“全て捨てた者”



2話

「ひ、酷い…ここまですることないじゃない…」
 都が、口元に手を当てて呟く。この死体の有り様に、相当の嫌悪感を感じているようだ。
 それもそうだ。今目の前に転がる小野耕哉の死体は、上半身がキャンバスに埋もれ、下半身が床に転がっている…つまり、身体を両断されているのだから。
「…御堂部長の次は、小野先輩か…」
 福井が一言、そう呟いた。その後、彼が息をついた後で飄々と言った言葉を、俺は聞き逃さなかった。
「ここまでくれば、自業自得だってのが分かるな」
「何!」
 俺はその言葉に反応し、福井の胸倉を掴んだ。福井は表情を変えなかった。
「お前、何言ってんだ! また人が殺されたんだぞ、少しは悲しんでやったりできないのかよ!」
「だったらどうした」
 福井の口調が変わった。
「お前の方が偽善ぶってやしないか、嵯峨。お前…嫌いな奴が死んで泣けるか?」
「…!」
 言葉が出なかった。
「泣けないだろ? 今の俺と同じだよ。俺は別に、小野先輩たちがどうなろうが知ったこっちゃない。俺は御堂部長も、そしてこの人も嫌いだ。殺されて当然の人間だとも思ってる。だから悲しまないんだ。お前だって本当は悲しんでやしない。赤の他人だからだ」
「何だと…っ」
「おい、嵯峨…自分が強い強いって言われてるからって大きな態度を取るんじゃないぞ? 少なくとも、俺はお前と喧嘩をして負けるとは思っちゃいないからな」
「福井…」
 俺は福井の胸倉を掴んだ手を緩めた。俺は、福井から自分や友人の久保田章輔と同じ雰囲気を感じた。
「じゃあな、俺は食堂に行ってるぜ。もう、次に殺される奴の見当はついた。俺が殺される心配はないからな」
 そう言って福井は画材置き場から出て行ってしまった。
―あいつ…。
 そこで俺はふと思った。ひょっとして奴が―福井一誠が犯人なのでは? そんな想像だ。
 この状況下であんな死体を見て動揺しない福井を見ると、そんな予想ができてしまう。
 そこで真尋が言った。
「それじゃ皆さん、ここから出て下さい」
 その言葉に反応して、俺と真尋を除く全員が画材置き場から出て行った。
「それじゃ…現場検証しましょう」
「またかよ…」
「だって和輝は私の家来でしょ」
―結局それかよ。
 しかし真尋は構わずに小野の死体を観察し始めた。
「ねえ…さっきの小野先輩の部屋…ベッドの布団が動かされてなかったの覚えてる?」
「そ、そうだったか?」
 正直な意見だ。俺は全くそんなところを見ていなかった。
「私…死亡推定時刻とかは分からないけど…多分死んだのは昨日皆が寝てからだっていうのだけは分かるわ」
「何でだよ?」
「さっき言ったじゃない、小野先輩の部屋のベッドの布団は動いてなかった、つまり小野先輩はあの部屋で寝てなかったってことよ。ということは夜中のうちに犯人にここに呼び出されて…」
―凄え。真尋の奴、とんでもないな…。
 俺はそんな感想を持った。
「ただ…御堂部長が殺されたっていうのに、何で小野先輩はこんなところに犯人に呼び出されてすんなり来たのかな…?」
「そいつが犯人じゃないって確信してたんじゃないのか?」
「そんな確信が持てるはずないわ。御堂部長の件には誰もアリバイがなかった。ということはこの別荘にいる全員に犯人の可能性がある。しかも犯人はこれといった証拠を残していない…となると小野先輩には呼び出してきた人物を疑うのが普通だと思うの」
「そういやそうだな…夜中に呼び出してきたら普通は疑うもんな。やましいことがあったなら行くかもしれないけどな…」
 そこで真尋が割り込んできた。
「やましいこと、それよ!」
「へ?」
「小野先輩はひょっとして、椎葉晴美の死に何か関わっていたのかもしれないってことよ! 御堂部長は確実だとしても…それなら呼び出されても納得がいく!」
「そ、そうか…」
 そして真尋は画材置き場を唐突に出て行こうとした。
「ど、どうしたんだよ」
「田之上君に話を聞いて見ようと思うの」
「田之上に?」
「彼のあの怯えようから見て…彼も椎葉晴美の死に関わっている可能性は高いわ。だから、何か聞き出せるような気がするの」
「よし、俺も行く。まあ、その前にメシ食ってからだな」
 よくよく考えると、まだ朝食前だったのだ。まああんな死体を見てから、飯が食える気はあまりしないが。
 そして俺と真尋は揃って、食堂に向かった。


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