鈍い輝きを放った。瞬間、微粉末の雲が燃え上がったかのように見えた。センサーは、すさまじい熱量が放出されていることを示す。
「なんだ!?」
 異常に気付いた者たちが、驚きと恐怖の声を上げる。  今のミサイルがあとほんの少しHLV寄りのコースであったなら、乗員すべては内側から煮えたぎるようにして絶命していたろう。いや、その前にジェネレーターが爆裂するかもしれない。
「あれは、『リーダー』だ。ジオンがMA用に試作していたやつに間違いない」
 ジオン共和国出身のコパイロットが裏返った声でうめく。連邦のMAは3機。少なくともあと2発はその「リーダー」があるはずだ。それを迎撃する手段は彼等にはない。そしてまた、軌道上で彼等を待つ仲間たちにも。
「なむさん!」
 フェルナンデスには、そう叫ぶことしかできなかった。
 誰もが観念したその時、後部カメラは巨大な爆光を映し出す。
「?」
 連邦のMA1機が、粉みじんに砕け散った。事故か、と彼は思う。しかしさらに1機が爆裂したとき、彼は狭い視界の隅を舞うそれを目撃した。
 それは、白いガスの尾をたなびかせていた。シルエットは鋭く、獲物に襲いかかる猛禽の逞しさを感じさせる。そして純白の機体には、くっきりとエウーゴカラーであるグリーンのラインが描かれていた。
 その機は翼を巡らせると、滑るようにしてアッシマーの背後に回った。機体下面から突き出た砲身が光を放ち、最後の1機を撃墜する。
「味方か?」
 彼の問いに答えるように、それは小さく翼を揺らして見せた。不意に「脚」を力強く振り、大きく方向を変える。バーニアがきらめくと、その機体は瞬く間に視界から姿を消した。
「い、今のなんだったんでしょうね」
 興奮さめやらない様子のコパイロットに、フェルナンデスは惚けたような調子で答える。
「悪い宇宙人をシルバーサーファーがやっつけてくれた…とりあえずそう考えとこう」
 モニターにはすでに、ランデブーシークエンスのためのチェック項目が表示されていた。

 HLVを回収したエウーゴ艦隊は急ぎ長円軌道にのる。彼らはアナハイム・エレクトロニクスが提供する浮きドック船団をその仮の母港としているのだ。
 作戦成功の興奮もようやくおさまると、皆は損害の大きさに改めて思いを巡らせる。
 家族と共に脱出できたものの、コウ・ウラキ大尉も事態を憂慮していた。
「アムロ・レイ大尉はともかく、俺は第1遊撃戦隊に入るとして…さて、どうしたものか」
 あてがわれた士官公室で彼は、弱々しい口調でそう呟く。その様子は若き日と変わりないが、一つ大きな相違があった。彼の膝の上では、息子が寝息をたてているのだ。半開きの口元から、よだれがたれていた。
「まあ、エイパーったら」
 微笑むニナ・ウラキは、次の瞬間想像もつかない人物の声を聞いた。
「ほう、その子はエイパーと言うのか。光栄だな」
「あっ」
 コウ・ウラキは顔を上げたものの、それ以上何もいうことはできなかった。
「久しいな、ウラキ大尉。ニナさんも元気そうでなにより」
 落ちついた口調で彼は言う。彼は第1遊撃戦隊司令。コードネーム「クラブ・エース」。そして本名は、エイパー・シナプス。デラーズ事件の後、死刑となったはずの男だった。

