BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第二部 / 序盤戦(前編) ] Now 39 students remaining...


              < 6 >  偶然


  三村慶吾は、山原町商店街メインストリートに沿った裏道の店の前で、立ち止まった。
  太田芳明、黒澤健司、杉山貴志、南由香里が、慶吾に続いて足を止めた。
  全力で走ったせいで、疲れていた、少しだけ。
  特に由香里は、肩で大きく息をしていた、苦しそうだった。
 「よし、このあたりでいいだろう」
  慶吾は声のトーンを落として、言った。
 「一応、持ち物のチェックだけしとこうか」
  スミス・アンド・ウェスンのM586を持っているところを見ると、貴志はもう済ませたようだが、あとの三人――俺? 俺はほら、自前のベレッタがあるし――は、丸腰もいいところだった。
  慶吾がそう言うと、健司と芳明が頷いて、自分のディパックを漁りはじめた。
  その二人を見て、由香里も慌てて自分のディパックを肩から下ろして、口を広げた。
 「・・・・・・ん? なんだ、こりゃ?」
  しばらくして芳明が頓狂な声を出した。
  芳明がディパックから掴み出したものは、月明かりを受けてきらきらと光る、細い糸のようだった。
  その糸の端を両手で持ち、ぐっと両側に引っ張ってみると、びんっと音がしてその糸が張った。
 「――痛ってぇ。なんだこりゃ、すごく強いぞ?」
  両手の平に残った糸の形をさすりながら、芳明は不思議そうな声を出した。
 「ピアノ線だな」
  健司がさらりと言った。
  それはその通り、ピアノ線だった。
  へぇそうなの。これでピアノでも弾くんですか? ショパン? モーツァルト? ああ、いっそのこと、ベートーヴェンですか?

 「ちぇっ。こんな糸、なんの役に立つって言うんだよ・・・・・・」
  ぶつぶつ言いながらも、芳明はピアノ線を、自分のポケットに突っ込んだ。
 「黒澤のは?」
  自分の武器に落胆した表情のまま、芳明は健司の方を見た。
  健司が自分のディパック出したものは、少しごついベストのような物だった。
 「渡されたときから武器じゃないなとは思ってたがな・・・・・・」
  ちらっとわずかな苦笑を浮かべて、健司が言った。
 「それは・・・・・・?」
 「防弾チョッキだろ、多分」
  由香里が不思議そうな表情で訊いたので、慶吾は答えた。
  それはその通り、防弾チョッキだった。
  胸の辺りに『ARMY(陸軍)』という文字が刺繍されていた。
  おそらく、米帝陸軍が使っていたものだろう。
  赤と白のストライプの米帝国旗が刺繍されていたと思われる部分の上から、無理矢理に共和国国旗が縫い付けてあるようだった。
 「こんな細かいところにまで気を使って、一体なにがどうなるってんだ?」
  貴志が、呆れたような声で言った。
  別にどうなるわけでもなかった。
  そういう国なのだ、この大東亜共和国という、クソ国家は。
  慶吾は、健司と貴志と芳明の顔を順番に見ながら提案した。
 「それは南サンに着ていてもらおうと思うんだけど、どうかな?」
  三人の男子は、同時に頷いた。
 「でも・・・・・・」
  由香里はなにか言いかけたが、慶吾がゆっくり首を振っているのを見て、黙り込んだ。
  もう一度、口を開いた。
 「いいの?」
  慶吾が小さく頷いた。
  由香里は健司から防弾チョッキを受け取った。
  セーラーを脱いで(下はシャツだ、当然)防弾チョッキを着てみた、大きかった、ちょっとだけ。
 「・・・・・・ありがとう」
  由香里は言った。
  健司がちらっと肩をすくめた。
  いやなに、レディー・ファーストってやつですよ、お嬢さん。
  それから慶吾は、自分のディパックの中に手を突っ込んだ。
  ひやりとする冷たいものが慶吾の手に触れた。
  ディパックから出してみると、それは3年前、慶吾――秋也だったが――に支給されたのと同じタイプの軍用ナイフだった。
  思った。
  いやはや、どうやら俺はこのナイフと相性がいいらしい。
 「これは、おまえが持ってろ。いざってときは、ピアノ線よりは用途が広いからな」
  慶吾は芳明の方にナイフの柄を向けた。
  芳明はちょっとびっくりしたようだった。
 「――俺に? いいの?」
  慶吾は、芳明の問いに頷きながら、松本真奈美のディパックに手を突っ込んだ。
  出てきたものは、角が丸くなっている三角形の小さな金属だった。
  銀色に光るそれを見たとき、慶吾の口元がにやりと歪んだ。
  まさか――まさかこんなところでお目にかかれるとは!
