BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第一部 / 試合開始 ] Now 40 students remaining...
< 4 > 試合開始
パンパンパンと坂待が手を叩いた。
「はーい。それではぁ、ややっこしい説明はここまででーす。これからくじを引いてぇ、この学校を出発する順番を決めまーす。一番になった人が男子だったらぁ、2分おきに男女男女の順で出発してもらいまーす。ゲームは、ここを出た時点で始まっているからなー。気を付けろよー」
そしてまた、にやっと笑った。
それは見ているものが不快になる笑い方だった、とても。
坂待の言葉を聞いて、クラスメイトたちがそれぞれ顔を見合わせた。
目が合うと慌てて伏せるか、別のところに視線を移していた。
――くそ、あいつの口車に乗るな!
慶吾は叫びたかったが、叫んだところでどうなるわけでもないし、それに言い終わる前にACP弾が頭に突き刺さることはわかっていたので、やめておいた。
坂待がいま引いたくじ――くじだと!? ふざけやがって!――を見て、口元をほころばせた。
「はーい、決まりましたぁ! 一番は名簿番号一番、稲山奈津子さんからでーす」
坂待の楽しそうな声に、いままで俯いて座っていた稲山奈津子が、びくっとして顔を上げた。
奈津子の表情を面白そうに眺めながら、坂待が言った。
「はーい、出て行ってくださーい。早くしろー」
奈津子は、恐る恐る立ち上がった。
なんだか夢の中にいるような、脚がふわふわした感じだった。
もちろん、それが夢であればどれほどよかっただろう。
これが紛れもなく現実であるということは、奈津子の身体にべったりとまとわりつくような血の臭いが証明していた。
イヤだ――、私、行きたくないよ、こんなの・・・・・・。
奈津子は思った。
もちろんそれは、誰もが思っていることだった。
しかし、それに従わなければいけないこともまた、同じだった。
「ディパック、ちゃんと受け取れよー」
坂待が言った。
奈津子は、やけに重たく感じる足を引きずりながら、無愛想な兵士が突き出していた大きめのディバッグを受け取った。
持った途端、腕にずしっと重量が加わって、危うくよろけそうになってしまった。
しかし、堪えた。
行きたくない、行きたくないよ・・・・・・!
教室のドアの前で、目に涙を溜めながら、奈津子は一度、振り返った。
ほとんどのものは下を向いて俯いているか、特に女の子は泣き伏していた。
しかし、幾人かは違っっていた。
黒澤健司は、いつものように冷静な目を、ちらっと奈津子に向けた。
密かに付き合っている杉山貴志は、口元をわずかにほころばせながら、奈津子を見ていた。
仲のいい友達だった野口千紗子は、悲痛な表情を奈津子に向けていたが、目が合うとさっと逸らせた、――奈津子は、なんとなく嫌な感じがした。
そして、編入してきたばかりの三村慶吾。
彼は、力強く、一度だけ頷いたのだ。
だいじょうぶだ、仲間を信じろ。
その目は、そう言っているようにも見えた。
奈津子は一度、すうっと大きく息を吸うと、思いきって教室のドアを開けた。
ドアの建て付けが悪いためか、力を入れないと開かなかった。
「はーい、それじゃあ2分のインターバルをおきまーす。次は飯田なー?」
閉めたドアごしに、坂待の声が響いた。
§
慶吾は、焦っていた。
一番手の奈津子が出て行ったあと、2分おきに次々とクラスメイトが出発している。
表で待っていてくれ、――それが慶吾の願っているところだった。
もちろん、恐らくそんなことをするものは、ごく数人しか――もしかしたら一人も――いないだろう。
どうにかして信用できそうなやつと連絡をとりたいところだったが、そもそも編入してきたばかりで日が浅い慶吾などを信用するものが、いるだろうか?
