“全て捨てた者”
第三章
〜刈られた身体〜
1話
「おはよう…」
朝起きて、部屋の外に俺が出てみると、真尋が声をかけてきた。どうやら俺と同じ頃に起きたらしい。
「おう…」
「今日は、何事もないといいんだけど…」
「…そうだな」
俺はその時、昨晩のことを思い出していた。吹雪の中、木に吊るされた凍りついた御堂清香の死体。
―また誰かが殺されるかもしれない。
そんなことを真尋は言った。しかし、そんなことが本当にありえるとは思えない。そんなのは推理小説とか、そんなもの(俺には縁のない代物だ)ぐらいでしか起きないものだと思っていた。
―また殺人だなんて…そんな…バカなこと…。
そう思いながら、俺は少しだけ嫌な予感がした。そしてその予感は、見事に当たってしまった。
「大変だ! 大変だ! 皆早く起きてくれ!」
そう言いながら、顧問の谷沢達人が走ってきた。その顔は蒼白で、何か恐ろしい物でも見たかのようだった。この声に、それぞれの部屋から全員が出てきた。
「あの、一体何が…」
「朝起きて、廊下を歩いていたら…誰かの部屋のドアにこんな物が…!」
そう言って谷沢は俺と真尋にその手に握り締めた紙を見せた。そこには、こう書いてあった。
『椎葉晴美の声のもと 次なる大罪人の処刑を執行した 次の大罪人処刑まで猶予なし』
「血の臭いがする…」
真尋がその紙に顔を近づけて言った。
「血!?」
その真尋の言葉に、俺はふと、嫌な予感が頭を過ぎった。ひょっとして、真尋の言った通りになってしまったのではないか…そんな予感が。
「谷沢センセ、この紙はどの部屋に!?」
「…一番奥の、御堂君の部屋の隣だが…?」
真尋がそれを聞いて、近くにいた田之上良太に言った。
「田之上君、御堂部長の隣の部屋を使っていたのは誰!?」
その問いに、田之上は多少どもりながら、やや怯えた調子で答えた。
「えと…小野先輩の部屋だったと思います…」
「小野先輩!」
田之上が言いきらないうちに、真尋は小野耕哉の部屋へと向かっていた。それに続いて俺、谷沢、福井一誠が走った。田之上、小森憲子、都はそこから動かなかった。
「小野先輩! 小野先輩! いるんですか? 返事をしてください!」
真尋がドアを激しくノックするが、返事はいっこうに返ってこない。
「まさか…もう犯人に殺されて…」
谷沢が、絶望したかのような声を上げる。どうにも谷沢は気が弱すぎる。少しヒステリーを起こしているようにも見える。
「まだ寝てるってことはないのか?」
福井が言う。しかし真尋は一言呟いた。
「でも今の騒ぎに、反応しないなんておかしいと思う。現に他の全員はさっきの谷沢先生の声で起きてきたし…」
そして真尋は、ドアノブに手をかける。その時、怪訝な顔をして言った。
「開いてる…鍵が…」
「はあ?」
「とにかく、入ってみましょう」
そう言って真尋が部屋の中に入る。続いて俺たちが中に入る。しかし…そこに小野耕哉の姿はなかった。
「え…?」
「ど、何処に行ったんだよ、小野先輩は…」
福井が呟く。
「とにかく、まだこの別荘内を探しましょう。まだ外は吹雪いてる。外に小野先輩が出たとは考えられない」
「よし、皆で手分けして探すんだ!」
そこで福井が言った。
「よし、二手に分かれよう」
そして俺たちは廊下に残っていた奴らと合流し、別荘内を探し回り始めた。俺は真尋、都、谷沢と一緒だった。
「食堂にはいないみたいだな…」
「厨房の中も見てきたけど…いなかったわ」
都が呟く。
「階段の下にある物置も見てきたけど…いないみたいだ」
谷沢が言う。
「じゃあ、他のところを見たほうが良いかもね…」
真尋がそう言ったときだった。突如、叫び声が聞こえた。
「い、今のは…」
「多分、画材置き場からだと…」
都が言った。
「画材置き場だ!」
俺たちは、すぐに画材置き場へと向かった。画材置き場のドアの前には、残りの全員がいた。
しかし、福井は呆然と立っており、小森は哀しげな顔で俯き、そして田之上が腰を抜かして座り込んでいた。どうも今の叫び声は、田之上のものだったらしい。
「どうした、何があった!」
田之上が俺の問いに、かちかちと歯を鳴らしながら、青ざめた顔で振り向き、画材置き場の奥を指差した。
「あ…あれ…」
そして田之上の指差した方を見た俺は、とんでもない不快感に襲われた。無性に、吐き気がしてきた。
そこには、小野耕哉「だった」ものが…無数のキャンバスに埋もれて、壁に寄りかかっていた。床は血の海と化していて…さらにもう一つの死体が転がっていた。
だがそれは、もう一つの死体ではなかった。それは、小野耕哉の下半身の、刈られた姿だった…。