BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第一部 / 試合開始 ] Now 43 students remaining...


              < 2 >  ホイッスル


  ――頭が重い。
  どこだ・・・・・・ここは?
  それが、三村慶吾の最初の思考だった。
  まだくらくらする頭をゆっくりと持ち上げ、目を開いた。
  最初に飛び込んできたのは、木造の教室、古い黒板、そして、机の上に突っ伏しているクラスメイトの姿だった。
 「!」
  慶吾は慌てて、自分の首に手をやった。
  思った通り、それは、あった。
  ――首輪だ。
  唯一にして、絶対最強の拘束具。
  金属特有の表面の平滑感、そしてひやっとする冷たさが、喉元に違和感を感じさせていた。
  おそらくこれをつけてから、そう時間が経っているわけではないのだろう。
  3年前の首輪とは、微妙に形が違っていた。
  違う種類の首輪なのか、これは?
  いやそれよりも、ここはどこなんだ?

  ざっと見渡してみると、随分と古い学校のようだった。
  床も、慶吾たちの都立第壱中学校がリノリウムの全面タイル張りなのに対して、こちらは古ぼけた木の板だ。
  黒板もよほど使い古したのか、ところどころ表面の横方向にヒビが入っていた。
  天井も木材らしく、一部の板が枠から外れていたり、またボールででもぶち破ったような穴が開いていたりした。
  慶吾が考えに耽っているうちに、他のクラスメイトも次々に目を覚ましていた。
 「ここ・・・・・・どこだ?」
 「わたし達、修学旅行のバスの中にいたのよね? 確か」
 「あれ、郁美? そんなアクセサリー持ってたっけ?」
 「えっ? あれ、なにこれ? あたし知らないよこんなの」
  すぐに先ほどのバスの中のように、騒がしくなっていた。
  ちょうどそのとき、がらっと音がして、いきなり教室の扉が開いた。
  建て付けが悪くなっているのか、妙な軋み音がやけに響いた。
  そして慶吾は、次に入ってきた人物を見て、大きく目を見開いた。
  中年の、小柄で、髪が長くて、薄気味の悪い笑みを浮かべている男。
  地味なアイボリーのスラックスにダーク・ブラウンのジャケット、クリムズン・レッドのネクタイ、どこかくたびれたような印象を与える服まで。
  慶吾は混乱していた、当然だった。
  坂持――!? あいつは川田に殺されたんじゃないのか!?
  しかし先方はまるきり気にしたふうもなく、ずかずかと大股で教室に入ってきた。
  次に専守防衛軍の兵士が三人、軍靴を鳴らしながら、それに続いた。
  もちろん手には、防衛軍が正式採用した大型オートマチック拳銃、――45口径コルト・ガバメントを持っていた。
  男は教壇の前に立ち、手にしていた書類の束をトントンと丁寧に揃えてから、言った。
 「はい、静かにー。静かにしなさーい」
  口調まで、そっくりだった。
  それで、騒がしかった教室は、ぴたっと静かになった。
  男が続けた。
 「はーい。私はぁ、君たちの新しい担任の“サカマチ・キンパチ”と言いまーす」
  そういうが早いか、くるっと後ろ振り向いて、くたびれた古い黒板に『坂待欽八』と大きく書いた。
  坂待欽八――坂持金発と同じくらいにふざけた名前だ――は、長い髪をうざったそうに掻き上げた。
 「ニュースで話題になったから覚えてる人もいるかもしれないけどー、先生はは3年前にこのゲームで亡くなった坂持担当官の第一期生、つまり教え子なんだあ。素晴らしい先生だったなー、坂持先生はぁ。先生もなぁ、あの人に憧れて教師になったんだからなー」
  大方の生徒は、坂待がなにを言っているのか、よくわかっていないようだった。
  もちろん、慶吾はわかっていた、いやと言うほど。
  素晴らしい先生だって? あの坂持が?
  冗談じゃない、あれが素晴らしい先生だと言うんなら、俺はサルにでも教わった方がよっぽどマシだ。
  かなり本気でそう思った。