 「それ、なんですか? 三村サン」
  芳明が、自分の武器より役に立ちそうもない金属を見て、訊いた。
  慶吾が答えた、笑いながら。
 「これはな、ギター・ピックって言うんだ」
  この国ではロックは『退廃音楽』と呼ばれて禁止されているので、善良な一般市民は見たことすらないかもしれないが、ロック愛好家の慶吾としては、とても見慣れたものだった。
  最近はセラミックス樹脂かなにか、とにかくプラスティック系のギターピックが多いようだが、これは正真正銘の金属製だ。
  もっとも、これがなにかの役に立つとは思えないけれど、まあとにかく。
  慶吾は、それを自分の制服の胸ポケットに滑り込ませた。
  ひょっとしたらなにかに使えるかもしれない、――いっそのことギターも一緒に入っていてくれればよかったのに。

 「私のところには、こんなのが入ってたわ」
  由香里の声が聞こえ、慶吾はそちらに目を向けた。
  由香里がディパックから取り出したものは、少し大ぶりの拳銃のようなものだった。
 「へぇ、キャリコか!」
  慶吾が思わず声を上げた。
  由香里は、それに続いて長細い角柱のような物体を取り出した。
  キャリコの弾倉だった。
  弾倉の大きさからすると、こいつはモデル110だな。
  慶吾は思った。
  キャリコ110は、ひとつの弾倉に百発の22口径ロング・ライフル弾を装填できる。
  引き金を引くと、その弾がセミ・オートでバラ撒かれるのだ。
  分類としてはハンドガンだが、性能としては機関銃と言っても相違はなかった。
  この銃は、銃器の知識を全く持たない技師に銃の発射機構だけをレクチャーし、とにかく弾丸をたくさん装填できる銃を作れ、と言って作らせた、いわくつきの銃らしい。
  その技師は、弾丸を螺旋状に装填することで問題を解決したのだが、これは画期的な発明であった。
  それまでは弾倉を大きくするしか、方法がなかったのだから。
  藤本華江が持っていたイングラムM11サブマシンガンの総弾数が三十発程度だということを考えると、似たような大きさで百発装填ができるキャリコは、まさに怪物のような銃だった。
 「わたし、こんなの持ってられないわ」
  由香里が言った。
  当然だった。
  いくらハンドガンほどの大きさだと言っても、2キログラム近くある銃を女子がずっと持ち歩けるはずはなかった。
 「それなら三村さんが持てばいいや」
  芳明は言ったが、慶吾は首を横に振った。
 「いや、俺はこのベレッタの方がいい。使い慣れてる」
  言ってから、しまった、と思った。
 「使い慣れてるって・・・・・・?」
  由香里が不思議そうに首を傾げて訊き返した。
  予想通りの言葉だった、それも、まずい意味で。
 「い、いや・・・・・・」
  頼むから、それ以上口にしないでくれ。
  慶吾は思った。
  この首に巻かれている首輪には、面倒なことに小型の集音マイクが内蔵されているのだ、たしか。
  もし不用意な一言を発すれば、それは即座に中学校にいる坂待の不審を煽ってしまう。
  それで、万が一にも慶吾が3年前のプログラム脱走者だということがバレれば、坂待たちは黙ってはいないだろう。
  そうすれば、自分はおろか東京にいる秋子にまで危害が及んでしまう。
  それは、絶対に避けねばならない事態だった。

 「そう言えば三村さん、さっき教室でも――」
  貴志が口を開いた。
  ――それ、使おうとしてましたよね?
