ゼータ0096第6話

「ドリーマーズ」


 その夜、カントン省コワンチョウの町は常の明るさを失っていた。狭い道を郊外へと急ぐエレカの列を、キッカ・キタモトは二階のベランダからぼんやりと眺めている。
 一年戦争終結後、彼女はこの地に住む親類に引き取られた。フラウ・ボウ(現ハヤト・コバヤシ夫人)が泣いて見送る様を彼女は今でもはっきりと記憶している。
 結局フラウにはああするしかなかった、と彼女が理解したのは十六のときだった。それまで、彼女はフラウ・ボウから何度かメールをもらっている。だがそれを彼女は開きもせずに破棄していた。馬鹿なことをしたな、と彼女は思う。しかしそう悟ったのはフラウ・ボウのアドレスすらわからなくなってからだった。
 彼女は今、親類が経営するコンビニエンスストアでアルバイトをしながら学校に通っている。真面目でおとなしい子、というのが周囲の評価だ。
「そうでもないんだけどな」
 車の窓から顔を出して怒鳴りあう人々を見下ろしつつ、彼女はそうつぶやいた。
 グラナダを逃れたティターンズがここコワンチョウを軌道爆撃するという噂が町には広まりつつある。
 たしかに、カントン省は台湾での騒乱時に連邦政府へ反抗的態度を示した。ティターンズはこれまでにもシャンハイなどエウーゴ寄りの都市をマスドライバーで砲撃しており、今回の噂も根拠がない訳ではない。だが、ここが標的だとする論拠もなかった。むやみに噂に躍らされて混乱を広げるようまねはしたくない。少なくとも彼女の親類はそう考えていた。
 彼女が避難を急ぐ人々の渋滞をのんびりと見下ろしているのは、そういった状況ゆえだ。クラクションがひときわ高く鳴り、車の窓から顔を出した男が叫ぶ。よく聞き取れないがバンパーがちょっと当たったようだ。命が惜しくて逃げようとしているのに車の傷ぐらいで…そう思い、彼女は苦笑を浮かべる。
 と、不意に男が彼女の方を見上げた。一瞬当惑した彼女だったが、男の視線が自分よりもはるか彼方に向けられているのに気付く。振り返る彼女の目に、それは青白く透き通った光を放っているかのように映った。
「<ヴァルハラ>、なの?」
 軌道上の<ヴァルハラ>は、もう一つの月のように彼女を照らしていた。

 同じころ、地球光を背後に受けつつ<ヴァルハラ>の方角を見据える者たちがいた。エウーゴ第3遊撃戦隊が放ったゼータのパイロット達である。
<ヴァルハラ>が大質量砲弾を抱えたまま地球軌道へと向かったのを受け、エウーゴは追撃を開始した。先頭を行くのはレナ・コンフォース少尉だ。
「ルナ・シンパシーの砲撃により連邦政府が壊滅して後、地球はまだ混乱の中にある。連邦軍の大半は誰が指揮権を有するかさえわからず、ただ傍観するのみというのが現状だ。そこに『軌道爆撃』というあらがい難い力を持つ者が現れたら、大勢はそれに従うだろう」
 ゼータのコクピットで彼女は、出撃前にヘンケン・ベッケナー中佐がおこなった訓示を思い起こす。太い眉の間に深い皴をつくり、中佐はこう続けた。
「そしてエウーゴは『カラバの鍵』以降に得た外交的・戦略的優位を瞬く間に失う。戦力をすり減らした我々に再起のチャンスが巡ってくる可能性は皆無に等しい。すなわち…この戦いに勝たねば我らに、そして独裁と戦うすべての人々に道はない」
 悲壮な決意のもと、エウーゴ第3遊撃戦隊は出撃した。
<ヴァルハラ>と同じ高度に降りるために、エウーゴ主力は敵前で減速せねばならない。彼らに課せられた使命は、そこを狙われぬよう敵部隊に防衛を強いることにあった。しかしそれは、主力の支援もなく少数の戦力で敵と矛先を交えねばならぬことを意味する。
 多大な損害を出すであろう作戦に部下を向かわせる者の苦悩を、コンフォース少尉は中佐の横顔から読み取っていた。
「それでも、誰かがやらなくちゃ」
 つぶやく彼女は、その『誰か』が自分たち第3遊撃戦隊しかあり得ないことを知っていた。
“少尉、おでむかえです”
 ガルフ・ラング軍曹の声がスピーカー越しにひびく。いつもはクールな彼の声が緊張の色を帯びているかのように聞こえるのは、電波状況のせいだけではあるまい。
“数は…六。例の新型ガンダムです”
「撃ってくるわ。ランダム加速おこたらないで」
 自らの動悸がさらに高鳴るのを彼女は感じた。

「ひひ、来た来た、来やがった、来やがったよう」
 アジャイル・ガンダムのコクピットで、アンリー・デブレ大尉は歪んだ笑い声をあげる。
 迫りくるゼータの群を迎え討つのは、彼らティターンズ独立長距離支援中隊だった。彼らの背後にはマゼラン・ビットとキュベレイもひかえている。中隊は<ヴァルハラ>からやや距離をおいて布陣していた。他の部隊は巨大な旗艦周辺にとどまっているようだ。
“ちくしょう、なめやがって”
「どういうつもりかは知らんが、俺にはありがたい」
 アンドリュー・ケンドリック中尉のうめきに、クレイド・ジェスハ大尉は自らに言い聞かせるようにおだやかな声で答える。編隊中ただ一機のコア・ランサーを駆りつつ、彼は一人言葉を続ける。
「邪魔者はいない。お前なら俺が見えるはずだ。感じるはずだ。さあ、俺を倒しに来い」
 瞬間、ほとばしるような殺気が彼を貫いた。
「そこか、リジェっ」
 純白の機体を翻しつつ彼は叫ぶ。刹那、コア・ランサーを光弾がかすめた。彼の機動が少しでも遅れていたら直撃だったろう。
「見ぃつけた」
 邪気のない声がアジャイル・ガンダムのコクピットに響いた。子供のように頬をほころばせ、その機体の主…リジェルタ・エリクセン中尉は笑う。
「見つけたわパパ、いえ…裏切り者ジェスハっ」
 叫ぶ彼女の表情は、先のそれではない。まなじりも裂けんほどに目を見開き獅子吼するそのさまは、阿修羅そのもののようだ。
「こいつは任せてくれ。俺が決着をつけてやらねばならんのだ」
 そう仲間に告げると、ジェスハ大尉は返事も待たずに機首をめぐらせた。エリクセン中尉のガンダムに向け、コア・ランサーはジェネレーターも溶け落ちよとばかりの勢いで加速する。エリクセン中尉もまた巨大なバーニアを輝かせつつ彼の機に向けて突進した。それぞれの編隊から離れた二機は、急速にその間合いを詰めていく。
「裏切ったね、また僕を裏切ったねパパ」
 様々な計器の明滅を浴びつつ彼女はうめく。無論、ジェスハは彼女の父ではない。強化処理によって記憶や認識に混乱が生じているのだ。
「パパのうそつきっ。僕は『一番大事』じゃなかったの? どうしてお遊戯会に来てくれなかったの? どうしてエウーゴに亡命したの? 僕、よい子にしてたのにっ」
 叫びつつ、彼女はトリガーをひいた。その所作は泣きじゃくりながら物に当たり散らす子供にも似ている。だが彼女が振るうのは小さな掌ではなく、禍々しいまでに長大なスマートガンだった。
 閃光が宙を貫き、ジェスハ大尉の機体を赤く照らし出す。他のアジャイル・ガンダムやマゼラン・ビットも砲撃を開始したようだ。応戦する仲間を後部モニターで確認しつつも、彼は巧みにビームをかいくぐる。
 故意にかあるいは偶然か、無線はノイズごしにエリクセン中尉の声を彼に伝えていた。あろいはそれは、感応能力の発現だったかもしれない。
“僕、一生懸命練習したよ。頑張って、ティターンズにも入ったんだ。なのにどうしてパパは死んじゃったの? ティターンズを捨てたの? 僕が女の子だから? 答えてよ。ねえ、答えてってば”
 問いかけつつも彼女は間断なくビームを放つ。ジェスハ大尉はそれにただ沈黙をもって答えた。彼は気付いていたのだ。言葉では彼女の心にはとどかないことを。

 リジェルタ・エリクセンは議員の娘として生まれた。彼女がまだ幼いうちに母も政治家として知られるようになる。多忙にもかかわらず父母は彼女に多大な愛情を注いだが、幼子にそれは理解できなかった。
 孤独は彼女の人格の根底に音もなく沈殿する。本人はそれを決して認めようとはしなかったが、さみしさへの恐怖こそ彼女の行動原理の中心だった。文武両道に才能を発揮し士官学校へ進学、そしてエリート集団ティターンズへの入隊もまた、彼女が孤独を恐れた結果に過ぎない。
 ジェスハ大尉は、それらを理解していた。
「いわゆるニュータイプのカン、でしょうか」
「それはどうかな。時として人は本人以上に相手のひととなりを知るものだ」
 コンフォース少尉の問いにベッケナー中佐は答えた。出撃前、ジェスハ大尉との会話の後のことだ。大尉は出撃に当たりベッケナー中佐に一つ要望している。エリクセン中尉機には自分のみであたりたい、と申し出たのだ。
「あいつの痛みを知りながら何もしなかったのが私です。どうか償いの機会を」
「ふむ、いいだろう。ただし大尉、『命に代えても』とは思わないでほしい。私は部下にカミカゼをさせるつもりはない」
 ベッケナーはそう言って彼の嘆願を受け入れた。

「さすがは中佐。お見通しでらっしゃる」
 すばやい回避運動を繰り返しつつ、ジェスハはコア・ランサーのコクピットで軽口をたたく。すでに彼の機とエリクセン機の間合いは大幅に狭まっていた。至近弾も多く損傷は皆無ではないが、交戦能力は失われていない。にもかかわらず彼はまだトリガーを一度も引いていなかった。
「!」
 光弾が彼の機の上面をかすめた。これまでにない近弾だ。前面を覆うIフィールドも耐えきれず、粒子が機体を引き裂く。
 警告音がコクピットに鳴り響き、ミサイルポッドの一つが自動で切り放された。
「なんのっ」
 さらに一撃。甲高い異音と激しい振動が彼を襲う。
「く」
 彼がうめくとともに機体はひときわ激しく揺れ、ついで振動は嘘のように収まった。モニターが機体の概況を表示し、彼は顔をしかめる。コクピット前面に被さる装甲ブロックが根こそぎ脱落していたのだ。先の異音と振動はそれだったに違いない。
 しかしそれらの損害も、彼を引き下がらせるには至らなかった。いや、たとえ身一つになっても彼は退くつもりはなかったろう。彼はリジェを救いたかったのだ。たとえ「命に代えても」。
「やめろ、リジェ。お前は操られているんだ」
“パパに何がわかるの? 死んじゃえ、死んじゃえっ”
 叫ぶジェスハに、彼女はなおも砲撃を浴びせかける。
「リジェ! 思い出すんだ、自分が何者かを」
“僕はティターンズの誇り高き戦士。パパが認めてくれるような戦士っ”
「違う。誰が認めようが認めまいがお前はお前だ。俺が愛するリジェルタ・エリクセンだっ」
 自らの口をついて出た言葉に彼は一瞬戸惑った。離婚を経験していた彼は、自らがその様な感情を抱いていたことに今初めて気付いたのだ。逡巡を振り払い、彼は力強く言葉を続ける。
「そうだ。俺はお前を愛している。好きなんだ、リジェ」
“な…たわ言を”
「言葉だけならそうも言えよう。しかしリジェ、俺の命までをたわ言と呼べるかっ」
 瞬間、気圧されたかのようにアジャイル・ガンダムの砲撃が途切れる。二機の間の距離はすでにわずかとなっていた。
「リジェ、わかるか? ジェスハだ」
“うう、黙れ、黙れ、黙れえっ”
 ガンダム頭部のバルカンが無数の弾丸を放つ。もはや外しようのないほど接近していたため、弾は次々とコア・ランサーの機体に吸い込まれていった。次々とおこる炸裂に、コア・ランサーの機首は深くえぐりとられる。
「ぐうっ」
 衝撃にジェスハの体は激しく揺さぶられた。シートベルトが、コクピットの計器類が、彼の骨を砕き内蔵を破裂させる。しかしなおも、彼の目は正面を見据えていた。前面モニターがはじけ飛び、彼は自らの血走った眼球で直にアジャイル・ガンダムをとらえる。血があふれるのどから、彼は最後の力を込めて声を発した。
「リジェ、お前を…取り戻せ!」

 リジェルタ・エリクセンはまどろみから目覚めたように感じた。と、彼女の目に猛速で迫り来るコア・ランサーが映る。半ば残がいのようなその機体のコクピットに、彼女は懐かしい姿を見いだした。ジェスハ大尉だ。
 救わねば、と彼女は感じる。しかしその瞬間、彼女の機体はコア・ランサーに激突していた。コア・ランサーの長大なスマートガン砲身がガンダムの胴体を貫き、ジェネレーターを暴走させる。
 瞬く間に二つの機体は火球と化し、なにもかもを熱の中に消し去っていく。しかしそのなかで、彼女は自らが愛する者の腕の中にあることを感じた。温かく、力強い腕だ。深い安らぎに、彼女は目をとじた。

「なんだ、この感触」
 ゼファート・フォン・ローゼンバーグ軍曹はゼータに回避運動をとらせつつ叫ぶ。それは、例えるなら波に身を揺さぶられるような感覚だった。計器は何一つ、異常を示してはいない。しかしその「波」はたしかに彼を内側から揺り動かしていた。めまいや幻覚のたぐいか、と彼は思う。しかし無線越しに伝わってくる仲間たちの声は、その感触が自ら一人のものではないことを証明していた。
 ふと、彼は自らの頬に違和感を覚える。にじむ視界に、彼はようやく己が涙を流していると悟った。

