BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第一部 / 試合開始 ] Now 43 students remaining...
< 0 > 静寂
東洋最大の規模を誇る大東亜共和国首都、――東京都。
ネオンの光が眩しく輝く第弐副都心を少し離れた小汚い裏路地に、『ボロい』という言葉の代名詞のようなアパートがあった。
そのアパートの一室、203号室のドアの横に白いボール紙を貼っただけの表札があり、極太マジックで『三村』と書かれていた。
この部屋の住人は、三村慶吾(都立第壱中学校3年B組・男子十九番)と、同じく三村秋子(私立第弐中学校3年3組・女子十六番)の二人だけだ。
中学生が二人きりで同居、というのは、少なからず誤解を招く恐れがある(いちおう兄妹と言うことになってはいるが)。
これには話すと長い――そう、原稿用紙で1322枚ほど――ワケがあるが、それはこの際、置いておく。
ただ、これだけは書いておこう。
この二人の姓名は、もちろん偽名であって、本名を七原秋也と中川典子という。
まだ朝もやが漂う午前5時30分。
勤労主婦もようやっと起き出すであろう時間に、その部屋の古びたドアが軋んだ音を立てて、開いた。
そのドアからは、厚手の学生服をきっちり着込み、大きなドラムバッグを肩に担いだ七原秋也が顔を出した。
身長は175センチ、体重は62キロ、一見すると細身だが、身体つきはがっちりしていた。
髪は平均的な男子よりもひとまわり長めだったが、邪魔な横髪はすべて後頭部に流れるように梳かされているので、長さの割にすっきりとまとまっていた。
容姿の方は、平均的な男子よりもふたまわりほど整っており、引き締まった眉と唇が、どこか表情の硬さを窺わせた。
秋也は、半開きのドアのノブに手をかけたまま、振り返った。
言った。
「じゃあ典子、行って来る」
秋也の言葉を受けた典子は、頷きながらも眉をひそめた。
「典子じゃなくて、秋子でしょ? もうそろそろ慣れなれないと」
秋也に向かってちょっと苦笑しながら、典子が言った。
典子は、体格は小柄で、髪形は肩をちょっと越えるかどうかくらいの、長いとも短いとも言えない美しい黒髪をしていた。
その表情がいつも穏やかそうに見えるのは、瞳が比較的大きめで優しい印象を与えるためだろう。
「そうだった。悪いな、秋子」
「どういたしまして、慶吾くん」
秋也が言うと、典子はちらっと肩をすくめながら、ふふっと笑んだ。
七原秋也――いや三村慶吾は、思った。
他人が聞いていれば、なにを言っているのかよくわからなくなりそうだ。
まあ、お互い偽名で呼び合う兄妹のことを知らないのなら、無理もないかもしれないけれど。
秋也の名前は仲の良かった友人、三村信史、杉村弘樹、国信慶時、そして川田章吾から一字ずつ――『村』が重なってしまったのは仕方ないだろ?――いただいている。
典子の名前は、単純に秋也の『秋』を貰っただけだ。
なぜ二人が偽名を使っているかと言うと、これまた話すと長くなるので、要点を掻い摘んで言おう。
早い話、『指名手配中』なのだ、彼らは。
「本当にいいのか? 俺が修学旅行なんて行っても?」
慶吾がそれでも心配そうに、秋子に聞いた。
その言葉に、秋子は笑顔で頷いた。
「3年前の修学旅行は、ほら――面白くなかったでしょ? だから、ねっ?」
これまた、他人が聞いてもまったく理解できそうにない会話だったが、この二人にはこれだけで通じるのである。
3年前の修学旅行――。
当時、彼らは香川県城岩町立城岩中学校の至極ふつうの中学3年生だった。
それが一変して『代表選手』となってしまったのは、『第六十八番プログラム』と呼ばれる共和国政府主催のクソ迷惑なゲームのお陰だ。
そのクソ迷惑さ加減ときたら、指定日以外にゴミ捨て場にゴミを捨てにくる近所のおばさん連中の比ではない、まったく。
けれどとにかく、それは3年も前の話だ。
慶吾は渋々ながら頷いたが、やはり心配は秋子のことだった。
「だけど、俺がいない間に典子――じゃない、秋子に何かあったら・・・・・・?」
「あたしはだいじょうぶよ。それに、あたしだけ修学旅行に行って、慶吾くんだけ行かないっていうのは、やっぱり不公平だもの」
「う〜ん、そうかな・・・・・・?」
なんとなく釈然としない回答だったが、慶吾はなんとか自分を納得させた、とりあえず。
「おっと時間だ」
自分の腕時計に視線を落として言った慶吾を、秋子が呼び止めた。
「あっ、待って。はい、忘れ物」
そう言って秋子は、慶吾に銀色に光るL字型の物体――大型拳銃、ピエトロ・ベレッタM92FSを渡した。
ふつうなら、こんな物騒なものを出されては驚いて飛び退るところだが、慶吾は頷いてそれを受け取った。
秋子の言動があまりにも自然だったので。
はい、あなた、お弁当忘れてるわよ。そうそう、今日は腕によりをかけて作ったから、残さず食べてね、――中身? えっとね、9ミリパラベラム弾って言ったかしら?