わからなかった、そればっかりは。
考え込んだ慶吾の耳に、坂待の声が響いた。
「はーい、次は黒澤くーん」
黒澤健司は、すくっと立ち上がった。
なんとなく杉村弘樹(故、だ。ちくしょう!)に似ているな。
慶吾は思った。
もちろん容姿はまったく違った、杉村弘樹が長身だったのに対し、健司はとても小柄だった。
似ているのは、いつも冷静な目で物事を見れるところやし、特に普段はむっつりとしていてあまり人としゃべらないところとかが。
健司は大股で兵士の前まで歩いて行き、ディパックを受け取ると、ちらっと慶吾の方を見た。
慶吾は、奈津子にしたように、ひとつ頷いて見せた。
表で待っていろ――の合図のつもりだったのだが、先方がどう取ったかはよくわからなかった。
すっと目を細め、健司は胡散臭そうに慶吾を見返した。
それからどう思ったのか、慶吾に向かって小さく頷き返すと、健司はさっさと教室を出て行った。
それで、慶吾はふと考えた。
そういえば、典子――ではなくて、秋子は無事だろうか?
慶吾がここにいるということは、秋子の元に役人が行った可能性が大きかった。
しかも、それだけではない。
専守防衛軍の兵士も、一緒だろう、当然。
そしてそいつらは、このプログラムに少しでも反対するような素振りを見せたものを、片っ端からサブマシンガンの餌食にしてしまうのだ。
安野先生の前例もある(思い出しただけでムカついてくる!)。
秋子のように可愛い女の子ひとりだったら、なおさらだ。
慶吾の脳裏に、馬鹿みたいな顔をした役人が、秋子にサブマシンガンを突き付けながら犯している姿が浮かんだ。
やあ、君が慶吾くんか。秋子さんのお兄さんの。妹さん、なかなかだったよ。――え? 何がだって? 嫌だなぁもう、野暮なこと聞かないでくれよ。――え? ぶっ殺してやるって? ――ああそう。でもね、それはこのプログラムで優勝してからにしてくれるかな。じゃあ、頑張ってね。
慶吾はそれで、ぎゅっと唇を噛み締めた。
ちりっとした痛みが走って、口の中に鉄の味がわずかにしたが、どうでもよかった。
もちろん慶吾は、秋子が“ふつう”の女の子だと思っているから、秋子が役人と兵士二人をデリンジャーとクルツで撃ち殺してしまったことなど、知るはずもない。
それに、現在秋子が米帝大使館跡の地下20メートルにいることも。
秋子もれっきとした、『1997年度第12号プログラム』の生き残りなのだ、はっきり言って。
「三村くーん。三村慶吾くーん。時間だよー」
坂待の声が耳に届き、慶吾は思考を中断して、立ち上がった。
するべきことも、忘れていなかった。
「桐谷と中村の目ぐらい、閉じさせろよ」
慶吾はそう言うと、坂待の返事も待たず、有里のところへ歩いて行った。
内村真由美の目蓋は、すでに太田芳明によって閉じられていたので。
「えー? まぁいいかぁ」
惚けたような声が、後ろで聞こえた。
有里は、ひどかった、いやはやそれしか言いようがなかった。
眉間にひとつ、大きな穴が空いていて、そこからはまるで下水の排水溝のように、どす黒い血が流れ出していた。
その血は木造の床に大きな水たまりをつくっていたが、床板の隙間に大部分が吸い取られたのだろうか、いまでは大分固まっていた。
有里の目が、先程と同じように、じとっと慶吾を睨みつけていた。
そんな恨めしい目で見るなよ、俺だって、辛いんだから。それに、授業中喋り癖がついてたからだぞ、こうなったのは。
慶吾は片膝を折って、有里の目をそっと閉じてやった。
俺はアブ・ノーマルじゃないからな、言っとくけど。
そんなことをちらっと思った、まあかなりどうでもいいことなのだけれど。
有里の前から立ち上がると、今度は優の方に歩いて行き、目を閉じてやった。
そうしてようやく出口の方に足を向けた。
兵士が突き出しているディバッグを引っ掴むと、教室を出ようとドアに手をかけた。
坂待の声がした。
「三村ぁ、変なこと、考えるんじゃあないぞー。これの餌食になりたくなかったらなぁ」
そう言って、黒板に描かれた四角形を、ごんごんと叩いた。
MLRS――多連装ロケットシステム。1970年代に米帝陸軍が地域制圧ロケットシステムの有効性を考えて開発した兵器を共和国専守防衛陸軍が改造して、より優秀にしたもの――だった。
慶吾は、ふんと鼻を鳴らすと、なにも言わずに教室を出た。