 それはある意味で核爆発に似ていた。原子を極小のまとまりとせしめる力を解放するのが核爆発であるように、「強化人間」という人格に封じ込まれていた思念が解放されたことにより、その波は生まれたのだ。そして爆発は、連鎖反応をひきおこす。
「波」を感じているのはエウーゴのパイロットたちのみではない。ティターンズ独立長距離支援中隊の兵士たちもまた、その「波」の影響を受けていた。いや、ザビアロフ少尉のようなニュータイプや強化処理を施された彼らにこそ「波」は荒々しく襲いかかったのだ。
「う」
 サラ・ザビアロフ少尉は懸命に吐き気を堪える。痛み、悲しみ、そしてそれらを超越する人の思念の奔流に彼女の魂はさらされていた。まばゆい輝きのような、あるいは高く響く和音のようなその「奔流」に、彼女は必死に耐える。
「これが、人の力だというの?」
「奔流」を肯定したいという欲求を彼女は無理矢理抑えつける。なぜなら肯定は、これまでの己を否定する行為だからだ。流されかかる彼女の意志を押しとどめたのは、皮肉にも彼女を最も妬んでいる者だった。
“お前が、お前がいなければシロッコ様はっ”
 獣にすら似た叫びとともに光弾が彼女のキュベレイを襲う。反射的にかわしつつ、彼女は自らを狙った者に叫ぶ。
「シェーンベルグ少尉? やめなさいっ」
 だがユリア・シェーンベルグの耳にはその声は届かなかった。形のよい唇からは野獣のようなうなりがもれ、瞳は怒りと嫉妬にぎらついている。
 そう、彼女は異常をきたしていた。強化処理によって固定されていた精神を先の「波」が揺るがせたのだ。それにより、戦う動機として規定されていた「シロッコへの思慕」が無制限に暴発する。今や彼女のアジャイル・ガンダムは嫉妬に荒れ狂う雌獅子だった。
「この色惚けがっ、俺の出世の邪魔をするな」
 ギリアム・ザインバーグ少尉のガンダムがシェーンベルグ機の前に割り込む。おそらくは彼も一種のパニックに陥っていたに違いない。なぜなら、その機動は常の彼からは考えられぬほど稚拙だったのだ。強化人間の「バグ」を彼は身を持って示してしまった。シェーンベルグ機の放った光弾が肩口から彼の機体を貫く。己の野心のために強化人間への道を選んだ男は、自らの選択を悔いる間もなく消滅した。
「シロッコ様をお守りするのは私、ワタシ、わたしいっ」
 爆発の業火を突き抜けシェーンベルグ機は猛然と加速する。半ば錯乱しているにもかかわらず、彼女の回避運動は的確だった。マゼラン・ビットの対空砲火をくぐりぬけ、彼女のガンダムはキュベレイへと迫る。
「お前さえ死ねばっ」
 純白のキュベレイを照準に入れたその時、すさまじい衝撃がシェーンベルグ少尉を襲った。
「ぐぅっ」
 側面からの突然の打撃は彼女のしなやかな肢体をコクピットの突出部にたたきつける。激痛をものともせず振り返らんとする彼女は、そこに拳を握るアジャイル・ガンダムを見た。
 そう、先の打撃はガンダムが放った文字通りの鉄拳だったのだ。怪鳥の如き奇声とともにさらなる拳をシェーンベルグ機にたたき込むのはコウサク・アカシ大尉のガンダムである。
 彼が肉薄しての格闘戦を選んだのは故なきことではない。マゼラン・ビットやキュベレイが軸線上に入るため、砲撃ではリスクが大きすぎたのだ。だが、しかし。
 裏拳が振り返るシェーンベルグ機の顔面を砕く。続いて、コクピットを収める鳩尾部に容赦ない正拳が炸裂した。コントロールを失いあらぬ方向に飛びゆくシェーンベルグ機の背を、彼はスマートガンで狙い撃つ。断末魔の叫びとともに機体は四散した。
 爆発の輝きは白いキュベレイの機体を赤く染める。その色は、見る者に返り血を思い起こさせた。
 アカシ機の傷ついた拳が小刻みに震える。過剰な入力信号が機体にオーバーフローを起こしていた。だがそのさまは、さながら極限まで高まった闘気を抑えかねている狂戦士のようだ。
 息を飲むサラの耳に、アカシ大尉の荒々しい息づかいが響く。かけるべき言葉を探す彼女は、唐突にそれが泣き声と化すのを聞いた。
“う…いやだよサラ、もう人を殺すのはいやだよぉ”
 母親に甘えるような調子でうめくと、彼はその野太い声で泣きじゃくる。そう、アカシ大尉もまた精神の安定を失っていた。筋骨隆々たる彼は、ひどく不似合いな幼児退行の症状を示している。
 あまりの事態に頬を青ざめさせつつも、彼女は健気に言葉を返した。
「しっかりして、アカシ大尉。あなたはティターンズの前衛としてシロッコ少将に選ばれたのよ」
“でかぶつ、なにベソかいてんだ”
「准尉は黙って」
 エウーゴと交戦しながらも口を挟むレーベレヒト・ガルスター准尉に、彼女は短く言い放つ。
「アカシ大尉、あなたは約束したはずよ。私を守るって」
“約束…サラを守る”
 しゃくりあげつつも、アカシはサラの言葉を口にした。と、一機のゼータが彼のガンダムへと迫る。イヴ・フォション曹長の機体だった。彼女はアカシ機が急に隙だらけとなったのを見て取ったのだ。
「もらった」
 巧みにAMBACで姿勢を修正し、彼女はアカシ機を照準におさめた。彼女が強敵の撃破を確信した瞬間、敵影はスラスターの輝きのみを残して消える。
「なんて加速っ」
 叫びざま、彼女はなかば反射的に機体をひねる。並のパイロットであれば彼女の動きに追随すらできなかったろう。しかし今、彼女が相対していたのは機能を回復した戦闘マシーンだった。
“私は、俺は守る、サラを、市民を守る、ますっ”
 混乱と狂気を内に含みつつも、アカシ大尉は自らがなすべきことをすでに思い出していた。そして鋭敏にチューニングされた彼の感覚は、すばやく機動するフォション機を視界から逃していない。
 さらなる機動を図るゼータの未来位置を正確に把握し、大尉は強風に舞う木の葉のごときそれを見事にスマートガンで射抜いた。
「フォションっ」
 ケンドリック中尉の眼前でフォション曹長のゼータは砕け散った。
「く…仇はとるぞ」
 軌道を修正して敵に肉薄せんとする彼の前に、一機のゼータが回り込んだ。
「コンフォース少尉? どいてくれ、俺は」
“中尉、今敵に向かえば大気制動の機会を失います。第二撃でかたきを討つためにも、今は退くべきです”
「く」
 歯ぎしりしつつも、彼は彼女の意見を容れざるを得なかった。ゼータ隊は高い相対速度で敵と接している。互いの距離が縮まったことにより方位角の変化は加速度的に大きくなっていた。もはやまぐれ当たりすら期待すべきではない。また、不用意に戦闘を継続して大気制動し損ねれば地球軌道に戻ることすらかなわなくなる。後方に飛び去りゆく敵影を、彼らは闘志も新たに見送った。
 敵の迎撃は想像していたよりも小戦力ではあったが、ゼータ隊はその三割近くを損耗していた。比率で言えばティターンズ独立長距離支援中隊の損害はそれ以上だ。しかし、それは数字のトリックにすぎない。やはり甚大な被害と言わざるを得まい。
「なにより痛いのはシロッコの狙いを我々が見誤ったいたことね。可能性を述べたとはいえ、私も真に彼の狙いがそうだとは言い切れなかった」
 冷静な口調で、コンフォース少尉は状況について述べる。
“<ヴァルハラ>は我々が考えていた以上に高度を落としている。しかも敵戦力の大半はそこから離れようともしない。あたかも、<ヴァルハラ>一つで戦いを終わらせられるとでも言ってるかのように。これはつまり”
 ゼファート・フォン・ローゼンバーグ軍曹はそこで言い淀んだ。わずかな間の後、コンフォース少尉は彼の言葉を継ぐ。
「ええ。シロッコが落とそうとしているのは弾体なんかじゃない。<ヴァルハラ>そのもの」
“あの質量が…冗談じゃない、地球も人類もこれ以上の破壊には耐えられませんよ”
 ローゼンバーグの声にコンフォースは言葉少なに同意を示す。口が砂のように渇ききっているのを彼女は感じた。

 ティターンズ側の狙いがヴァルハラ落としにあるとの報告に、エウーゴ首脳陣は水をうったように静まり返った。自由ジオン師団のフォン・ヘルシング少将はブリティッシュ作戦において、エイパー・シナプス大佐はデラーズ事件においてコロニー落としの瞬間を目撃している。無論、その威力のすさまじさは知らぬ者とていない。
 位置エネルギーを破壊力に転換するという意味では、マスドライバーによる戦略砲撃とコロニー落としは等しいと言えよう。しかし、砲弾とコロニーではその質量において桁が大きく違う。そして差はそのまま威力の違いとなって現れる。
<ヴァルハラ>の大きさはせいぜい初期のコロニー程度に過ぎない。しかし木星との往還を目的としたため、<ヴァルハラ>には高い強度が付与されていた。さらにルナ・シンパシーの砲弾を積み込んだ結果、<ヴァルハラ>は平均的なコロニー並の質量を有しているのだ。
「シロッコめ、ギレンやデラーズと同じ愚行を繰り返すつもりか」
 エウーゴ艦隊旗艦<ドライヤー・ギュント>(自由ジオン師団所属)のCICで、ヘルシング少将は眉をしかめてうめく。一年戦争末期あわや核兵器使用かという場面にも居合わせた彼にとって、それは人の根元的な愚かさの指摘のようにすら感じられた。
「やらせはせんよ。人はいつまでも愚行を繰り返すだけの存在ではない」
 毅然としてそう答えるのは、総指揮を執るシナプス大佐だ。彼は反コーウェン派(後のティターンズ主流派)による有形無形のさまざまな妨害もあって、遂にデラーズ・フリートによるコロニー落としを阻止し得なかったという過去を持つ。それ故にこそ、その決意は堅かった。
 エウーゴは<ヴァルハラ>に部隊を突入させて一時的に占拠し、軌道を変更せしめることを作戦目標としていた。突入部隊は「イエロー」、支援部隊は「ブルー」と呼称されている。当初は爆撃阻止が目的だったため「ブルー」を重視していたが、こうなっては損害覚悟で「イエロー」に重点をおくしかない。
 居並ぶエウーゴ艦隊首脳らに、シナプス大佐は強靭な意志のこもった視線を巡らせる。
「アズナブル准将、『イエロー』の陣頭指揮をとってもらいたい」
 かすかなどよめきをメテオール・フロッテ幹部らがもらす。
 当初の予定では(といっても急拵えの計画だったが)アズナブル准将は巡洋艦<レウルーラ>に留まることとされていた。<ヴァルハラ>内に進出すれば市街戦のようにごく近接した状態での戦いとなるのは必至だ。戦闘の様相は予想しがたく、どのような損害を被るか見当もつかない。
 にもかかわらず、シナプス大佐はアズナブル准将に「陣頭」で指揮を執れと言うのだ。たしかに彼以外には任せられぬ務めかも知れないが、非情といえばあまりに非情な命令である。
 反駁を唱えようとする参謀をわずかな手の動きで押し留めると、アズナブル准将は了解したとだけ述べた。
「我ら『ブルー』はたとえ全戦力をすり潰してでも貴公らの道を開く。頼むぞ」
 ヘルシング少将の言葉に赤い彗星は言葉もなく頷く。彼らはすべて、「ブルー」「イエロー」を問わず自らの生還が到底期しがたいことを悟っていた。

 当然ながら、ヴァルハラ落としの知らせは上層部にとどまらず一兵卒にいたるまで通達された。自由ジオン第1大隊に属する特設揚陸艦にて待機する将兵もまた、例外ではない。
「<ヴァルハラ>はまだ加減速が可能だから、軌道計算から落着目標を割り出すのは現時点では不可能ね。でも、これまでのシロッコの動きを考えればおよその検討はつく」
 簡素な居住コンパートメントにシブリー・ブラックウッド少尉の声が響く。穏やかな口調だが、栄養剤入りのチューブを握る手はひどく汗ばんでいた。
「少尉はどこが狙われているとお考えなのですか」
 努めて平静な口調を保とうとしているのはヒ・ディ・スワラジ軍曹である。
 インド亜大陸出身の彼は、異常気象などを除けばコロニー落としによる直接的な被害を体験していない。しかしある意味では、彼らインド系の者こそ諸民族の中で最も凄惨な経験をしたとも言える。
 デラーズ事件により北米穀倉地帯は壊滅した。だがそのつけを払わされたのはアフリカやインド亜大陸など、発言権の弱いいわゆる旧第三世界諸州だ。
 慢性的な飢餓。それが引き起こした社会的不安。幼少期にそれらを体験した彼にとって、新たな「コロニー」落としは恐怖以外の何物でもない。
 恐怖をおして問いかける彼の姿に、ブラックウッド少尉は敬意すら感じた。栄養剤を一口すすり、彼女はやや大きめの唇を開く。
「スーチョワン(四川)盆地。常に最大の成果を求めるシロッコが狙うのはそこしかない」
「スーチョワン…なるほど、そこなら直接的破壊のみならず長江の氾濫による被害の拡大を図り得る」
 答えるスワラジ軍曹の左手が細かく震えている。口にはしないが、彼の脳裏には幼き日の地獄の日々が走馬灯のように巡っているのに違いない。
 すばやく目を配り誰も見ていないことを確認すると、ブラックウッド少尉は飲みかけの栄養剤チューブを差し出した。意図を図りかねる軍曹に、彼女は言葉を続ける。
「私は不器用でな。こんなとき、剛毅な男のように酒を勧めることもできんし、粋な女のようにキスをしてやることもできん。ま、折衷案ということでもらってくれ」
 わずかに口紅のついたチューブを受け取り、スワラジは口にする。癖のある苦みを無理矢理甘さでごまかしたようなその味に、彼は顔をしかめた。
 くすりと笑い、ブラックウッドは問いかける。
「軍曹、なんにせよ戦はこの闘いで終わりだ。身の振り方は考えているのか」
「いえ、そんな…ただ」
「ただ?」
「植物でも育てたいんです。何かを壊すとかそんなんじゃなくて、育てるとか創るとかいいなって。でも動物は俺の手にはあまりそうな気がして…だから、植物」
 訥々としたその言葉を聞き、彼女は伏し目がちに微笑んだ。
「そうだな。我々はあまりにも多くの破壊を目の当たりにした」
 壁の液晶ディスプレイを見ると、彼女は立ち上がる。もうそろそろ出撃前の機体チェックせねばならない。椅子の背もたれをつかみ、彼女はふわりと体を出入口に向けた。ノーマルスーツ越しながら、彼女の腰から太股にかけてのラインがスワラジ軍曹の目に映る。美しい、と彼は思った。
「ああ、軍曹」
 はい、と答える彼にブラックウッドは短く言う。
「生きて帰ろうな」
 頷くスワラジ軍曹の手はもう震えていなかった。
 この会話のおよそ三十分後、<ヴァルハラ>は減速を開始した。その動きにあわせてエウーゴ艦隊も再度減速する。両軍がそろって減速を終えたとき、スワラジはブラックウッドの言葉が正しかったことを知った。

 同じころ、シェリル・メッツァー伍長のノーマルスーツ姿を軽巡<トラブゾン>のMS格納庫に見いだすことが出来た。アトキンソン戦隊所属の彼女が今見上げているのは白いMSである。そう、エウーゴにたった一機のガンダムMK2だ。
 今、その左肩では整備員が簡単に塗装を施している。拳とイニシャル。彼女が左脇に抱えるヘルメットに描かれているのと同じパーソナルマークだった。そう、彼女は新たにガンダムのパイロットに選ばれたのだ。今も彼女は実機でのシミュレーションを終えたばかりだった。
「操縦特性は割合素直だったろう。気に入ったかい」
 背後から声をかけてきたのはアムロ・レイ少佐だった。きつい視線とともに彼女は言葉を返す。
「ちょっとばかり見栄えのするおもちゃをあてがわれたぐらいで喜ぶほど子供じゃありません」
 わずかに驚きの表情を浮かべた後、レイ少佐は笑ってみせた。
「結構、それぐらいの覇気があれば安心だ。ブリーフィングは予定通りだから遅れるなよ」
 そう言うと彼は足早に通路へと向かう。あまりにおだやかな対応に、今度は逆にメッツァーが呆気にとられる番だった。数歩遅れて彼女はレイ少佐の後を追う。
「少佐、レイ少佐」
 追い付いたとき、二人はすでに狭い通路に差し掛かっていた。壁に右手をついて巧みに制動するレイ少佐の胸に、彼女は飛び込む形となる。彼女の肩を支える少佐の左手に気付くと、その頬には年相応な戸惑いの色が浮かんだ。しかし、それも一瞬だった。顎を上げ、彼女は舌鋒をレイ少佐に向ける。
「少佐、あなたは逃げるんですか」
「逃げる?」
「そうです。前線から、戦いから、ガンダムから逃げているとしか僕には見えません」
 ガンダムの新たなパイロットに彼女を選んだのはほかならぬアムロ・レイ本人だった。彼女はそれを責めているのだ。押し黙る彼に、メッツァーはなおも言葉を突き上げる。
「才能、名誉。一年戦争時、あなたはそれらをありあまるほど手に入れた。にもかかわらず、あなたはその後の十六年を無為に過ごした…無様だとは思いませんかっ」
 レイ少佐の手から体を引きはがし、彼女はさらに言葉を続ける。
「先の戦いでの少佐の活躍には敬服します。けど、あなたはまた逃げた。ガンダムをぼくに押し付けて逃げたんでしょう? 軟禁されてたときだって命懸けで抵抗したんですか? 悟ったようなことばかりおっしゃいますが、結局みんな満たされた者の繰り言じゃないですか」
 刃のように輝く彼女の目をレイ少佐は見つめる。ふと、彼女はその眼差しに妙な違和感を感じた。小さな嘆息の後、彼は口を開く。
「悲しいものだな、人は。言葉では伝わらぬとわかっていても言葉を重ねずにはいられない」
 言いざま、彼は右目に手をやった。
「!」
 言葉もなく彼女は息をのむ。アムロの手には自らの右目が握られていた。義眼だ。
「十年前かな、逃走を図った結果がこれだ。まあ、無様と言ってくれていい。その通りなのだから」
 義眼をはめながら彼は言葉を継ぐ。
「君にガンダムをゆだねるのはこの目のためだけではない。『紋白蝶』のパイロット、あれを倒せるのは君だけだ。私にはわかる」
 沈黙を守る彼女に彼は言葉を重ねる。
「君の言うとおり、僕の戦後は無様だった。この目を失ったとき、『人の革新』という夢もなくしてしまった。いや、夢だと思うようになってしまったのかな。今、僕はそれが過ちだったと言える…君がここにいるから」
 そう言って微笑む少佐に、彼女はわずかに頬を紅潮させた。
 生還を祈る、と言うとレイ少佐は床を蹴る。軽く身をひねり、彼はグリップを掴みブリッジへと向かった。ヘルメットを手に、メッツァーはそれを見送るしかなかった。

 肉薄すべく減速するエウーゴ艦隊に対し、ティターンズ側は先の独立長距離支援中隊による攻撃以外ほとんど手を出さなかった。
「質的にはともかく、我らは今や量的優越を失っている。ここで討って出れば戦果は期待できるよう。が、<ヴァルハラ>防衛に無理が出る」
 作戦会議冒頭、早期迎撃を唱える幕僚らにパブテマス・シロッコ少将はそう弁じた。
「地の利を十二分に活かし、遅滞戦術と機動防御をもってエウーゴにあたる。忘れてはいけない。阻止限界点まで<ヴァルハラ>を守りきれば、この戦は我々の勝利なのだ」
 少将のこの言葉で作戦会議は決している。これに基づき、少将とハマーン・カーン・ザビを中心とする作戦司令部は<ヴァルハラ>内に置かれた。
 ティターンズ、ジオン公国軍ともに艦隊はすべて<ヴァルハラ>近辺に配置される。敵の突入を防ぐのではなく、とりついた敵を効率良く撃破するための布陣だ。
 無論、だからといって突入は容易ではない。<ヴァルハラ>には要塞と形容しても過言でないほどの装備が施されている。内部にはMSやMAの移動可能な通路(元来は作業ポッドやヘリウム回収船のためのもの)も多数あった。
「まさしく難攻不落」
 作戦直前、居並ぶジオン公国軍将兵を前にした訓示においてハマーン・カーン・ザビはそう表現している。その際ラカン・ダカラン少将がわずかに皮肉な笑みを浮かべたことに気付いた者は少ない。