 事件の翌日。アフリカ西岸、ダカール。かつてセネガルの首都であったこの都市には、現在連邦中央政府が置かれていた。ティターンズ本部はその中央やや西よりに設置されている。
 一見したところ、そのビルはフランス風に洗練され、街並みに溶け込んでいる。だがそのビルこそ、宇宙世紀における伏魔殿だった。
 その伏魔殿の主にして連邦を実質的に支配している男は、今そのしもべからの報告に耳を傾けていた。
「つまり、こういうことか
」  男はゆっくりと口を開く。ジャミトフ・ハイマン中将。ティターンズ総帥の地位にある彼こそ、事実上の連邦最高権力者であった。彼が糾弾する者はすなわち「連邦転覆を謀るジオニストの手先」とされ、あらゆる手段で公的立場を奪われた。彼を「マッカーシー(赤狩りで知られる)の尻尾」と呼んだ者もいる。ちなみにその人物は、公聴会の前日に「自殺」している。
 ハイマン中将は懐に手をやり、銀の懐中時計を握る。親指でふたを開き、閉じる。
 彼が不機嫌なときの癖であることを、ベン・ウッダー准将はいやというほど知っていた。彼はあらゆる策略を駆使してハイマン中将に懐中時計のふたを鳴らさしめ、同僚、上司、部下、そして自らの気にくわない者を次々と破滅させた。現在の情報局長という地位は、そうして得たものだ。
「君の要請で地球に下ろしたエウーゴの要人。地球圏で最も著名な『若き英雄』。デラーズ事件の真相を知る男。それらが皆、脱走した」
 歳を重ねてもなお炯々と輝く眼で見据えられ、ウッダー准将は背筋に冷たい汗が流れるのを感じる。しかしそれを表情に出すほど、彼は単純な人間ではなかった。
「はい。まことに遺憾であります。第4軌道戦隊のアルバ大佐からの連絡によれば、連邦軍の行動に著しい問題があったとか。至急調査し、ご報告いたします。また、トータルネット上にこの事件に関する声明がアップロードされましたが、それらのデータの削除はほぼ完了しました」
 しばしの沈黙の後、ハイマン中将は再び口を開く。
「まあよい。今回の戦いでエウーゴは地球侵攻能力を事実上失った。治安委任法の更新期限も遠くないことだし、うまく宣伝材料とすることだ。アムロ・レイ大尉に代わる新たな『若き英雄』がいれば、なお良い」
 その「若き英雄」として中将が誰を考えているかは、ウッダー准将には容易に想像できた。パブテマス・シロッコ大佐。長身で、女性のように柔和な面もちの男。アクシズ事変の英雄で、卓越した指揮官。ウッダーが求めてやまぬ資質をすべてそなえた人物。そして、彼が最も失脚させたい男。
 しかし繰り返すが、ウッダーは決して単純な男ではなかった。
 翌日からウッダー准将は、連邦内の親エウーゴ派撲滅キャンペーンと、英雄パブテマス・シロッコの宣伝に全力を注いだ。以後二ヶ月に渡り、彼の部下は上司からサディスティックな感情を日々叩きつけられる羽目となる。

 バジール・モロ中佐の絞首刑は、親エウーゴ派撲滅キャンペーンの目玉として実施された。「エウーゴによるテロ行為」を防げなかったのは彼の「ジオニズム容認分子」的な背信行為の結果だとされた。
 本人には連邦への背信という意識は薄かった、というのが後世の歴史家の評価である。単に戦術的ミスが結果としてティターンズの邪魔になっただけ、と多くの歴史家は考えていた。
 ただ、これには異説がある。モロ中佐は意図的にティターンズの妨害をおこなったという説だ。これによれば、なんとエウーゴ降下部隊の中に彼の私生児が含まれていたというのだ。中佐はドン・ファン的性格の持ち主で多くの私生児をなしており、その一人がエウーゴのチェリー・マックナイト伍長だったというのである。はたしてそれが真実か否かは、本人が鬼籍に入った今となっては知る由もない。

