“全て捨てた者”



3話

 食堂での朝食は、やはり重々しい雰囲気だった。
 平気で食事が摂れたのは真尋と(やるな真尋)福井一誠(コイツには何かありそうな気がしてきた)ぐらいなものだった。

 そして食事が終わると同時に、俺は部屋に戻ろうとしていた田之上良太を呼び止めた。
「おい、田之上」
「な、何ですか?」
 田之上は怯えた目で答えた。
「何もしやしないって。真尋が話があるんだと」
「は、はい…」
 そう言って再びテーブルに俺と田之上がついた。そして真尋が、田之上に尋ねる。
「田之上君に聞きたいんだけど…君、椎葉晴美さんのことで何か知ってることない?」
「ぼ、僕は…何も知りません! 本当です!」
「本当だろうな、おい」
 俺は田之上のその態度が気に食わず、少し語気を荒げて言った。
「…他の皆には、内緒にして置いてくださいね? 僕…小野先輩と一緒に、椎葉先輩の絵を盗んだんです」
「何!?」
 真尋の言う通りだった。確かに田之上は椎葉晴美の件に関わりがあった。田之上はさらに続けた。
「3ヶ月前、僕と小野先輩は御堂部長の命令で…椎葉先輩がその頃部室で一人で描いていた秘密の絵を盗みました。その絵というのは、御堂部長が高い評価を得たあの絵です」
「何で、そんな命令に君と小野先輩は従ったの?」
「それが…僕の父はうちの高校の理事をしながら代議士もやってるんです。でも、父は汚職に絡んでいて…でもその相手が御堂部長の叔父とかで…バラされたくなかったら言うことを聞けって…バラされたらうちの家はおしまいですから…」
―何て奴だ。
 俺はそう思った。
「小野先輩は部の会計も務めてたんですけど…部費をネコババしてたのが部長に見つかって…僕と同じ立場に…」
「なるほどね。それじゃ…絵を盗んだときのことをもっと詳しく教えて?」
「は、はい…あの時、御堂部長がコンクールに入選したいから、椎葉の絵を盗めって命令して…御堂部長は椎葉先輩の秘密の絵の存在を知っていたようで、僕と小野先輩で絵を盗み出してこいって言いました。それで二人で部室に絵を盗みに行きました。途中までは順調だったんですけど…小野先輩が『誰かに見つかった』って言い出して…」
―誰かに見つかって? 一体…誰に?
「誰だか、分かった?」
 真尋が俺の考えと同じことを質問した。
「いえ、小野先輩が『口止めしてくる』って言って…その人を追いかけたみたいですけど…僕はその人に背を向けて作業してたので…誰なのか分かりませんでした」
「なるほど…」
「でもその後、椎葉先輩が自殺したのを聞いて…怖くなりました。そしてここで御堂部長と小野先輩が殺されて…僕思ったんです。次は絶対僕の番だ、椎葉先輩の無念を晴らすためにあの時僕たちの行為を見た誰かが…」
「ちょっと待って」
 そこで真尋が田之上の言葉を遮った。
「君は、犯人が君たちが絵を盗むのを見た誰かだって思ってるの?」
「はい、だって小野先輩は、『うちの部の奴だった』とだけ言っていたんです。それに、口止めされて黙ってしまったけど、その償いの代わりに僕たちを殺そうなんて思ってるんじゃないかなって…」
「じゃあ、君は誰が犯人だと?」
「…相生先輩ですよ。椎葉先輩が死んですぐに失踪したんですから。きっと相生先輩ですよ!」
「…そう。ありがとう。それじゃ、戻っていいから」
「はい…」
 そして田之上は食堂を出て行った。

「…どうだった? 真尋…」
 俺は真尋に尋ねた。
「…ますます分からなくなったことがあるわ」
「え?」
「田之上君犯人説がここに来て出てきちゃったのよ」
「な、何で?」
 俺には分からなかった。殺される側にいるはずの田之上良太に何故御堂清香と小野耕哉を殺す動機があるのかが。
「さっき、田之上君は御堂部長に弱みを握られてたって言ったじゃない? 口封じのために御堂部長を殺すことだってあり得ないことはないわ。小野先輩にしたって、絵を運ぶ現場を美術部員の誰かに見られたって言うけど…田之上君が見てないって嘘をついていた可能性だってある」
「つまり…田之上もその人物が誰か知っているってことか?」
「そう。だとしたら、自分の犯した行為を知っている小野先輩を殺し、そして目撃者の美術部員を殺そうとする可能性があるわ」
「じゃあ、何のプラスにもなってないじゃないか」
「そんなことはないわ。田之上君犯人説はあくまでも俗説。真の動機は田之上君たちの行った行為にあると見てる」
 そう言って真尋は立ち上がった。
「まあ、目撃者である美術部員が誰なのかを突き止めたほうが良いかもね」

 第三章 終


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