BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第二部 / 序盤戦(前編) ] Now 39 studens remaining...


              < 5 >  不信


  学校裏のフェンスを乗り越えようとしていた元井和也(男子二十番)の耳に、ぱららららっという軽快な音が聞こえてきた。
  誰かが撃ち殺されたのだろう、きっと。
  正門から堂々と出るなんて、馬鹿のやることだぜ?
  和也は、思った。
  それは藤本華江(女子十八番)が、松本真奈美(女子十九番)を、イングラムM11サブマシンガンの餌食にした音だったのだが、もちろん、そんなことは和也の知ったことではなかった。
  和也は、クラスメイトが学校の表側から出て行く裏をかいて、学校裏のフェンスをよじ登っていたのだ。
  周囲に気を配りながら、慎重にフェンスのてっぺんをまたいだ。
  たいした強度のない鉄柱と金網が、和也の体重にみしみしと悲鳴をあげる。
  しかし、野球部に在籍していたこともあり、もともと身のこなしが軽かった和也は、それほど苦労せずにフェンスを越えることができた。
 「よっ、と・・・・・・」
  地面に着地すると、すぐに近くの民家の庭先に、身を隠した。
  ディパックを下ろすと、さっそく中身を確認した。
  坂待の言った通り、中にはパンと、ミネラルウォーター、地図、そしてコンパスが入っていた。
  和也は最後に、鞘に入った小さなナイフを取り出した。
  それは、鞘の部分に『共和国農業協同組合推薦品』という文字が彫られている、果物ナイフだった。
  和也は小さく舌打ちをした。
  思った。
  くそ、こんなちっぽけなナイフじゃ駄目だ。
  小さな果物ナイフでは、刺したとしても、致命傷を与えることは難しい。
  もし不意をついて致命傷を与えることができても、心臓や頭を貫かない限り即死には至らないだろうし、仮に相手が拳銃などを持っていたら、自分は刺したあとすぐに撃ち殺されてしまだろう。
  ちくしょう、せめてバッドだったら、扱いはお手の物だったのに・・・・・・。
  もちろん、和也はこのゲームに“のった”のかと言うと、そうではなかった。
  あくまで自衛のため、万が一にも攻撃された時のことを考えて、そう思ったのだ。
  元・野球部員だった和也は、それなりに体力に自信はあったが、自分の体力を過大評価するつもりは更々なかった、――まあ煙草吸ってたからな、早々あてにできるもんじゃないさ。
  ナイフだったらせめて、ジャック・ナイフかバタフライ・ナイフあたりが欲しかったのだが、よりにもよって果物ナイフとは!
  皆さんご覧下さい、これが共和国農業協同組合推薦の人肉も切れる果物ナイフです、――まったくろくでもない。
  けれどとにかく、このちっぽけなナイフで自分の生命を守っていかなければならないのだ、これからは。
  和也は果物ナイフの鞘を抜き、ナイフの柄を右手に握り締めた。
  近くの植木が、がさっと動いたのは、そのときだった。
 「!」
  和也は慌てて、植木の方にナイフの先端を向けた。
  腰を引いて身構えた。
  誰かいる! あそこの植木の陰から、俺を狙っている!
  和也はナイフを構えながら、石のように固まっていた。
  思った――、まるで彫刻だ。芸術品、『ナイフを構える男の像』、ビューティフル。
  がさがさっと植え込みの枝が激しく揺れたかと思うと、ばっと黒い影が飛び出してきた。
  和也は恐怖に身を凍りつかせ――、しかし植え込みの影から出てきたのは殺気に満ちたクラスメイト、ではなく、一匹の犬だった。
  数日間餌を貰っていないのか、すでに身体はげっそりと痩せていて、肋骨が浮き出していた。
 「な、なんだよ、犬っころか・・・・・・」
  和也は、ふうと大きく溜息をつくと、果物ナイフを振ってその犬を追い払った。
  吼えられて、自分の居場所が誰かに知れてしまうかもしれない。
  それはまずかった、とても。
  場所を変えよう。
  和也は思った。
  いずれにしても、もうすぐこの中学校一帯は、禁止エリアになるはずだ。
  とっとと離れないと、自分の首に巻かれているクソ腹立たしい首輪――さっきの犬みたいだ。ちくしょう!――が爆発して、頭と胴体が別離を余儀なくさせられることになる。
  それに、移動するのは早い方がいい。
  自分のディパックを掴み、和也がその場を離れようとした、そのときだった。
  先ほど追い払った犬が戻ってきて、吼えた。
  わん、わんわん。
  おい兄ちゃん、飯ぐらい置いて行ってくれたっていいだろ? ――え、お前なんかにやる飯はないって? ああそう。なら、吼えるぜ、俺は。居場所がばれちゃ、やばいんだろ?
  ああ、やばいよ、そりゃ。殺してやりたくなるほどな。
 「くそっ、この馬鹿犬!」
  和也は持っていた果物ナイフを、犬の背中に突き立てた。
  ぎゃん、と鳴くと、そいつはばっと目の前の道路に飛び出した。
  だが、力尽きたのか、ふらふらと数歩行ったところでばたっと倒れた。
  バサバサした白っぽい毛に、ねっとりと血がまとわりついていた。
  ちくしょう! 犬相手に闘って、まるで馬鹿みたいだ!
  ディパックを肩に担ぐと、和也は走り出した。
  犬なんかにかまっている余裕はなかった。
  中学校一帯が禁止エリアになる時間は、刻一刻と迫っている。
  困りますよ、お客さん。掛け込み乗車はお止め下さいって言ってるのに。 霊柩車ならまだ空きはありますよ、そっちにしますか?
  冗談ではなかった。
  和也は走った、とにかく。
  さすがは城下町だけあって、小さな路地が複雑に入り組んでいる。
  右に曲がり、左に曲がって、しばらくするうちに和也にはもうどっちがどっちだか、わからなくなっていた。
  立ち止まってコンパスを見れば済むことだったが、そんなことは思いつきすらしなかった。
  ただ、徐々に道沿いの店が多くなってきたので、商店街の方に走っているということだけはわかっていた、なんとなく。