 「あのちょっといいですか?」
  突然、誰かの声があがった。
  男子生徒の声だったが、どちらかと言うと高い声だった。
  慶吾は、声のした方にすっと目を向けた。
  クラスの中でもっとも目立ちたがりの国山光(男子七番)だった。
  クラスで話し合いなどをするときには、だいたい決まって一番最初に手を挙げるタイプ。
  身長はクラスの中で一番低く、前髪をちょうど中央から自然に分けた髪形をしていた。
  坂待は、ちょっと名簿に目を落としてから、頷いた。
 「なんだぁ、国山ぁ? 時間ないんだ、早くしてもらえないかなぁ?」
 「アンタが担任ってことは、喜久夫さんは――溝口先生はどうしたんだ?」
  担任の溝口喜久夫は、このクラスでは慕われていて『キクオさん』などとファースト・ネームで呼ばれていた。
  年齢の割に長身で、黒い髪に多少白髪混じりの人のいい先生だった(たしか次年度から小学校の教頭になることが決まっていた)。
 「ああー」
  坂待は、大げさにジェスチャーを加えて、嘆いて見せた。
  それがなんだか無性に癇に障った、とにかく。
  坂待が続けた。
 「あの先生はねー、うん。この“プログラム”に反対したんだよ。だからちょっと――」
  この時点で、はじめて坂待の口から『プログラム』という言葉が出たのを聞いて、蒼い顔になった者もいた。
 「――君達の乗っていたバスに残ってもらったよ。いまごろ、そうだなあ、河原かどこかで爆発炎上しているんじゃないかなぁ? あははっ」
  まるで猫が背中を舐めまわしているような、厭らしい言い方だった。
 「プ、プログラムって・・・・・・なんで? だって・・・・・・あたし達修学旅行にきただけで・・・・・・」
  野口千紗子(女子十七番)が、震える声で、言った。
  その表情は、どこか虚ろなぼんやりとした表情だったが、決して寝起きだからではないだろう、それは。
  いきなり、がたがたっとイスを引く音がした。
 「そっ、そうだっ! こんな馬鹿な話があるか! ぼくたちは修学旅行にきただけだっ!」
  千紗子の声に同調するように、勢い良く飯田浩太郎(男子二番)が立ち上がった。
  それで、クラス全員の視線が浩太郎に向けられた。
  浩太郎は微かに震えていたが、それでも言った、坂待に向かって。
  もっともそれは、どちらかと言うとろくでもない部類に分類される発言ではあったけれども。
 「ぼっ、ぼくのパパは・・・・・・専守防衛陸軍少佐だぞ! ぼっ、ぼくのクラスがプっ、プログラムに選ばれるはずが、そんなはず・・・・・・」
  最後の方は、もう殆ど聞き取れなかった。
  坂待は、それを聞いて「ハハア」と笑った
  慶吾は思った。
  やめてくれ、その笑い。見てるだけで、ゲロが出そうだ。
  坂待が続けた、例のねちっこい絡みつくような口調だった。
 「いいかぁ? 生まれながらにして、人間は皆平等だー。そうだろー、んー? だからぁ、飯田のパパが防衛軍の少佐でもー、例え元帥とかでもだー。プログラムの対象外になるなんて事はないんだよ。わかったかー、んー?」
  ちっともわかっていなかった、少なくとも、浩太郎は。
  薄笑いを浮かべている坂待から視線を外して三人の防衛軍兵士を睨みつけた。
  叫んだ。
 「お、お前らも、パパの部下なんだろ!? だったら、おれを助けろよ! いっ、いまパ、パパに媚びておけば、あとあと都合がいいんだろ、なあ!?」
  先程の発言よりもろくでもなかった、極めつけだ、今回のは。
  浩太郎の言葉で、教室にざわめきが起こった。
  父親の威を借りて、自分だけ助かろうとしている浩太郎は、明らかに全員に敵意の視線を向けられていた。
  もう浩太郎には周囲の状況など、まったく目に入っていなかったのかもしれない。
  浩太郎は、なおも叫び続けた。
 「おれを助けろよっ! お前らより偉いんだぞ、おれのぱ、パパはっ! 早く俺を――」

