“全て捨てた者”
「じゃあ昼食までは自由だ。絵を描こうが何をしようが好きにしてくれ」
良太に鍵を開けてもらって館に入った途端、美術部顧問の谷沢達人が言った。
正直、俺は谷沢は好きではなかった。基本的にいい加減で、何でも適当にやらせている。よくこんな奴が教師になれたな、と思ってしまうほどの男だった。
すると、美術部員たちが一つの部屋に歩いていく。都も真尋もそっちに行くので、俺もついて行った。
そこはかなり大きな大部屋だった。その中にイーゼルが人数分置いてあり、キャンバスが何枚もおいてある。
「ここは…?」
「画材置き場よ」
都が答えた。
「ここで絵を描いてもいいし、外で描くのも自由なわけ」
「なるほどね…」
「何なら、嵯峨君もやってみる?」
「いや…俺はいいよ」
俺は断った。正直、絵心は無いのだ。絵は好きでもないし、もともと苦手なのだ。美術の授業はいつも適当に描くかサボるかだ(おかげで成績は1だ。別に構わないが)。
「俺は外に出とくよ。じゃあ」
「あっ、じゃあ私も出る」
突然真尋が言ったので、俺は驚いた。
「な、何で?」
「だって私、絵を描きに来たんじゃないし」
結局俺と真尋は外に出ることになった。
「どうすんだよ?」
「外でもうろつく?」
「そうするか…」
俺がそう言いかけた時、さっきの部屋から、怒鳴り声が聞こえてきた。どうも都のものらしい。
「何だ何だ?」
俺と真尋が気になって中に入ると、都と、色っぽさはあるが何処かキツそうな女が向かい合って言い争っていた。
「何よ、あたしの言うことが聞けないってわけ!?」
キツそうな女の方がヒステリックに都に向かって叫ぶ。
「ええそうですとも! 私は絵を描くためにこの部にいるんです! 部長の使い走りにされる覚えはありません! 何で私が部長のキャンバスを準備しなきゃならないんですか! すぐそこにあるものくらい、自分で取ってください!」
「何ですって? あたしは部長なのよ!? しかも将来を嘱望されている…!」
―うわ、嫌な女。
だがその時、都がよく分からないことを口にした。
「でもそれって本当にあなたの実力なんですか…?」
「何ですって!?」
「…何でもないです。私ちょっと外の空気吸ってきます」
そう言って都は俺たちのほうへと歩いてくる。
「真尋、嵯峨君…ごめんね、見苦しいところ見せちゃったみたいで…」
「ああ…大丈夫よ」
「外…出よっか?」
都がそう言ってきた。真尋もついていくようだったので、俺も付き合うことにした。
外は、山の山頂にあるだけあって良い眺めだったが、やはり12月だけあって寒かった。しかも予報ではそろそろ雪が降るらしい。
「今の女…何者だ? 山村」
「あれは…うちの美術部の部長の御堂清香さんよ。3ヶ月前に、あの人の絵が大きなコンクールで高い評価を受けてからますます態度が大きくなってさ」
「それであんなに…」
「でも私は、あれが部長の実力だなんて思っちゃいないわ。多分、誰もがそうよ」
「何でよ、都」
真尋が訊き返した。
「あの人、別に絵が上手いから部長になったわけじゃないの。単なる年功序列。3年はあと副部長の小野耕哉先輩しかいないし、小野先輩はもっと下手なのよ。それが3ヶ月前に急に絵が上手くなって…」
「明らかに…怪しくない? それ…」
真尋が言う。
「そうか? あの人が努力したのかもしれねぇ」
「それは無いわ。努力ってものが一番嫌いなのよ、あの人。きっと何かあるに決まってるわ」
「…」
俺は何も言えなかった。