 工業都市、ロモノゾフ。月の裏側に位置するその都市は、月でもかなり小規模な方に含まれる。その都市の郊外にアナハイム・エレクトロニクスの子会社があることは、あまり知られていなかった。そしてまた、そこに二人のエウーゴ首脳が訪れていることを知る者は、ほんの一握りしかいない。
 一人は、コードネーム「キング・オブ・ハート」ことブレックス・フォーラ准将。理論的指導者であり、エウーゴのトップと言って差し支えない人物だ。もう一人は「ジャック・イン・ダイヤ」ことウォン・リー。総合商社フォルモサ・カンパニーの長であり、エウーゴの財政を担う重要人物である。彼ら二人は今、ドームのエアロックをくぐろうとしていた。エアロックの入口には海賊旗が掲げられている。ドアには大きく
【クロスボーン・ワークスにようこそ】
 と記されていた。
 二人を案内するのは、技術者風の男だった。ひどく無愛想で、ろくに口もきかない。
 幾つかのロックをくぐると、そこは円筒形の格納庫になっていた。向こうに見える大きなシャッターは、たぶん月面シャトルなどが出入りする際に使うものだろう。そして眼前には、1機の見慣れない機体があった。その脇には二人の男が立っている。一人はパイロットらしい。小柄だががっしりとした体格の東洋人だ。もう一人は長身のメカマンだった。スレートを手に、なにやらややこしいことを言い合っている。
「なんだね、これは。私が見せろと言ったのはこんなものではない。」
 ウォン・リーは案内人に向き直り、慌ただしく問いを発する。
「おいキミ、連邦のMAを撃破した新型機とやらはどこかね。エウーゴの出資者として、私には見る権利がある」
 まるでその手に棍棒でも握られているかのように、リーは右手を上下に振りまわした。彼にとって、取引先以外の人間はすべて抑えつける対象でしかないようだ。だが彼が問いかけた相手もまた、人を人とも思わぬことで知られた男であった。
「ですから、これがそうです」
 耳の後ろを左手の指で掻きながら、その男は答える。あごをそらし、唇の端に半ば笑みを浮かべたその態度は、リーの神経を逆なでした。
「なんだ貴様は! ええい、責任者を連れてこい」
 男は肩をすぼめ、歳のわりにはずいぶん広い額をなで上げる。大きくため息をつくと、子供に言い聞かせるかのような口調で言葉を返した。
「申し遅れました。私はカミーユ・ビダン。この機体のプロジェクト長です」
「クロスボーン・ワークスのカミーユ…ではこれが」
「そう。先日実戦に投入した、我々の自信作です。出撃はフォーラ准将のご判断でしたが、ご存じの通りの大戦果でした」
 冷却作業中の機体をしげしげと眺め、リーは再び問う。
「しかし、手がついていない」
 その純白の機体には、たしかに人で言う「手」がなかった。「脚」らしいものはあるが、後方にそらされたそれは機体と一体化しているようにも見える。おまけに、「頭」と言える部分も見あたらない。宇宙戦闘機と呼んでも不自然ではなかった。
 リーの言葉に、ビダンは小さく笑う。
「なにが可笑しい」
「いえ、一年戦争のころ似たような台詞を言われたことがありましてね」
 眉間に怒りをあらわにするリーに、ビダンはさも自慢げに続けた。
「言ったのは『赤い彗星』。彼にそう言わせたのは私も開発に参加したMA『ジオング』でした」
「それで、ビダン博士。これの名は?」
 それまで口を閉ざしていたフォーラ准将が、おだやかな口調で問いかける。
 満足げにうなづくと、彼は打ち合わせをしているパイロットの胸を指した。
 左胸に、彼の名と所属が記してあった。
  ハヤト・コバヤシ
  モビルアーマー「ゼータ」運用試験班

 事件から3週間後。ゼムのコクピットでフェンネル・パルパニア中尉は後悔していた。
 ジオン共和国周辺宙域を飛ぶ彼のゼムは、球形のドローンを牽引している。四方に回避運動を繰り返す彼のゼムは、標的曳航機としての任務を与えられているのだ。
 次々と放たれるビームが、ドローンを貫く。だが中には、彼のゼムをかすめる光弾もあった。運用試験のためビームの出力は絞られているらしいが、ゼムの貧弱なIシールドではとても防ぎきれないだろう。AMBACを繰り返しながら、彼は自分(が曳航しているドローン)を狙い撃っている新型MSの姿を思い出す。
 それは、異形のMSであった。胸部ブロックはその秘めたる力を誇示するかのように分厚く張り出している。全体にMK2など既存のMSより一回り大きいためか、従来と同じコアブロックを装備した腹部はひどく引き締まって見えた。胴体から伸びている四肢は細く、しかし強さを感じさせる骨太なフォルムを有している。膝からはさらに、伝説の獣が有する角を思わせるような鋭い突起が伸びていた。そしてジェネレーターを内蔵する肩ブロックは、見るものを威圧するように大きく張り出している。しかしそれらの何よりも強い印象を与えるのは、その頭部である。これまでのMK2のフェイスを理知的な哲人に例えるなら、それは斬るべき相手を求めてやまぬ剣鬼の面構えであった。
 凶々しいその姿を包むのは、ティターンズの証とも言うべき冷たい黒だ。死を象徴するかのようなその塗装は、まさにそのMSを彩るために定められたかのようにすら思われる。
 そしてその主兵装たるスマートガンは、ガンダムMK2のそれを大幅に強化したタイプだった。高い収束率を生み出す砲身は、陽根信仰の極限を示すかのように長大である。
「すごい、こいつはすごいです」
 冷静沈着をもって知られるリジェルタ・エリクセン中尉ですら、その興奮を抑えることができなかった。大推力。大火力。にもかかわらず、その機動性や近接戦闘力はガンダムMK2と同等であった。
 そのMSの名はガンダムMK3。現在はまだ先行量産段階だが、ジオン共和国駐留部隊に順次配備されることが決定していた。
「ありゃあMSやないな」
 とは、その夜酒場でクレイド・ジェスハ大尉がもらした言葉である。
「では、何と?」
 すでにMK3に惚れ込んでしまったエリクセン中尉は、とがめるようにして問うた。
「俺はコア・ランサー乗りやからわかる。あれは人型MAや。シロッコの好きそうな機体やで」
 エリクセン中尉にはまだ、その言葉の意味が分からなかった。