 エウーゴの<ヴァルハラ>突入部隊たる「イエロー」は四つの部隊から構成されていた。
 先頭に立つのはシャア・アズナブル准将率いるメテオール・フロッテである。彼らは<ヴァルハラ>内の地理(と言ってもよかろう)に明るく、作戦に不可欠だった。その後ろに、右から順にエウーゴ第1、第2遊撃戦隊、そして自由ジオン第1大隊が続く。これらの部隊はGマンティスを編成に加えており、突入後に打撃力を発揮することが期待されていた。
 支援部隊たる「ブルー」は当初「イエロー」の前面に位置する。こちらは前列右からウォズ戦隊、第3遊撃戦隊、自由ジオン第2、第3大隊と続き、それらの後方にアトキンソン戦隊が待機するという布陣だった。
 突入開始に当たって「ブルー」は左右に展開し、「イエロー」が築く橋頭保を防衛することとなっている。
 頑強な「要塞」への強襲という無理な攻撃のため、作戦は穴だらけだった。強襲揚陸作戦の常道から言えば、ありったけの火力を持って敵部隊を制圧した上で上陸を開始せねばならない。しかし、先のグラナダ攻略で備蓄弾薬を大量に消費したエウーゴに満足な事前砲撃ができるはずもなかった。
 いきおい、作戦は各将兵の士気と判断力に委ねられがちとなる。支援を担当する「ブルー」にしても状況によっては突入も考えうるとされていたほどだ。知将ヘルシングは殴り込み同然の作戦に赤面したとさえ伝えられている。
 しかし、いかなる損害も省みずに<ヴァルハラ>を地球軌道から排除せねばならぬという絶対命題を与えられたエウーゴに、それ以外の策のあろうはずもなかった。

 砲火はまず左翼の自由ジオン第3大隊と義勇ティターンズのオム戦隊との間で交えられた。
「この期におよんで要塞攻め? は、だからあんたらエウーゴはおめでたいって言うんだよ」
 バーザムのコクピットで居丈高に呼ばわるのはオム戦隊のジル・マックール准尉だ。迎撃部隊の先頭に立ち、彼女は猛然と突っ込む。
 元来連邦軍のGM2パイロットだった彼女にとって、今与えられているバーザムは十分満足できる機体だった。一世代前のMSだが、さすがにティターンズ専用機として設計されただけのことはある。
 コア・ブロック・システムは採用されていないものの、純粋にMSとして考えるならばMK2以上の完成度と言っても過言ではない。エウーゴのジーマや自由ジオンのゼムが相手なら(彼女ぐらいの腕があれば)なんの不安もなかった。
 モニター上に映るゼムの特徴的なモノアイを見すえ、彼女は不敵に微笑む。と、その笑顔が不意に歪んだ。
「先頭のあの機体…ドーガか?」
 彼女の目は確かだった。自由ジオン第3大隊の先陣を務めるのはエレノア・ドール少尉率いるドーガ・アイン小隊だった。ドール少尉らが駆るドーガは、これまでの戦いで捕獲した機体をメテオール・フロッテの協力を得て補修したものである。
「さて、長年の夢だったジオン系MSの力、見せてちょうだい」
 彼女はかねてから連邦からあてがわれたゼムに不満を抱いていた。
 元来「大部隊を構成する要素の一つ」として設計されたGMは、MSとしては傑出しているとはいえない。それなりに高い水準まで達してはいるものの、抜きんでる点など一つもなかった。後継機たるGM2、そのジオン共和国版たるゼムもその性格を受け継いでいた。
 凡庸ではあるがそれなりに使える…ドール少尉はゼムのそこが嫌いだった。技術者のこだわりが感じられないのだ(ただし、GM系に無理やりモノアイと外部動力パイプを装備させた点は評価していた)。
 それとは逆に、彼女はジオン系のMSに憧れすら抱いていた。開発コンセプトや戦術構想が機体の設計にそのまま反映している点が、彼女を魅了したのだ。その思い入れの深さは、敵軍のドーガシリーズを見て、さながら恋に落ちたがごとき表情を浮かべたことからも理解できるだろう。
 今彼女は、そのジオン系MSの最終到達点の一つ、ドーガ・アインを操縦していた。モスグリーンの機体を彼女は自らの手足のごとく自在に操っている。
「さながら水を得た魚、ですな」
 軽巡<レベルド・エッティンガー>のCICで艦長たるゴルバ・ハイデルン少佐は彼女の機動をそう言いあらわした。髭面に満足そうな笑みをたたえ、アレクセイ・ザメンツェフ大隊長が答える。
「たしかにな。さあ、我々も遅れはとれんぞ」
「了解。地獄の底までついていきます。一時方向に火力を集中、MSを援護せよ」
 艦長が命じるとともに<レベルド・エッティンガー>の主砲が火を放つ。第3大隊の他の艦艇もこれに呼応して砲撃を開始した。たまらず義勇ティターンズの隊列が崩れる。
「うろたえるな、ばかもん」
 レオン・ジェファーソン大尉が甲高い声で叱咤した。しかし連度にむらのある義勇ティターンズの兵士らにとってその声は虚しい。
 ドール少尉はそこに生じた隙を見逃さなかった。楔型のフォーメーションを率い、彼女は動揺する敵機にビームライフルを放つ。
 一発、二発。バーザムのIシールドが光弾をしのぐ。だが続く砲撃が遂にそのシールドを貫いた。ジェネーレーターの爆発がマックール機を照らす。
「く、能なしめ」
 勢いが敵にあると見ると彼女はすばやく身を翻した。視線をめぐらせ、彼女はゼムを狙い撃つ。その非力なIシールドを引き裂き、ビームはゼムをたやすく破砕した。不利な戦いは彼女の好みではなかった。
「よし、いける」
 ビームサーベルでバーザムを凪ぎ払いつつ、ドール少尉は快哉を叫ぶ。状況はたしかに自由ジオン優勢だった。しかし、ザメンツェフ中佐の表情はすぐれない。彼は敵が無意味に自分たちを近づかせるなどと期待すらしていなかった。これは敵の策なのだ。おそらくは<ヴァルハラ>の力を最大限に活かすための。
 自らにも襲いかかるであろう災厄のときを想像し、ザメンツェフは自嘲と不敵さのいりまじった笑みを浮かべた。

 砲撃を繰り返しつつ「ブルー」艦隊は左右に陣を割る。「イエロー」の上陸正面を空けるためだった。無論ながら、砲撃の大半は今<ヴァルハラ>に向けられている。降り注ぐビームの雨の中、要塞はほぼ沈黙を保っていた。
 ティターンズやジオン公国軍の艦艇もじりじりと後退していく。迎撃は散発的で、前線に立つエウーゴ将兵の中には望外の大勝を感じた者すらいた。
「浮かれるな。そろそろだぞ」
 ウォズ戦隊軽巡<ロベルト・ケルナー>のブリッジでシンゾウ・サクマ中佐が乾いた声を発したその時、エウーゴ右翼に爆光が一つ、また一つと輝いた。ティターンズが反撃を開始したのだ。

 艦隊が、<ヴァルハラ>がいっせいに砲火を放つ。すさまじい密度の弾幕がエウーゴ艦隊に降り注がれた。
 そう、ティターンズは艦艇と要塞が有する火力のほぼすべてをエウーゴ右翼のウォズ戦隊と第3遊撃戦隊に集中させたのだ。揚陸直前の、まさに最も脆弱な状態を狙っての攻撃だった。
 防空専用に開発されたイラワジ級軽巡がここぞとばかりに弾幕を広げる。ビームとミサイルの豪雨の中で、エウーゴの輸送艦が、舟艇が、そしてMSが次々と火球と化す。無論、巡洋艦とて無事ではすまない。
 あるマゼラン級重巡はブリッジを撃ち抜かれ、一時的ながら操舵の自由を失った。ふらつくその巨体に出撃したばかりのGM2が踏み潰される。新たな爆発が不幸な加害者までをも包んだ。
 だがそれすらも惨劇のささやかな幕開きにすぎない。ミサイルがサラミス級軽巡をまっぷたつに叩き割る。その周囲、地球光に瞬くのはちぎられた断面から流出したさまざまな「もの」だ。そこには鉄片のみならず、爆発に引き裂かれた将兵の四肢もふくまれている。音なき空間を声なき悲鳴が埋め尽した。
 地獄の番人とて目を覆うほどの殺戮の光景に、スラスターの輝きもまぶしく新たな死刑執行人が現れる。
「高熱源体多数、<ヴァルハラ>の背後から急速に接近中!」
「ミサイルか?」
 シンゾウ・サクマ中佐の短い問いにオペレーターが引きつった声で答える。
「光学センサーと照合、コア・ランサーですっ」
「直衛を含む全MSにコア・ランサー迎撃を急がせよ」
 背筋を伸ばしたまま中佐は命ずる。一瞬、<ロベルト・ケルナー>のブリッジに緊張が走った。敵の猛攻下に直衛までをも前進させることは、艦隊にとって自殺行為に近い。そんな指示を下すのはよほどの愚か者か、死を賭してでも守らねばならぬなにか−例えば累卵のごとき揚陸部隊−を背負った者だけだ。そしてウォズ戦隊の兵士らは、サクマ中佐が愚か者ではないことを知っていた。
「了解」
 オペレーターたちが事務的に答え、旗下のMSに指示を伝達する。モニターの中ではミハエル・シュテッケン准尉が、バイン・ヒロセ准尉が次々とGM2を加速させる。窮地にもかかわらずなおも堅く組まれた陣形に、サクマ中佐は職業軍人としての誇りを感じた。

「ほう、連邦軍崩れにしてはいい覚悟だ」
 ウォズ戦隊の動きにケイ・ササキ准尉はそうつぶやいた。コア・ランサーのコクピットから、彼女は迎撃に上がってくるGM2の群れを見つめる。正面のエウーゴは後方の揚陸部隊を死守するつもりだ。たとえ、自らの部隊が壊滅しようとも。
“あれが反乱軍とは惜しい話だ”
“たしかに。彼らが友軍ならどれほど心強いか”
 ユウキ・ヤツセ大尉の嘆息にエイジャ・カディス曹長が答える。皆が自らと同意見であることに、ササキ准尉はかすかな安堵を覚えた。
 鉄の規律、同志愛。彼女にとってティターンズとはそれらを体現する組織だった。憎むべきスペースノイドとの野合すら、その前提ゆえに彼女は容認している。
 今、眼前に迫る敵部隊もまた自らと同様の規律を持ち、堅く結束していることを彼女は理解した。ほんの少し運命が違えば、自分はエウーゴの一員としてティターンズを迎撃していたかもしれない。あるいは、敵手の運命がわずかに異なれば肩を並べて進撃していたかもしれない。
(彼我の兵士を本質的に隔てるものなどなにもないのだ)
 ササキ准尉はそんな言葉を脳裏に浮かべた。だが、それは彼女の戦意喪失を意味しない。理解と対立は必ずしも矛盾しないのだ。
「お前達がよき戦士たろうとするなら、私も戦士としてお前達を討つ」
 自らに言い聞かせるように彼女は言う。さらなる加速に、その瞳から涙が一筋流れた。

「やらせるか」
 バイン・ヒロセ准尉のGM2がビームライフルを連射する。堅牢と謳われるコア・ランサーのIフィールドと言えど無敵ではない。一定以上の負荷をかければ貫けぬわけではなかった。
“熱くなりなさんな、准尉”
「いいからお前も撃てよ、シュテッケン」
“言われるまでもない、ちゃんと当ててるよ”
 飄々とした口調で答えるのはミハエル・シュテッケン准尉だ。たしかに彼の狙いは的確だ。防御の甘い脇を正確に撃ち、すでに二機を離脱せしめている。
 ヒロセ准尉が何か言い返そうとしたその時、彼の目にコア・ランサーの群れが急に増えたかのように映った。反射的に彼は回避運動をとる。
“? ミサイルか”
 シュテッケンが短く呻く。まさに彼の言う通り、それはコア・ランサー隊が一斉に放ったミサイルだった。だが、わずかな逡巡がその洞察の価値を無にしていた。数えきれぬ爆発の中、彼のGM2はむごたらしく切り刻まれる。
 コア・ランサー隊突撃の目標は揚陸部隊だった。だが、エウーゴがそれを容認するはずもない。必ずや全力でそれを阻止せんとするだろう。
「立ちふさがる敵にありったけのミサイルを発射、艦砲支援と併せて前線に穴を開け、突入します。側面からの攻撃でこちらにも被害は出ましょうが、敵揚陸部隊にも多大な損害を与え得るものと確信します」
 これは戦術案を提出したケイ・ササキ准尉の言葉である。彼女が予想した通り、部隊は前線を突破しつつあった。集中されたミサイルにより穿たれた穴へとコア・ランサー隊は矢のように突進する。
「く、やってくれたな」
 戦力の多くを失いながらも、ウォズ戦隊は飛び去ろうとするコア・ランサー隊を側面から攻撃する。すんでのところでミサイルから逃れたヒロセ准尉もそれに加わった。と、その耳にノイズ混じりながら聞きなれた声が響いた。
“な…なめるな”
「シュテッケンっ」
 その時、彼は戦線の穴にぽつんと浮かぶ残骸を見た。右腕と頭部、そして両足を失ったGM2が傷ついた左手を伸ばす。間違いない、シュテッケン准尉の機体だ。よく見るとコクピット付近には大きな破孔がある。先程の声からするとシュテッケンも深手を負っているに違いない。
「下がれシュテッケン、手負いじゃ無理だ」
“うるさい、最後ぐらいかっこつけさせろ”
 血とともに声を吐き出すとシュテッケン機が残されたたった一つのバーニアをふかす。猛烈な相対速度で接近するコア・ランサーの一機に彼は正面から激突した。
「!」
 つぶての砕けるがごときその様にヒロセは声を失う。今彼にできることはただトリガーを引き絞ることだけだった。

「怯むな、突破せよ」
 コア・ランサーのコクピットにユウキ・ヤツセ大尉の凛然たる声が響く。
 彼女の機を先頭に、コア・ランサー隊はエウーゴ揚陸部隊「ブルー」に迫りつつあった。
 ウォズ戦隊、第3遊撃戦隊の必死の追撃により、部隊は少なからぬ損害を被っている。エウーゴの戦意は総じて高く、死なばもろともとばかりに体当たりしてくる者すらいた。敵ながら見事な散り際だ。
 しかし戦意において自分たちが後れをとることは決してないと彼女は確信していた。彼女らは、ティターンズなのだ。
 直援部隊が彼女らに向け突進してくる。しかし、揚陸に備え薄く広がった艦隊を守りきるにはその部隊は小規模すぎた。
 ビームを、ミサイルを、そしてそれらがもたらす損害を顧みずに彼女らは一直線に突入する。僚機の爆光が彼女の機体を照らす。
“貴様らが勝者たらんとするなら、我らを止めてみよ”
 エイジャ・カディス曹長の叫びが耳朶を打つ。その声への同意を示す代りに、彼女はスマートガンを正面の赤い重巡に放った。

 艦砲射撃とコア・ランサーによる襲撃は、揚陸直前のエウーゴを混乱させるのが目的だった。
 この時ティターンズ・ジオン公国側が最も恐れていたのは自軍戦力の減少である。両勢力の相互不信は表面化こそしてないものの根強く、戦後の主導権争いは必定と考えられていた。
 コア・ランサーによる突破をMSによる反撃へとつなげる案が却下されたのもそれゆえと思われる。だが、コア・ランサー隊の決死の突撃はエウーゴに予想外の損害を与えていた。
 揚陸部隊「イエロー」の旗艦<レウルーラ>の大破である。

<レウルーラ>の大破、戦線脱落はエウーゴ将兵に大きな衝撃を与えた。ことは艦一隻の問題ではない。<レウルーラ>の喪失は揚陸部隊司令部の喪失を意味する。
 揚陸手順自体はあらかじめある程度定められていたものの、その後の戦闘指揮はシャア・アズナブル准将に一任されていた。その准将の乗艦が被弾、炎上し作戦指揮能力を事実上失っている。被害はスラスターにまで及んでおり、離脱を強いられた今、作戦は窮地にあると言わねばならない。
 准将のカリスマ性が高かったが故に、事態の危険性もまた大きかった。
 この時点で作戦中止を進言する者もエウーゴ首脳部内にあったという。これ以上の継戦は勇気ではなく無謀だとする声にも一定の説得力があったことは間違いない。
 だがそれをおしとどめたのは<レウルーラ>の航海長、クレイ・ヤハギ大尉が撃ちあげた信号弾だった。
「損害ヲ省ミズ義務ヲ果タスベシ。<ヴァルハラ>ニテ再ビ相見エン」
 レーザー回線すら使用できないのか、彼はノーマルスーツに身を包み、炎上する<レウルーラ>の甲板から懸命に信号弾を撃ちつづける。
 明らかに彼は脱出しそこねていた。彼に待つのは死の運命だけだ。にもかかわらず最後まで自らの為しえることを為すその姿に、エウーゴ将兵はメテオール・フロッテとアズナブル准将が闘志をいささかも失っていないと悟った。
 軽空母<マクタン>が<レウルーラ>に代わり「イエロー」の先頭に立つ。降り注ぐ弾雨をものともせず、「イエロー」は目指す<ヴァルハラ>港湾部へと突進していった。

「港湾区画にてエウーゴ上陸部隊と守備隊が交戦中」
 この知らせに、<ヴァルハラ>内に設置されたティターンズ・ジオン公国軍作戦司令部はかすかにざわめいた。
 水際防御ではなく遅滞戦術を作戦の根幹としたティターンズ側にとって、敵の上陸は予想の範囲内である。とはいえ、頼りとする「要塞」への侵入の報に動じぬ者は限られていた。その一人、パブテマス・シロッコ少将は周囲とは対照的に笑みさえ浮かべている。
 すべて予定通りと言わんばかりの口調で命令を下すシロッコの脇で、ハマーン・カーンが静かに席を立った。
「いかがなされました、ハマーン様」
「なんでもない。ただちょっと、寒気がしてな」
 ラカン・ダカラン少将の問いに彼女は努めて穏やかな声で答える。
「それはいけませんな。戦況は順調です、今のうちにご休息を。エルピー・プルに茶でも入れさせましょう」
 うむ、と肯くと彼女は従者を連れその場を離れる。去り行く彼女の背を一瞥すると、シロッコは冷血動物のような笑いを浮かべた。

