BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第一部 / 試合開始 ] Now 43 students ramaing...


              < 1 >  宣戦布告


  慶吾は鼻を鳴らした。
  クンクン――犬みたいに。
  どこかで嗅いだことのあるような、とても微かな安っぽい芳香剤のような香り。
  誰かコロンでも、つけてるのだろうか?
  そう思ってバスの中を見回してみた。
  そうではなかった。
  クラスメイトの様子がおかしい。
  手をぶらんと垂れ下げている者、シートにふかぶかと背中を預けている者、隣のやつに寄りかかっている者・・・・・・。
  つい先程まで、カラオケ――ロックン・ロールは入っていない、当然のことながら。クソ――とかをやって、どんちゃん騒いでいたのが嘘のようだ。
  そう思っているうちに、慶吾の目蓋も次第に重くなってくる、まるで目の上に鉛でも乗っているような感覚だった。
  おいおい、ちょっと待ってくれ。
  慶吾は思った。
  これってまさか、ひょっとすると、――?
  重たい頭を動かした慶吾は、自分の考えが正しいことを理解した。
  バスのルームミラーに映る運転手の姿が、あの時と同じ、なんとも不恰好なガスマスクを着けていたので。
  3年前の、あの悪夢が始まる前兆と、まったく同じ状況だった。
  コーナーに差しかかったのか、バスの車体がぐらっと揺れた拍子に、隣の席に座っていたはずの元井和也の身体が、どっと慶吾にもたれかかってきた。
  慶吾は無理やり和也を押しのけ、バスの窓を固定している金具に手をかけた。
  ぐっと押し上げようとし、――力が入らなかった。
  実は仮に力が入っていたとしても、その窓は完全に固定されていて開かないようになっていたのだけれど、そんなことは知るはずもなかった。
  ちくしょう、俺としたことが二度も同じ手に引っかかるなんて・・・・・・!
  がくっと足の力が抜け、慶吾は和也の上に覆い被さった。
  すうっと意識が遠退いていくのを感じた。
  オーケイ、なるほど? これは川田の二の舞ってやつじゃないか、なあ典子?
  それが、慶吾の最後の思考だった。
  眠りこけた42人を乗せたバスは、既に強制退去勧告が出されていた目的地に向かって、ひたすら走り続けていた。




        §

  典子、ではない、秋子は朝食を食べ終え、セーラー服に着替えたところだった。
  特に意味もなくつけていたテレビには、ピッ、ピッ、ピッ、ポーンと間の抜けた時報とともに、コンピュータ・グラフィックスで描かれた地球が映し出されていた。
  7時30分からの朝のニュース番組だった、――DHKニュース・おはよう大東亜。
 『おはようござ――』
  画面が切り替わり、キャスターが朝の挨拶をしようとしたところで、ぶつっとテレビの電源が落ちた。
  リモート・コントローラーを埃っぽいソファの上に置き、制服を着かけた秋子は姿見に向かった。
  スカートのファスナーを上げ、胸元に赤いリボンをきっちり結ぶ。
  本当は、秋也――ではなくて慶吾と同じ学校に行くつもりだったのだが、役所に届出をする際に色々と都合が悪いことがわかり、仕方なく別々の学校に行くことにしたのだった。
  制服の皺を伸ばしながら、秋子は考えた。
  慶吾くん、いまごろ何やってるのかな?
  おそらくはまだバスの中で、隣の女の子からクッキーでも貰っているかもしれない、いつか自分がしたように。
  まあ仕方ないか、慶吾くん格好いいもの。
  そんなことを考えながら、鞄に今日の時間割表に書いてある科目の教科書を詰め込んだ。
  おっと、おねえちゃん、忘れ物だぜ?
  机の引出しの中から、スミス・アンド・ウエスンのリボルバー、チーフスペシャル38口径を取り出すと、鞄の中に押し込んで――。
  玄関のチャイムが鳴ったのは、その時だった。
  ピンポーン――、1回。
  ピンポーン、ピポピポピポーン――、5連続、ふざけたやつだ。
  秋子は眉を潜めて、ドア・チェーンが掛かっていることを確認してから、慎重にノブを回した(覗き穴なんてものはついていなかった)。
  開けた。
  次の瞬間、たららっという乾いた音が響き、掛かっていたはずのドア・チェーンが吹き飛んだ。
  咄嗟にしゃがみ込んだので無事だったが、あのままドアの前に突っ立っていれば、秋子の頭のすぐ上にある壁と同様、幾つかの穴が自分の胸に空いていたかもしれない。
  尻餅を突いたまま、はっと頭上を見上げた秋子の目に、ぱりっとしたスーツの襟元に桃色のバッジ――共和国政府関係者の印――をつけた若い男と、その両脇に専守防衛軍のマークをつけた帽子を被った、ごつい男の兵士が立っているのが映った。
  もちろん、両脇の専守防衛軍兵士の手には、ヘッケル・アンド・コックMP5K-クルツ・サブマシンガンが握られていた。

