“全て捨てた者”
第四章
〜湯煙の密室〜
1話
部屋の中は、整然と片付いている。元来、片付いていないと落ち着かない。
部屋の備え付けの椅子に腰掛け、物思いに耽る。
―……。
吊るされていた御堂清香。胴体を両断された小野耕哉。間違いなく、どちらも彼女の…椎葉晴美の自殺の原因を作った張本人なのは間違いがなかった。
次は恐らく、田之上良太か、自分…。
そこで一旦、思考をやめる。だが、犯人が次に狙うのは田之上か、自分かしか考えられなかった。
あの時、見た。椎葉晴美の絵を持ち出す小野耕哉と田之上良太を。すぐに御堂清香の差し金なのも予測できた。
二人にすぐに口止めをされた。
―ばらしたら、どうなるか分かってるな。
小野が口走った言葉だ。今でも鮮烈に記憶している。
結局、誰にもこの話はできなかった。思ったとおり、御堂清香の差し金であの二人が絵を盗んだのなら、御堂がバックについていることになる。
そんな二人に逆らうことはできなかった。結局、保身のために動いてしまったのだ。
そして、椎葉晴美は自殺した。自宅で首を吊って…。
自分のせいだと思った。自分があの時、保身に走らず、学校側に言っておけば良かったのか、それともその場で止めるべきだったのかは分からない。
しかし、自分の自己保身が椎葉晴美を死においやったとしか、自分には思えなかった。
だから犯人から狙われて当然だと思っていた。いやむしろ、死なせてほしかった。
そうすれば、天国で椎葉晴美に謝れる気がする。いや、それ以前に地獄行きかもしれない。だがそれでいい。
自分は地獄行きに値する、どうしようもない人間だとしか思えなかった。
この考えを、仲の良い美術部員に話した。その人物とは、最近になって、交際を始めた。ぶっきらぼうだが、根は優しい人物だ。
その人も、その考えを聞いたときには驚き、死んでほしくないと、絶対に死なせないと言っていたが、自分の意志の固さに根負けしたらしい。 もう何も言ってこない。
恐らく、田之上良太は今頃殺されているのではないかとも思った。犯人ならやりかねない。いや、やっているだろう。
犯人が誰なのかはよく分かっていた。椎葉晴美のことをよく知っていたからこそ、分かることだ。
その人物が犯人なら、田之上良太は死んでいる。間違いないはずだ。
だから、次は自分…。
死に向けての、自分の心を落ち着かせる。恐らく、もうじき犯人がこの部屋に来るだろう。そして、自分を何らかの手段で殺すのだろう。
だが構わない。自分は死刑囚なのだ。椎葉晴美を裏切った、卑劣な人間への有罪判決。
判決はもちろん、死刑。
死刑に値する罪だと自分では思う。椎葉晴美を裏切った罪は何よりも重く感じられるのだ。
―さあ、早く来て、自分を死なせてほしい。それであなたの気持ちが晴れるのならそれでいい。そしてあなたに殺されるとき、自分はほっとするだろう。やっと死ねる、と…。
死ぬことが苦しいとは思わない。ただひたすら、死ぬのが分かっていながらダラダラと生き続けるのが嫌なのだ。
死ぬのが分かっているからこそ、全てはあっさりと終わらせてほしい。いつ来るか分からない死の時間をひたすら待っていると、固まっていた 死の決意が揺らぐ。
―だから、早く自分のもとへ来ておくれ。待っている。審判の時を…。
ドアがノックされた。すぐに分かった。犯人が来たのだ。
自分が犯人が来るのを待っていたのが感づかれてはいけない。もし万が一、殺されることを望んでいたのが分かったら、犯人は犯行をためらうかもしれない。
だから演技をするのだ。自分が殺されるとは微塵も思っていない、愚かな人物の演技を。
犯人を招き入れる。入ってくる。相手も、自分が犯人だとは思わせない雰囲気を身に纏っている。
さすがだ、と思った。
―さあ、早く死刑を執行してほしい。自分は待っていたのだ。自分に判決が下される時を。
やがて、意識が遠のく。どうやら、判決が下されたようだ。
判決、被告人の希望通り、死刑。判決と同時に、被告人の死刑を執行する―――――。
意識が途切れた。全てが終わったと悟った。