「よし、とりついたぞ」
 快哉をあげるオペレーターの声をよそに、アムロ・レイ少佐は正面のスクリーンを見つめていた。
 彼は軽巡<トラブゾン>のCICからアトキンソン戦隊のMSを指揮している。とはいえ、まだ実際に動かしているのは直衛のみだった。アサルト・ディアスやガンダムMK2を駈る精鋭たちは、格納庫で彼の出撃許可を今や遅しと待ちかねている。
 正直、<レウルーラ>被弾と聞いた際には采配を間違えたかとも思った。だが彼は、それを気の迷いとして脳裏から振り払っている。アトキンソン戦隊の精鋭をまとめて投入すべき時が来ると彼は確信していたのだ。
 それまでは「ブルー」の一翼として上陸した「イエロー」の援護がアトキンソン戦隊の役目だった。断続的な艦砲射撃の炎がモニター上で踊る。
 と、不意にオペレーターがしゃがれた声をあげた。
「この反応…レイ少佐っ」
「来たか」
 オペレーターが彼の端末にデータを割り込ませる。素早く目を通し確認すると、彼はMS隊に出撃命令を下す。
<トラブゾン>が艦首を敵へと向けるのももどかしく、MSが次々と出撃していく。
“少佐、今度こそ白黒つけてきまっさ”
 ジャン・ランヌ少尉の声がスピーカー越しに響く。彼のアサルト・ディアスが射出されると、新たな機体が発進シークエンスに入った。カタパルトのラッチに足をはめ、そのMSはぐっと腰をかがめる。戦いの中にもかかわらず、モニターが映し出すその雄姿に<トラブゾン>CICの将兵は歓声をもらした。
“シェリル・メッツァー、ガンダムMK2…いきますっ”
 白いMSが轟音とともに射出される。人々の期待を背に、彼女のガンダムは敵へと一直線に突進していった。

<ヴァルハラ>の主港湾ブロックは艦首に設けられている。減速のため進行方向とは逆に向けられたそのブロックに、エウーゴ上陸部隊「イエロー」は殺到していた。
 一口に港湾ブロックというが、その規模は並のコロニー以上だった。元来ヘリウムの輸送を目的として設計された艦であったから、荷役作業の効率が重要視されていたのだ。
 立体駐車場と桟橋を掛けあわせたようなそれは、MSと対比させると巨人族の町にも見える。今、その「町」はエウーゴと少数ながらも頑強なティターンズ・ジオン公国の部隊とによって修羅場と化していた。
 なんとしても橋頭堡を築いて艦内へと進撃したいエウーゴは、出血覚悟で突進する。対するティターンズ側は最終的には<ヴァルハラ>を放棄する予定だったから、港湾配備の戦力は限られていた。だが、巧みに布陣した彼らの反撃は極めて効果的だった。
 エウーゴのMSが、陸戦隊が次々と撃破されていく。しかしなお、その残骸を乗り越えるようにしてエウーゴは突撃を繰り返した。強引な力押しではある。だが、彼らにそれ以外の選択肢はなかった。多数の犠牲を払いつつも、エウーゴは徐々に港湾ブロックを制圧していく。一部では艦艇の着底、Gマンティスの揚陸も開始されていた。
 揚陸された部隊の一角に、軽空母<マクタン>の姿がある。<レウルーラ>に代り「イエロー」の指揮はここ<マクタン>から行われていた。
 確保されたスペースにGマンティスが整列する。他の艦の部隊との合同を待ち、一気に敵守備隊を殲滅する手はずとなっていた。
 揚陸されたのはGマンティスばかりではない。艦内への進撃に備え司令部分遣隊も既に上陸していた。率いるのはブライト・ノア少佐である。
 港湾を制圧次第<マクタン>内の司令部が移動してくる予定だから、その指揮権は一時的なものだ。とはいえ上陸した部隊全体の指揮を担うのだから、責任は重大である。エウーゴでの軍歴が短い彼がその任を担ったのは、やはり一年戦争や台湾での実績が買われたからであろう。
「左翼、なにやってんのっ」
 指揮車のマイク越しに前進の遅れている部隊を怒鳴り付ける。非情なようだが、ここでの遅れは上陸そのものの失敗となりかねないのだ。兵士達もその意を汲んで懸命に攻撃を繰り返す。
 左翼に炎が上がる。施設の影に潜んでいた敵MSを撃破したのだ。
 よし、と言おうとした瞬間、彼は背に妙な圧迫感を覚えた。振り返る彼の目に一瞬閃光が映る。刹那、その輝きが<マクタン>を貫いた。その船体が真っ二つに折れる。
 オペレーター達が必死に司令部を呼ぶが返事は返ってこない。その沈黙に、ノア少佐は司令部の壊滅を悟った。
「少佐、『ブルー』より入電です。先の攻撃は…例のマゼラン・ビットによるものと思われます」
 部下たちが一様に顔をこわばらせる。揚陸作業で混乱するこの港湾をあの精密かつ強力な砲で狙われたらひとたまりもない。士気喪失寸前の士官等を前に、彼は自らにも言い聞かせるように宣言した。
「友軍の支援を確信し、作戦を継続する。なお、『イエロー』の指揮はメテオール・フロッテの到着まで私が引き継ぐ…みんなの命を俺にくれ」

“命中、命中! 敵揚陸艦は大破”
 キュベレイのコクピットにノイズ交じりの通信が響く。全周モニターの中心に座するのはサラ・ザビアロフ少尉だった。
 ほっそりとした彼女が目を閉ざし精神を集中させる様は、さながら弥勒半跏思惟像のようだ。しかしながら、彼女はマイトレーヤなどではない。彼女が念を集中するやいなや、確実に巨大な炎が立ち上がり、あらゆるものを粉砕する。少なくともエウーゴの将兵にとって、彼女は破壊神その者だった。
 エウーゴが港湾に取り付いたことを受け、シロッコ少将は彼女ら独立長距離支援中隊に攻撃開始を命じた。ゼータ迎撃の後に空母<トラファルガー>に帰還した彼女ら中隊は、異なる軌道を経て<ヴァルハラ>に接近しつつあった。揚陸作業で混乱する敵を粉砕し、その進撃を遅らせるのが狙いだ。
 先のグラナダをめぐる戦いでマゼラン・ビットは被弾している。このため連射は制限されていたが、その破壊力の凄まじさはなんら変わるところではなかった。
 念を凝らし、新たな標的を探る彼女の脳裏に一群の影が写る。
「来る」
 顔を上げる彼女の耳に、レーベレヒト・ガルスター准尉が叫ぶ「敵接近」の声が響いた。

 独立長距離支援中隊を迎撃すべく、エウーゴはまず自由ジオン第2大隊と第3遊撃戦隊を送り込んだ。<ヴァルハラ>に取り付いた「イエロー」を守るべく、「ブルー」は傘のように展開している。その頂部付近に布陣していたのが彼らだった。
「やらせはせん」
 アレクサンダー・デューイ中尉のゼムを先頭に、第2大隊のMSが突撃する。ゼータが抜け小戦力となった第3遊撃戦隊は敵の右翼に回り込む。
「好きにさせるかっ」
 ジーマのコクピットにガルフ・ラング軍曹の声が響く。第3遊撃戦隊はゼータが主力であり、ジーマはおもに艦隊直衛役だった。とはいえ、その勇猛さにおいて彼はゼータ隊に一歩も後れを取るものではない。
 ゼータ隊は未だ戦場に復帰していない。また、ウォズ戦隊と自由ジオン第3大隊は現在制圧攻撃で手いっぱいだ。彼ら二隊とアトキンソン戦隊だけでなんとか上陸部隊「イエロー」を守らねばならなかった。
 ランダム加速を繰り返すラング軍曹のゼムを光弾がかすめる。
「GMもどきが、身の程を知れ」
 叫ぶのは独立長距離支援中隊のレーベレヒト・ガルスター准尉だ。アジャイル・ガンダムを巧みに操り、彼はスマートガンを放つ。
 機数が減じたとはいえ、強化人間専用のアジャイル・ガンダムは侮れぬ相手だ。ゼムが、ジーマが次々と爆散した。正確かつ強力な射撃は確実にエウーゴの戦力を削っていく。だが、捨て身の執念がそれを凌駕した。損害を省みぬ突撃が、遂にアジャイル・ガンダムをとらえたのである。友軍機の爆発に紛れ、デューイ中尉のゼムがガルスター准尉機のふところに飛び込む。
「小賢しい」
 ガルスターは間合いをとるべくバーニアをふかす。だが、その時既にゼムの左手はスマートガンの長大な砲身を固く掴んでいた。
「南無っ」
 気合とともにゼムのビームサーベルがガンダムのコクピットを貫く。ころがるように機体を回転させつつ離脱するデューイ機を、ガンダムの爆発が赤く照らした。

 一方、側面に回り込んだ第3遊撃戦隊は苦戦を強いられていた。敵はマゼラン・ビットを前進させ、アジャイル・ガンダムとともに彼らを攻め立てていたのだ。
「きき、きさまらの首、すべて俺がもらう」
 アンリー・デブレ大尉が狂気の声とともに光弾を放つ。
「くっ」
 撃破された友軍機の爆発にラング軍曹は顔をしかめる。もとから少数だった第3遊撃戦隊のジーマは、もはや彼の機を含め数えるほどしか残っていない。もはやこれまでと覚悟を決めかけた時、それは現れた。
「つっ」
 側面からの殴り付けるようなビームに、デブレ大尉はガンダムを目まぐるしく機動させる。獲物を逃した怒りに血走った目で振り返る彼の視界に特徴的なシルエットの機体が入った。
「ディアスっ」
 ジオン系の流れを引くその機影は、アトキンソン戦隊のアサルト・ディアスだった。
「お待たせっ」
 言うが早いか、イェン・ファビラス曹長が口火を切る。
「ランヌ、ここは俺達に任せろ。お前達はマゼラン・ビットを」
“おうっ”
 ランヌ少尉の威勢のよい返事に、マコト・マツナガ少尉は口元に笑みを浮かべる。シェリル・メッツァー伍長の突出した才能と、それを擁するランヌ小隊に彼は賭けていた。
「なめるな」
 自らを無視するかのようなランヌ小隊の動きにデブレは激高する。しかしそこに、マツナガら三機のアサルト・ディアスが襲い掛かる。
 ファビラスのビームをデブレはIフィールドで凌いだ。お返しとばかりに、彼は後続するマツナガ機を狙い撃つ。マツナガはきわどいところでこれをかわしたものの、攻撃の機会を失っていた。だが、彼の機体の影から滑り込むようにして一機のアサルト・ディアスがデブレ機に斬りかかる。ミユキ・シーラル少尉の機だ。
「もらったっ」
 下段からはね上げるようにして彼女はビームサーベルを振るう。が、それはわずかにガンダムのコクピットに届かなかった。デブレはスマートガンを棍棒のように振るい、ディアスの腕からビームサーベルを叩き落としたのだ。
「無駄だあっ」
 勝ち誇った笑みを浮かべるデブレを、激しい衝撃が襲う。彼の機の側背に、ラング軍曹が体当たり同然のかたちでビームサーベルを突き立てたのだ。
「この俺様がジーマごときに」
 それがデブレ大尉の最後の言葉だった。

「おおおおっ」
 ランヌ少尉の獣のような雄たけびとともに彼の小隊はマゼラン・ビットへと突進する。敵の白いMS、紋白蝶の姿は見えない。また、もう一機いるはずのアジャイル・ガンダムも見当たらなかった。おそらくは万が一にも紋白蝶のパイロットを失わぬための措置なのだろう。だが、そんなことは今はどうでも良かった。なんとしてもマゼラン・ビットを黙らせる。それが彼らの役割なのだ。
「外しはしない」
 ヴァージニア・エミルトン軍曹が175ミリライフルを放つ。命中。砲弾が艦首上面を抉る。さらなる砲撃を狙う彼女のアサルト・ディアスをミサイルが襲った。
「!」
 咄嗟にバーニアを全開にする。凄まじいGに目がくらむ。失神寸前の彼女の後方で、ミサイルが爆発した。損傷を素早く確認するが、たいしたことはない。だが、この機動で彼女は砲撃のチャンスを失っていた。
 一方、ランヌとメッツァーの二人は細かい加速を繰り返しながらマゼラン・ビットに迫っていた。これだけ至近距離となればもう主砲ではMSの動きに追い付けない。対空砲火をIシールドでどうにか防ぎつつ、二人はほぼ同時にビームを放った。二発、四発と光弾がマゼラン・ビットに命中する。穿たれた孔からは火炎が漏れ出る。
「やった?」
 ガンダムMK2のコクピットでメッツァーが振り返る。だがモニターは、満身創痍ながらも未だ沈もうとしないマゼラン・ビットの姿を写していた。
「なんちゅうしぶとい」
 苦々しく吐き捨てるランヌの耳朶を高い警告音が打った。
「敵か…いや」
 敵味方識別装置がオレンジからグリーンに変わる。虚空から一つ、また一つとスマートな機影が現れた。
「ゼータ!」
“騎兵隊の登場とでも言ってもらいたいね”
 ランヌの声にアンドリュー・ケンドリック中尉が答える。
 彼らゼータ隊は先の交戦後、大気圏上層部まで降下して軌道を変更、ちょうど敵の側面にあたる方角から戦場へと帰ってきたのだ。
 いくつかの横隊を組み、ゼータの群れは傷ついたマゼラン・ビットに襲い掛かる。それはさながら、戦艦の時代を終わらせた艦上攻撃機の突撃のようだった。
 マゼラン・ビットの対空砲が再び火を噴く。だがこれまでの攻撃で少なからぬ損害を受けていたため、その密度は常とは比べられぬほど薄かった。
 ゼータは横隊ごとにスマートガンを放つ。次々と穿たれる破孔からマグマのように炎が沸き上がった。その様に、レナ・コンフォース少尉は断末魔の叫びを連想した。

「よくも、よくも」
 サラ・ザビアロフ少尉は激しい怒りの形相を浮かべていた。誰かが今キュベレイのコクピットをモニターしても、そこにいるのが彼女だとは理解できなかったに違いない。
 比喩ではなく、マゼラン・ビットとキュベレイ、そして彼女自身は一体だった。それらが一つのシステムとして揃うことで、彼女ははじめて一個艦隊に匹敵するほどの力を発揮できる。
 しかし、それらのうちのどれか一つでも欠ければ戦闘力は大きくダウンする。そして戦闘力の喪失は、彼女にとって「ニュータイプ戦士としての自分」というアイデンティティーの根幹を揺るがす事態だった。
 そう、彼女は自らをそのようにとらえている。だからこそ、自らに忌まわしきザビ家の血が流れていると知っても耐えられた。だからこそ、シロッコに抱かれてやった。
 いや、ある意味彼女がすがりつくシロッコを抱いてやったのだ。両親からの愛の記憶の薄い彼女にとって、それは密かな喜びだった。
 しかし今、その前提が焔の中に沈もうとしている。憤怒のままに突撃せんとする彼女の前に、黒い影が強引に回り込んだ。コウサク・アカシ大尉のアジャイル・ガンダムだ。
「どきなさい、大尉」
“ど、どく、ないです。どきません”
 これまで命令に服従してきた大尉の意外な反応に、彼女は驚きの色を浮かべた。
“お、おれの任務、サラ守るです。ぜ、絶対守るです”
「どかねば撃つわっ」
“殺す、されても守るです”
「なぜ? 命令だから?」
 わずかな間の後、彼は答える。
“サラだから”
 その言葉に今度は彼女が沈黙させられた。しばしの間を置いて彼女は再び口を開く。
「わかったわ、大尉。後退しましょう。でもその前に」
 そこまで言うと、彼女は鋭い視線を燃え盛るマゼラン・ビットへと向ける。立ち上がる炎を彼女は別れの言葉のように感じた。