              §

  川村秀貴(男子五番)は、プログラム実施本部が設置されている植田市第壱中学校を出るとすぐに、中学校から見て西の方角にある商店街を目指して走っていた。
  しかも堂々と、メインストリートから。
  秀貴はとても度胸のある性格だから、というわけではなかった、残念ながら。
  早い話、気が動転していたのだ、秀貴は。
  アーケード(『ようこそ、山原町商店街へ!』とあった。別に来たくてきたんじゃねぇよ!)をくぐると、そこは普段は人通りもそこそこあるであろう、田舎町の小汚い商店街だった。
  いまでは人通りどころか、自動車の一台すら停まっていなかった、当然のことながら。
  秀貴はとりあえず、『山原町商店街有料駐車場 P→』と描かれた、ボロボロの看板の陰に身を隠し、呼吸を整えた。
  手には、少し大ぶりの斧――トマ・ホークというやつ?――を持っていた。
  この戦斧が、秀貴に支給された武器だった。
  かなりの重量があったが、まさか捨てるわけにもいかなかった。
 「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
  心拍がめちゃくちゃに乱れていた。
  冗談じゃねぇ、冗談じゃねぇよ!
  秀貴は思った。
  教室でこの“ゲーム”の説明を聞いていたときの落ち着きは、すでにどこか遠いところにぶっ飛んでいた。



