“全て捨てた者”



5話

―一体誰が…御堂を殺したんだ!?
 小野耕哉は自室のベッドの上に座り込んでひたすら、そのことについて考えていた。
 吹雪の中、木に吊るされ、凍りついた御堂清香の死体。その光景がまた脳裏を過ぎる。
―やっぱり、あの件か!? 椎葉晴美の…復讐…!
 小野ははっとして顔を上げた。3ヶ月前のことを思い出した。

―キャンバスを持つ小野と『奴』。途中でその光景を見ていた『あいつ』。『あいつ』を脅して口止めをした小野と『奴』。
―キャンバスを御堂のところに運んでいく小野と『奴』…。

 そしてその直後、椎葉晴美は自殺…。

「そうか、分かったぞ…犯人が」
 小野は一人ごちた。自分の中で、犯人の目星がついたのだ。
「やっぱり犯人は『あいつ』だ。『あいつ』が椎葉を自殺に追い込んだのが俺たちだと思って…俺たちに復讐をしようとして…そうだ、間違いない」
 その時、枕元に置いていた小野の携帯電話が鳴った。
―何だ!? こんな時間に…。
 小野はすぐにその電話に出た。
「もしもし。何だ、こんな時間に…何? 会いたい? 不安だから、これからどうするかを話そう? …ああ、いいぜ。俺にはもう犯人が誰だか分かってるからな」
 その言葉に、電話の相手は驚き、興奮しているようだった。
「犯人は『あいつ』で間違いない。『あいつ』が復讐をしようとしてるんだ。…ああ。分かった。画材置き場だな」
 そう言って小野は、電話を切った。
「さて…行くか」
 小野はそう呟いて、部屋を後にした。

 画材置き場は、真夜中だけにかなり冷え込んでいた。
「寒いな…早く来いよ、あいつ…」
 小野がそう愚痴を漏らしたところに、誰かが現われた。電話の相手だった。間違いない。
「おお、やっと来たか。で…話って何だ?」
「……」
 相手は答えなかった。その代わりに、右手を振り上げた。その手には、よく研がれた鋭いナイフ。
「…え?」
 ナイフの切っ先が、小野の右肩を掠めた。小野は慌てふためき、イーゼルにぶつかって転んだ。
「な、何で…何でお前が…こんな…」
 声が出なかった。助けを求める叫び声が、恐怖に押しつぶされて出てこない。そんな間にも、相手はナイフを持ち、じりじりと間合いを詰めてくる。
「やめてくれ…頼む、殺さないでくれ…頼む…」
 再びナイフの切っ先が、小野に向かう。そのナイフは、小野の左胸を深々と突いていた。
「ぐぅ…っ」
 小野の身体が崩れ落ちる。
―何で…何であいつが…俺を…。
 小野の意識はそこまでで途絶えた。最期まで何故相手が自分を殺そうとしたのかは分からなかった。

 第二章 終

 第三章に続く


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