 燃え上がるばかりとなっていたマゼラン・ビットが不意に動きだした。
「な…サイコミュはまだ生きているのか」
 ゼファート・フォン・ローゼンバーグ軍曹が驚きの声を漏らす。彼が操るゼータも、そしてアトキンソン戦隊のアサルト・ディアスもこれを攻撃することは出来ない。今の彼らには母艦へと軌道修正するのがやっとだ。
 マゼラン・ビットはゆっくりと方向を転じると、スラスターを全力で噴射させた。その方角からディアスのコンピュータが予想した数値に、ミユキ・シーラル少尉はその上品な面立ちをこわ張らせる。
「…紋白蝶め、マゼランを上陸部隊に突っ込ませる気だわ」
 彼女の言う通り、マゼラン・ビットは艦首を<ヴァルハラ>港湾ブロックへと向けていた。主砲を失い船体もずたずたではあったが、こんなものに乱入されたら揚陸作業中の部隊が無事ですむはずもない。
「撃ち落とせ、爆沈させるんだ」
 シナプス大佐が命ずるまでもなく、攻撃可能なものすべてが砲をマゼラン・ビットへと向けた。だが、距離がありすぎた。先にエウーゴの陣形を傘に例えたが、まさにマゼラン・ビットは傘の穴を狙って突入してきたのだ。
 粒子砲は拡散してしまい有効弾とはならない。対艦ミサイルはすでに<ヴァルハラ>への制圧射撃で使い果たしていた。
 ビットに改造された段階で機関が大幅に強化されていたためか、マゼラン・ビットは高い速度で上陸部隊へと迫る。揚陸作業のためぎっしりと集結している彼らには、もはや迎撃も離脱もままならない。
 多くの者が絶望の溜息をもらしたそのとき、一隻の艦がマゼラン・ビットの前に立ちふさがった。
 自由ジオン第1大隊の軽巡<アルディス・クライブ>だ。ガザやGマンティスを揚陸させ、それは他の艦に道を空けるべく後退するところだった。艦首をマゼラン・ビットに向けると、それはおもむろに砲撃を開始する。
「操舵手、針路そのままで固定。砲術以外はただちに退艦せよ」
 ブリッジの止まり木に腰掛けたまま、艦長のローゲ・シュテルン少佐は命ずる。
「艦長っ」
「命令である。退艦せよ」
 無難を信条としてきたはずの少佐の声に、操舵手は逆らい得ぬ力を感じた。堅い意志と覚悟を秘めた声だ。敬礼すると彼は足早にブリッジを退出する。その後ろ姿にうなずくと、彼は正面の燃え盛る巨艦を見つめた。
 砲撃はなおも続けられている。勇敢な、誇るべき乗員達だ。しかし軽巡の主砲で戦艦を爆沈させうる可能性は低い。やはり砲術も退艦させるべきだったかな、とシュテルン少佐は思った。
 ほぼ真正面から、マゼラン・ビットと<アルディス・クライブ>は衝突する。砲撃と炎でもろくなっていたマゼラン・ビットの船体がアルミ缶のように崩れた。その次の瞬間、爆発が二隻を包み込む。巨大な輝きが消えうせたとき、そこには微小な浮遊物だけが残されていた。

 独立長距離支援中隊の攻撃とマゼラン・ビットの突入未遂により、エウーゴは混乱に陥ってた。ティターンズ側はこれに乗じ、エウーゴ橋頭堡への限定的な反撃に転じている。
 主力はシロッコ子飼いの第3MS大隊である。これにジオン親衛艦隊から抽出された部隊が加わり、その戦闘力は並々ならぬレベルであった。
 ガンダムMK3を前面に押し立てて攻め寄せるティターンズらに、エウーゴはジーマとメルケ・ディアス、ガザ、そしてGマンティスをもって対抗する。港湾施設を盾とし、エウーゴは先程までティターンズ守備隊がとっていた策に習うがごとき戦術を選んでいた。
 対するティターンズ側は、港湾施設ごと根こそぎ敵を粉砕する策に出た。大出力が自慢のガンダムMK3の能力を活かすには、それが最善と考えられたからだ。右翼に戦力を集中させ、彼らは猛然とエウーゴ橋頭堡に迫る。
「くたばりな」
 ティターンズ第3MS大隊のローマ・ローマ少尉が叫びざまにスマートガンを放つ。光弾はガントリークレーンを貫き、停泊中のエウーゴ揚陸艦に命中した。
 急速に拡散する煙越しに、彼女はさらなる一発をその艦に撃ち込む。わずかな間の後、艦の荷役用ハッチが弾けとんだ。内側から吹き出す炎にローマは快哉をあげる。
“突出するな、少尉。我らの目的はあくまで限定的反撃だ”
 セヌカ・アシャンティ中尉がはやる彼女に冷水のような声を浴びせた。
「わかってるっ」
 ローマは敵意むき出しの声を返す。無論、彼女は「わかって」などいなかった。
 作戦の狙いはあくまで敵橋頭堡のさらなる混乱だ。量的優勢を失ったティターンズ側にとって、「橋頭堡粉砕」や「敵戦力の殲滅」といった威勢のいい目標は非現実的だった。
 だが、ローマ少尉にとってそれは小うるさい理屈以上のなにものでもない。叩けるだけ叩く。それが彼女の戦いであり、彼女の生き方だった。
 炎上する揚陸艦に彼女はさらなる一撃を加える。ふと、彼女は自分をみすぼらしく思った。

「きゃあっ」
 爆発に、エウーゴ第1遊撃戦隊のキラ・コウサカ上等兵は悲鳴を上げる。第1遊撃戦隊はメカニックたる彼女ともども港湾ブロック左翼に展開していた。今、最も厳しい攻撃を受けているのは彼女達だ。
 右翼を攻撃しているジオン公国軍は助攻らしく、どうにか自由ジオン第1大隊が支えている。コンパクトなガザのシルエットが幸いしていた。機体を床面に張り付けるようにしてビームを放つそれは、さながら旧世紀の対戦車砲のように敵の進撃をおしとどめている。
 だが、それとは対照的に左翼への圧迫は激しかった。エウーゴのMSとしては強力なメルケ・ディアスを主力とする第1遊撃戦隊だったが、ガンダムMK3との正面対決はやや荷が重い。
「くそ、第2はまだか」
 ジーマをコンテナ群の影に伏せさせたまま、イサム・カズイ曹長が呻く。第2遊撃戦隊はGマンティスを主力としており、その火力には大きな期待が寄せられていた。だが、無重量空間での移動に制限があるGマンティスは揚陸に手間がかかる。その上、先のマゼラン・ビットの攻撃もあった。結果、前線への移動は予想以上に遅れている。
“我々のすぐうしろで後続が揚陸中なんだ。一歩も引くな”
 ユウキ・ムライ中尉の責任感の強そうな声が聞こえる。その言葉に、彼はふとコウサカ上等兵のことを思い出した。
 コウサカは彼らの背後で揚陸作業に追われているはずだ。その彼女はムライ中尉に好意を抱いている。第三者たる彼の目にもそれは明らかだったが、朴念仁の中尉は気付いてもいないようだ。
 そんな気持ちを抱いたまま死んだらいやだろうな、とカズイ曹長は感じた。息を大きくつき、彼はジーマの腕と頭部だけをコンテナの上に出す。間近に迫るガンダムに、彼はビームを放った。

 揚陸部隊の指揮は未だブライト・ノア少佐に委ねられていた。港湾内の状況を十分とは言えぬまでも把握できていたのは彼とその司令部だけだったし、指揮権の移動で混乱を招くのは得策ではない。それゆえ、港湾に突入した部隊はノア少佐を指揮官と見なしたのだ。
 指揮車の中で彼は目を細めて状況表示板をにらむ。戦況は思わしくない。
 左翼のガンダムは強引に迫りつつある。第1遊撃戦隊の反撃でかなりの出血を強いているはずだが、その勢いはとどまろうとはしない。戦線は極端に食い込んでおり、急行中の第2遊撃戦隊が間に合えば反撃のチャンスだ。だがもしそれまでに第1遊撃戦隊が突破されれば、橋頭堡最深部まで敵を遮る壁はない。
 薄氷に立つ思いで、彼は再び状況表示板を見つめる。第2遊撃戦隊は狭隘な通路をようやく抜けたところだった。

「くっ」
 第1遊撃戦隊のシルディ・ウィンザー曹長のジーマが横転する。刹那、ガンダムのビームサーベルが空を斬った。際どいところでかわしたものの、ひっくり返った彼女のジーマは反撃できない。振りかえり、ガンダムはのし掛かるようにして再び彼女に斬りかかる。
“うおりゃっ”
 叫びとともに一機のMSがガンダムMK3に組み付いた。シン・マナギ少尉のメルケ・ディアスだ。壁面にガンダムを押し込むと、彼はディアスの拳をその顔面にたたき込む。メインセンサーを失って困惑するそのガンダムのコクピットに、彼はビームサーベルを突き立てた。くずおれるガンダムを彼は左手で払いのける。
「助かったわ、カズイ曹長」
“さて、それはどうかな”
 礼を言うウィンザーに彼はそう答える。ジーマの機体を起き上がらせた時、彼女はその否定的な言葉の意味を理解した。
 敵の肉薄攻撃を受けているのは彼女たちだけではなかった。第1遊撃戦隊全体が、ティターンズの猛攻にさらされていた。かろうじて戦線の形は保っているものの、部隊としてまとまった反撃ができる状態ではない。まさに崩壊寸前だ。
 すでに敵は浸透しつつあるのか、新たな方向からのビームが彼女のジーマをかすめる。
「第2は…間に合わなかったか」
 ジーマを身構えさせつつ彼女は唇を噛む。絶望が彼女をとらえつつあった。
 瞬間、大きな振動が彼女を襲った。揚陸した艦艇が沈められたのだろうか、と彼女はいぶかしむ。その時、さらなる爆発が彼女を機体ごと大きく揺さぶった。
「何?」
 敵の後方で巨大な爆炎が吹き上がった。壁面が割け、多数のパネルが弾けとぶ。これまでこちらに銃を向けていたティターンズたちは一斉にその破孔を振り返った。
「何奴?」
 ガンダムMK3のコクピットでローマ少尉が吠える。ビームサーベルを抜き、彼女は低く身構えた。床から低く響くのは、MSの足音か。巨大な人型の影が煙の中からゆっくりと現れる。
“急くな、少尉”
「うるさいっ」
 アシャンティ中尉を振り払うと、彼女はガンダムを薄れゆく煙の中へと突っ込ませる。
「今更のこのこ出てきても無駄なんだよっ」
 叫びとともに彼女はビームサーベルの切っ先をその影に突き立てた。いや、突き立てようとした。
 鋭くくりだしたガンダムの右手首を、その影は左手で内側から素早く掴む。影が軽く手首をかえすと、勢いでガンダムはもんどりうって床面に叩き付けられた。
「ぐ」
 呻く彼女の目に、振り上げられた「赤い」MSの拳が映った。
「貴様はっ」
 立ち上がらんとするガンダムのコクピットにその拳が振り下ろされる。鉄拳は彼女もろともコクピットを砕いた。
「ローマ少尉っ」
 彼女と同じ第3MS大隊のシンイチロウ・サカイ少尉が叫ぶ。
“下がれ、サカイ。奴だ”
 仲間の敵をうたんとする彼をアシャンティ中尉の声が押しとどめた。心なしか、その声は震えているようだ。
 後退しつつ、彼は薄れゆく煙の中から現れた影を見つめる。赤い、ジオン系MSの影。
「赤い…っ」
 そこまで言い掛けて、彼は自らの足が震えているのに気付く。いま彼が対峙しているのは、かつてすべての連邦軍将兵が最も恐れた男だった。

「赤い彗星」シャア・アズナブル准将率いるメテオール・フロッテは<ヴァルハラ>の側壁を爆砕して港湾ブロックに突入した。先の<レウルーラ>大破により上陸が遅れたための非常手段だ。だが、それが結果的には幸いしていた。
 突出気味のティターンズ第3MS大隊の後方への出現により、敵は半ば包囲される格好となる。あと一歩というところまで迫りながら、ティターンズ側は後退せざるを得なくなった。
 だが、エウーゴ側とてそうやすやすと撤退させるつもりはない。メテオール・フロッテの到来を確認したブライト・ノア少佐は、第2遊撃戦隊に即時突撃を命じた。
 狭隘な通路を経由したため、第2遊撃戦隊の陣形は蛇のように長くなっていた。このまま敵と対峙すればさしものGマンティスも各個撃破されかねない。そう考え、第2遊撃戦隊は陣形変更を急いでいた。
 だがノア少佐は、今ここで戦機を逃すべきではないと判断したのだ。
“見敵必戦。混乱ヲ恐レルコトナク突撃セヨ”
 少佐のこの命令に第2遊撃戦隊は陣形変更も半ばで突撃を開始した。メテオール・フロッテらによる包囲を逃れるべく右翼(エウーゴ側から見て)方向に後退しつつあったティターンズ第3MS大隊に、彼らは猪の群れのように襲いかかる。
「戦車はスピードだ!」
 この言葉を日ごろからモットーとしていたセシカ・ブラウベウ少尉が彼らの先陣を切った。強力無比なスマートガンがガンダムを側面から狙い撃つ。状況の目まぐるしい変化に戸惑うティターンズ第3MS大隊には、彼らを有効に迎撃する余裕はなかった。
 一機、また一機とブラウベルのGマンティスはガンダムを撃破していく。彼の側面に回り込もうとする敵の前に、ノーラ・クレマン曹長のGマンティスが立ちはだかる。
「やらせないよっ」
 至近距離からのスマートガンがガンダムMK3の細い胴を真っ二つに引き裂いた。しかし、それでもティターンズは怯まない。一機のガンダムがバーニアで強引に間合いを詰め、ビームサーベルで彼女に斬りかかった。だがそこにディック・カーペンター少尉のジーマが割って入る。
「このっ」
 ガンダムの右腕を両手で掴んだまま、ジーマは床面に倒れ込む。左手でもう一本のビームサーベルを抜くガンダムに、今度はドゥルガー・キサラギ軍曹が斬りかかった。彼女がビームサーベルを握る左手を切り落とすと、ガンダムは力任せにカーペンター機を振り払う。スマートガンを構えんとするガンダムに、クレマン機が至近距離からスマートガンを叩き込んだ。
 命中。さしものガンダムMK3も自動車に踏まれた模型のようにスクラップと化した。
 至近距離での混戦に、彼らはやや興奮ぎみだ。さらに前進する彼らに、ポール・タレイラン中尉は少し冷静さを取り戻させようかとも考える。が、やめておいた。
 ティターンズ側は明らかに混乱している。そこを突くにはなによりスピードと闘争心が必要だった。そのためには、多少の犠牲があっても猪突すべきである。ノア少佐の判断の正しさを確信すると、彼も仲間達の後に続いた。

「やるな、ブライト」
 遅ればせながら概況を把握すると、シャア・アズナブル准将はそう語った。
 実際、ブライト・ノア少佐の追撃指揮は水際立っていた。後退を急ぐティターンズ側に手痛い打撃を与え、彼は橋頭堡確保に成功している。それもあの混沌そのもののような状態からだ。アズナブル准将が感嘆するのもむべなるかな、である。
 准将は遅れて来たメテオール・フロッテが上陸部隊全体を把握できていない点を指摘し、引き続きノア少佐に全体の指揮をとるよう指示した。
 ためらいながらもノア少佐はこの命令を受け入れる。メテオール・フロッテはすでに敵中深くへと攻めいっており、現時点での指揮官の交代は危険すぎたからだ。アズナブル准将は指揮官としての最後の権限でノア少佐を中佐に任命し、次いで参謀らを「中佐」に合流させた。
「私は機関部への進撃の先頭に立つ。君は上陸部隊『イエロー』の指揮官としてなんなりと命じてくれ」
 アズナブル准将は参謀を通じノア中佐にそのように伝言した。

 作戦司令部にほど近い休息室にて、ハマーン・カーンはラカン・ダカラン少将の戦況報告を聞いていた。メテオール・フロッテを先頭に、エウーゴは機関部へじりじりと、しかし確実に迫りつつある。予想外にこちらの損害は大きい。<ヴァルハラ>周辺での戦闘は五分五分だが、内部ではエウーゴに勢いがあった。シロッコらも司令部を軽巡<ラウ・ドルワ>に移動する準備を整えているという。
 しばしの沈黙の後、彼女は平静さを装った口調でダカラン少将に命じた。
「兵を引こう、ラカン。新たな機会を待つのだ」
 その言葉に、ダカラン少将はスレートから顔を上げる。自らを見つめる彼の目に、彼女は哀れみの色を見出した。
「へ、兵を引くのだ。サイド3で、いや、アクシズででもかまわない。再び戦力を整えて出直そう。連邦が崩壊し、スペースノイド主導の政権が樹立されることで今回はよしとしようではないか」
 自らの声が震えていることに彼女は気付く。そう、彼女は怖かった。<ヴァルハラ>落としというジェノサイドも、自らが生命の危機にさらされることも恐ろしかった。
 一時はあれほど魅力的で頼れる存在だったシロッコすら、なにやら不気味に思われる。頼るべき者を失い、彼女は闇に取り残された幼子のように恐怖していた。
 しばしの沈黙の後、ダカランは重々しい声でつぶやく。
「残念です、あなたがギレンの子として生をうけねば」
「どういう意味だ、ダカラン。何が言いたい」
「次なる機会などありえぬとなぜご理解くださらぬのか。そう、あなたの不幸はギレンの子として生まれたことだった」
 そう言いつつ、ダカランは自らの懐に手をやった。

