カワニナの生態
カワニナの生態
−ホタル幼虫と共存する生き物−
愛知ホタルの会 高見 明宏
1. 分類・分布
カワニナは、軟体動物門の巻貝の仲間で、雌雄異体(オスとメスの比率はほぼ同じ)です。オスとメスの区別は、貝殻を見ただけではわかりません。卵は母親のおなかの中でふ化して貝殻ができるまで成長します。ある程度大きくなると順々に産み出されます。
カワニナの仲間は、日本には18種すんでいます。そのほとんどが琵琶湖水系の特産種です。愛知県には、カワニナ、チリメンカワニナ、クロダカワニナの3種が生息しています。カワニナは県内ほぼ全域に、チリメンカワニナは濃尾平野の下流に多く生息していて、2種が同じ箇所にすんでいる河川もあります。クロダカワニナの生息場所は少ないので、愛知県の準絶滅危惧種に指定されています。
2. 生態
(1) 生息場所
河川にすむカワニナ類は、いろいろな環境に生息できるようで、農薬や合成洗剤などの毒性のある水が流れ込んでいないこと、水温が30℃を超えないこと、溶存酸素量(DO)が多いこと、流速が早過ぎない(2m/秒以下)こと、増水したときに隠れ場所があること、というような条件がそろえば、付着藻類や落葉などのえさがある限り、ホタル類の幼虫がすめないようなコンクリート水路でも生き残ることができるようです。
自然河川では、水深1mよりも浅い岸辺に多くいるようです。大人の貝と子供の貝の多い箇所は必ずしも一致しないようで、子供の貝だけが多い場所もあります。京都の賀茂川での調査事例では、子供の貝は、流れを利用して下流に移動する習性があるそうです。
(2) 行動
河川にすむカワニナ類は、夏季の晴れた日には、太陽の高度が低くなる午後3時以降に活発に行動する個体が増えてくるようです。昼間も動き回っている個体もありますが、夜間を中心に活発に動き回り、えさを食べては休息し、またえさを食べるというようなパターンを繰り返すようです。冬になると、夜間の水温が低くなりすぎるので、ほとんど活動しなくなりますが、日当たりのいい場所では、昼間に水温が高くなるので、えさを食べている個体も見られます。水温が10℃よりも低くならない人工飼育条件下では、1年中活動しているようです。
河川が増水した場合、カワニナは大きな岩の下流部、水草類の下、岸辺の木の根っこなどに避難します。コンクリート製の護岸壁や石垣などにしがみついていることもあります。水量が減るまで、そのままじっとがまんしているようです。
カワニナ類は、雑食性で、巻貝類だけがもっている歯舌という道具を使って、石の上にはえている藻類などを少しずつ削り取って食べています。カワニナ類の歯舌は、幅約0.5mm、長さ5〜8mmの平たいひも状をしていて、中央にはおろし金のような歯が、また、その外側には先割れスプーンのつめを長く伸ばしたようなうすい歯が付いています。この歯舌を上下に動かしてえさを削りとります。歯の構造からみると、硬いものは削れませんので、石灰岩からカルシュウムをとることはむずかしいようです。
(3) 生活史
人工飼育でわかってきたカワニナとチリメンカワニナの生活史を次に示します。
・ 春から秋にかけて産み出されたカワニナの仔貝は、一年以内に成熟します。そのときの大きさはすんでいる場所の環境条件やえさの質や量などで変動するようです。成熟したメスはオスと交接し、精包に入った精子を受け取ります。メスはこの精子を体の中に貯蔵し、少しずつ使って受精させ、仔貝を産み続けます。産仔は約1年後に開始されます。産仔は春と秋に多く、夏にやや少なくなるようです。
・ 年間産仔数は、小型の仔貝を産むカワニナで多く800〜2000個体、チリメンカワニナで100〜350個体ぐらいです。冬に水温を高くするとさらに産仔数は増えるようです。
・ 成長速度は、オス・メスともに、1年目が最も早く、産仔が開始される2年目以降は遅くなっていくようです。