  実のところ、坂待の説明のあいだ中、秀貴はクラスの中で一番、落ち着いていた人間の一人だと言ってもよかった。
  秀貴は思っていた。
  ハハア、とにかく殺されないようにしてりゃいいんだろ、つまるところ?
  絶対に見つからないような場所を見つけて、そこでずっと隠れてりゃいいんじゃないか?
  それは確かに、禁止エリアとかいうよくできたルールもあるが、それにしたってそのエリアとやらが、会場中にいくつあると思ってんだ?
  最後までずっと禁止エリアにならないことだって、あるんじゃねぇのか、確率的には?
  なったらなったで、誰にも見つからないように移動すればいいだけじゃないか。
  そうすりゃ、最後の一人は血眼になって俺を探すだろうし、そうしているうちに自分から禁止エリアに引っかかっちまうこともあるかもしれないんだろ?
  簡単じゃねぇか、そうすれば俺は誰も殺さずに生き残れるんだから――。
  そんなことを、純粋に考えたりしていたのだ。
  そして秀貴は自分に順番がまわってくるまでに、早くもどこらへんに隠れるかという見当をつけていた。
  思った。
  この学校の近くに隠れりゃいいんじゃないか?
  そりゃあ、クラスの全員がここから出て行くわけだから、しばらくは危ないかもしれないけれど。
  そして一番最後のクラスメイト――赤木真治だ、あの目障りなクラいやつ――が出てから20分後には、禁止エリアになってしまうけれど。
  でもよく考えてみろ、自分たちが出発した、しかも禁止エリアすれすれの場所にわざわざ戻ってくるやつが、どこにいる?
  いないだろ、そんな馬鹿は、ふつうに考えると?
  だったら――。
  自分がその裏をかいても、いいんじゃないか?
  だいじょうぶだ、俺はやれる、生き残れる。
  そう考えると、いくらか余裕が出てきた気がした。
  だが、問題もあった。
  出席番号が五番目の秀貴は、出発が他の大方のクラスメイトよりも、早かったのだ。
  本部の近くに隠れるのはいいが、それでは後から続々と出てくるクラスメイトの格好の餌食だ。
  おそらく隠れ場所を探しているうちにばったり遭遇してしまう確立の方が、高いと思われた。
  だから秀貴は、一番最後までこの本部にとどまっていることにしたのだ。
  自分が教室を出る時間さえしっかり確認しておけば、一番最後の赤木真治が教室を出る時間までは、かなり正確に予測できる。
  あとは本部が禁止エリアになるギリギリの時間までねばって、それから出て行けばいい。
  もうクラスメイトはこの近くからは離れているだろうし、そうすれば隠れ場所を探している最中に遭遇する確率もぐっと低くなるはずだった。
  カンペキだ。秀貴は思った。
  だからデイパックを受け取って教室を出たら、すぐに校舎内で隠れられそうな場所を探した。
  どうやら廊下の天井に設置してある蛍光灯が点灯している方に行けば、出口まで行けるようになっているようだった。
  秀貴は敢えて、蛍光灯のついていない、暗い方に足を向けた。
  真夜中の学校で、一歩踏み出すたびにミシミシと鳴る廊下をたった一人で歩くのは、さすがにちょっと怖かったけれど。
  暗闇の中、ぼうっと光る赤いランプを見たときは、思わず悲鳴をあげそうになってしまった。
  それは公衆電話のランプだった。
  なにも見えない暗闇よりは、少しでも明かりがある場所にいた方が怖くないと思って、秀貴はその公衆電話の裏側、壁を挟んだ階段に腰をおろした。
  思った。
  ここにいれば誰にも見つからないだろう。
  そうして全員が出発したあとに、堂々と出て行けばいいのだ。