  坂待が、ちらっと横にいる防衛軍兵士を見た。
  慶吾はそれを見逃さなかった。
  坂待が視線を浩太郎に戻した。
  言った。
 「あのなぁ、飯田。この国の優秀な兵士はなぁ、自分の出世のためだけにー、するべきことを疎かにするほど馬鹿じゃあないんだー。いいかー? それが証拠に――」
  坂待は、今度は首を動かして、はっきりと兵士達の方を向いた。
  座るという仕草を忘れているように突っ立っていた浩太郎の目が、大きく見開かれた。
  三人の兵士達が、がちゃっとコルト・ガバメントの銃口を向けていたので。
  その指先が、もう引き金にかかっていたので。
 「や、やめ――!」
  浩太郎が、なにか言おうとした。
  そのとき既に、慶吾はイスから腰を浮かせていた。
  坂待が、頷いた。
  それとほぼ同じに、防衛軍兵士のコルト・ガバメントが、一斉に火を噴いた。
  ぱぱぱぱん。ひとり二発、計六発、――釣りはいらねぇぜ。
 「パ、パパ・・・・・・!」
  浩太郎はそう呟いた。
  それが最期の呟きになった、――いやそうなるはずだった。
  しかし、そうはならなかった。
  兵士のガバメントが火を噴いたときにはもう、浩太郎の身体は木目の荒い床に倒れていたので。
  慶吾が浩太郎を、突き飛ばしていたので。
  目標を失った45口径ACP弾が教室のガラスにぶつかり、跳ね返った、――防弾ガラスだった。
  この教室の、机の並び方が幸いしたと言うべきだろう。
  3年前のように、ただ一番から一列に順序良く並んでいるのではなく、会議室のように『コ』の字型に並んでいたからだ。
  その結果、名簿番号二番の飯田浩太郎と、名簿番号十九番の三村慶吾は、比較的距離が近かったのだ。
 「う・・・・・・? み、三村さん?」
  浩太郎が呟いた。
  慶吾はひとまずほっと溜息をついたが、自分の後頭部にがちゃっと銃口が押し当てられたのを感じて、再び身体を強張らせた。
 「困るなぁ、三村ぁ。飯田には教育的指導が必要なのに、庇っちゃったら意味がないじゃないかぁ?」
  坂待だった。
  慶吾は自分にしっかりポイントされているのを感じながら、しかし立ち上がった。
  言った。
 「いまのは、俺の独断だ。こいつには関係ないからな、言っておくが」
  坂待は、はぁと溜息をつくと、まだ床に寝ている浩太郎に向かって言った。
 「よかったなあ飯田ぁ。三村がお前の代わりに、殺されてくれるんだってさー。いい友達がいるなぁ、飯田は」
  そう言って、また慶吾に顔を戻した。
  坂待の手が、ガバメントの引き金にかかった。
  慶吾は、静かに、ゆっくりと、手を後ろにまわした。
  ベレッタの冷たい感触が、手に伝わった。
  ――撃てるか? この距離で、四人。
  ベレッタを抜いて安全装置を解除、スライドを引いて初弾の装填、防弾チョッキを着ているかもしれない、頭部を・・・・・・一撃で。
  はっきり言って、無謀だった。
  ベレッタ1対ガバメント4――どう考えても歩が悪い。
  天才ショートストップ。ここは勝負師、七原秋也の見せどころだ、イエー!