・ 寿命は、はっきりしませんが、6年以上と推測されます。
・ 5年以上生きたメスはあまり多くの仔貝を産まなくなるようです。
(4) 外敵
ゲンジボタルやヘイケボタルの幼虫は代表的な外敵ですが、幼虫の体長よりも大きく成長したカワニナを食べることはむずかしいようです。大型のカワニナ類を食べられるのは、コイぐらいです。コイは、カワニナやタニシなどの巻貝を殻ごと飲み込んで、のどにある独特の丈夫な歯で噛み砕いて食べてしまいます。カワニナ類を増やしたいのであれば、コイなどの大型魚類は放流しないほうがいいと考えられます。その他にもザリガニ類やカニ類もカワニナ類を食べるといわれていますが、生きたカワニナ類を食べてしまうかどうかはわかりません。ヒル類や寄生虫類もカワニナ類の成長や繁殖に悪い影響を与えますが、元気なカワニナを殺してしまうようなことはありません。
(5) 寄生虫類
カワニナ類には、いろいろな種類の寄生虫類の子供がつきます。しかし、日本のカワニナ類につく寄生虫類は、カワニナから人に直接寄生することはありませんので、川のなかで遊んでも、手で触っても安全です。
3. カワニナ類の飼育
ゲンジボタルの飼育施設では、いろいろ工夫しながら、カワニナ類を飼育しているようです。どういう方法がいいのかは、飼育の目 的、規模や環境条件などによって異なりますので、とりあえず試してみるのが賢明かもしれません。
(1) 飼育に大切な要因
<水温>
水温は28℃以下が望ましいのですが、緩やかな温度の上昇なら、カワニナが適応できるようです。直射日光や水替え時の急激な温度変化は、よくないようです。
<水質>
カワニナ類は、水中にフンなどを出すため、水の入れ替えや浄化装置がないと、自分の排泄物で弱ってしまいます。pHが6.5から8.0に保つのがいいようです。そのためには、飼育場所に貝殻やサンゴ砂を入れるといいようです。飼育水は、河川水、地下水や塩素を取り除いた水道水がいいようです。
<えさ>
以前から、カワニナ類の飼育には、レタス、キャベツやいも類などがよく使われてきました。しかし、カワニナを一時的に飼育できますが、仔貝を産まなくなったり、死んでしまったりして、うまく繁殖させられないことが多いようです。日本食品標準成分表などから、これらの野菜類と河川の藻類の成分を比較してみますと、野菜類は、水分と繊維質がほとんどで、たんぱく質などの栄養素がほとんど含まれないのに対して、藻類にはたんぱく質が多く含まれることがわかりました。カワニナ類は雑食性ですが、繊維質を分解する酵素類を持っていないため、野菜類の繊維質は、消化されずにそのまま排泄されてしまいます。藻類の成分に近いのは、市販されている魚類用のえさ(配合飼料)でした。高たんぱく質で、貝殻を作るために必要なカルシュウムやビタミン類も含んでいます。実際に市販されているペレット状のコイのえさを1〜2mmぐらいに粉砕してカワニナに与えて見ますと、よく食べ、親貝は仔貝をたくさん産み、その仔貝が大きく成長し、約4年間飼育することができました。つまり、繊維質の多い野菜類だけでは、栄養不足でうまく飼育できなかったのではないかと考えられます。
<死んだカワニナの除去>
カワニナ類は死ぬと肉の部分がとけてしまって水質を悪化させます。できるだけ早く、取り除く方がいいようです。そうしないと元気だったカワニナも弱ってしまい、ついには次々と死んでしまいます。
(2) 飼育方法
<個別飼育方法>
180ml容のコップ類で、大型の貝を1個体ずつ飼育することができます。飼育密度目安は、底面積30-50cm2に大型の貝なら1個体、仔貝なら10個体です。水深は3〜4cm以上あれば大丈夫です。アサリなどの貝殻を1片いれておくと水質が安定しやすいようです。約1〜2mmにつぶしたコイなどの魚のえさを1日に1〜2粒与えます。水温が20℃以上なら、毎日、飼育容器中の1/3〜1/2の水を換えます。20℃以上なら、2〜3日に1回でいいようです。手間はかかりますが、行動観察や仔貝の確保などに適した方法です。
