“全て捨てた者”



2話

「…何にも出てきやしなかったな」
「そうね。まあ…そうポンポン手がかりが見つかるはずないわよ。この事件の犯人は相当周到に計画を練っただろうから」
 俺と真尋は田之上良太と話した後もあちこち捜査をしてみたが、あまり手がかりは手に入らなかった。
 未だ吹雪いている屋外はとりあえず気にしないことにして、まずは清心荘の中を調べて回った。しかし何も見つからない。小野耕哉の死体があった画材置き場にもこれといったものは見当たらなかった。
 物置を見てきた俺と真尋は、食堂に入った。そこでは田之上良太が厨房に立っていた。
「あっ、あの…もうすぐ昼食ができますから、皆さんを呼んできて頂けますか?」
 どうも昼食を作っていたらしい。時計を見てみるともう12時前だった。結構長く調べていたらしい。画材置き場が使えないこと、二人も死人が出てしまったことからか、絵を描いているものはいないようだ。
「分かった、呼んでくる。その前に喉が渇いたから、何か飲み物ないか?」
 俺がそう言うと、田之上は「どうぞ」と言って足元から缶コーヒーを取り出した。それを見て真尋が口を開いた。
「田之上君、何で缶コーヒーがそんなところに?」
「あっ、実はここの冷蔵庫、壊れてるみたいで…。だから食材とかをクーラーボックスに入れて持ってきたんです」
「…そう」
 そう呟くと真尋は、食堂を出て行ってしまった。俺もその後に続いた。
 玄関ホールに出て階段を上ると、声が聞こえた。どうやら福井一誠の声のようだ。福井は誰かの部屋をノックし続けている。周りに他の人たちが集まっている。
「あの…どうしたんですか?」
 真尋が尋ねる。
「いや、ちょっと小森に話があったから来たんだけど…返事がないんだ!」
「返事がない?」
「そうなんだよ…山村の話だと、一時間前からずっとシャワーの音がしてるって言うし…」
 俺がそれを聞いて都の方を向くと、都が言った。
「私さ…小森さんの隣の部屋で、音がずっと聞こえてて…変だな、とは思ったんだけど…」
「…真尋、それって、まずいんじゃないか?」
 俺は思ったことを口に出してみた。真尋はそれに同調したのか、頷いて言った。
「とりあえず、中に入りましょう」
 そう言って、真尋はドアノブに手をかけ、回した。するとドアは予想外にもあっさりと開いた。
「? 鍵はかかってないみたいね…」
「あそこか!」
 真尋がドアの鍵を不審がっている間に、福井がバスルームのドアに手をかけた。そしてドアを押していたが、すぐに言った。
「ここに鍵がかかってる!」
 それを聞いた俺は、すぐに福井のところに向かった。
「福井、俺と一緒にぶち破るぞ」
「分かった!」
 俺と福井は揃って、バスルームのドアに体当たりを始めた。1回、2回、3回…。
 そして遂にドアが開かれた。同時に俺と福井が床に転がる。床は一面びっしょりと濡れていた。ぬるい水だ。お湯をぶちまけて、そのまま放置していたようだ。
「な、何だよ、これは…」
 そんなことを俺が呟いた途端、入ってきた真尋が言う。
「…そんなことを気にしている場合じゃないわよ」
「え?」
 そう言われて俺が立ち上がると、真尋は湯船に目をやる。そこには、血で赤く染まった水の中に小森憲子の青白い顔をした姿があった。湯船の中には、お湯を出しっぱなしのシャワーノズルが沈んでいた。
「あ、憲子!」
 それを見た福井が小森の身体に駆け寄り、湯船から抱き起こす。横から真尋が入って小森の手を取り、呟いた。
「脈はもう…ないわね」
―また死人かよ。
 俺は思った。直後、バスルームに谷沢が入ってきた。
「大変だ! 小森君の、遺書らしきものが…。椎葉晴美さんの自殺の原因は私にもある。だから自殺の原因を作った他の部員を殺して、私も命を絶ちます、って…」
 その瞬間福井の咆哮が響いた。
「そ、そんな…そんな…嘘だぁぁぁ!」
 誰も、福井に声をかけられなかった。


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