 激しい戦闘が続く中、ジオン公国軍は衝撃的な声明を発した。
“エウーゴの凶弾によりハマーン様は名誉の戦死を遂げられた。繰り返す、ハマーン様は名誉の戦死を遂げられた”
<ヴァルハラ>に、あるいはその周辺で戦い続ける艦艇にラカン・ダカラン少将の声が響く。
“今よりジオン公国はミネバ様を総裁に戴き、エウーゴに復讐を挑む。サラ・ザビアロフを名乗り無数の敵を殲滅したニュータイプ戦士こそが我らが新たなる総裁、ミネバ・ザビその人なり”
 意外な言葉にジオンのみならずティターンズやエウーゴの将兵までが動揺する。その中でも、シャア・アズナブル准将が被った衝撃は甚だしかった。
 ハマーン・カーンを正道に導けなかったことへの懺悔が、彼をエウーゴに走らせた。そのハマーンが死んだ。
 最前線を進む彼には、その死がなんらかの(おそらくは、シロッコらの)謀略によるものだと容易に推測できた。しかし彼女を道具のように使い捨てた男に対する怒りすら、今の彼を奮い立たせることは出来ない。
「遂に私は、彼女を正道に戻せなかった」
 一語一語を区切るように、彼はつぶやく。さらなる進撃を控え、ちょうど指揮通信車にて打ち合わせを行っていたアズナブル准将にとってそれはあまりにも酷な知らせだった。著しい落胆ぶりに、勇猛な将兵達も言葉を失う。
 遠く砲声だけが響く中、マティ・ヤーガ曹長が口を開いた。
「おかしいです、准将」
 悲しみに濁る眼を上げる准将に、彼女は言葉を続ける。
「ハマーン様をお救いできなかった悔いはわかります。でもここで私たちがとどまっていたら、ハマーン様が犯した過ちを正すことすらできないじゃないですか。そんなの、おかしいです。准将の、赤い彗星のなさることじゃありません」
 涙声に訴える彼女に、皆は無言で同意を示す。しばしの間の後、アズナブル准将は顔を下げた。と、不意に両の掌で自らの頬を叩いく。すっくと立ち上がるその表情に、もはや迷いの色はなかった。
「ヤーガっ」
「は、はい」
「忠告に感謝する。全員、進撃ルートは先に定めた通りだ。おそらく敵は再度こちらに出血を強いるだろう。ぬかるな」
「はっ」
 居並ぶ将兵が立ち上がり、准将に敬礼する。それに返礼するアズナブルの凛々しい姿に、ヤーガは誇りを感じた。

 一方その頃、パブテマス・シロッコ少将らティターンズ首脳陣は軽巡<ラウ・ドルワ>へと移乗しつつあった。
 司令部移動にともなう混乱とダカラン少将の協力により、彼はジオン公国軍首脳の掌握に成功している。平たく言えば、彼への不信を抱く者たちの多くを謀殺したのだ。その上で彼は錯綜する情報を操作し、すべてはエウーゴとの交戦の結果として発表する。
 ジオン公国軍兵士達にも多くのティターンズ不信派がいたが、ここで反旗を翻すものはいなかった。これがシロッコらによるクーデターだとする確証は誰も持てなかったからだ。また、公国軍の厳しい軍律の影響もあったかもしれない。

 軽巡<ラウ・ドルワ>は<ヴァルハラ>艦尾近くの第2港湾区画に停泊していた。司令部要員の多くはすでに移動しており、出港の手はずも調っている。あとはシロッコ少将の座上を待つばかりだった。
 そのシロッコは、港湾区画に併設されたVIPルームにたたずんでいた。耐圧ガラス越しに<ラウ・ドルワ>を眺めつつ、彼は背後の男に声をかける。
「殿軍の指揮を引き受けてもよい、と言うのだな?」
「そうではない。この<ヴァルハラ>は阻止限界点まで我らジオンが守り抜くと言っているのだ」
 答える男はラカン・ダカラン少将だ。冷笑を浮かべ、シロッコは言葉を返す。
「ほう。主殺しが祖国の誇りを語るのか」
「勘違いするな。私がハマーン様を裏切ったからと言ってお前にくみした訳ではない。ハマーン様にはジオンを背負いきる器量はない、そう判断したからだ」
「ふん。<ヴァルハラ>落としが成功すれば、盟約通りサイド3はお前達のものだ。私に新たな矛先を向けるなりなんなり、好きにすればいい。無論、むざと討たれるつもりはないがな」
 不敵に笑うシロッコに背を向け、ダカラン少将は部屋を出る。機関部へと迫るエウーゴを、彼は自ら撃退するつもりだった。

<ヴァルハラ>内の地形に精通したメテオール・フロッテの先導もあり、エウーゴは目指す機関部間際まで迫っていた。
 機関部に近づくにつれMSが利用可能な通路は数を増している。が、それに反比例するかのように幅は狭隘になっていた。部隊相互の連係は自ずと難しくなる。
 暗く深い森を連想させるようなその地を、ラカン・ダカラン少将は最後の防衛線に定めた。
「地の利はこちらにある。敵の動きを封じ、機関部へ近付けるな。この<ヴァルハラ>をエウーゴの墓標とするのだ」
 大音声で彼は将兵に命ずる。作戦の目的はエウーゴをおしとどめ、墜落する<ヴァルハラ>からの離脱を不可能たらしめるところにあった。
 戦力の中心はジオン親衛艦隊である。先の戦いで戦力を損耗した第3MS大隊に代り、ティターンズ第1MS大隊より二個中隊が派遣されていた。
 彼らの投入は数の不足を補うという意味もあったが、それ以上に「人質」としての意味合いが濃い。ダカランはシロッコを信用していなかったし、シロッコもそれを理解していた。ただ現在、互いの協力が必要だという認識を共有していたに過ぎない。それゆえの「人質」だった。

<ヴァルハラ>内決戦の第2幕はジオン親衛艦隊とエウーゴ第1遊撃戦隊の激突から始まった。第1遊撃戦隊の指揮を陣頭でとるのはコウ・ウラキ大尉だ。
 通路に陣取るジオンMSに対し、彼は部隊の一部を側面から回り込ませた。狭い通路を巡っての戦いだから、敵戦力が少数でも足止めをくらう。戦況がますます把握しがたくなることに不安を感じつつも、彼は自らのメルケ・ディアスを前進させた。とにもかくにも、進まねばここまで来た意味がないのだ。

 横から回り込もうとした通路の角を曲がったところで、バッズ・ニシハタ少尉は不意に一機のMSと遭遇した。サクラ・カツラギ中尉のドーガ・ツヴァイだ。
 間合いはふれあわんばかりに近い。咄嗟にカツラギはビームライフルの銃床でニシハタのメルケ・ディアスに殴りかかった。ニシハタは左手でそれを払おうとしたがわずかにカツラギの方が早い。がっき、と鋼鉄の銃床がメルケ・ディアスの左肩に食い込む。
「ぐ」
 全身を激しく揺さぶられ、ニシハタは気を失いかける。が、彼は歯を食いしばってこらえた。さらなる一撃をと再び銃床を振り上げるドーガ・ツヴァイに、彼はメルケ・ディアスを体当たりさせる。腰に組み付き、彼はドーガ・ツヴァイを床に叩き伏せた。馬乗りになって殴りかかるメルケ・ディアスの鉄拳をドーガ・ツヴァイは左腕で払う。
「よくもハマーン様を!」
 下から繰り出されるドーガ・ツヴァイの拳を受けつつ、ニシハタ少尉は言葉を返す。
「わからんのか、ハマーンを殺したのはシロッコだ」
「うるさいっ」
 叫びざまに、ドーガ・ツヴァイは腰に備えていたビームサーベルを抜く。だが、今度はわずかにメルケ・ディアスの方が早かった。振り下ろされたビームサーベルがドーガ・ツヴァイのわき腹を切り裂く。すばやく待避するニシハタ少尉の背後でドーガのジェネレーターが炸裂した。
「だいじょうぶですか、少尉?」
 指揮通信車からキラ・コウサカ上等兵が呼びかけた。かすれた声がそれに答える。
“コウサカ、増援を要請してくれ。まだ敵”
 不意に通信が途切れた。ずん、と振動が床面から伝わってくる。心臓を掴まれるような悲しみに耐え、彼女は状況を報告した。それが彼女の役割なのだ。

 シロッコらティターンズ・ジオン公国軍首脳の大半は軽巡<ラウ・ドルワ>で<ヴァルハラ>を離れた。第2MS大隊の護衛のもと、彼らは空母<トラファルガー>に合流する。
 一方、<ヴァルハラ>内ではラカン・ダカラン少将が粘り腰を見せていた。彼は主要通路にMSを配置し、エウーゴMSを迎え撃たせる。その一方で他の細かな通路から臨時編成の陸戦隊を敵戦線へと浸透させた。
 MSは主にティターンズ第1MS大隊、逆に陸戦隊はジオン公国将兵を中心としている。これは地理に疎いティターンズを活用するための措置だったが、別の意味もあった。彼はこれ以上ジオン公国が貴重なMSを失うべきではないと考えていたのだ。戦勝後を考え、彼はMSを温存しておきたかったらしい。だが、戦場の混乱のためかその方針は不徹底だった。陸戦隊には少なからぬ熟練パイロット達が含まれていたのだ。

 ダカラン少将がとった戦術にエウーゴ前衛は手痛いダメージを被った。
 主要な通路で待ち伏せるガンダムMK2に正面からかかっては損害が大きい。なにより時間もかかる。自然、エウーゴ側は迂回を試みた。だが、狭隘な通路を分散して進むMSは陸戦隊の絶好の標的となる。その非力さから「タケヤリ」と俗称される対MSロケット弾も、この狭苦しい戦場では大きな脅威だった。
 状況を把握したシャア・アズナブル准将はただちにブライト・ノア中佐に進言、MSパイロットらを中心に臨時陸戦隊を編成する。
「目指す機関部まであとわずか。しかし、残された時間はあまりに短い。MSにこだわり攻略を遅らせるべきではない」
 そう語り、彼は自ら陸戦隊の先頭に立った。

 他の部隊でも臨時陸戦隊の編成は進んでいたが、やはり白兵戦の一番手となったのはメテオール・フロッテ陸戦隊だった。
 機関部に向け進撃する彼等は突如、敵陸戦隊に出くわした。相手はエウーゴ後背に回り込むつもりだったらしい。が、互いに遭遇した敵を見逃せるはずもない。大気の残る通路は、たちまち銃声と兵士らの怒号に満たされた。
 メテオール・フロッテ陸戦隊のエーリッヒ・クラウス軍曹は通路の角から物陰へと跳んだ。無重量状態が保たれているここでは、走るよりも跳ぶほうが楽だった。
 物陰と言っても応急作業用の小さなロッカーの影だ。それでも遮蔽物があるだけましだった。
 彼はロッカーに身体を押し付けるようにして隠れる。と、不意に彼が持つ小銃の銃身に誰かが手をかけた。敵もロッカーの向こうに潜んでいたのだ。
「このっ」
 咄嗟に小銃を放し、彼は素早く反対側の壁にジャンプした。腰のホルスターから拳銃を抜き放ち、相手に向ける。
「女?」
 敵の美しい面立ちに彼は一瞬躊躇した。刹那、敵の銃弾が彼の胸を貫く。即死だ。壁に倒れ込むクラウス軍曹のまだ幼い顔を見て、彼女はわずかに眉をしかめる。
 ティターンズのノーマルスーツに身を包む彼女はユウキ・ヤツセ大尉だった。先の戦いで彼女は<レウルーラ>を大破せしめるという大金星を挙げている。その後彼女はプロペラントをフルに使って再加速、機体を捨てコア・ファイターのみで帰還したのだ。陸戦隊編成と聞き、彼女は自らそこに加わっている。
「貴様っ」
 不規則で短い跳躍を繰り返しながらバルトゥ・ガイヤール大尉が彼女に迫る。クラウス軍曹を目の前で殺された怒りが、彼に憤怒の表情を作らせていた。
 ヤツセ大尉は小銃で彼を狙い撃つ。弾はガイヤールの左肩を貫通した。が、怒りに燃える彼はそれをかすり傷ほどにしか感じない。体当たりをかけるガイヤールを彼女はロッカーを蹴ってかわす。が、よけきれない。
「よくもクラウスを」
 もみ合いの中、ガイヤール大尉は叫ぶ。彼女もまた拳と叫びをもってこれに答えた。
「あなたたちもカディスを殺したじゃない」
 カディスとはティターンズのエイジャ・カディス曹長のことだった。彼女はヤツセ大尉とともにコア・ランサーでメテオール・フロッテに突撃した際、対空砲火を浴び戦死している。
 ヤツセの拳が狙ったようにガイヤールの傷ついた左肩にヒットした。思い出したかのような激痛に彼は苦悶の表情を浮かべる。小銃の銃床を振り上げつつ、彼女はなおも言葉を続ける。
「どんな立派な御題目を並べたって、しょせんあなた達エウーゴも過去の愚かな革命家達の末裔でしかないわ」
「愚かな、だと」
 転がるようにして銃床をよける彼にヤツセはなおも言葉を投げ付ける。
「そうよ。たいそうな理想をうたって権力を握れば、かつての権力者と同じレベルに堕落する。あなたたちも同じよ」
「なぜそう決めつける?」
「エウーゴは違う、あなたはそう言いたいのでしょうね。でもそれでも結果は同じよ。革命政権の堕落を導くのは大衆の、人の愚かさなのだから」
「独裁におもねる者に言われるすじあいはないっ」
 ロッカーの扉で銃床を受け止め、ガイヤールは叫ぶ。
「まだわからないの? あなたたちは革命を消費したあげくに、民衆に消費されようとしているのよ」
「俺は『人』に絶望などしない」
 彼が強く言い切った瞬間、爆風が通路を貫いた。近くで交戦していたMSが爆発したのだろう。濁流に飲まれたように、二人は意識を失ったまま飛ばされていった。

「ふん、エウーゴめ。戦力を二分するからだ」
 空母<トラファルガー>のCICでパブテマス・シロッコはさも嬉しげに言い放った。
 クーデター、司令部の移動などで一時ティターンズ側の指揮系統が乱れたにも関らず、エウーゴは未だ<ヴァルハラ>周辺の制宙権を手にしていなかった。シロッコの言うとおり、部隊を<ヴァルハラ>内外の二つに割っていたからだ。
 条件はティターンズ側も同じのように思えるが、たった一つの港湾ブロックしか抑えていないエウーゴと小規模とは言え多数の港湾が利用できるティターンズ側では訳が違う。戦力を内外で融通できた分だけティターンズ側が有利だった。
 報告によると、ラカン・ダカラン少将等<ヴァルハラ>の殿軍はやや押され気味のようだ。
「だが、このペースなら問題ない」
 そう言って彼は一人ほくそ笑む。参謀等はその表情に魔物の冷笑を思い浮かべた。
「反撃だ。敵艦隊中枢を突く」
 唐突に命ずるシロッコに周囲の者たちは一様に当惑の色を浮かべた。底に多大な損害を与えているとはいえ、ティターンズ側の戦力損耗も少なくない。将兵の疲労も著しく、さらなる攻勢に難色を示すのも無理からぬ話だった。
「なにをしている。敵は橋頭堡を守るため部隊を扇状に広げているのだぞ。戦力を一点に集中させれば各個撃破も狙える」
「し、しかしマゼラン・ビットを欠く今、それはあまりにも投機的では」
「まだキュベレイは健在だ。ミネバ殿を前面に押し立てよ」
 その一言でCICにどよめきが広がった。仮にもミネバ・ザビは一国の元首である。キュベレイがMSとして高い完成度を持つと言ってもそのようなリスクに見合う程とは考えにくい。人々が異論を唱えようとしたとき、凛とした声が響いた。
「私が出ればジオン軍兵士らの戦意も上がる。そうお考えなのでしょう、シロッコ殿?」
 振り向く人々の目に一人の少女の姿が映った。深い藍色を基調とした上下に鮮やかな桜色のケープを羽織っている。万一に備え用意していたハマーン・カーンの服だ。だが、今それをまとうのは彼女ではない。サラ・ザビアロフ…いや、ジオン公国の新たなる総裁ミネバ・ザビだった。
「ハマーン様の死に疑念を抱く兵士もある様子。ですが、私が陣頭に立てば彼らとて再び戦意を奮い立たせるでしょう。皆、異存はなかろう?」
 元首の言葉に否と答えられるものもいない。攻勢が決まり、参謀等は急ぎ準備に取り掛かった。その様をしり目にミネバはシロッコに歩み寄る。触れ合わんばかりに近づくと、彼女は低くささやいた。
「あなたにとって私は、こういう存在なのでしょう?」
 初舞台を降りた女優が自らの演技についてたずねるかのように、彼女は問う。
「急ぎご準備を。ティターンズは全力を持ってミネバ様をお守りします」
 慇懃なシロッコの言葉に、彼女は笑ってみせる。ひどく寂しげな笑いだった。シロッコに背を向けつつ、彼女は小さくつぶやく。
「それでもわたしは、あなたを愛しています」
 そう言うと、彼女は振り向くことなくMSデッキへと向かった。

「ミネバ様、ご出陣っ」
 カタパルトから特異なシルエットのMSが舞い上がる。ミネバ・ザビのキュベレイだ。その胸部には略式だがジオン公国の紋章が描かれている。エルメスの後継者たるキュベレイにそれはよく似合っていた。
 続いて発艦したコウサク・アカシ大尉のアジャイル・ガンダムが彼女の前に出る。彼が信号弾を撃ちだすと、次々とMSがその周囲に集結してきた。キュベレイを中心に巨大な矢じりのごとき陣形が形成される。ティターンズとジオン公国は、動ける部隊すべてをそこに集めていた。その中には、ティターンズ第1MS大隊のアセ・ピロット中尉のガンダムMK2もいた。
「は、『ミネバ様』ね。たいそうなご出世で」
 やじるような声でつぶやき、彼はモニターごしにキュベレイへ不信感のこもった眼差しを向ける。と、不意にキュベレイのモノアイが彼をにらんだ。
 無論、MSのモノアイだ。単なるセンサーが感情を示している訳ではない。だが彼は、それに強いプレッシャーを感じた。
 それでも減らず口を叩こうとした瞬間、凛然たる少女の声が彼の名を呼んだ。
“ピロット中尉、でしたね”
「は、はい」
 背にじっとりと汗がにじむのを彼は感じる。それは幾度も聞いたサラ・ザビアロフの声ではない。いや、声の質は同じでもそれが与える印象は全く異なっていた。
“勇戦を期待します、中尉”
「ご、ご期待に沿えるよう全力を尽くします」
 虎のキスでも受けたかのように、彼は声を震わせる。ミネバはそれを聞いて満足げに微笑んだ。