  そう続くはずだった。
  しかし、その言葉が続くことはなかった。
  すぐ近くで、誰かの悲鳴が聞こえたので。
 「う、うわぁああぁあぁぁっ!!」
  それは男の悲鳴だった。
  それが誰かまでは、慶吾には――他の四人にも――わからなかった。
  もちろんそれは、偶然にも元井和也と遭遇した川村秀貴の悲鳴だったのだけれど。
  しかしひとつだけ、その場にいた全員が共通してわかっていることがあった。
  その悲鳴を発した男の生命が危険な状態にある、ということだ。
 「ここを動くな、絶対にだ!」
  そう言い残すと、慶吾は弾かれたように声のした方に走り出した。
  走りながら、ベレッタのスライドをがしゃっと引いた。
  すぐさま初弾がチャンバー内に装填された。
  もっとも、自分がどういう行動をとればいいのか、まだ決めかねていたのだけれど。
  どうしていいかわからないまま、慶吾は声のした方向にひたすら走った。



  声の主は、すぐに見つかった。
  スクランブル交差点のど真ん中で、二人の男が戦っていた。
  元井和也と・・・・・・川村秀貴だ、確か。
  源町商店街の一角にある商店の壁の影から、慶吾はその二人をじっと観察した。
  和也の手には、血の付いた果物ナイフが握られていた。
  秀貴は、大振りの斧を持っていて、やはりこちらにもわずかに血が付着していた。
  慶吾ほどではないが、それでも比較的長めの秀貴の前髪が、汗で額にべったりと貼りついていた。
  果物ナイフと戦斧とでは、秀貴が圧倒的に有利なように思えたが、秀貴は錯乱したようにただ戦斧を振りまわしているだけだったので、まったくの逆効果だった。
  秀貴と和也は身長も体格も似たようなものだった、強いて違いを挙げるとすると、和也は短髪でスポーツ系だし、秀貴は長髪でどちらかというと大人しいタイプの人間だということくらいだ。
  もともとあまり血色のよくない秀貴だったが、いまはもうほとんど青白い幽霊みたいな顔色だった。
  もう少し慶吾の視力がよかったら、もしくはもう少し距離が近かったら、秀貴の厚めの唇が青紫色に変色しているのも見えたかもしれなかった。
  しかしとにかく――、慶吾は考えた。
  3年前、似たような状況のときに、自分がとった行動によって人を死なせてしまったことがあったので。
  南佳織が清水比呂乃に頭部を撃ち抜かれたそのときの光景が、慶吾の脳裏にはっきりとよみがえってきた。
  そのことは――、もちろん悔やんでいる、いまでも。
  あのとき、俺がもっといい方法を取っていれば、あんなことにはならなかったんじゃないか?
  もっと別の方法をとっていれば、南佳織は死なずにすんだんじゃないか、もしかしたら?
  けれど、結局、慶吾には他の方法が思いつかなかった。
  どうやってもあの状況で、あれ以上ましな行動が取れたとは、思えなかった。
  そしてそれは、今回も同じだった。
  慶吾はベレッタを上に向け、引き金を引いた。
  ――ぱんっ!
  火薬が炸裂し、それとほぼ同時にスライドが後退して、薬莢が排出された。
  その音はやけに乾いた感じだったが凄まじく、狭い商店街に銃声のエコーが木霊した。
  また保安官の真似事か、なんだか3年前とまったく進歩していない気がするな、俺。
  慶吾は小さくため息をついた。
  銃声に反応し、二人はびくっと身体を硬直させて、こちらを見た。
 「やめろ! 二人とも、やめるんだ!」
  慶吾は叫んだ。
 「俺は敵じゃない! とにかく戦うのをやめろ!」
  和也と秀貴は、しばらくぼけっとした表情で慶吾の方を眺めていた。
  しかし、すぐにはっと正気――『正気』ではないのかもしれないが――を取り戻した。
  それは和也の方が、ほんのわずかに早かった。
  和也は、慶吾に気を取られている秀貴の頚部めがけて、ナイフを振った。
  秀貴もそれに気付いた――が、遅かった。
  再び斧で応戦ようとしたそのときには、すでに和也の果物ナイフが頚動脈の束をまとめて切断していたのだ(首輪のちょっと下あたりだ)。
  ぶしゅうっと血が勢いよく吹き上がったかと思うまもなく、白い横断歩道が真っ赤な鮮血でペイントされた。
  秀貴は、はじめはびっくりしたような表情で、じっと自分の首から出る赤い噴水を見つめていた。
  しかし次の瞬間、あんぐりと口を開け、がぼっと血の塊を吐き出すと、直立不動の姿勢のままアスファルトの道路上に倒れていった。
  その勢いで後頭部が強く地面に叩きつけられたのか、ごつん、という鈍い音が慶吾のいた場所にまで聞こえた。
 「くそっ!」
  慶吾は、歯を食いしばって顔を歪めながら、道路の上に倒れている秀貴に駆け寄ろうとした。
  だが、その進路を血が滴り落ちるナイフを持った和也が塞いだ。
  言った。
 「こいつは俺を、殺そうとしたんだ。俺の話も聞かずに」
 「だから殺したのか? 川村を・・・・・・」
 「そうさ。そうしなければ、俺が死ぬ。仕方なかったんだ」
  なるほど、あくまで正当防衛と言い張るわけですか、君は?
