BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第一部 / 試合開始 ] Now 40 students remaining...


              < 3 >  スターティング・メンバー


  かつっと音がして、坂待の持っていたチョークが折れた。
  ちょうど、今回の試合会場の地図を書き終えたところだった。
  山に囲まれた盆地のような地形で、端から端までは相当な広さがあるようだったが、使用できるのはその盆地の中心部だけだ。
  3年前は海の上の孤島だったが、今回はどうやら内陸らしかった。
 『凸』マークは、おそらく城跡の印だろう。
  城址の東側にある高校のマーク辺りを中心に、半径約3キロメートルほどの円内が、今度のこのクソゲームの会場となる(実際はわずかに楕円だった)。
  現在、慶吾たちがいる学校は、城址よりも少しばかり北東寄りの場所――中学校らしい――だった。
  その円の外はもちろん、問答無用に『禁止エリア』だ。
  円の内側には、商店街やら駅やらがあって、比較的発展した都市だと言えた。
 「今回はぁ――」
  坂待が、言った。
 「市街戦を想定してぇ、こういった場所でやることになりましたー。家とかがあって隠れやすいぶん、敵に気付きにくいからなー、気を付けろよー」
 “敵”というのは、この場合、クラスメイトのことだ、クソいまいましいが。
  坂待が続けた。
 「はいー、次に禁止エリアについてですー。この四角に区切られている場所があるよなぁ、これがひとつのエリアですー。エリアごとにアルファベットと英数字で番号が振られていてー、6時間に一回、先生が放送をかけてエリアの番号を言いますー。そうしたらぁ、その番号のエリアは指定された時間から禁止エリアになりますー」
  慶吾には、次に坂待がなにを言うかわかっていた。
  予想した。
  オーケイ、次は首輪だろ、この犬みたいな。
 「次にー、君達がつけている首輪ですー」
  予想通りだった。
  知っているのだから、当たり前なのだが。
 「もし指定された時間がきてもそのエリア内にいた場合はぁ、その首輪に内蔵された小型爆弾が、爆発します、いいかぁ?」
  それで、首輪をいじっていた数人は、慌てて手を離した。
  それを見て坂待は、にやりと笑った。
 「もちろん、無理に外そうとしても爆発するからなー。そんな奴はいないだろうけどー。あと出発の際は一人ひとつ、ディパックを配るぞぉ。その中に、食料と水と地図とコンパス、それと武器が入ってるからなー。武器はランダムだからなぁ、なにが入っていても、文句を言っちゃいけませーん。いけませーん」
  坂待は「いけませーん」を二度、繰り返した。
  さらに続けた。
 「実はなぁ、今回はちょっと奮発して、凄いのも入ってるからなー」
  それで慶吾は心持ち眉を上げた。
  ――凄いのって、なんだ?
  気になったが、もちろん坂待は、それが何であるのかは言わなかった。
 「あとはみんなの知っている通りだー。クラスの仲間と殺し合いをしてもらうだけでーす。制限時間はありませんがぁ、24時間、――いいかぁ、24時間だぞぉ? 24時間誰も死ななかった場合はぁ、時間切れでーす。全員の首輪が爆発してぇ、優勝者はありませーん」
  そっくり同じルールだった。
  坂待は、黒板に書いてあった地図に、4つの四角形を書き込んだ。
  言った。
 「言い忘れてたけどー、この試合場の外は禁止エリアと同じですがー、もし出ようとした場合はぁ――」
  そこまで言って、坂待は黒板の4つの四角のうち2つを、ごんごんと叩いた。
 「この対人用戦車でぇ、撃ち殺しまーす。それとぉ――」
  残りの2つの四角を同じように叩いた。
 「試合場の外に出ようとした場合でなくても、政府に何らかの危害を加えようと企んでいるのが発覚した場合はぁ、この2台のMLRSがミサイルを撃ち込みまーす。周りにいる関係のない人が被害を受けてもー、知ったことじゃありませーん」
  慶吾は、ちっと舌打ちをした。
  船より厄介だな、これは。
  そう思った。
  その通りだった。
  船の場合は、海へ逃げようとした者を射殺するだけ――だけ、で済むことではないのだけど――だが、今回の場合、無条件で攻撃してくる可能性がある。
  考え込んでいる慶吾の耳に、坂待の癇に障る声が響いた。
 「はーい、じゃあ机の中に入っている紙と鉛筆を出してくださーい。それから――」
  やる事は、3年前とそっくり同じだった。
 『私達は、殺し合いを、する』、『やらなきゃ、やられる』
  これを三度、書かされた。
  しかしプログラムの経験者である慶吾ですら、知らないことは存在した。
  それは三村秋子が、現在なにをしようとしているのかということだった。
  慶吾の知らないとき、知らない場所で、秋子は一人、戦っていた。
  最愛の人を、助けるために――。
  