「じゃあ、今度こそ本当に、行ってくる」
「うん。いってらっしゃい」
慶吾は、ベレッタをベルトの間に突っ込んで、重いドラムバックを肩に担ぐと、近所迷惑にならないように足音を潜めながら、階段を降りて行った。
それでも老朽化したアパートは、慶吾が一段階段を下りるたびにぎしっと悲鳴をあげていたが。
少し肌寒い朝もやの中に慶吾の背中が見えなくなると、秋子はふうっとため息をついた。
「さて、と。お弁当の用意、しなくっちゃ」
エプロンをつけた腰に手を当てならがそう呟くと、秋子は身を翻して台所に向かった。
§
貸切の大型バスが幹線首都高速道路に乗り、首都を離れ始めた。
窓から見える光景はどんどん移り変わり、首都高速より遥かに高くそびえ立つ共和国自慢の摩天楼から、煙たい工業団地密集地帯に、そして少しずつ山林が見えはじめ、出発してから3時間くらい経つと、田舎と呼ぶに相応しいのどかな田園地帯が見えてきた。
朝6時に学校発というスケジュールのせいもあって、出発してからしばらくは何人か眠りこけているようだったが、いまではもうデパートの特売会場のような騒ぎになっていた。
もちろん、誰も彼もが馬鹿騒ぎしているというわけではない。
その典型と言うべきは、赤木真治(男子一番)だ。
この揺れるバスの中で彼は、大人しく読書にふけっていた。
慶吾はバスの通路側にちょっと首を伸ばし、赤木真治と、彼の読んでいる本を眺めた。
真治は小太りで比較的大柄ではあったのだけれど、極度に内向的な性格でクラスメイトと会話をしている場面は、それこそ数えるほどしか記憶になかった。
天然パーマっぽい髪型で色黒、しかし友達と遊ぶということがないぶん、趣味であるコンピュータ関連の知識を独学で勉強しているようで、その分野には精通しているのかもしれなかった。
ちなみに読んでいる本は・・・・・・『C++言語入門』
またコンピュータ専門書かよ、おい?
修学旅行のバスの中でお勉強とは恐れ入る。グレイト。
「あ、あの・・・・・・」
慶吾が呆れていると、通路を挟んだ横の席から突然、声をかけられた。
それで慶吾は、とりあえず分厚いテキストと睨めっこしている真治から視線を外し、そちらに顔を向けた。
女の子だった。
少しふっくらとしていて大人しい感じの、一般的には美人と言うよりは“かわいい”方に部類されそうな子。
秋子に負けず劣らずに目はくっきりしていて、黒くて長いさらさらとしたロングヘアーを持っていた。
確か――編入して日が浅いから名前と顔が一致しないんだ。放っといてくれ――、松本真奈美(女子十九番)だ。
真奈美が言った、少し頬を染めながら。
「そ、その、ク、クッキー焼いたから・・・・・・よかったら、えっと、元井くんと食べて・・・・・・ください」
真奈美の声は徐々に弱くなっていって、最後の方はもうほとんど聞き取れなかった。
しかし、自分の名前が出たのが気になったのか、松本真奈美とは反対側、慶吾の隣に座っていた元井和也(男子二十番)が、こちらに振り返った。
元井和也は、背が高く、以前は野球部に所属していたことがあるらしい。
いまは現役を退いているが、髪型はまだスポーツ刈りにしているので、現役と言っても通りそうだった。
ごつごつとした顔は一見すると強面っぽく見えるけれど、あまり自己主張の強いタイプではなく、性格的には『ごく標準』というレベルだった。
その和也が、慶吾の方に身体を乗り出して真奈美の顔を覗き込んだ。
「食っていいの? マジで?」
「ええ、どうぞ」
真奈美が言うと、和也はぱちっと指を鳴らし――あまりいい音はしなかったが――満面の笑みをこぼした。
「やりぃ〜♪」
慶吾を乗り越えるようにしてクッキーの包みを受け取ると、和也はそそくさと縛ってあった紐を解いて、ひとつ摘んで口の中に放り込んだ。
「うわ、これ、めちゃくちゃ美味いや」
「ん・・・・・・。ありがと」
このやり取りを見ていた慶吾は、思わず苦笑してしまった。
ふと思った。
どっかで見たよな、こんな光景――。
慶吾の脳裏に、いま見ているものとは別の光景が浮かんだ。
バスの中。
右に座っているのは、中川典子。
そして左は、国信慶時。
その向こうは、川田章吾だ。
『あの、今日弟にせがまれちゃって、作ったの。良かったら、ノブさんと食べて』
『ああ、めちゃくちゃうまいや』
『俺はいい』
ちょっと目を転じると、杉村弘樹、瀬戸豊、旗上忠勝、三村信史、内海幸枝、その向こうは北野雪子と日下友美子に千草貴子か、おっと、あそこで仲良さそうにしているのは、山本和彦と小川さくらじゃないか・・・・・・?