 ティターンズ側はアトキンソン戦隊に目標を絞っていた。アトキンソン戦隊はエウーゴの旗艦と目される<ドライヤー・ギュント>をカバーしている。通信の状況からすると<ドライヤー・ギュント>にはエウーゴの上級司令官が集中しており、これを叩けば敵の意思決定能力を粉砕できると考えられたからだ。
 無論、エウーゴとてむざむざやられるつもりはない。まずヘンケン・ベッケナー中佐の第3遊撃戦隊がゼータを上げると、シンゾウ・サクマ中佐のウォズ戦隊も呼応してコア・ブースター2を差し向ける。両隊ともMSは戦線を支えるので手いっぱいだったが、このような時のために少数ながら迎撃部隊を残していたのだ。
「こんな時だからこそ焦るなよ、ナガハラ少尉。俺達には一撃しかできないんだから」
“了解、了解。久々のコア・ブースターでも感はわすれちゃいませんよ”
 ダイスケ・ナガハラ少尉の声を聞き流しつつ、カズヤ・リックマン中尉は背後から照準器を引きだす。
 敵の編成はばらばらだが、隊列は乱れていない。アトキンソン戦隊とぶつかるまでに少しでも敵の陣形を崩しておきたいところだ。ゼータ隊にも期待したいところだが、その数は限られている。何しろゼータはマゼラン・ビットとの戦闘後ようやく回収されたばかりで、整備・補給がすんだ機体はごくわずかだった。
 重い責務に、リックマンは唾を飲み下す。と、何機かのMSが編隊からわかれ彼らの方へと迫ってきた。
“さっそくのお出迎えですぜ、中尉”
「ふん。ナガハラ、元連邦軍の意地を見せてやろうじゃないか」
 加速すると、敵機の姿が照準器の中で瞬く間に大きくなる。
「MK3、か」
 迫りつつあるそれはセヌカ・アシャンティ中尉のガンダムMK3だった。橋頭堡を巡る攻防で敗北を喫した彼女は復仇の念に燃えていた。
(復仇?)
 自らの思いに彼女は疑問を抱く。自分は、愛想のない、頑固で、意固地な女のはずだ。その私が仲間の仇をとろうなどと思うわけもない。そう彼女は言葉にしようとした。だが、できない。戦死したローマ・ローマ少尉のことが脳裏に浮かぶ。姑息で陰険で、いやな女だった。だが以前、彼女がふとひどく寂しげな表情をしたのを思い出す。
「彼女も、泣いたのだろうか」
 コクピットで彼女は小さくつぶやく。その思いとは別に、彼女はコア・ブースター2への攻撃を開始した。ビームの輝きが彼我の間に横たわる闇を埋める。
 敵は一層加速し、間合いをつめる。瞬間、ビームが彼女の機体を抉った。彼女はふと、敵兵士も泣くのだろうかと思う。それが彼女の最後の思念だった。

 コア・ブースター2とゼータによる迎撃を突き破り、ティターンズ等はアトキンソン戦隊に迫る。比較的損害の少ないアトキンソンだったが、その激しい攻撃にじりじりと後退を強いられた。
 だが、それが逆にエウーゴに好機を与える。先の橋頭堡での戦いで突出が敗退につながったことをティターンズ側兵士達は記憶していた。今回もそうなってはならじと兵士達は無意識のうちに攻撃のペースを抑制する。混成部隊だったことがさらに災いした。進撃ペースの差から、堅く組まれていた陣形にわずかな乱れが生じたのだ。
“ランヌ少尉、マツナガ少尉、今だ”
 MSの指揮を担うアムロ・レイ少佐が叫ぶ。コクピットに響くその声に、ジャン・ランヌはにやりと笑った。
「っしゃあっ、行くで!」
 大音声で叫ぶや、彼はアサルト・ディアスを一気に加速させる。それにヴァージニア・エミルトン機とシェリル・メッツァーのガンダムMK2が続いた。
 同時に、マコト・マツナガ少尉、ミユキ・シーラル少尉、イェン・ファビラス曹長も加速する。二つの小隊はそれぞれ一直線の縦隊を組んだ。機体の特性を活かし、彼らは敵のわずかな隙に潜り込む。
「抜かせはせん」
 ピロット中尉のガンダムMK2が立ちはだかる。だが、二つの縦隊は瞬時に横隊に変化した。方位角の変化に照準が追い付かない。
「この戦術、ジェット・ストリーム・アタック!」
 呻く彼の機に、エミルトン軍曹のライフルが命中する。ビームライフルを握っていたガンダムの右腕が吹き飛んだ。
「ぐ」
 刹那、彼の足下から伸び上がるようにしてビームの剣が突き出される。メッツァー伍長のガンダムだ。ビームサーベルの閃光がピロットの見た最後の光景だった。

 二個小隊によるジェット・ストリーム・アタック。これこそがアトキンソン戦隊の切り札だった。
 ジェット・ストリーム・アタックは一年戦争で「黒い三連星」と渾名されたパイロット等によって編み出された戦術である。戦後十六年たった今、それは古典的な手法と見なされている。だが、それをアサルト・ディアスやガンダムの高い加速力と組み合わせたら…レイ少佐はそう考えたのだ。
 かつて「黒い三連星」を討ち取った彼はさらにその着想を発展させ、二個小隊を組み合わせることとした。狙うは紋白蝶、キュベレイである。
 猛速で六機はキュベレイに迫った。ミネバ、いや、サラを守らんとアカシ大尉のアジャイル・ガンダムが割って入る。
「化け物、あんたの相手はこっちだよ」
 シーラル少尉が叫ぶ。彼女とマツナガ、そしてファビラスが一斉にアカシ機に襲い掛かった。スマートガンがマツナガ機をかすめ、右肩の装甲板をはぎ取る。が、それでも三機は怯まずにアジャイル・ガンダムへと迫った。
 マツナガ機が下段を薙ぐようにしてはらう。スラスターをふかして回避するアカシ機に、続くファビラスが裂帛の気合とともにビームサーベルを突き出す。が、アカシはその腕を逆にビームサーベルで切り落とした。
 しかしシーラルのアサルト・ディアスは早くも彼に肉薄していた。すでに剣を振るう間合いすらない。シーラル機は固めた拳をアジャイル・ガンダムの顔面に叩き付けた。凄まじい相対速度のカウンターパンチだ。アサルト・ディアスの拳のみならず、二の腕ごともげ落ちる。だが、その代償としてアジャイル・ガンダムの首もちぎれ飛んだ。
「いけっ」
 マツナガが短く叫ぶ。その声を背に、ランヌ小隊の三機はキュベレイへと迫った。
「おおおっ」
 先頭のランヌがビームライフルを放った。同時にエミルトン軍曹が右に、メッツァー伍長が左に機体を滑らせる。ランヌのビームをかわしたキュベレイに二人はそれぞれライフル弾と光弾を撃ち込む。が、それはわずかに逸れた。きわどいところでキュベレイは難を逃れる。
「いけるぞ。もう一回だ」
 再び縦隊を組み直し、三機はキュベレイに突っ込む。ビームライフルを投げ捨て、ランヌはビームサーベルを構えた。肉薄する彼を前に、ミネバは不敵に笑う。
「わたしを、キュベレイを甘く見ないで」
 瞬間、ランヌはキュベレイの背後で何かが爆発したかと思った。高速で飛び散る破片のようなそれが、急速に彼のアサルト・ディアスに迫る。
「ミサイル!」
 彼の驚愕も無理はない。ミノフスキー粒子の実用化後、そのように小型のミサイルはありえないものとされていた。
 ミノフスキー粒子散布下ではコンピュータは高価かつ大型のシールド機器なしでは動作しない。一年戦争後シールド技術は進歩していたが、未だMSが携帯できるほど小型のミサイルは実用化されていなかった。否、そのはずだった。ティターンズはサイコミュ技術の応用でこの問題をクリアし、キュベレイ腰部スカートの内側に装備させていたのだ。
 次々と命中するミサイルにランヌ機はたちまち戦闘力を失う。ランヌ機の肩越しにライフルで狙い撃とうとしていたエミルトンのディアスもわき腹に一撃を浴びていた。コクピットに近かったせいか、身動きがとれぬようだ。
 とどめとばかりにキュベレイはミサイルを再度斉射する。それは四方からメッツァーのガンダムへと襲い掛かった。ビームサーベルを抜き、ガンダムはそれを切り払う。一発、二発…が、間に合わない。メッツァーが覚悟を決めた瞬間、一枚の盾が二つのミサイルから彼女を守った。
 ランヌが自らの盾をミサイル目掛けて投げ付けたのだ。しかしそれは、眼前の敵に背を向ける行為だった。
「邪魔だてを!」
 叫びとともにミネバは鋼鉄の爪をランヌ機の背に深々と突き立てた。
「ランヌ少尉!」
 アサルト・ディアスのハッチから敵の指先が飛び出している。それがマニキュアでも塗ったかのように赤く染まっているのを見たとき、彼女は怒りに我を忘れた。
「このおおっ」
 たった一機でメッツァーはキュベレイに肉薄する。ランヌ機の残骸を振り払うと、キュベレイは三たびめのミサイルを放った。
「見える!」
 ビームサーベルの切っ先を目まぐるしく振るい、ガンダムはミサイル全弾を叩き落とす。その動きはさきほどまでのそれとは異なるレベルに達していた。
「このガンダム…あのニュータイプかっ」
 キュベレイのコクピットでミネバはまなじりを決する。
「あなたには死んでもらうわ。シロッコ様のために」
 逆に間合いを詰め、キュベレイはするどい爪を繰り出す。ガンダムは素早く体をかわすが、よけきれない。血にぬれたその爪が頬を彫刻刀のように抉る。
「シロッコのため? ふざけるな」
 叫びざまガンダムは下段からビームサーベルを振り上げる。瞬間、メッツァーはそこにミネバの…いや、サラ・ザビアロフの姿を見た。身体の線に幼さの残る少女のイメージ。だがそれは瞬く間に丸みを増し、たわわにに実る果実のように成熟した女性の姿となった。
(シロッコを殺させはしない)
 女性の幻像は両の手を広げメッツァーの前に立ちはだかる。
(彼は愛することを知らない。だからいつも一人。肌を重ね合わせても一人。でも、わたしがいる。あの人の道具であり、妻であり、母であるわたしがいる)
 幻像はますます膨張していく。豊かな乳房、丸く膨れた下腹部。少女だったはずのその影はいつしか母親のそれとなっていた。
(お前にシロッコはわたさない!)
 幻像の両手がガンダムに迫る。だが一瞬早く、ガンダムのビームサーベルがその乳房の下を貫いた。
 絶叫がメッツァーの耳を聾する。幻影は消え、そこには胸部を貫かれながらも左の指先で襲い掛かるキュベレイの姿があった。
 振り下ろされる鉄の爪がガンダムの胸を抉る。咄嗟にメッツァーは緊急時用のグリップを引いた。
 キュベレイの、そしてガンダムのジェネレーターが爆発する。なにもかもは二つの火球に消えたかのように見えた。

 その頃、<ヴァルハラ>内の戦闘は終幕を迎えつつあった。ラカン・ダカラン少将の戦術に当初は翻弄されたエウーゴだったが、今やこれを圧倒しつつある。
 ダカラン少将はすでに撤退を始めつつある。阻止限界点が間近に迫りつつある今、戦い続ける意味はティターンズ側にはなかった。
 友軍の撤退を支援すべく、ダカラン少将は自ら最前線に立った。彼はその時、自らを運命が導いたと確信する。彼が相対する敵は、シャア・アズナブル准将率いるメテオール・フロッテだった。
 二人の戦いは熾烈を極めた。あたかもアズナブル准将一人を狙うかのようにダカラン少将は攻撃を集中させる。互いに慣れぬ白兵戦であることも手伝って、攻防は一進一退を繰り返した。
 勝敗を決めたのはアイリス・イールセン中尉の部隊だった。メテオール・フロッテの切れ者として知られる彼女は大きく戦場を迂回、ダカランの本陣を突く。
 攻勢一本槍だったダカラン側の防備は手薄で、本陣は崩壊、ダカラン少将自らが重傷を負った。ティターンズ・ジオン公国軍の<ヴァルハラ>内における組織的抵抗はこの段階で終結した。
 なお、殊勲のイールセン中尉は不運にも跳弾によりその命を落としている。その死に顔は満足げだったという。

 太股から流れ出る血を熱いと感じなくなったとき、ラカン・ダカランは自らの死を悟った。照明は生きているはずなのに、ひどく暗い。いや、そう感じるだけだろう。徐々に狭まっていく視野に、ひざまづく男が入った。いかに意識が混濁しようと見間違うはずもない。シャア・アズナブルだった。
「やはり、お前には勝てなかったか」
 横たわったまま、彼はそう言って笑う。
「わたしは、お前がねたましかった。名誉、戦歴、そしてハマーン様のご寵愛もお前には勝てなかった。だから私は、シロッコについた。そしてハマーン様を裏切った。愚かな奴と笑ってくれ」
「それ以上言うな、ラカン。終わったことだ」
 アズナブルの制止に彼は小さく首を横に振った。
「いや。私はハマーン様を撃てなかった。第7接見室におつれし、自害をお勧めしただけだ。ひょっとするとまだ間に合うかもしれん」
 その言葉に、アズナブルは仮面の下の眼を大きく見開いた。
「急げ。まだ間に合うかもしれん」
 立ち上がり敬礼をすると、アズナブルは足早に駆け出す。続く兵士らの靴音を聞きつつ、ダカランはかすれる息の中つぶやいた。
「真の忠義はお前だったな、シャア」
 それが勇将の最後の言葉となった。

 ダカラン少将の戦死により<ヴァルハラ>内の防衛網は壊乱した。そこを突き、目指す機関部に突入したのは、自由ジオン第1大隊だった。激しい息切れに大きく肩を上下させつつも、シブリー・ブラックウッド少尉は機関操縦板にとりつく。 「軍曹、そっちのコンソールを。プロペラントのロックを解除して。少尉はノズル・アクチュエーターの動作チェックを」  ヒ・ディ・スワラジ軍曹がコンソールに向かい、ヒルダ・フォン・ザビロニア少尉がインジケーターをにらむ。阻止限界点まで、残す時間はあとわずか。しかし、まだ間に合う。  矢継ぎ早にキーボードを叩くブラックウッドは、モニターの隅に表示されたメッセージに息を飲んだ。 「少尉?」  不意にやんだキーの音にスワラジ軍曹が顔を上げた。ブラックウッドが、詰まる言葉を口から押し出す。 「プログラムに、タイムスイッチが組み込まれている…機関の制御が可能になるまでにあと三十分はかかる」 「ハード的になんとかならないの?」  ザビロニアの言葉に彼女は首を横に振った。 「このタイプは七重のフェイルセーフ機構が組み込まれています。そのすべてをクリアするには三時間は必要です」  彼女らに出来ることはもはや状況の報告だけだった。  数分後、ブライト・ノア中佐は苦渋に満ちた声で総員に撤退を命じる。作戦は、失敗に終わった。

「この愚か者の頼み、聞いてやってくれ」
 メテオール・フロッテのフレイ・ルディス大尉の腕の中で男が呻く。ジオン公国軍のガレイフェル・ガラファール中尉だ。
 第七接見室に彼らがたどり着いたとき、そこには一個小隊ほどの兵士が転がっていた。その中でただ一人息があったのが、ガラファールである。
「エルピー・プルからダカラン少将の裏切りを聞き、私はハマーン様をお救いすべくここに駆け付けた。だが、ウラガンの手勢に我々は不覚をとった…無様だ」
「それでハマーン様は?」
「混乱に乗じ、逃げられたようだ。ウラガンたちもハマーン様を追っている。どうか頼む、ハマーン様を。そして憎きシロッコへ俺に代わって制裁を」
 険しい形相でそこまで語ると、ガラファールの首はがくりと折れた。

 ノア中佐の撤退命令を受け、アズナブル准将はメテオール・フロッテ将兵に退却を厳命した。激しい憤りを堪え、彼らは粛々と港湾へと向かう。が、あえて准将の命令に逆らう者もいた。
「お手伝します、准将」
 ルディス大尉が彼らの意志を代弁すると、アズナブルはわずかに頭をたれた。