  秀貴の考えは、見事に的中したと言ってよかった。
  約2分おきに廊下を歩くミシミシという音が聞こえ、そしてそれは秀貴のいる方に向かってくることはなかった。
  木目の粗い階段に腰をおろしたまま、秀貴は声を出さずにほくそ笑んでいた。
  ちらっと腕時計を見ると、おそらく元井和也が出発したあたりだろうということが予測できた。
  もう少しの辛抱だ・・・・・・。
  全員がいなくなって、15分くらい経ったら、自分もここを出発すればいい。
  そしてナイスな隠れ場所を探して、そこでじっとしていれば――。
  戦わずして勝利が手に入るかもしれなかった。
  再びにやけそうになった秀貴の耳に、みしっと床が鳴る音が聞こえた。
  秀貴はにやけた表情のまま凍りついた。
  みしっ、みしっ、と一定のリズムでそれは聞こえ、しかもこちらに近づいてきているようだった。
  明らかに人の足音だった。
  どくんっと秀貴の心臓が大きくジャンプした。
  突然、秀貴の身体に異変が起こった。
  脚ががくがくと震えだし、背中からは一気に冷や汗が吹き出した。
  おい、おいおいおい、ちょ、ちょっと、ちょっと待ってくれ――!
  秀貴は必死に自分の足を両手で押さえた。
  まずい、音を立てちゃまずい、俺がここにいることがバレちまうだろうがっ!
  自分にそう言い聞かせたが、身体の方はまるで秀貴のコントロールから離れているように、震え続けた。
  そのとき、ぼんやりと廊下の壁を浮き上がらせていた赤い光に、すっと人の影ができた。
 「――・・・・・・ッ!」
  思わず叫び声をあげそうに鳴った口を、両手で押さえた。
  その影の誰かは、秀貴と壁を一枚挟んだその場所で、しばらくじっとしていた。
  やばい。やばい、やばイ、やバイヤバイッって!
  ワイシャツの下に着ている肌着の背中が、べったりと冷たい汗で濡れていた。
  先程の余裕はもうすでにどこかへ消えてしまっていた。
  あるのはただ、――“恐怖”だった。
  壁に映った誰かの影が、すっと動いた。
  秀貴はぎゅっと目をつむり、呼吸を止めて頭を抱えた。
  身体の震えを抑え込むだけでせいいっぱいだった。
  どこかへ行け、頼むからどこかへ行け、はやくどっか行っちまえ!
  半ば祈るように頭の中でその言葉を繰り返した。
  しばらくして――。
  みしっ、みしっという軋み音が、徐々に遠ざかって行くのが聞こえた。
  そっと目を開けてみると、先程人影が映っていた壁は、またぼんやりと赤く照らし出されているだけだった。
 「た、助かった・・・・・・」
  ぐはあっ、と身体全体でため息をつき――、気がついた、自分がまだ震えていることに。
  それと同時に、またあの恐怖がよみがえってきた。
  怖かった、他に例えようのないくらい、めちゃめちゃに怖かった。
  そのときにはもう、秀貴は恐怖のあまり当初の目的などすっかり忘れ去っていた。
 「に、逃げなくちゃ! 逃げなくちゃ今度こそ殺される――!」
  それだけで頭がいっぱいだった。
  立ち上がろうとし――、しかし立ち上がれなかった、脚が言うことをきかないのだ。
  くそっ、なんだ、なんだってんだいったいぜんたい!?
  秀貴は自分の膝頭を拳で叩いて、無理やり震えをとめようとした。
  そこに追い討ちをかけるようにして、ぱららららっという渇いた音が表で聞こえた。
  明らかに銃器、しかも連射機構を備えた機関銃のような音だった。
 「ヒィ・・・・・・!」
  思わず頭を抱え込んだところに再び、ぱん、ぱん、という単発の銃声。
  それで秀貴は、ぐちゃぐちゃになった頭の中で、かろうじて理解した。
  クラスメイト同士の殺し合いが――もう始まっている!
  もうこんなところで呑気に座っていられる状態ではなかった、とてもではないが。
  秀貴はばっと立ち上がり、おもむろにデイパックの中に手を突っ込んだ。
  パンや水なんかどうだってよかった、――武器だ、武器、俺の武器は!?
  なにか硬いものに手が触ったので、それを握ってデイパックから引っ張り出した。
  ミネラル・ウォーターがいっぱいに入ったペットボトルだった。
  ばかか俺は! 違う、こんなもんじゃない、武器だ武器!
  ペットボトルをデイパックの中に突っ込み――、今度は細い棒状のものが手にあたった。
  秀貴はそれを握り、取り出そうとした。
  途中、デイパックの口のところに引っかかったようだったが、秀貴は力任せで強引に引っ張り出した。
  ビリッと音がしてデイパックの口が破れた。
  出てきたのは、大ぶりの斧だった、柄は木製だが刃の部分は本物の鋼だった、どうりで重いはずだ。
  焼入れをされた切っ先が蒼白く光り、秀貴の顔を映し出した。
  なんでもよかった。
  戦斧の柄を握り、デイパックを肩に担ぐと、全速力で駆け出した。
  ドンドンドンと走るたびに廊下が抜けそうな音がしたが、そんなことにかまっていられる状態ではなかった。
  とにかく早く外へ――! 外へ出なくちゃ殺される――!
  目の前に下駄箱が見えた。
  だとするとその向こうは外界だ、やった、ちくしょう、なんで俺はあんなところに隠れてたんだ、わけわかんねぇ!?