だが、現在この世界に残っているものは――中川典子を抜かして――もう、誰もいなかった。
「食べないんすか? 三村さん?」
和也の声に、その懐かしい光景は消し飛び、またもとの騒がしいバスの中に戻った。
バスの車輪が道路を横断している亀裂を越えたのか、ガタン、と一瞬強い衝撃がきた。
「マジ美味いっすよ、これ」
和也は、真奈美から受け取ったクッキーの包み紙を、ずいっとこちらに突き出した。
慶吾はちょっと首を傾げ、頷いた。
「ああ。じゃあひとつ貰っとくかな」
包みの中に手を突っ込み、微妙に楕円になっているクッキーをひとつ摘み上げた。
口の中に放ると、ふわっと柔らかい、そしてなんだか懐かしい味が口一杯に広がった。
見た感じはぱさぱさしていて、飲み物なしではとても食べられないんじゃないかと思ったのだが、食べてみると全然そんなことはなかった。
慶吾は頷き、正直な感想を口にした。
「うん、美味いな、これ」
「本当ですか? ありがとうございますっ」
慶吾の言葉に、真奈美が声を弾ませた。
それで、慶吾は、ちらっと苦笑した。
言った。
「できれば敬語を使うのは、やめてもらえないかな」
「えっ、あ、でも・・・・・・」
慶吾に言われ、真奈美はわずかに口ごもった。
慶吾がクラスのほぼ大半の者から「サン」づけで呼ばれ、敬語で話されるのには、訳があった。
1997年度第12号プログラムから逃げ出した慶吾と秋子――当時は秋也と典子だったが――は、川田章吾の知り合いに力を借り、米帝ことアメリカ合衆国に渡ったのだ。
しかし、嘗て我らが大東亜共和国に肩を並べた大国米帝は、経済破綻、失業者の増加、凶悪犯罪の激増、麻薬、同性愛、デモ、ストライキ、軍事クーデターの勃発・・・・・・などによって、1999年あえなく瓦解した。
米帝の混乱に乗じて、大東亜共和国専守防衛陸軍は直ちに米国領に侵攻、南北アメリカ大陸は事実上、大東亜共和国領になったのだ。
それに伴って、米帝に住んでいた多くの難民が共和国本土に流れ込んだ。
その流れの中に、秋也と典子は、いたのだった。
混乱で税関や役所のチェックが甘くなっていることなどが幸いしてか、現在ではごくふつうの一般都民として暮らしていた。
年齢的には高校3年なのだが、米帝から渡ってきた学生はすべて3グレード下げる、という政府の方針に従ってやった結果、二度目の中学3年生に修まってしまったのだ。
それ――政府の決まりのことだ――をクラスの人間も知っているので、年上にはそれ相応の礼儀を、ということで敬語を使っているのだろうが、当人の慶吾にしてみれば言葉遣いなど、どうでもいいことだった、はっきり言って。
「まあ、強制するつもりは更々ないけど・・・・・・」
慶吾の言葉を聞くと、真奈美はほっとしたように、笑顔を見せた。
逆隣では、和也がクッキーを頬張るのに我を忘れているようだ。
慶吾は、改めてバスの中を見渡してみた。
バスの席順は、名簿順と決められているから、わかりやすい。
お勉強家の赤木真治の後ろ、二列目には太田芳明(男子三番)と尾田雅文(男子四番)が座っていた。
太田芳明は、言ってみればお調子者で、普段からよく内村真由美(女子二番)あたりと軽いジャブのような冗談の応酬をしていて、クラスのムードメーカーになっていた。
尾田雅文は一見、惚けた感じの印象を受けるが、そんな顔とは裏腹に、実は裏ではけっこう悪いことをやっているらしいという噂を、少し耳にしたことがあった。
もっともそんな噂を聞いたからといって、べつに慶吾は雅文のことを軽蔑するような目で見ることは、もちろんしなかったが。
シートに背を預け、静かに眠っている黒澤健司(男子九番)は、クールでしかも運動神経が抜群なので、クラスの女子からはそれなりに人気があった。
身長こそ小柄だったが、いつもの健司の冷静な口調は、聞くもの全員に無言の圧力と説得力を与えていた。
健司の隣に座っている佐々木博文(男子十番)は、学級委員長(クラス長と呼ぶらしい)でありながらけっこうなプレイボーイだそうで、いまも通路を挟んで隣の榊原郁美(女子九番)と、なにやら話しているようだった。