  それが本当なのか嘘なのかは、定かではなかったが。
 「悪いけど――」
  和也が口を動かした。
  どことなく、ぼうっとした表情だった。
  それで、慶吾は、気がついた、和也の瞳の焦点がわずかにずれていることに。
 「あんたも死んでくれ」
  そう言った和也の口元が、くっと吊り上った。
  慶吾は、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
  ・・・・・・狂ってるな。
  そう思った。
  思った次の瞬間には、アスファルトを蹴って横に跳んでいた。
  つい今しがたまで慶吾の頭があった位置を、ひょうと空気を唸らせて和也のナイフが掠めていった。
  遠心力が働いて、ナイフの先端から秀貴の血が赤い雫となって飛び散った。
 「やめろ! 俺は戦う気なんてない!」
  慶吾は上体を立て直しながら叫んだ、無駄だということはわかっていたが。
  そもそも、この状況でやめろと言って本当にやめる人間は、まずいない。
  あ〜、篭城中の強盗グループに告ぐ! 人質を解放して、いますぐ出てきなさい!
  これで本当に出てくる強盗が、この世の中には一体どのくらいいるのだろう?
  それと同じことだった。
  和也が叫んだ。
 「殺してやる! みんな殺してやる! 優勝するのは、俺だ!」
  再びナイフが、今度は慶吾の胸部を狙って振り下ろされた。
  慶吾は身を捻ってかわした――つもりだったが、その際、ナイフの先端が左肩を掠め、ちりっと痛みが走った。
  皮膚が微かに裂けて血が出たようだったが、もともと学生服の生地が厚手のものだったので、たいした傷にはならなかった。
  慶吾は再び、足を踏ん張って体勢を立て直そうとした。
  しかし、アスファルトの路面をしっかりと捉えていたはずの足が、ずるりと滑った。
  血液だった。
  秀貴の血が、慶吾の靴とアスファルトの摩擦を大きく軽減させたのだ。
  ヤバイな、このままだと。
  慶吾は思った。
  確かに、やばかった。
  和也に向かって、もろに後頭部を見せる格好になるのだから。
  慶吾は思わず、地面に左手を突いた。
  水よりも粘度の高い血液が、ばしゃっと跳ねた。
  まだ生温かいそれは、オイルが溜まっているバケツの中に手を突っ込んだような感じに似ていた。
 「死ねよっ!」
  和也が、慶吾の後頭部めがけてナイフを振り下ろした。
  そのときだった。
  たたん、たたたん、という軽やかな音が、商店街に木霊した。
  そして次の瞬間には、元井和也の頭部を数発の22口径ロング・ライフル弾が貫いていた。
  後頭部から侵入したロング・ライフル弾は、和也の顔の一部――下顎から左耳にかけて――を完全に粉砕した。
  数秒前まで頭が乗っていたはずの首から、真っ赤な噴水が勢いよく噴き上がった。
  首の骨まで銃弾が砕いてしまったのか、ぐちゅっと音がして和也の頭が首のところから後ろに折れ曲がった。
  その重量に耐え切れずに首の肉が千切れ、和也の頭はどんっとなにか重そうな音を立てて、地面に落ちた。
  頭をなくした和也の身体はしばらくその場に立ち尽くしていたが、びくんと痙攣したかと思うとバランスを失って、秀貴の死体の上に折り重なるように倒れていった。
  まるでこの世のものとは思えない、それは光景だった。
  あるとすれば、それはきっと三流以下のろくでもない監督が監修したホラー映画くらいだろう、きっと。
  慶吾は左手をまだ地面についていたが、少しの間だけ目を閉じると、ゆっくりと血の池から立ち上がった。
  重い目蓋を上げると、狭い路地のところに、銃口から蒼白い煙を立てているキャリコを構えた黒澤健司が立っているのが目に入った。
 「・・・・・・だいじょうぶか?」
  健司がキャリコを下ろして、慶吾に訊いた。
  慶吾は答えた、ちょっと首を振りながら。
 「俺、確か、絶対そこを動くなって、言ったような気がするけどな」
 「俺は記憶にない。結果オーライだろ?」
 「まあな。オーケイ、ありがとう」
  慶吾が言うと、健司が片方の眉をわずかに上げて、肩をすくめた。
  由香里と芳明が、路地の角から顔を出した。
  二人とも真っ青になっていた。
 「あの二人――死んだ・・・・・・の?」
  由香里が、震える声で訊いた。
  その声には、ほんのわずかに救いを求めるような響きが、含まれていた。
  それと同時に、ほんの少し、本当に微かな、非難の響きも含まれていたのかもしれない。
  もっとも、それは慶吾の錯覚なのかもしれなかったが。
 「ああ、死んだ」
  慶吾は断言した。
  喉を抉られて、頭を吹っ飛ばされて、誰が生きていられるだろう?
