“全て捨てた者”



3話

 小森憲子の死体が見つかってすぐ結局全員、食堂に集まることになったが、福井一誠だけは部屋にこもってしまった。誰が声をかけても返事すらしなかった。
 しかし俺と真尋だけは小森の部屋に残って現場検証をしていた。
「しかし、もう犯人は自殺した小森憲子で決まりじゃないのか?」
「そうとは限らないわ。さっきの遺書だって、パソコンで書いたのを印刷した物だった」
 確かにそうだった。谷沢が見せてくれた遺書というのはパソコンで書いたとしか思えない代物だった。
「あんなのなら誰だって書ける。それに、彼女が本当に椎葉晴美の自殺の原因の一つだって言うのなら…彼女が田之上君たちの行為の目撃者ってことになる。ということは、犯人の動機が椎葉晴美の死にあるのなら、小森さんが殺される理由だってできる」
 しかしそこで俺は疑問を投げかけた。
「でも、このバスルームは中から掛け金がかかってた。他に出入りできる場所はないし…密室だぞ、ここは」
 そうだ。ここは密室だった。だから他の奴らも自殺と判断したのだ。
 だが真尋の見解は違うようだ。
「これは他殺よ、間違いなく。証拠はまだ見つからないけど。気になるのは、シャワーノズルよ」
「はあ?」
「だって、湯船にお湯を張るのなら普通、カランを使うじゃない? シャワーをわざわざ使う必要はないはずよ」
「そういやそうだな…」
「他にも、このバスルームは濡れすぎてるわ。和輝が転んだときに思ったんだけど、確かにお湯を溜めたら壁とかが水滴でいっぱいになるけど、この状況だと濡れすぎよ。まるで意図的に誰かが…あっ!」
 突然、真尋が黙り込んだ。何か思いついたようだ。
「あれ…? でもこの山荘で『あれ』は使えないんじゃ…? …分からない!」
 突如真尋は立ち上がった。
「どうした?」
「…とりあえず、福井君に話を聞きましょう」
「え?」
「福井君の、小森さんの死体が見つかったときの態度。あれはただの部活仲間に取る態度じゃない。きっと何かがあったのよ」

 数分後。俺たちは福井一誠の部屋にいた。
 幸い、福井は俺たちを部屋に入れてくれた。
「…聞きたいことって、何だ?」
「実は…思ったんだけど福井君って…小森さんと…」
 真尋が切り出すと、福井は正直に答えた。
「ああ…俺は憲子と付き合ってた。つい最近の話だがな。でも俺は分かる。憲子は自殺なんかしない」
「何故?」
「あいつは…犯人に殺されたがっていたのさ」
「何だ、それ?」
 俺は福井の言っている意味がよく分からず、聞いてみた。福井は少し黙って、答えた。
「憲子が椎葉晴美のことで悩んでたのは、もう…知ってるよな? お前らなら」
「まあ、ね」
「あいつは御堂部長が殺されたとき、犯人が誰なのかが分かったんだそうだ。そして、そいつに殺されたいって、俺に言ってきた。小野先輩たちが絵を盗み出すところで、何も言えなかった自分を悔やんでた…」
―なるほど。
 そこで俺は気が付いた。あの時、福井と小森が一緒にいるのを見たとき、その会話があったのだろう、と。
「だからあいつは自殺するはずがないんだ。自殺じゃ贖罪にならない、殺されるべきなんだ、って言ってたんだから…」
 そこまで言うと、福井は頭を抱えてうずくまった。もうこれ以上話をできそうな雰囲気でもない。
 俺たちは礼を言うと、すぐに部屋を出て行った。

「どうだ…?」
「ん…大分分かってきた。犯人の目星はついたの。『その人』なら御堂部長たちを呼び出せるわ。でも、密室はどうやって…『あれ』が使えないのは分かってるし…きゃ!」
 いきなり、真尋は玄関口で転んだ。
「大丈夫か?」
 俺は真尋の手を取って、立たせた。
「もう、何よ…この床びしょ濡れじゃない…!」
「ああ、誰か外の様子でも見に出たんじゃないのか? だから雪が吹き込んできたんだろうよ」
「……」
 しかし、何故か真尋は返答してこない。
「おい、真尋?」
 俺が問いかけると、真尋は言った。
「犯人が分かった…。その根拠も見つけた。根拠は…」
「何だよその根拠って?」
「冷蔵庫、濡れた床、シャワーノズル、人間関係の四つよ。さあ、真相を暴くときが来たわ」

 第四章 終

 エピローグ―真相―に続く


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