  その勢いのまま、秀貴は廊下から飛び降りた。
  がっしゃんと大きな音を立て、すのこがいきなり跳ね上がった。
  飛び出た釘が、秀貴自慢のミズモのスニーカーの底、パターンに引っかかった。
  秀貴はそのままバランスを崩し、昇降口を出たところで派手にこけた。
  ああそうだよ、コケたよ、コケたんだよ! 仕方ねぇだろ! コンチクショウ!
  慌てて起き上がろうと地面に手をつき――、ばしゃっと生ぬるい液体に両手を突っ込んだ感覚がした。
 「な、なん、なんだ、これ・・・・・・?」
  両手をついたままゆっくりと顔を上げ――。
  秀貴が最初に目にしたものは、自分が手を突っ込んでいるその液体の真ん中でうつ伏せに倒れている、松本真奈美の死体だった。
  それはもちろん、真奈美の血液に、違いなかった。
  どす黒い血の海の中に浮かぶ真奈美の顔を見た瞬間、秀貴の中でなにかが弾けた――。



  あとはもう、頭の中が真っ白になって、気が付いたら走り出していたのだ。
  裂けたディパックの口からミネラルウォーターのボトルとパンがぼとりと地面に落ちたが、秀貴はひたすら、走り続けた。
  そして、現在は商店街の駐車場の看板の陰に隠れて、息を殺しているという状態だった。
  きっと他のやつらも、真奈美の死体を見て俺みたいにばらばらに逃げて行ったんだろう。
  秀貴は、そう考えた。
  死体の側でうろうろしていたら、後から出て来たやつに自分がやったと誤解されて、攻撃される恐れがある。
  あの状況では、逃げるのが一番妥当な行動だろう、きっと。
  もっとも秀貴は混乱していたので、自分が一番最後に本部を出て行ったことなど、気がついてはいなかったのだけれど。
  だけど――。
  秀貴は思った。
  だけど、いったい誰が松本を殺したんだ・・・・・・?
  真奈美を殺した人物は他でもない、藤本華江なのだが、もちろん現時点でそれを知っているのは、由香利と芳明と健司と貴志、そして慶吾の五人だけだった。
  秀貴はまた考えた、まだ頭の中がぐちゃぐちゃしていたのだけれど。
  真奈美が教室を出発してから自分が中学校を出るまでには、それなりの時間が経っていたはずだ。
  しかし、真奈美だっていつまでも昇降口の近くでうろうろしていたわけではないだろう。
  誰かと待ち合わせていたか・・・・・・あるいは次に出て来たやつに撃ち殺されたか・・・・・・。
  次に出て来たやつ、つまり男子名簿番号二十番は・・・・・・?
  元井和也――?
  和也がやったのか? 松本を?
  まさか――、いや、そんな馬鹿なことあるはずがない。
  秀貴は軽く頭を振り、そしてディパックの中から地図を取り出した。
  武器、食料、飲料水と一緒に入っていたものだ、もっとも食料と飲料水は半分になってしまったが。
  現在位置の商店街入り口から西の方向、試合会場ギリギリの位置に、凸マークがあった。
  城址のマークだった。
  地図には『植田古戦場』とあった。
  秀貴は思わず、苦笑した。
  オーケイ。なるほど、確かにここは、戦場だ。
  冗談にもならなかった。
  ここは戦場なのだ。
  それも、クラスメイト同士が殺し合うという、それは馬鹿みたいな。
  とりあえず、城跡へ行こう。
  秀貴は、思った。
  どんな城跡か知らないが、城というものは基本的に城砦として使っていたはずだ、記憶が正しければ(くそ、こんなことなら、もっと日本史の授業をよく聞いとけばよかった)。
  だったら、隠れる場所もありそうだし、戦うのにも適した地形をしているかもしれない。
  秀貴は、地図をディパックの中に突っ込むと、戦斧を握り締めて、すっと大きく息を吸った。
  吸い込んだ息を肺に貯めると、だっと看板の陰から飛び出した。
  ちょっとお客さん? 困るんですよ、街中でそんなもの振りまわしてもらっちゃあ。危ないじゃないですか、お客さん、ちょっと聞いてるの?

 「はあっ、はあっ、はあっ・・・・・・!」
  めちゃくちゃに息が切れた。
  当然だ、距離にして2〜300メートルそこそこの商店街を、秀貴は50メートル走をやっているかのような全力疾走で――しかも戦斧を持って――走っているのだから。
  思った。
  ちくしょう! 確実に俺のベストタイムを上まわってるぞ、これは。誰かストップ・ウォッチ、持ってないか?
  信号が見えた、もちろん点灯も点滅もしていなかった。
 『山原町商店街』と『梅頭町商店街』、そして『源町商店街』という三つの商店街がそこで交差している、スクランブル交差点だった。
  城跡に行くには、その交差点をまっすぐ行けばいい。
  秀貴は、そのスピードのままでスクランブル交差点を通過しようとした。
  しかしそれはできなかった。
  自分が走ってきた道と直行する方向――源町商店街の方向だ――から、同じように全力疾走してきた誰かと、出会い頭にぶつかったので。
  ごつん、と鈍い音がして二人の進路は強引に軌道修正され、弾き飛ばされた。相打ち。
  頭を押さえながら、秀貴はふと思った。
  ちょっと待て、なんかおかしいんじゃないか? ここは、たしか――。