「は、やっと追い詰めたぜ」
 流出する空気の中、ウラガンはそう言って乾いた唇を舐める。その血走った目が見つめるのは、ハマーン・カーンであった。
「俺があんたを殺れば、ダカラン准将がいらぬ情けを示したことが明白になる。あの男も失脚、汚れ仕事ばかりさせられていた俺もようやく日の当たるところにでられるって訳だ」
 空気流出に伴う警告音が響く中、彼はつぶやく。彼は未だダカランの戦死を知らない。欲望にぎらつくその目と冷たく輝く銃口に、ハマーンはただおびえていた。通路は行く手で破れており、真空に身を投げるしか逃れる術はない。
「死ね」
 銃声が響いた瞬間、彼女はそこに信じられぬ情景を見る。ウラガンに組み付き、壁に押さえ込まんとする仮面の男。シャア・アズナブル准将だった。
「お逃げください、ハマーン様」
 わずかに顔を上げたアズナブルの腹にウラガンが拳銃を突き付けた。一発、二発。乾いた破裂音が響く。
「シャア!」
 反対側の壁に弾き飛ばされたアズナブルにハマーンは駆け寄る。
「シャア、しっかりしろシャア」
「赤い彗星、か。裏切り者がよくものこのこと」
 切れた唇から血をしたたらせつつ、ウラガンは二人に歩み寄る。拳銃を握る右手を、彼はゆっくりと上げた。
「もう一度言う、死ね」
 刹那、銃声とともに弾け飛んだのはウラガンだった。頭蓋から血を流し、彼は流出する空気の中に転がった。
「准将!」
 フレイ・ルディス大尉とマティ・ヤーガ曹長が走り寄る。ウラガンを撃ったのはルディス大尉だった。
 駆け寄ったヤーガはアズナブルのおびただしい出血に目を覆う。仮面の下の顔は青ざめ、その生が残りわずかであることを示していた。
「ヤーガ、すまん」
「准将…」
「仮面を、この仮面をはずしてくれ」
 とぎれとぎれの言葉に彼女はうなづいた。固い金属音とともにラッチがはずれる。仮面の下から現れた顔に、皆は一様に息を飲んだ。
「そう、私はジオン・ダイクンの子。歳を重ねるごとに父に似る面立ちを隠すために、私は仮面をつけていた」
「准将が、キャスバル・ダイクン」
 ルディスの言葉に彼は小さくうなづく。
「ハマーン様。私は、私は間違っていた。仮面を取り、あなたに我が思いのすべてを伝えるべきだったのだ」
「もうよいのだ、シャア。もうよい。」
 ひざまづくハマーンは、彼の頭をひしと抱きしめる。あふれる涙が勢いを増す風に流れた。
 警告音がひときわ高まり、遠く重厚な金属音が響く。隔壁が閉鎖されつつあるのだ。
「ハマーン様、ここは危険です。今すぐ待避を」
 ルディス大尉の言葉に彼女は首を横に振った。
「気遣いは無用だ。下がれ」
「しかし」
「下がれっ…たのむ」
 隔壁の降りる音が近づいてくる。その中でハマーンの命令は、今まで彼女が発したすべての言葉以上に強く響いた。最敬礼を残し、二人は足早に駈け去る。それだけが今の二人に出来ることだった。
 掌でシャアの瞼を閉じさせると、ハマーンはより一層強く彼を抱きしめた。ぬくもりを急速に失っていく男の身体に、彼女の涙がこぼれ落ちる。
「やはり私を守ってくれたのだな、シャア」
 破孔から、船体外壁が剥がれ落ちる。真空の宇宙に投げ出された瞬間、彼女は大きな安らぎを感じた。

 わずかずつながら<ヴァルハラ>の外壁が剥がれ飛ぶ。極々薄いながらも「大気」との摩擦がはじまったのだ。地球光にきらめくそれは、阻止限界点を超えたことの証だった。
 砲火を交えるでもなく、両軍は徐々に<ヴァルハラ>から離れていく。互いに攻勢に失敗し、継戦能力を失っていたのだ。双方の残存勢力は互角。だがそれは、強力な基盤を有するティターンズ・ジオン公国の勝利を意味していた。
 空母<トラファルガー>のCICに、シロッコの哄笑が高らかに響く。
「はは! はははっ! 我らの勝利だ。新たなる時代の幕開けだ」
「少将、ダカラン少将とミネバ・ザビ様の…戦死を確認しました」
 情報参謀の声すら、彼の耳には入らぬようだ。モニターに映し出される<ヴァルハラ>を前に彼は絶叫する。
「ご照覧あれ父上、新たなるバベルの塔の崩壊を! 死と混乱、血みどろの生存闘争…真なる人の革新の始まりを!」
「こいつ、狂ってやがる」
 彼の目の異様な輝きに、オム大隊のレオン・ジェファーソン大尉はつぶやいた。

 エウーゴ第1遊撃戦隊は、ノア中佐とともに<ヴァルハラ>を最後に離れていた。
「MSを捨ててでも脱出せよ」
 と中佐が命じたため、将兵のほとんどはどうにか撤退に成功している。だが、そこには安堵も喜びもない。これまでの長きにわたる戦いの意味のすべてを失い、今のエウーゴ将兵に言葉はなかった。
 戦力再建は事実上不可能に近く、<ヴァルハラ>落としをとどめる術はもはやない。誰もがそう思い失望の淵にたたずんでいたとき、一人の男が獅子吼した。第1遊撃戦隊、コウ・ウラキ大尉である。
「僕は…僕はいやだ!」
 叫ぶや否や、彼は自らのメルケ・ディアスを再び<ヴァルハラ>への向かわせる。
“あきらめない、おれはあきらめないぞ”
<ヴァルハラ>の艦首、すなわち現在の進行方向から言えば後ろがわに彼のメルケ・ディアスは取り付いた。彼の唐突な叫びに、エウーゴのみならずティターンズやジオンの将兵も注目する。
“無駄でもなんでも、おれはあきらめない。やれることをやるんだ”
 メルケ・ディアスのバーニアが一際強く輝く。
「ははっ! あいつ<ヴァルハラ>をMSで押し出すつもりか?」
 ティターンズ第2MS大隊のアンガス・マクライト中尉がガンダムのコクピットでその様をあざわらう。すでに大気による制動が始まっている<ヴァルハラ>をMSごときで軌道から押し出せるはずがない。
“一度ならず二度までも大殺戮を眺めさせられてたまるかっ。そんな甲斐のない人生なんて、おれは認めない!”
 叫びながらも彼のメルケ・ディアスは懸命に<ヴァルハラ>を押し続ける。
「悪あがきはやめろ!」
 ビームサーベルを抜き、マクライト機が身動きのとれぬメルケ・ディアスに迫る。
「無駄、無駄、無駄なんだよ。人が流れにさからおうなんてのはな」
 鋭い切っ先がウラキ機を貫こうとしたとき、一機のアサルト・ディアスが割って入った。イェン・ファビラス曹長だ。
“落ち葉じゃあるまいし、人が流されるだけでいいわけねぇっ”
 胴をはらわれ、マクライト機が真っ二つに両断される。その爆発を背に浴びつつ、ファビラスもまた<ヴァルハラ>に取り付く。
“手伝わせてもらうよ、ウラキ大尉”
 バーニアをふかし、彼もまた<ヴァルハラ>を押す。その横に、一機、また一機とMSが集う。
“ここで自分を裏切ったら一生後悔する。手伝わせてください”
 ジーマのコクピットでシルディ・ウィンザー曹長が言う。
“大尉のような妻子持ちにだけこんなあぶないことはさせられませんな”
 軽口を叩くのはポール・タレイラン中尉だ。シブリー・ブラックウッド少尉のガザまでがそこに加わる。
“ここまで来て…あきらめられませんっ”
“ジオンの兵士は「あきらめ」なんて言葉はしらないよっ”
 そう言ってとりつくのはエレノア・ドールのドーガ・アインだ。
 ひどくはかなげに見えたバーニアの輝きが、一つ、また一つと増えていく。集う輝きは決して無力ではなかった。それに呼び込まれるように一機の黒いガンダムが輝きに加わる。シンイチロウ・サカイ少尉のMK3だ。
“こんな面白いこと、エウーゴだけに任せられるもんか”
 堰を切ったように次々とMSが集まる。無数のバーニアの輝きが戦場を照らし出した。しかしなお、<ヴァルハラ>の速度は上がらない。高度はじりじりと落ちつつあり、大気摩擦も一段と激しくなってきた。
 絶叫とともに一機のジーマが弾き飛ばされる。乱流に巻き込まれたのだ。この高度で操縦の自由を失えば墜落しかねない。だがそれでも、<ヴァルハラ>に群がるMSの数は増すばかりだった。

「虫けらが、まだ己の非力を悟らぬか」
 空母<トラファルガー>のCICでシロッコが呻く。
「反転せよ! 虫けらどもに引導を渡すのだ」
 しかし、誰もそれに答えようとはしない。参謀等も消極的な抵抗の色を顔に浮かべていた。
「貴様等も、貴様等もかっ」
 ののしりつつ、彼は扉へと向かう。
「少将、何処へ?」
「私自らハンティング・ガンダムで出る」
「ハンティング・ガンダム! あれはまだ組み上がったばかりです。実戦などとても」
「構わん!」

 一方その頃、軽巡<ラウ・ドルワ>はゆっくりと<トラファルガー>の側から離れようとしていた。そのブリッジに立つのはオム大隊のジェファーソン大尉である。彼とその傍らに立つジル・マックール准尉の手には拳銃が握られていた。
「あのシロッコの下では、遠からずティターンズは自滅する。我らはサイド3のジオン公国軍に合流し、アクシズが新たな力を蓄えるのを待つ。その時こそ地球復権のための新たな戦いの始まりなのだ」
 彼らはそう主張し、<ラウ・ドルワ>を乗っ取る。シロッコのやり方に疑念を抱く者も多かったため、乗っ取りは予想以上に楽だった。
 ほくそ笑む彼の耳に、オペレーターの叫びが響く。
「<トラファルガー>の方向より高熱源体接近っ、速い!」
「数は?」
「一つです」
「ミサイルとは思えんな。とりあえず」
 そこまでで彼の言葉は中断させられた。スマートガンの放った光弾が<ラウ・ドルワ>のブリッジを粉砕したのだ。
 動揺する<ラウ・ドルワ>にさらなる一撃が加えられる。巨大な火球と化した巡洋艦を突き抜け、それは現れた。
 ハンティング・ガンダム。アジャイル・ガンダムにマゼラン・ビット主砲と同型の大口径粒子砲を装備したそれは、MSの究極の姿の一つだった。
 長大な砲を右肩に装備し、その後端にはジェネレーターとスラスターが増設されている。図太い砲身をさけるため、グロテスクにも頭部は左にオフセットして取り付けられていた。
「はは、見たかこの力! これこそ私の理想! 最強のちから!」
 他に類を見ない高加速で、ハンティング・ガンダムは<ヴァルハラ>に集うMSたちへと迫る。
「面かじ! MSたちの盾となるぞ」
 シンゾウ・サクマ中佐の命令一下、重巡<ロベルト・ケルナー>がハンティング・ガンダムの軌道上に出る。軽巡<トラブゾン>、<レベルド・エッティンガー>もこれに続いた。砲撃を集中するが、ハンティング・ガンダムはびくともしない。桁違いに強力なIフィールドだ。
「化け物め! 操舵手、すまんが頼む」
「覚悟は決めています!」
 サクマ中佐の言葉に操舵手は力強く舵を取る。正面からハンティング・ガンダムにぶつけるつもりだ。
「すまんな。艦を預かる者として申し訳ない」
 サクマがそう言った時、なにかがその頭上を飛び越した。
「ゼータ? いや、違う」
 我が目を疑うサクマ中佐に深紅の残像だけを残し、それはハンティング・ガンダムへと突撃する。そのコクピットには、シェリル・メッツァーの姿があった。

 時をわずかにさかのぼる。
 キュベレイを撃破したものの、メッツァーのガンダムMK2もその最期の反撃に破壊されていた。彼女にとって幸運だったのは、ガンダムシリーズ特有のコア・ブロック・システムである。これのおかげで爆発の焔の中から彼女はどうにか離脱した。
 だが、あまりの衝撃にコア・ブロックは操縦不能となった。にもかかわらず彼女が生き永らえたのは、ヴァージニア・エミルトン軍曹がそのコア・ブロックを守りきったからだった。
 戦場から逃れ、エミルトンは<ヴァルハラ>の放棄されたカーゴ・ドアに潜り込む。そこで彼女が見出したのは深紅に彩られたゼータの姿だった。
 その機体が、先に復仇をルディス大尉に託して死んだガラファール中尉の機体であるとは彼女には知る由もない。
 かつてエウーゴの一員だった彼は、ゼータとともにジオン公国軍に亡命した。彼にとって、エウーゴはかりそめの場所でしかなかったのだ。
 ジオンの技術者はゼータのポテンシャルに驚嘆し、これをジオンの用兵思想に適した形に改造する。
 ZionのZeta、それゆえにそのマシンはダブルゼータと呼称されていた。
 エミルトンはコア・ブロックを守りきったことで安堵したのか、そのまま力尽きる。先のキュベレイとの戦いで、彼女は腹部に重傷を負っていたのだ。
 メッツァーが目覚めたとき、彼女はあらかじめそうすることが定められていたかのようにダブルゼータに乗り込んだ。
(そう、あなたならできるわ)
 かすかにエミルトンの声が聞こえたような機がする。
(急がんかい、メッツァー)
 ランヌ少尉のどやしつけるような声も、背後から響いてきたように感じる。
 迷うことなく、彼女はダブルゼータを発進させた。倒すべき敵は、皆が教えてくれる。

「ダブルゼータ? ジオンの連中め、やはり完成させていたのか」
 正面から迫る深紅の機体にシロッコはわずかに戸惑いの色を浮かべる。が、それはすぐに嘲笑へと変貌した。
「そのようなつぎはぎのMAがなにほどのものか! 返り討ちにしてくれるわ」
 素早く照準をあわせ、彼はダブルゼータを狙撃する。一発、二発。小刻みな機動でメッツァーはそれをかわす。が、すべてをよけきれるはずもない。第三射がダブルゼータをくし刺しにしたかのように見えた。
「なにっ」
 スマートガンの直撃をダブルゼータはIフィールドで弾き返す。そう、ジオンの技術者達は大気制動能力をオミットし、代りに強力なIフィールドをダブルゼータに付与していたのだ。
「ふ、しかしそれも無駄というもの。このハンティング・ガンダムにとってスマートガンは照準砲でしかないっ」
 モーター音とともにハンティング・ガンダム右肩の主砲が前にせり出す。あまりの長大さに、射撃時以外は位置をずらして固定せねばならないのだ。まさしく異形そのもののMSである。
「死ね!」
 巨大な光弾が撃ちだされる。さしものダブルゼータのIフィールドをもってしてもこれに耐えうるはずがない。シロッコは勝利を確信した。
 瞬間、そこに一つの影がわって入った。首を失ったアジャイル・ガンダム、そう、コウサク・アカシ大尉の機体だった。
「私は、サラを守るっ」
 全エネルギーをIフィールドに集中させ、彼は機体ごとダブルゼータの盾となった。なぜ彼がそうしたのかは誰にもわからない。ただ彼は、ダブルゼータにサラの意識を感じた。それゆえの、行為だった。
 強力な光弾に、アジャイル・ガンダムは奔流の中の土くれのように溶け落ちる。しかし、アカシの意図は果たされた。すべての破壊力を自らの機体で受け止めた彼は、彼にとってのサラ…メッツァーを守りきったのだ。
 爆発の輝きを突き抜けて、ダブルゼータはハンティング・ガンダムに襲い掛かる。至近距離だ。その時、メッツァーにはシロッコの姿が見えた。それはまだ幼い、快活そうな少年の姿をしていた。
(なにが『おとうさん』だよ。お母さんがこんなに苦しんでいるというのに)
(パブテマス、そんな言い方はやめて)
(ぼくは許さないよ、お母さんを泣かせる奴を。ぼくは強くなる。強くなって、おとうさんより強くなって、ぼくは…)
 自らの瞳から涙があふれ出ていることにメッツァーは気付いた。静かな口調で彼女は語りかける。
「私が撃つのは、あなたじゃない。あなたの、その憎しみの心」
 トリガーが引かれ、ダブルゼータのスマートガンが火を放つ。ほぼゼロ距離から撃ちだされた光弾はハンティング・ガンダムの強力無比なIフィールドをも貫いた。
 コクピットごと、パブテマス・シロッコは灰燼と化す。その懐に収められていたロケット、そしてその中の両親の写真とともに。

 巨大な爆光が<ヴァルハラ>を照らす。今や生き残ったMSやMAのほぼすべてが<ヴァルハラ>に取り付いているが、速度はまだ上がらない。高度も落ちてゆくばかりだ。大気は次第に濃くなり、機体の温度上昇も著しい。機体を制御しきれず乱流にはじかれるMSも増えてきた。
「ここまで、ここまで来てっ」
 涙を流すまいとドゥルガー・キサラギが歯を食いしばる。と、彼女は後方モニターに妙な光を見つけた。涙が乱反射したかと思い、彼女はノーマルスーツの袖で目をぬぐう。
 一つ、二つ。星のような小さな光は少しづつ輝きを増している。いや、後方のそれだけではない。右から、左から、さまざまな方向から光が接近してくる。その数はもはや数えきれない。激しいノイズの向こうから次々と声が響く。
“第十六戦隊、イ・ビン大佐だ。遅れてすまん”
“こちらはオラクル分遣隊、加勢します”
“サイド7、ラディウス戦隊参上!”
“こちらはジオン公国軍モトリー隊、遅ればせながら手伝わせていただく”
“サイド6アキィラ中隊、どこにとりつけばいい?”
「みんなが、世界中のみんなが…」
 キサラギはそれ以上声に出来なかった。涙があふれてしまうからだ。

 気が付くと、メッツァーは一人だった。ハンティング・ガンダムの爆発で機体は焼け、モニターには警告マークがずらりと並んでいる。
 このまま死ぬのかな、と彼女は思った。物心ついたときから一人だったし、それからもずっと一人だった。だから、一人で死ぬのも怖くない。そうも考えた。
 だがふと、彼女は振り返った。地球が鮮やかな、しかし冷たい青に輝いている。その手前に黒く長大な影が横たわっていた。<ヴァルハラ>だ。気のせいか、さきほどより随分と速く感じる。
 その一端に、彼女は目を凝らした。小さな、ひどくささやかな光。しかしそれは集い、結び、力強く輝いている。
 スラスターをふかして機首を巡らせると、彼女はその輝きに向かってダブルゼータを加速させた。通話回線を開き、彼女は報告する。
「シェリル・メッツァー伍長よりアトキンソン戦隊へ。これより帰還する」

-完-


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