              §

  ギギィと軋んだ音を立てて、歪んだ扉がゆっくり開いた。
  秋子は、嘗ては米帝大使館だったその建物の中に一歩入り、肩を竦めた。
  外見こそ変わらないまま残っていたが、中身は荒れ果て、蜘蛛の巣だらけで、ここ2〜3ヶ月、とても人のいた形跡は無かった。
  秋子が一歩踏み出す度に、私立第弐中学校指定の茶色い革靴の下から真っ白な埃が立ち上った。
  真っ黒なカラスか何かが入ったとしたら、おそらく数時間で真っ白は鳩になって出てくるだろう。
  それほどまでに荒んでいた。
 「盛者必衰の理をあらわす・・・・・・だったかしら?」
  秋子は、むかし国語の時間に習った、平家物語とかいう古典文学の中の一節を呟いた。
  盛者必衰、――いかにそのときは強大な力を持っているものでも、それはいつか必ず衰えてしまうものだという意味だった、秋子の記憶が確かだとしたら。
  まったくその通りだった。
  一時は大東亜共和国さえ凌ぐと言われた工業経済大国の姿は、そこにはなかった。
  埃の積もった床に、赤と白のストライプの布――米帝国旗だろう――が、ぼろぼろになって落ちていた。
  秋子はクルツを構えながら、一歩ずつ慎重に奥へと進んで行った。
  ふと慶吾のことが頭を過った。
  彼は、だいじょうぶだろうか?
  政府の人間に正体がばれて、撃ち殺されたりはしていないだろうか?
  秋子は小さく、溜息をついた。
  考えれば、自分はまずいことをした――、それもかなりまずいことだ。
  政府の役人一人と兵士を二人、殺したのだ、銃で。
  まあ、それはそれで仕方がないが――あたしも酷い女になったものね、こんなふうに考えられるなんて――、しかし問題はあれで慶吾の正体がばれてしまうのではないかということだ。
  一応、三人の死体は自分の部屋に押し込んで、鍵を掛けてきたが、ばれるのは時間の問題ではないのか?
  そもそもアパートの住人の誰かが、一部始終を見ていたかもしれない、警察に通報しているかもしれない。
  それで万が一、慶吾の正体が政府に知れてしまったら、慶吾は即座に殺される、間違いなく。
  あたしがあんな事をしてしまったから――。
  だったら、あのままあいつに犯されてしまえば良かったのだろうか?
  そんなのは――問題外だ、絶対に嫌だった、それだけは。
  秋子は思った。
  慶吾以外の誰かと寝るなど、死んでもできるわけがなかった。
  でも、それが原因で慶吾が殺されたら・・・・・・?
  もしそんなことになってしまったら、あたしはどう生きていけばいいんだろう、これから先――?

