“全て捨てた者”
第一章
〜全ての始まりは、清心荘〜
1話
12月24日、クリスマスイブ。
俺、嵯峨和輝はそんな日だというのに彼女との甘いひと時すら過ごせず、かといっていつもの喧嘩巡りをするでもなく、軽井沢の一つの山荘を目指して歩いている。
隣にいる彼女、海吉真尋は俺に荷物を預けて山道を歩いている。
相変わらずだ。いつものように俺は真尋の奴隷扱いだ。そして前を歩くのは俺の全く知らない連中。
確か、俺と真尋の通う私立朋塔学園の美術部連中だ。真尋は友人に付き合ってこの美術部に幽霊部員ではあるが、入部している。しかし俺は全く関係がない。
なのにこんなことになったのは…。
1週間前、俺が真尋にまた命令されていたときだった。真尋に同じクラスの山村都が話しかけてきた。
彼女のことはよく知っていた。真尋を美術部に引き込んだ張本人で真尋の友人。誰にでもズケズケ物を言い、同時に肝の据わった性格の…正直言って、俺は苦手なタイプだった。
その都が真尋に言った。
「ねえ、真尋。あんたも今度の合宿は来なさいよ?」
「え? 合宿? クリスマスイブに2泊3日でやるとかいう? やだよ、私は」
「そう言わないでよ、何だか不安なのよ、今回のは」
その言葉が気になって、俺は都に訊いてみた。
「どういう意味だ? 山村。何だって不安になるんだ?」
「実は…脅迫状が、来たの。うちの美術部に」
すると真尋が何故か食いついた。
「どんなの? 現物持ってる?」
すると都は首を横に振った。
「ううん、現物は部長が燃やしちゃったの。で…内容って言うのが不気味で…血文字でこう書いてあったの。『次の合宿で貴様らの命は頂いてゆく』って…」
「おいおい、冗談にしちゃ度が過ぎてるな?」
「私もそう思って、部長や顧問の谷沢先生に言ったんだけど…こんなのいたずらに決まってるって、部長が…。でも私は、何かが起こりそうな気がしてね…? だから…」
真尋がその先を言った。
「私に来てほしいって? でも何で?」
すると都はやっと少し笑って、答えた。
「真尋は昔から、結構勘が鋭かったじゃない? ミステリーも好きだったし…だから、犯人が誰か突き止めてほしいし…それに…」
「何かあったときのために?」
「うん」
真尋は少し考えると、言った。
「分かったわ。私も一応美術部員なんだし、行く。でもついでに、一樹も連れて行っていい?」
「は!?」
俺は正直、真尋が何を考えているのかさっぱり分からなかった。
「別にいいけど…」
「良かった…荷物持ちができた」
―結局それかよ。
というわけで、結局真尋だけでなく俺もついていく羽目になった。都以外の美術部連中も許可してくれた。
やがて山の頂上まで来ると、前を歩く美術部の連中が立ち止まった。そこには西洋風の、少し古めかしい館があった。
そしてその中にいた、リッチそうな銀縁眼鏡の少年が言った。
「着きました。ここが美術部合宿会場で田之上家の別荘、『清心荘』です」
「別荘なんか持ってる奴がいるのかよ?」
思わず呟いた俺に、坊主頭の男が言った。
「田之上の親父さんはうちの高校の理事なんだ。だから昔からこの別荘を使わせてもらってるんだよ。自然があって、絵を描くにはちょうどいいからね」
そう言うと、坊主頭は玄関へと行ってしまった。
「眼鏡のが1年の田之上良太君で、坊主頭のが2年の福井一誠君よ」
後ろにいた都が教えてくれた。