<水槽飼育方法>
市販されている魚類飼育用の水槽、揚水ポンプとろ過装置を使います。ろ過装置には、ナイロンウールを敷き、ろ過材として、活性炭とゼオライトなどをいれ、その上にナイロンウールをのせます。水槽の中に飼育水をいれ、アサリなどの貝殻を10〜20片いれるか、サンゴ砂を敷きます。揚水ポンプを動かして循環させ、ナイロンウールにバクテリア類を繁殖させます。市販のバクテリア類やバクテリアの付いたろ過材あるいは別の水槽の汚れたナイロンウールの1部分を切り取って、ろ過槽に入れます。重要なのは、ナイロンウールにバクテリア類を繁殖させつづけることです。飼育しているとナイロンウールが多少汚れてきますが、目つまりしないのならそのままにしておき、きれいに洗ってしまわないことがコツです。2〜3日そのまま循環させ、水質が安定してきたら、カワニナ類を入れます。60cm水槽で、約1Lのカワニナが飼育できます。底面ろ過装置を併用するとさらにたくさん飼えるかもしれません。約1〜2mmにつぶしたコイなど魚のえさを1日に1回、飼っているカワニナの量にあわせて、翌日に食べ残しが出ないように与えます。翌日食べ残しがあるようなら取り除きます。1〜2カ月に1回、飼育水槽中の1/3〜1/2の水を換えます。そのときに、活性炭とゼオライトなどのろ材を交換します。弱ったカワニナや死んだカワニナが見つかれば、速やかに取り除きます。なお、キンギョモやオオカナダモなどの水草類を少し入れておくと、水質が安定するようです。
<水路飼育方法(屋外飼育方法) >
屋外の水路に、河川水や地下水などを流して、かけ流し式でカワニナ類を飼育する方法です。特別な浄化装置がいらないので、カワニナ類を大量に飼育するのに最も適した方法です。
ただし、長期間飼育するためには、@飼育水が簡単にいつでもとりこめること、A藻類が自然に繁殖すること、B土砂が堆積しないこと、Cカワニナが逃げていかないこと、Dヒルやザリガニなどの外敵が入らないこと、
などという点について手間と工夫が必要です。また、藻類が自然に繁殖しにくい場合には、コイのえさ(沈降性)などを翌日に食べ残しが出ないように与えること必要です。野菜くず、魚の骨やカニの殻などに、堆肥を作るときに使う、いわゆる、ぼかし(EM菌)をかけて発酵させたものを乾燥させて、カワニナのえさとして水路に沈めているところもあります。ただし、この場合、流されてしまわないように工夫する必要があります。
4. ホタルの幼虫とカワニナ類との関係
ホタル類の幼虫が、上陸できる大きさにまで成長するためには、
・ カワニナが幼虫のすぐ近くにたくさんいること、
・ 幼虫に食べつくされないように、幼虫よりもカワニナ類の方が広い範囲にすんでいること、
・ カワニナが流されたり、歩いたりして,幼虫のいる場所まで移動してくること、
が必要です。つまり、カワニナがたくさんいなければ、ホタル類の幼虫、特にゲンジボタルの幼虫は生きていけないことになります。
すなわち、ホタル類の幼虫とカワニナ類は、共存すべき生き物であるということになります。
5. ホタル関係者へのお願い
・ カワニナ類を、ただ単にホタル類のえさと考えずに、共存すべき生き物として大切に取り扱ってください。
・ 琵琶湖のカワニナを河川に放流しないでください。河川の増水に対する抵抗力がないので、すぐに死んでしまいます。
・ 放流用のカワニナは、地元産のものを使ってください。遠くのカワニナを取ってきて放流すると、遺伝的な混乱が起きるかもしれません。
・ 河川にコイを放流するのは、やめてください。カワニナをたくさん食べてしまいますので、結局、ホタル類の幼虫も育たなくなってしまいます。