 「坂待とかいう先生さ――」
  そんな声が教室に響いたのは、ちょうど慶吾がベレッタを抜き出そうとした直前だった。
  慶吾は目だけを、ちらっと声のした方に向けた。
  長身で、痩せ型で、眼鏡をかけているハンサムな男――杉山貴志だ、確か。
 「時間ないんだろう? そんなことはいいから、早く進めてくれないか、これ。いい加減、こっちもくたびれてんだけど」
  そう言って、貴志はちらっと慶吾の方を見た。
  まあそう早まるなよ、もう少しタイミングを見計ってからだっていいだろ?
  貴志の目は、そう言っていた。
  慶吾は、気付いた。
  貴志の位置からだと、自分のズボンの後ろに挟んであるベレッタは、丸見えなのだ。
  他の皆は気付いていないようだが、貴志は気付いていた、少なくとも。
 「そうだなぁ・・・・・・」
  坂待が言った。
 「それもそうだなー。うん、いいこと言うなー、杉山は。ほらー、お前達も席に戻る戻る」
  それで慶吾は、黙って自分の席に戻った。
  しばらく呆然としていた浩太郎も、はっと思い出したように立ち上がって、席についた。
  坂待が、パンパンと二回手を叩いて、言った。
 「いいかー? これからは、意見があったら手を上げるようになー。私語は厳禁だぞー?」
  ああ、知ってるさ。私語をするやつには、チョークの代わりにナイフが飛んで来るんだろ?
  慶吾は、思いっきり唾を吐きかけてやりたい衝動に駆られたが、やめておいた、当然のことながら。
  坂待がさらに続けた。
 「もう時間ないんだからなー。――って、ほらぁ、そこっ! 言ってるそばから私語をしないこと!」
  坂待の声が響いた。
  ナイフではなかった、もっと効率的で確実な方法だった。
  坂待がガバメントを構えた。
  撃った。
  慶吾が振り向いた時には、遅かった。
  中山諒子に話しかけようとしていた、クラスの中でもお喋りな中村有里の頭を45口径ACP弾が貫き、頭部の後ろ半分が吹き飛んだ。
  赤黒いものがぱあっと飛び散り、諒子のセーラー服に付着した。
  諒子は、なにが起きたのかよくわからないような、呆然とした表情で自分の服に着いたそれと、そして目の前の中村有里(の死体)を眺めていた。
  有里は突っ立った状態ままぐらりと傾き、どすっとイスごと後ろに倒れて、そのまま動かなくなった。
  穴の空いた額の両脇、少し下に、虚ろな目が慶吾の方にぎょろりと向いていた。
  飯田は助けたのに、あたしは助けてくれないのね、三村さん。男の子を助けて女の子を助けないなんて、あなた、ひょっとしてアブ・ノーマル?
 「いッ――」
  その半瞬後に、反動は来た。
 「いやぁーーーーーーーッ!!」
 「うっ、うわ、うわあっ・・・・・・!」
  内村真由美(女子二番)の叫び声が響き、桐谷優(男子六番)がその場に座り込み、古臭い木の床に嘔吐物をぶちまけた。
  そこに、再び銃声が響いた。
  ぱん、ぱぱぱん、――四発。
  坂待の一発が真由美の腹に突き刺さり、防衛軍兵士の一発ずつが優の右のこめかみから侵入し、脳を巻き込んで、優の頭の左半分を根こそぎ吹き飛ばした。
 「意見があったら手を上げて。言ったろー? それと桐谷。駄目じゃないか、勝手に席を離れちゃあ」
  坂待が、既に生きているはずもない――45口径を三発食らってんだ、当たり前だろ、ちくしょう!――優に向かって、注意するように言った。
  誰もなにも言わなかった、ただじっと叫びたいのを我慢するのが、せいいっぱいのようだった。

 「うっ・・・・・・ううっ・・・・・・い、痛い・・・・・・」
  内村真由美の呻き声が聞こえた。
  まだ生きていたのだ、彼女は。
  しかしほとんどの生徒は、無理やり彼女を見ないように視線をそらすか、俯いていた。
  もしまたなにかして、そしたら今度は自分が同じ目に会うことは、目に見えていたので。
  けれど中には、例外もいた。
 「う、内村っ! だ、だいじょうぶか!?」
  真由美の隣の、太田芳明だった。
  真由美の腹からはどす黒い液体がどんどん溢れ出していて、とてもだいじょうぶとは思えなかった。
  それでも真由美は、言った、苦しそうに。
 「あ、はは。だ、いじょうぶ、だよ、芳くん。こんな――鉛玉なんかで、このあたしが、死ぬわけ・・・・・・」
  そう言いかけて、真由美の頭ががくっと床に落ちた。
  それだけだった。
  彼女の手は、もう二度と動かなかった。
  彼女の口は、もう二度と冗談を言わなかった。
  彼女の生命は、もう永遠に失われたのだった・・・・・・。
  こんな鉛玉ひとつ――そのただの鉛玉で人を殺せる装置こそが、拳銃だった。
 「くそっ! くそぉっ!」
  芳明はそう声を絞り出すと、真由美の傍らにしゃがみ込んだ。
  慶吾も、ぎりりと歯軋りしないではいられなかった。
  このクソゲームが始まる前に、もう実に三人もがやられてしまった。
 「はいはーい。太田くーん、席につきなさーい」
  場違いな明るい声で、坂待が言った。
  それで、芳明はゆっくりと立ち上がり、そしてゆっくりと、着席した。
  その目は、内村真由美のセーラー服を真っ赤に染める、血の池に注がれたままだった。
  そう言えば――。
  慶吾は思い出した。
  あの二人、付き合ってたって噂を、聞いたことがあったな・・・・・・。
  歯を食い縛って坂待を睨みつけている芳明の顔に、川田章吾の顔が重なった。
  そして床の上の血の海の上に浮かんでいる真由美には、――川田に写真で見せてもらっただけだが――大貫慶子の顔が重なった。
  それで余計、坂待に対する怒りが増幅されたようだった。
  どれくらい繰り返せば、気が済むんだ、おまえたちは?
  しかしその言葉はもちろん、すんでのところで飲み込んでいたのだけれど。


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