ヘイ、彼女。これからぼくとお茶しない? っていうか、そういやここ、バスの中か。じゃあ駄目だな、マイハニー。
黒澤の後ろ、窓側の席には杉山貴志(男子十一番)が、瀬戸雅氏(男子十二番)と話し込んでいた。
杉山貴志は背も高く、頭も黒澤健司に勝るとも劣らずにキレるので、狙っている女子は少なくはないだろう。
一方、瀬戸雅氏は、つい先日まで登校拒否を続けていた問題児だ。
もちろん、性格、素行に問題があるわけではなく、登校拒否と言うよりは登校できなかったと言った方が正しいのかもしれないけれど。
朝家を出ても、途中で吐き気を催したり頭痛がしたりで、結局は帰ってしまうのだったが、最近はそれもなくなったらしく毎日と言っていいほど出席している。
ちょっと後ろへ行って、旗山快(男子十八番)。
シートの手すりに肘をついて目を閉じていたが、それが眠っているのか、ただ目を閉じてじっとしているだけなのか、慶吾にはわからなかった。
旗山快、――こいつはどうも他の連中とは違うらしい、慶吾はなんとなく、そう思った。
慶吾が編入するよりも前にこのクラスに転校してきたらしいのだが、出身地や前の学校の経歴などは、誰もまったく知らないようだった。
頭はキレるはずなのだが、勉強はやらないそうで、いつも試験では危険な点数を取っていた。
本人曰く、「スリルがあって面白い」らしい。
良くわからないやつではあるが、とにかくべつに悪いやつと言うわけではない――と思う、旗山快は。
それから慶吾は、華やかな女性陣に目を移した。
一番前は、中学1年のときの転校初日、自己紹介が終わるまで男子だと思われていたという噂がある、ボーイッシュな稲山奈津子(女子一番)。
ただ、それはもう2年も前のことで、現在では長く美しい黒髪が自慢の、誰が見ても美人と感じる立派な女の子になっていた。
こちらは赤木真治と違い、物静かに恋愛小説を読んでいる大和撫子タイプの小田原美希(女子四番)。
普段はおしとやかで優しそうな印象がする美希だったが、国山光(男子七番)と話しているときだけは、よく笑顔を見せていた。
そして、とても中学3年生とは思えない童顔の日下部悦子(女子七番)の隣には、現在でもボーイッシュな千早由貴子(女子十三番)と仲のいい、琴河藍(女子八番)がおしゃべりに夢中になっていた。
大きな丸フレームの眼鏡をかけている榊原郁美(女子九番)の隣では、こと美人ぞろいで有名なこのクラスでもおそらく上位に入る清水奈緒美(女子十番)が、後ろの座席の相本晴美(女子十一番)とおやつのお菓子を交換しているようだ。
慶吾の斜め前の座席には、顔は可愛いが性格がかなりキツイと評判の中山諒子(女子十六番)が、中村有里(女子十五番)と楽しそうに話しているのが目に入った(と言うよりは中村有里が一方的にしゃべっていて、中山諒子が相づちを打っているという感じだ)。
そして慶吾の隣、松本真奈美の向こうには、あの相馬光子となんとなく感じの似ている、藤本華江(女子十八番)が座っていた。
藤本華江は、金子さゆり(女子五番)と谷浦みはる(女子十二番)のグループの、リーダー的存在だった。
顔はそれなりなのだが、ただこのグループは自己中心的な人物が多いためか、クラスの者からはあまり好かれてはいないようだった。
ただ、もっとも、だからと言って藤本華江たちがクラスメイトに迷惑をかけたことがあるのかというと、どうやらそういうことはないらしかった。
まあそれでも、他校のグループと喧嘩をしたとか、万引きをして警察に補導されかけたとか、気に入らない教師に暴力を振るったとか、そういう噂はよく聞くけれど、とにかく――。
このクラスは前のクラスと違って、大した問題児はいないように思えた。
桐山和雄や相馬光子、さらには月岡彰のように――。
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