 時は数刻戻る。エリクセン中尉等がMK3をあらゆる角度から試さんと努力していた頃、パブテマス・シロッコ大佐はサイド3内のジオン駐留部隊司令部にいた。
 その敷地の奥まった一角に「宇宙環境研究所」なる奇妙な表示の建物がある。警戒は不自然なほど厳重だ。知る人も少ないが、そこはかつてフラナガン研究所と呼ばれていた。
 その研究所の工作棟に、シロッコ大佐の姿を見いだすことができる。
「どうか?」
「照準精度は良好です。ただ、対象が有人か否かで少なからぬ差があります」
 シロッコの問いかけに、若い技術者は答える。有能そうだが、髪は生まれてから一度も櫛を通したことがなさそうだ。
 薄暗くだだっ広い部屋の中央には、無数の配線がむき出しになった機械が据え付けられていた。それはワゴン車ほどの大きさだ。先ほどからひっきりなしに電子音ともモーターのうなりともつかぬ奇妙な音が響いていた。
 壁際のコンソールには何人かの技師が張り付いている。モニターには、様々なグラフと共にガンダムMK3のテストの情景が示されていた。
 しばしの沈黙の後、大佐は口を開く。
「その差は訓練で補完できる問題なのか?」
「そうですね、ララァ・スンなどの例を見る限りあまり期待できないと思われます」
「サイコミュ自体の特性、ということか…よし、もうあがらせろ」
「は」
 技術者がてきぱきと指示を下すと、中央の機械はうなりをとめた。いくつかの配線が切り放されると、前面のハッチが開く。
 ノーマルスーツ姿の人物が、そこに座っていた。特殊なヘルメットらしく、異様に大きい。それを脱ぐと、その人物はヘアバンドをはずし深く息をつく。女性だ。いや、まだ少女と呼ぶべきかも知れない。
「ご苦労だった、サラ」
 微笑みと共に、シロッコは手を伸ばす。その手を握り、彼女はその機械から降りた。
「ザビアロフ准尉、データは後ほどお持ちします。それまでご休憩ください」
 先の技術者が、データのバックアップ処理をおこないながら少女に呼びかけた。
 ありがとう、と彼女は明るい声を返す。シロッコ大佐は彼女の手を握ったまま、そこを去ろうとした。
 と、不意に少女が立ち止まった。
「どうかしたかね?」
 初潮を迎えた時のようなとまどいを瞳に浮かべ、彼女は答える。
「いえ…大佐、いま怖いこと考えてました?」
 鋭い目元をほころばせ、彼は笑った。
「サラ、私は軍人だよ。怖いことを考えるのも仕事のうちさ」
「そう…そうですよね」
 彼女は小さく舌を出し、拳でこつんと自分の額をたたいてみせる。シロッコの手は、いつの間にか彼女から離れていた。

 ラビアン・ローズ級自航浮きドック<ゲッカビジン>。長円軌道を漂うその船は、エウーゴの「母港」の一つである。
 レナ・コンフォース曹長がその士官公室の一つに呼ばれたのは、「青い薔薇」救出からそろそろ一月になるころだった。
 彼女を待っていた人物は、ヘンケン・ベッケナー中佐と名乗った。いかついがどこか愛嬌を感じさせる顔立ちに、彼女は気持ちよさそうな人物だと思う。
「まだ内定だが、第3遊撃戦隊の司令に私が就任することとなった」
 挨拶もそこそこに、彼は短く言った。席を立つと、彼はホワイトボードを前にする。
「『ホワイト』作戦に関する君の提案書を見せてもらった。なかなか面白かったよ」
 彼女は以前、大気による軌道修正を利用して、降下途中の敵艦隊を攻撃する策を提案していた。ベッケナー中佐が言っているのはそのことらしい。しかし、あの案は現在の装備では危険すぎると却下されたはずだった。
「我が第3遊撃戦隊は新機材を優先的に受領する。それがあれば、あの提案も実現できるかもしれん」
「新機材?」
「連邦のMAを撃破した機体だ。具体的にあの案を詰めたい。内密に、なるべく早急にな」
 彼女は自分が、重大な任務を与えられようとしていることを悟った。