  そんなろくでもないことを考えていると、突然ばたんとドアが閉まり、秋子はドキッとして振り返った。
  そこには誰もいなかった。
  どうやら、ただ隙間風で閉まっただけのようだった。
  秋子はほっとして、その場に座り込んだ。
  スカートのお尻のあたりが埃まみれになっていそうだったが、どうでもよかった。
  ただ余計な部分まで汚さないように、膝とスカートを一緒に抱えた格好で座っていたのだけれど。
  四肢の先から疲労とだるさが襲ってきた、気持ちとは裏腹に、身体はかなり疲れているようだった。
  朝早くから慶吾の弁当を作って――まあそれは好きでやってるんだからいいんだけど――、役人と兵士を相手に闘って、人目につかないように裏道を走って旧・米帝大使館まできて、鉄条網の張ってあるその高い塀をよじ登って・・・・・・。
  慶吾くん、なにやってるのかなあ、電話でもできればいいんだけど――。
  そう考えて、秋子はばっと立ち上がった。
  一緒に埃も舞い上がったが、そんなことにはかまっていられなかった。
  思い出したことがあった、かなりどうでもいいことだったので、たったいままで忘れていたのだけれど。
  秋子は、自分のいる部屋を隅々まで調べた。
  どうやら、執務室のようだった。
  大きなデスクが、薄汚れた合衆国国旗を背景にどんと構えていた。
  そのデスクの下も、徹底的に調べてみた。
  壁も、本棚も、国旗の裏も、目に付く限りの場所を調べ尽くした。
  しかし、秋子が求めていたものは、何もなかった。
  合衆国にいたとき、ちょっとした噂を聞いたのだ、――もちろんただの噂なので信憑性に欠けるが、いまの秋子にとっては最後の頼みの綱だった。
  わずかな落胆を覚えながら秋子は思った。
  やっぱりただの噂だったの、あれは?
  けれどそれでも、探し続けた。
  いま、慶吾を助けられる人間は、自分しかいない、間違いなく。
  だが秋子には手段がなかった。
  でも、噂で聞いたとおりのものがあるのだったら・・・・・・、一発逆転も夢ではないかもしれなかった。
  そうよ、いつでも最後の最後で逆転優勝するのが、あたしの大好きな秋也くんだったじゃない。
 『ワイルドセブン・七原秋也』、――“ワイルドセブン”は、ある煙草の銘柄とかけた、当時の秋也の通り名だった。
  慶吾のことを思い、ほんの少し、ほんの少しだけ元気が出た。
  噂を信じるしかなかった、いまは。
  よし、もう一度、隅から隅まで――。
  調べようとして、ふと違和感を覚えた。
  大きなデスクの上に、黒いダイヤル式の電話があったので。
  思った。
  この時代にダイヤル式? 時代錯誤も、ここまでくると怪しいんじゃない?
  たららららっと、秋子のクルツ・サブマシンガンが吼えた。
  高速で撃ち出されるパラベラム弾は、その電話を砕こうとし、――砕けなかった。
  弾丸が命中したそれは、思い切りはじかれてがしゃんと床に落ちたものの、傷ひとつついていなかった。
  防弾加工がしてあったのだ。
  これではっきりした。
  この電話こそ、秋子が探し求めていたものだった。
  秋子は電話を持ち上げ、丁寧に調べた。
  秘密のボタンとか、鍵を隠すスペースとか、そういったものがないかどうか。
  しかし、不自然な部分は見つからなかった。
  自分の思い過ごしだろうか?
  いや、そんなはずはない、そうでなければわざわざ電話なんかに防弾加工を施す理由がなかった。
  やっぱり、何かの数字をダイヤルしなくてはいけないのだろうか?
  でも、何の数字を?
  秋子は考えた。
  答えは、すぐに出た。
  七原秋也――ワイルドセブン――それしかないでしょ、やっぱり。
  秋子は、『7』の枠の中に人指し指を差し込んで、まわした。
  ジーコと音を立てて、ダイヤルがまわった。
  差し込んでいた指を抜いた。
  また、ジーコと音を立てて、ダイヤルが戻った。
  次の瞬間、がこんと音がして部屋の一角にあった本棚がずずずっと横にスライドした。
  その本棚で塞がれていた部分には、ひと一人がやっと通れるくらいの黒い穴が、ぽっかりと空いているのが見えた。
 「やっぱり――」
  秋子は言った、笑いながら。
 「ラッキーナンバーは、『セブン』よね?」
  その通りだった。
  クルツを構えなおすと、秋子はゆっくりと、その穴の中へと足を踏み入れていった。
  さて、これからどうなるだろう?
  秋子は思った。
  だが、そんなことはわかるはずもなかった。
  とにかく、この“ゲーム”のスターティング・メンバーに加わったのだ、秋子は。
  もちろん、人知れず、ひっそりと。
 

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