 「大丈夫ですか、お嬢さん?」
  真ん中のスーツの男が、秋子に向かってわざとらしく手を差し伸べた。
  ハハア。紳士たるものいかなる場合でもレディには優しく、ってやつですか、それは?
  いきなりサブマシンガンをぶっ放しておいて、大丈夫ですかもないものだ。
  秋子は、内心の動揺を隠しながら、目の前に差し出された手を無視して自分で立ち上がった。
 「・・・・・・なにかご用ですか?」
  目を細め、警戒するように秋子は言った。
  実際、警戒していた。
  どうして、こんな所に役人と専守防衛軍が連れ立ってくるのだろう?
  ひょっとして、自分たちの正体がばれたのだろうか?
  とっさにそう考えた秋子の疑問は、男の声によって解消された。
 「三村秋子さんですね? 慶吾くんの妹さんの」
  男が、確認するように秋子に訊いた。
  秋子は頷いた、とりあえず、――本当は違うんだけど。
 「え〜っとですね。非常に話しづらいんだけど・・・・・・」
  男は困ったように、頭を掻いた。
  ワックスか何かできっちり七三にわかれていた髪の毛が、それでちょっと、くしゃくしゃになった。
  続けた。
 「慶吾くん、――お兄ちゃんのクラスはね、今年の第六十八番プログラムの対象に選ばれちゃったんだ、実は」
 「えっ・・・・・・!?」
  秋子は絶句した。

 『今年の第六十八番プログラムの対象に選ばれちゃったんだ、実は――』

  男の言葉が、ぐるぐると頭の中を駆け巡った。
  それは、だから、つまり――?
  川田くんと同じ・・・・・・ってこと?
  秋子は、思った。
  そういうことだった。
  ぼうっと目の前の男を眺めていた秋子に、男は言った。
 「まぁとりあえず伝えたから。それがぼくのお仕事なんでね」
  男はまた、頭を掻いた。
  続けた。
 「ああ、それとここからが大事なところで――」
  男は呆然としている秋子の肩に、ぽんと軽く手を置いた。
  さらに続けた。
 「ぼく、いつも忙しくてさ、まだ結婚もしてないんだ。だから、ほら――色々とさ。連絡員の被連絡者に対する行動は、全面的に法で保護されてるし」
  秋子はぼんやりとした頭で考えた。
  だから? つまり、なに? なにが言いたいわけこの男は?
  あたしを犯していいですかって、言っているの、かしら? 慶吾くんの、――秋也くんの大好きだった安野先生みたいに? まあ、そうなんですか。

  秋子の心の中に、ひとつの感情が生まれた。
  それは、穏やかな池の水面に思いっきり石を投げつけた時のように、秋子の心に大きな波紋として染み渡った。
  その感情に身を委ねるようにして、秋子はゆっくり唇を開いた。
 「そうね――」
  秋子は、言った。
  とても自分の声とは思えない、冷た過ぎる声だった。
  あの、桐山和雄に、あるいは相馬光子に似たような感じ。
  秋子は続けた。
 「あたしは別にいいけど、その人たちの前じゃ、あたし、嫌だな」
  男の両脇にいる兵士を交互に見ながら、秋子は言った。
 「ハハァ――」
  男の口元が、三日月型に歪んだ。
  それから自分の後ろに立っている兵士の方を振り返り、言った。
 「おい、お前達。一足先に車の中に戻っていろ。おれは一仕事してから行く」
  男の言葉を受け、両脇の兵士が頷いた。
  秋子にポイントされたまま、微動だにしなかったクルツの銃口が、ほんの一瞬だけ下を向いた。
  秋子はすぐさま、スカートの裾を持ち上げた。
  役人の男が、だらしなく鼻の下を伸ばして、秋子の太腿のあたりを見た。
  しかし、すぐにその目は見開かれることになった。
  秋子の太腿のあたりに、一本の茶色いベルトが巻かれていたので。
  そのベルトの間に、小さなポケット・ピストル、――ハイスタンダード22口径2連発デリンジャーが挟まっているのが見えたので。
  防衛軍の兵士二人が、慌ててサブマシンガンを持ち上げようとした。
  それより早く、秋子のデリンジャーが火を噴いた。
  ぱん、ぱん。二発。
  一発が、男の左側にいた兵士の眉間を、もう一発が右側にいた兵士の喉を、それぞれ捉えた。
  大柄な兵士二人は血を吐きながら後ろに吹っ飛び、アパートの廊下の壁にぶち当たると、ゆっくりと崩れ落ちた。
  その二人の背中がずった廊下の壁は真っ赤な縦縞ができ、モダンな模様になった。
 「ヒ、ヒッ――!?」
  腰が抜けたのか、ゴキブリのような姿勢で逃げようとした男の後頭部に、しゅっとデリンジャーの銃床が振り下ろされた。
 「ギャッ!」と男が悲鳴を上げ、べちゃっと床に這いつくばった、――やれやれ本当にゴキブリのようだ。
  秋子はデリンジャーを捨て、兵士の持っていたクルツ・サブマシンガンを拾い上げると、男の眉間にポイントした。
  安全装置は――、外れている。