 エウーゴ首脳会議を俗に「シャッフル」と呼ぶ。四つの組織がエウーゴの母体となったことからトランプが連想されたためと言われるが、真実は定かではない。
 その「シャッフル」が今、フォン・ブラウンにて行われていた。議題は遊撃戦隊の建て直しと、{カラバの鍵」に関する報告である。
「イ・スンシン級軽空母は現在4隻が建造中、来月中には進宙します。また、中古商船4隻についてはすでに購入契約を済ませました。来週にはそれぞれ軽空母への改修を始める予定です」
「ディアスの改修についてはアナハイム社で最終シミュレーション中です。バッチ1はジェネレーターの強化のみとなりますが、大幅な性能向上が見込まれております」
「その改修型は、量産できないかね」
 装備・機材部門からの報告に、シナプス大佐が問う。
「現在量産型としてバッチ2を検討しています。これはコクピットなどをジーマと同じ規格にする予定です。シミュレーターによる訓練は来月上旬から開始できます。また、生産も再来月には始まります」
 たのむ、とシナプス大佐は言う(なお、このディアス・バッチ2には後にメルケ・ディアスの名が与えられる)。
「それはゼータの量産に支障を与えないのだろうね」
 と、フォーラ准将。
 あれはまったく別のラインですから、と言葉が帰る。
「准将も大佐も、金がかかることばかり考えんでもらいたいな」
 しかめ面で言うのは、ウォン・リーである。
「ミーラ少佐、北米第5戦車大隊の機種転換訓練はどうなのか」
 急に話を振られたが、ハマー・ミーラ少佐はまったく動じなかった。
「今の所問題ありません。やはり戦車乗りにはティンカーベルが向いているようです」
「聞いたかね、准将。才能もやはり有効活用しないとな」
 どうやらリーは、MSよりもティンカーベルのような安価な兵器を数そろえた方がよいと考えているらしい。フォーラ准将はそれに関するデータをスレートで確認すると、穏やかな声で言う。
「ミーラ少佐、適性はあってもミスは発生する。安全にも気を配って教育してくれ。いずれ彼らには再び戦車部隊を編成してもらうことになるかもしれんが」
「ところでマスさん」
 シナプス大佐が、セイラ・マスに問いかける。
「例の『カラバの鍵』だが、どうなっているかね」
「『鍵』は現在ヘルシンキ、シンガポール、ヨハネスブルグで作動中です。完成は、現在のペースですと4ヶ月乃至半年後になります」
「それは本当にあの作戦で被った損害に見合うものなんだろうな」
 ふてくされたように言うリーに、彼女は厳しい眼差しを向ける。
「情報発信すらままならない我々にとって、『鍵』だけが民衆の支持を得るための武器です。民心がなければ、エウーゴは単なるテロリストにすぎません」