ドアを閉めるとき、坂待がかすかに「ふふっ」と笑った気がしたが、気にせずにドアを閉めてやった、――あいつの笑顔なんか精神衛生上悪いだけだ。
慶吾は廊下を見渡した。
一応、蛍光灯がついていたが、約半数は切れかかっているらしく、ぱちぱちと苦しそうに明滅を繰り返していた。
どうやら出口は、この蛍光灯がついている方向に従っていけばいいようだった。
教室と同様に廊下もやはり木造で、かなり年季が入っているらしく、慶吾が歩くたびにぎしぎしと床板が鳴いた。
とりあえず教室を出てから蛍光灯に沿ってまっすぐ歩いてきたが、途中、廊下に面したドアの窓から明かりが漏れている部屋があった。
慶吾はゆっくりとそのドアの前を通り――、視線をちらっとそちらに向けた(おそらく職員室だろう)。
ドアにはめ込まれている長方形のガラス越し、迷彩服を着た兵士たちがうろうろとしているのが見えた。
立っている兵士は大抵、肩からストラップでアサルト・ライフルを吊っていたが、その他の兵士はほとんどがパソコンのディスプレイに向かっているようだった。
ほぼ全員が同じ迷彩服を着ていたが、そのうち一人だけ、毛色の違う兵士がいた。
眼鏡をかけた長身の、なんだか兵士らしくない兵士だった。
迷彩柄の戦闘服ではなく、ふつうの軍服を着ているようだった、ひょっとしたらそいつが取りまとめ役かもしれない。
慶吾は怪しまれない程度にそれらの情報を記憶した。
本当ならば、もっと詳しい情報も知りたいところだったが(兵士が何人いるかなど)、ドアを開けて覗き込むわけにもいかないので、何食わぬ顔でそのドアの前を通り過ぎた。
下手にのろのろしていたら、背中に銃口を突きつけられて蹴り出されるのがおちだ、きっと。
しかし、見たところ、公舎内を兵士が徘徊しているわけではないようだが。
慶吾は昇降口に向かいかけ――、しかしふと脚を止めた。
昇降口とは反対側、つきあたりの電気の点いていない薄暗い廊下の方に、赤い光がぼんやりと見えたので。
慶吾はわずかに逡巡し、そして踵を返すと、その暗がりの方へ歩いて行った。
本来ならばすぐにでも外に出て、誰かがいたら仲間にした方がいいのかもしれない、もちろんそれが“のった”連中ではないことが大前提なのだけれど。
だが、本部に関するある程度の情報は、押さえておきたかった、例えば脱出するときに役立つかもしれないし、その他にも大切な判断材料にはなるはずなので。
暗がりに足を踏み入れると、慶吾はまっすぐその赤い光の方に向かって行った。
防犯ベルのランプとは違った、もっと小さな光だった。
見ると、どうやら公衆電話のランプのようだ、あの緊急時に使うボタンの横にあるやつ。
最近はめっきり見なくなったが、硬貨しか使えない――すなわちカードは使えない――タイプのピンク色の電話だった。
「・・・・・・」
慶吾はしばらくそれを見つめていたが、おもむろに受話器を取った。
スピーカーが内蔵されている部分を自分の右耳に当ててみると、『プー』という発信音が聞こえた。
プッシュボタンを押すようなことはせず、慶吾はそのまま受話器を戻した。
「回線を切られているわけじゃない。内線だけは生かしてあるのか・・・・・・?」
外部回線も生きていてくれればよかったな、と慶吾は思った。
会場内の電話はともかく、本部の中ならひょっとしたらと思ったが――、やはりそこまで馬鹿ではないようだ、桃色政府は。
もう電話に用はなかった。
慶吾はもときた廊下を戻っていった。
正規のルートとは随分外れているはずだった、――もう次の幾人かは表に出ているだろう。
しばらく歩くと、ようやく出口らしきものが見えた。
木でできた古くさい下駄箱が並んでいて、木造の床から一段下がったところには、ささくれ立ったすのこが敷いてあった。
本来ならばここで上履きから下履きには着替えるのだろうが、はじめから靴を履いていた慶吾は、そのまま降りた。
外に出た。
まだ夜だったため、はじめは真っ暗でなにも見えなかった。
慶吾は目を細め、じっと周囲を凝視した。
ここから10メートルばかり離れたところ、人目につかなそうな場所に、太い木が何本か植わっていた。
その木の陰に人影があった、一人、二人・・・・・・全部で四人。
影のうちの一人が手を上げた。
声が聞こえた。