 「ま、待ってくれ! 殺さないで! 頼むから!」
  泣き叫ぶ男を見詰め返し、秋子は訊いた。
 「今回のプログラムはどこでやるの?」
 「し、知らない! 助けて!」
  たらららっとMP5Kが火を噴き、男の顔の数センチ右側の床が砕け散った。
  砕けた床の破片が、ばらばらと男の顔に降りかかった。
  ついでにクルツのインジェクション・ポートから排出された、焼けただれた空薬莢も。
 「ヒィ――ッ!」
  秋子はかまわず、奇声を上げかけた男の口の中にクルツの銃口を突っ込んだ。
 「もう一度、聞くわ。今回のプログラムは、どこで行うの? 教えなさい」
  銃口を男の眉間に移し、ぐっと引き金に力をかけようとした。
  男はガタガタ震えながら、怯えた目で叫んだ。
 「い、言う! 言うって! 言うから命だけは・・・・・・!」
  引き金にかけた指の力が、少し、抜けた。
 「どこ?」
 「な、長野県の植田市だッ」
  早口でまくし立てるようにそう言った。
  長野県の・・・・・・植田市ね。
  秋子は、その地名を頭の中に焼き付けた。
  男が助けを請うような目で、秋子を見ていた。
 「い、言ったぞ。た、助けてくれるんだろ?」
 「ひとつ、聞いていいかしら?」
  眉間をポイントしたまま、秋子は言った。
 「もしあなたの大切な――誰でもいい。とても、大切な人が、無意味な殺し合いをさせられて、あなたはそれをさせている人達を、許せると思う?」
 「・・・・・・」
  男は無言だった
  無言とはすなわち――・・・・・・。
  たらららららららっ――、クルツ・サブマシンガンから、毎秒15.83発の速度で、9ミリ・パラベラム弾が撃ち出された。
  それらが、男の言語中枢を引きちぎり、思考力を失わせるまでに、コンマ5秒とかからなかった。
  頭部がシャーベットになった男は――かなり食べたくないな、これは――、びくんびくんと二度痙攣すると、もう微動だにしなくなった。
  秋子はそれをわずかに悲痛な表情で見下ろしていたが、やがて鞄の中からチーフスペシャルを掴み出し、もう一丁のサブマシンガンから予備マガジンを取り出すと、三人の死体を部屋の中に突っ込み、走ってアパートの階段を駆け下りた。
  みしみしと古い階段が音を立てたが、どうでもよかった、先の銃声でもう住人は目を覚ましているはずなので。
  走りながら、秋子は思った。
  とりあえず一旦は、あそこに逃げ込もう・・・・・・。

  秋子が目指したのは、米帝の崩壊によって廃屋となっていた、旧・米帝大使館だった。
  もちろん、嘗て赤と白のストライプが特徴的だった米帝の国旗が掲げられていた国旗掲揚台には、現在ではクリムズン・レッドとアイボリー・ホワイトが基調となっている、大東亜共和国国旗が翻っていたが。

 「――見ていなさい。いつまでも逃げているだけと思ったら、大間違いなんだから!」

  それは三村秋子の、――いや中川典子の、政府に対する明らかな宣戦布告だった。


【残り42人】


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