 火星軌道の彼方、小惑星帯。アクシズと名付けられた小惑星は、地球圏以外では人類が最も多く住む地である。
 彼らの多くは旧ジオン公国出身者。エウーゴ結成以前に反地球連邦活動をおこなっていた人々も、若干だが暮らしている。
 ハマーン・カーン・ザビは、このアクシズ・ジオンの総裁である。かの有名な独裁者ギレン・ザビこそが、彼女の父親だった。
 私生児だったために、一年戦争終結まで彼女は日陰の存在とされた。だが、敗戦が彼女の運命を変えた。マ・クベたちジオン公国時代の重鎮らによって、彼女は「正統なるジオンの象徴」にすえられたのだ。
 広い執務室で、彼女は静かに待っている。彼女の背には、ギレン・ザビの肖像画が見下ろすように掲げられている。扉は二つ。一つは控えの間に、もう一つは仮眠もとれる休息室へと続いていた。極めて貴重な天然木の重厚な机の上で、彼女は人差し指を滑らせる。
 と、控えの間の扉が小さくノックされた。
「第一遊撃艦隊司令がお見えになりました」
 お側役のエルピー・プルが、ころがる鈴のような声で言う。
 入れ、と短く命ずると、彼女はその細い指を組んだ。
 ひどく机から離れた位置にある扉から、一人の男が彼女の下へと歩み寄る。男は常のように深い赤の軍服をまとっていた。歳はすでに30代半ばであったが、スマートな印象は今も変わらない。ただ、彼は仮面をシンプルでなめらかな造形のそれに換えていた。
「待ちかねたぞ、シャア・アズナブル准将」
 第1遊撃艦隊司令、シャア・アズナブル。メテオール・フロッテとも呼ばれる彼の部隊は、輝かしい戦績に彩られている。ジュピトリス事件。アクシズ事変。これらの戦いの立役者こそメテオール・フロッテであり、それを率いる彼であった。
「出撃準備はどうか」
「すべて順調であります。ですが」
「ですが? 申して見よ」
 ためらう口調のシャアに、彼女はそう促す。
「今あえて地球圏に進むこと自体に、疑問を感じます。このアクシズをもって、我らの天地とすべきではないでしょうか」
「くどいぞ、シャア」
 立ち上がりながら、彼女は言う。
「ジオン公国再興こそが、我らの大義である。私がまだ何も知らぬ小娘だったころから、皆そう言っていたではないか」
 仮面の奧で、シャアは悲しみを眼に浮かべる。大人の方便に彼女が取り込まれるのを、彼は防げなかったのだ。
 沈黙を別の意味に取ったのか、彼女は微笑み、彼の手を握る。シャアの堅い胸に頬を預ける仕草は、29歳の彼女がまだ幼い面を多分に有しているのを示す。
「わかっているよ、シャア。私を本当に守ってくれるのはお前だけだ。私を愛してくれるのはお前だけだ」
 爪先を伸ばし、彼女は目を閉じる。冷たい仮面が頬に当たり、唇と唇が触れあう。高まる鼓動が、互いの胸に響く。
「大丈夫だよ、シャア。プルがうまくごまかしてくれる」
 祭りの夜の少女のように、彼女は無邪気に微笑んだ。乱れた前髪を、彼女は人差し指に絡める。わずかに表情を曇らせるシャアに、彼女はまったく気付かなかった。

 クワトロ・バジーナの邸宅は、フォン・ブラウンの郊外にある。そこを訪れる者はごく限られていた。が、流れ込んでくる情報は量・質ともに地球圏屈指のレベルにある。今日、その集められた情報の一つが、その屋敷の主に報告されていた。
「台湾で争乱、か」
 細い目元に意外の念をかすかに浮かべると、彼は報告者に問う。
「アモイやナハはどうなのだ」
「今の所動きはありません。どうもスニーカー・ネット(データの手渡し)で出回った模様です」
「なるほど…何故あの事件から4ヶ月たった今頃と思ったが、そういうことか」
 台湾に於いて発生した争乱のきっかけは、4ヶ月前にエウーゴが行ったセイラ・マス救出作戦だった。救出直後トータルネットにアップロードされたアムロ・レイらのメッセージが、台湾で官憲に気付かれぬまま残っていたのだ。
 かねてから自立志向の高かった台湾市民の間で、連邦やティターンズへの抗議行動へと発展したのはむしろ当然のことと言えよう。
 事態を重く見た政府は警察軍を出動させたが、これは火に油を注ぐ結果となった。情報によれば、オキナワやチョンジュから連邦軍が派遣されるらしい。ティターンズもまた、動きを見せているという。
「それで、ベン・ウッダー殿からは何か?」
「いえ、まだ何も」
「こまった方だな…ご苦労」
 退室しようとする男をちらと見た後、バジーナは無紋の白磁を手にする。
「わかるか、ウラガン?」
「プンチョンサギ(三島出)ですな。ヒデヨシのコリア侵略以前の」
「ほう、よく見たな」
 バジーナは酷薄そうな口元に笑みを浮かべる。
「透明感がまったく異なります。それに、大佐には一年戦争の頃から教えていただきましたから」
「ウラガン、私を『大佐』と呼ぶな」
「し、失礼しました」
 許しを乞うウラガンに、バジーナは笑って見せる。その眼差しは、獲物を見据える蛇を思わせた。

次回予告

 台湾は今、闘いの巷と化した。街は燃え、人もまた己の命を燃やす。鋼鉄の死神が舞い降りんと欲するとき、無敵の翼が蒼空を裂く。甦る彗星は回天の時を告げるのか。
 次回「ゼータ0096」第3話、「レッド・ウォール」
 君は、時の涙を見る。


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