「遅かったっすね。俺たち一応、言いつけどおりにここで待ってたんだけど。幾人かは、俺の姿見てダッシュで逃げてったけどな」
それは男の声だったが、あまり低い声ではなかった。
杉村貴志だった。
その手の中に、鈍く光る大型拳銃――スミス・アンド・ウエスンのリボルバーM586――が握られていた。
その隣には、太田芳明、黒澤健司、そして南由香利(女子二十番)が並んで立っていた。
「お前たちだけなのか?」
慶吾は言った、少し残念そうに。
どうやら、そうらしかった。
貴志が言った。
「三村さんはさ、さっき飯田を助けたろ? それで、信用してみる気になったんだ。こいつらも、まぁそう言うこと」
芳明と由香利が同時に頷いた。
芳明が言った。
「俺、真由美が――、その、殺されて――」
『殺されて』という言葉がわずかに震えた。
続けた。
「――でも三村さんなら、なんか頼れるって言うか。その・・・・・・」
しどろもどろだった、芳明の言葉は。
慶吾は笑った。
本当は不謹慎だったかもしれないが、とりあえず笑った。
「オーケイ。理由はどうでもいい。俺を信じてくれるって言うんなら、それで十分だ。そうだろ?」
こくこくと痙攣したように、芳明が頷いた。
慶吾はちらっと苦笑し、それから訊いた。
「この中で一番最初に出たのは、太田だったな?」
「えっ? あ、そう、俺がはじめで・・・・・・。俺、どうしたらいいかわからなくて、ずっとそこの――」
芳明が、昇降口から向かって左側を指さした。
「――駐輪場の陰に隠れてたんだけど。きっとみんな、すぐにここから離れるだろうと思って。実際、見つからなかったし・・・・・・」
「あの坂待とかいう役人の説明、聞いてなかったのか?」
慶吾が聞き返すと、芳明は慌てたように頭をかいた。
言った。
「お、俺、全然聞いてなくて――。ずっと、真由美のこととか、考えてたから。黒澤に見つかってなかったら、俺、きっと――」
言いかけて、芳明はぶるっと震えた。
慶吾は健司の方を向いた。
健司が、口を開いた。
「言っとくが――」
健司は無口な方ではなかったが、慶吾はあまり親しく話したことがなかったので、少し違和感を覚えた。
こいつ、こんな声してたのか。
「あんたを選んだのは、あんたがなにか裏を持ってると思ったからだ。前々から興味があったんでな」
健司だけは、慶吾を『サン』付けで呼ばなかった。
いつものように、冷静で冷たい口調だったが、悪いやつではなさそうだ。
もちろん、それが命取りになるということも考えられるが――、おそらく健司はだいじょうぶだろう。
慶吾はなぜか、そう思った。
「わたしは――」
由香利だった。
「ずっと前から、信じてるから。三村さん――の、ことを」
わずかに頬が紅潮しているのは、精神が興奮しているためか、それとも――?
慶吾は笑った。
言った。
「そうか・・・・・・。ありがとう、おねえちゃん」
言ったあと、なんだか川田に似ているな、と思った。
それから、今度の“プログラム”に川田はいないんだから、自分が川田のように頼れる人間にならなければならないんだ、とも思った。
具体的にどうすればいいのか、そんなことは考えもつかなかったのだけれど。
「とりあえず――」
健司が言った。
「あとからくる仲間を待つか? それとも――」
「それは、待った方がいいんじゃないかしら?」
由香利が健司の言葉を引き取ったが、貴志は頭を横に振った。
「いや、当然だが、全員が全員、仲間になるとは限らない。さっきみたいに――」
貴志が言葉に詰まった。
「やる気になっているやつがいたのか? あのクラスメイトの中に?」
慶吾が訊いた。
これだけの人数が集まったということ自体、信じられないのだが――3年前は、ほぼ全員がばらばらだったので――この人数に立ち向かってくるやつがいるというのも、また信じられなかった。
貴志が頷いた、言った。
「――ああ。とにかく少なくとも、新田はやる気になってる、と思う」
新田浩(男子十六番)は、優秀とまではいかずともそこそこの成績で、クラスでも暗い方ではなかった――ような気がする、多分。
確かに、付き合いがいいという感じではなかったし、どこか少し人を見下したような態度をとったりするときもあったけれど、大方においてはこれといって問題もなかったはずだった。
そいつが、やる気になっている?