  そこに救いを求める余地は、欠片もなかった。
 「三村さん、肩から血が・・・・・・」
  芳明が言った。
  慶吾は自分の肩をちらっと見た。
  服の肩口が破れ、そこから血が滲んでいた、――数少ない一張羅なのにな、クソ(制服だけど)。
 「ちょっとナイフが掠っただけだ。別にどうってことは――」
 「ダメっ!」
  慶吾の言葉は、由香里の声で遮られた。
 「ちゃんと消毒しないと。ばい菌とか入ったら・・・・・・」
  そう言いながら、由香里は慶吾の服の袖をまくりはじめた。
 「お、おい・・・・・・」
 「動かないで下さい」
  少し慌てて身体を引こうとした慶吾の腕を、由香里が掴んだ。
 「そこに薬局があるから、きっと薬とかたくさんあるわ。一旦そこに入って消毒しましょ? ねっ?」
  由香里が、頭ひとつぶん背の高い慶吾を見上げるようにして、言った。
  慶吾は頭をかいたが、渋々ながら頷いた。
  言った。
 「オーケイ、南サン。大人しく手当てを受けるよ。こんな可愛い看護婦さんなら、大歓迎だ」
 「わ、わたしはべつにそんな――」
  由香里が顔を真っ赤にして、俯いた。
  慶吾は思った。
  どうやら俺は女の子には甘過ぎるらしい。
  もちろん、いつまでもこんな場所でこうしているわけにはいかないということは確かだった、いまの銃声を聞きつけた誰か――もちろん“やる気”になっているやつ――がくるかもしれない。
  ここは由香里の言う通り、ひとまず隠れた方がよさそうだった。
  商店街には当然のことながら商店はたくさんあるし、しらみつぶしに探し出そうとするとは思えない。
  もしかしたら頭のちょこっと働くやつは一番はじめに薬局にくる可能性はあるが――、しかし薬局だってここだけじゃないはずだ。
  仮に襲われたとしたって、こっちには人数もいるし、銃器もあった。
  だいじょうぶだろう、と判断した慶吾は、大人しく由香里の言うことに従った。
  その場所を離れるとき、慶吾は一度だけ交差点で折り重なった死体を振り返った。
 「ちっ・・・・・・」
  健司の微かな舌打ちが、風に乗って耳に届いていた。
  外見的には冷静に見せている健司も、自分が人を殺したとなると内心穏やかでいられないのは当然のことだろう。
  そして、そのことを他の仲間に知られないようにしているところも、健司の強さなのかもしれなかった。

 「こっちだ、ここの窓は鍵がかかってなかったぜ」
  一足早く薬局の前にきていた貴志が、手招きをした。
  表側なら商店としてそれなりの看板や飾りもあるだろうが、こちらは裏手にあたるので看板などあるはずもなく、一見したところ薬局には見えない建物だった。
  年季の入った木造二階建てで、商店街の建物らしく横幅はかなり細かった。
  薄い緑色に塗装されている壁は、所々ペンキが剥げかかっていた、まあ店の裏側なんてどこもこんなもんなのだろうが。
  建物の真ん中に裏口があって、その両端にはガラス窓があった、もちろんカーテンは引かれていたが。
  右隣の建物――裏側からではちょっと見当がつかない、ブティックのような店だろうか――との隙間に、肌色をした大きめの石油タンクが設置してあった。
  その石油タンクの手前、かなり小さな窓だったが、そこの鍵はかかっていないらしかった。
 「待ってろ、俺が先に入って、ドアの鍵を開けてやるから」
  そう言うが早いか、貴志は石油タンクに足をかけると、ひらりとその窓の中に身体を滑り込ませた。
  しばらくして、裏道に面したドアの鍵が、カチッと開く音がした。
  内側から貴志が鍵を開けたのだ。
  ドアが開き、中から貴志が顔を出した。
 「先に誰かが入った形跡はないぜ」
 「じゃあ、早く入りましょ」
  由香里の言葉に背中を押されるようにして、慶吾たちは建物の中に足を踏み入れた。
  靴の裏底、埃がふわっと舞い上がったようだった。
  鼻をつんと突く独特の臭いがしたが、とにかく。
  見ると、由香里は早速、店の商品の中から消毒液を探しているようだった。
  慶吾はちょっと苦笑しながら、由香里のその長い髪を眺めていた――。


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