“全て捨てた者”
俺たちがこの「清心荘」にやってきてから、大分時間がたち、昼食も終えた。
結局、何もやることが見つからなかった俺と真尋は、先程の画材置き場に行ってみた。そこに都と部長の御堂、いかにも軟派そうな優男(こいつが小野耕哉だと、あとで都から聞いた)、福井とか言う坊主頭、眼鏡の田之上良太、そして顧問の谷沢と、全員が勢ぞろいしていた。
だが一人、見覚えの無い、暗そうな、長い黒髪の女がいた。
「なあ山村、あれ誰だ?」
「ああ、彼女は小森憲子。2年の美術部員よ。あまり喋らないから、私もよく分からないんだけど…」
「へぇ…」
その時、谷沢が御堂に話しかけていた。
「御堂君、君は絵は描かないのかい?」
「ええ、何となくここにいるだけですから…」
「…本当は、描けなかったりして」
そんなことを口走ったのは、福井とか言う坊主頭だった。
「何? 何か言った?」
「いや、ひょっとして『あの噂』が本当なのかなって、ことですよ…。部長のコンクールでの高評価と、椎葉の自殺は関係があるって噂」
その瞬間、部屋中が凍りついたような感覚を、俺はうけた。
「何ですって! ふざけないでよ、あたしを馬鹿にしてるの!?」
「まあまあ…御堂部長落ち着いて…」
小野耕哉が仲裁に入ろうとしたが、御堂の、
「あんたは黙ってて!」
の一言に、沈黙した。
「呪われてるんじゃないですか? この部…。相生の件だって…」
「静かにして」
なおも喋ろうとする福井を押えたのは、さっきまで押し黙っていた小森憲子だった。
「絵に集中できないから…」
「…」
それっきり、福井は黙った。
やがて福井が部屋を出ようとした。そこへいきなり真尋が話しかけた。
「ねえ…椎葉の自殺とか、相生の件とか…一体何?」
「ああ…海吉さんは部活に殆ど来てないから、知らないのも無理ないよ」
そう前置きをしてから、福井は語りだした。
「2年に椎葉晴美っていう部員がいたんだ。彼女が3ヶ月前に自殺したのは知ってるだろ? 海吉さんも嵯峨も」
「まあ…ね」
「一応は…」
「彼女は絵の才能があってな…その絵は凄いものだった。でもそんな彼女が、自宅で首を吊って死んだのさ…。遺書は見つからなくて、誰も自殺の理由は知らないままだった」
「それがあの部長のコンクールでの高評価とどう関係があるんだ?」
俺は一番の疑問をぶつけた。
「部長のコンクール出展作品の画風は、椎葉のものによく似ていたんだ…つまり、部長が椎葉の作品を自分の作品と偽って出展したんじゃないかって噂が流れてるんだ」
「そんなことが…」
「現に部長は人前で絵を描かなくなった。絵の違いがばれるのを恐れているのさ。そうに決まってる」
「マジかよ…」
「だとしたらあの部長、最低ね」
俺と真尋は揃って言った。
「でも話はこれだけで終わらない。椎葉の自殺の3日後、同じ2年の美術部員だった相生一弘ってのが…失踪したんだ」
「失踪!?」
「ああ、あいつはそれっきり姿を見せない。だから一部ではあいつが椎葉の自殺に何か関わってて、椎葉に祟られたんじゃないか、なんて思うんだ」
「祟りだなんて…そんなのあるはずないだろ!」
「でも…そういう噂が流れたのは事実だ」
「…」
俺は呆れて物も言えなかった。
―祟りなんてものがあるはずがねぇじゃねぇか!
「…祟り…ね…」
真尋はそんなことを反芻していた。
第一章 終
第二章に続く