「わたしはその場にいたわけじゃないから、よくわからないけど、――」
由香利が、口を開いた。
新田浩は由香利より先に出発したのだ(当然だ、由香利は慶吾よりも後なのだから。おそらく校舎内で道草を食っているうちに追い抜かれたのだろう)。
由香利が続けた。
「怖かったんだと思う、きっと」
「だからって、なにもいきなりナイフで切り付けてくることはないだろ!?」
芳明が、少し興奮したように言った。
「いや、それがこのゲームだ。クラスメイトを殺したいと思っているやつなんて、いるはずがない。ただ、それでも互いに殺し合ってしまうのは――」
慶吾は言った。
――人を信用することができなくなるようにした、政府の仕業だ、と続けようとした。
しかし、続かなかった。
昇降口に、人影が見えたので。
その人影が、慶吾たちの方に走ってきたので。
慶吾は、そっとベレッタを抜き出すと、安全装置を解除してスライドを引いた。
がしゃっと音がして、初弾が装填された。
しかし、引き金が引かれることはなかった。
慶吾たちを見つけて、安心した顔で走ってくる人影が、松本真奈美だとわかったので。
由香利よりも順番が前だったはずの真奈美が後から来たのは、多分、出口がわからずに迷っていたのだろう。
「真奈美っ! こっちよ、早く!」
健司の隣にいた由香利が、大きく手を振った。
「おいっ! あまり大き――」
あまり大きな声を出すな、と慶吾が注意しようとした、そのときだった。
ぱらららららっと、どこかで聞いたことのあるような音が、あたりに響き渡った。
そして、真奈美は「うっ」と声を上げたかと思うと、そのまま前のめりに倒れ込んだ。
アスファルトの地面の上に真奈美の荷物が落ちる、どさっという音が聞こえた。
「ま、真奈美ッ!?」
慶吾は、真奈美に駆け寄ろうとした由香利の腕を掴み、引き戻した。
自分が飛び出した。
「み、三村さん!」
誰かの声がしたが、よく聞き取れなかった。
慶吾は跳躍し、一回前転をするとベレッタを構えて、サブマシンガン――間違いない、あれはサブマシンガンの音だ――が発射されたと思われる方向に向かって二度、引き金を引いた。
ぱん、ぱん、と乾いた音が、校舎の壁に跳ね返って残響した。
撃発の瞬間に、カメラのフラッシュのような光があたりをぱっと照らし出した。
すっと木の陰に隠れ、そのあとイングラムM11サブマシンガンを抱えたまま走って行く、セーラー服の姿が見えた。
走るのとは逆のタイミングで、後頭部にまとめあげたポニーテールが揺れていた。
あれは――。
慶吾は考えた。
間違いなく、藤本華江だった。
華江もまたやる気になっていたのだ。
「真奈美!」
由香利の声が聞こえた。
慶吾もはっとして、地面にうつ伏せに倒れている真奈美のもとへ駆け寄った。
真奈美はしかし、胸に開いた幾つかの穴から流れ出る血の海の中で、すでに事切れていた。
その真っ赤な海の中、慶吾がバスの中で食べたクッキーの破片が幾つか、散らばっているのが目に入った。
慶吾は勢いよく立ち上がった。
「走るぞ! せいいっぱいでいいから走れ!」
驚愕に目を見開いている四人に向かって、叫んだ、――ああ、この台詞も言ったな。やっぱりこうなるわけか、ちくしょう!
由香利は、半ば呆然と真奈美の死体を見下ろしていたが、貴志と健司に半ば引きずられるように走り出した。
慶吾はわずかに逡巡したあと、真奈美のディパックをひっ掴むと、四人の背中を追って走り出した。
学校の校門を出る際、正門の右側の石柱に『植田市立第壱中学校』と書かれた真鍮製のプレートが埋め込まれているのが、ちらっと見えた。
試合はすでに、始まっていた。
慶吾の脳裏に3年前のプログラムがよみがえってきた。
やはりあのときから――、“これ”は続いているようだった、間違いなく。
【残り38人】
[ 第一部 / 試合開始 【完】 第二部へ続く ]