              §

 「――ってぇ」
 「あ、わ、悪りィ・・・・・・」
  元井和也は、咄嗟にぶつかった相手に謝ってから、ふと違和感を感じた。
  思った。
  商店街を走っていて、人にぶつかったんだ、俺は。
  それは確かに、その通りだった。
  だが、何かがおかしかった。
  いったい、なにが・・・・・・?
  そう、この商店街には――、人はいないはずだ、クラスメイト以外は。
  それも、その通りだった。
  いるはずのない人間にぶつかった、それは――つまり――?
 「う、うわぁああぁあぁぁっ!!」
  辺りに、川村秀貴の絶叫がこだました。
  おいおい、そんな大きな声出すと、ヤバイんじゃないか? ほら、居場所ばれちゃうだろ? なぁ?
  和也は思ったが、しかし秀貴にはそんなことに頭を働かせる余裕はなかった。
  自分の目の前、松本真奈美の次に出発した、元井和也がいたので。
  そしてその手には――、果たして血のべったりと付着した、果物ナイフが握られていたので。
  実際は、和也の果物ナイフに付着した血は野良犬のものだったのだが、そんなことはは秀貴が知る由もなかった。
  よく考えれば、松本真奈美は銃弾で殺されていたのだから、ナイフを持っている和也が殺したと決め付けることはできないはずなのだが、秀貴にはもう正常な思考は残っていなかった。
  自分の目の前に、真奈美を殺した殺人者がいる。
  そして血の付いたそのナイフで俺を殺そうとしている。
  それが、秀貴の思考のすべてだった。
 「ちょ、ちょっと待て、違うんだ! これは――」
  和也も、秀貴の尋常でない錯乱ぶりの原因が、自分の手に握られている血の付いたナイフだとわかり、慌てて弁解を試みた。
  しかし和也は、思わず手を自分の顔の高さにまで振り上げる格好をしてしまったのだ。
  和也にしてみれば、「ちょっと待ってくれ!」の仕草だった。
  しかし秀貴にしてみれば、和也が自分を殺すために、ナイフを振り上げたようにしか見えなかった。
  ぞくっと背筋に冷たいものが走った次の瞬間には、秀貴はもう、手に持った戦斧を思いきり横に振っていた。
  和也は慌てて、その場を飛び退った。
  和也の鼻先数センチのところを、よく研がれた鋭利な斧の切っ先が、もの凄いスピードで掠めていった。
 「ちょっと待て! 俺は、なにも・・・・・・!」
 「黙れっ! この人殺しが!」
  それぞれの叫びが、交錯した。
  再び戦斧が、和也を襲った。
  和也は身を捻って、それをかわした――はずだった。
  しかし、秀貴の振った斧は和也の予想よりもリーチが長く、和也の頬の肉を一部削ぎ取っていった。
  さしゅっという、よく熟れたネーブルに思いきり果物ナイフを突き刺したような音がした。
  和也の頬にちりっとした感覚が残り、それはじわじわと熱になり、最後には痛みとなって、和也を襲った。
  頬についた3センチくらいの切り傷からは、つらつらと血が溢れ出していた。
  和也はそれを、手の甲で拭った。
  ハハア・・・・・・。
  和也は、思った。
  オーケイ、なるほど。ようやくわかったぜ。つまりこいつは・・・・・・。
 「俺を殺そうってんだな? おまえは」
  和也が言った。
  返事はなかった。
  その代わり、戦斧の鋭い一閃が、和也の喉元数センチのところを通り過ぎた。
  おもしれぇ・・・・・・、そっちがその気なら、俺も本気でいくぜ!
  和也の口元が、にやりと三日月型に吊り上がった。
  和也は果物ナイフを逆手に握り直し、秀貴に向かって構えた。

  月が輝く夜空の下で、二人の男が生死を賭けて戦っていた。
 『不信』という、名の元に――・・・・・・。

  
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