BATTLE ROYALE 2
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The Final Game 〜
[ 第二部 / 序盤戦(前編) ] Now 37 students remaining...
< 7 > スペシャル・ゲスト
三村秋子は、旧・米帝大使館の地下20メートルの位置にいた。
冷たい鉄の扉を開き、そこで秋子が見たものは、人こそいないが、映画に出てくる軍隊の作戦司令室さながらの光景だった。
「すごい・・・・・・」
思わず、呟いた。
十台を越すコンピュータが一列に置いてあり、一段高い位置には、たくさんのボタンやスイッチが並んでいるコンソールがあった。
噂は、本当だったのだ。
ちなみに秋子がアメリカにいたときに聞いた噂とは、こういうものだ。
なんでも、大東亜共和国の米国大使館の地下に、国防総省(ペンタゴン)の秘密司令部が置いてあるらしいぜ。
え? なんでだって? そりゃあほら、あれだろ。いずれアメリカが共和国と戦争でも始めたら、役に立つからじゃないの、そこが。
なにに役立つのかって? あのなぁ、なんにでもだよ、なんにでも。敵国の情報も入るし、スパイを匿うこともできる。
ほら、もし本土上陸とかしたら、そこが仮設司令部になるだろ? まぁ首都を陥とされたら、その国は終わりだけどな、ふつう。
まあバレたらそりゃ大事だろうけど。でもだいじょうぶさ、わからないようになってるんだよ、きっと。巧妙に隠されててさ、あの大使館って、ミサイルの直撃にも耐えられるらしいぜ、ほんと。
それじゃあ戦争が始まるのかって? まさか! いま戦争したって、ただの消耗戦になるだけさ。良くて引き分け、一歩間違っちゃ、こっちが負けちまう。時期を狙ってるんだよ、大統領閣下は。
大東亜共和国政府の隙を突き、アメリカの軍隊が大挙押し寄せて、政府の圧政に喘いでいる哀れな国民たちを無事解放しました。めでたし、めでたし。
アメリカ人はそんなふうに、楽観的に考えていたのかもしれない。わからない。
なるほど、面白いシナリオだった。
ええ、そうですね。ただそれは、押し寄せてくるアメリカがあればの話ですよ、奥様。
しかし、秋子も慶吾も、そんなに楽観的にはなれなかった、もちろん現在も、そしてアメリカにいたときも。
――アメリカン・ドリーム? 自由の国ですって? これが?
それが、秋子のアメリカに対する第一印象だった。
アメリカが世界に誇る巨大都市、――ニューヨーク・シティー。
そこは、まるきりごみ溜めのような街だった。
ビルというビルの壁にスプレーで落書きがされていたり(それもなんだかよくわからない、変な形のやつだ)、アル中だか薬中だかわからないやつらが、そこら中を歩きまわっていたり。
秋子も、変な男に襲われそうになったことなど一度や二度ではなかった、その度に慶吾がベレッタをぶっ放して撃退してくれたが。
まだ小学校くらいの子供でさえ、煙草も吸って、麻薬もやって、学校で銃を乱射するなどという事件は、もう日常茶飯事と言ってもよかった(それが証拠にテレビのニュース番組では、事件があった学校名と被害者の名前だけが、リストになってスクロールされるだけだった。いやはや)。
街では、慶吾の大好きなロックという曲は流れておらず、ただがしゃがしゃとギターを掻き鳴らしながら、わけのわからないことを大声で叫んでいる歌――歌、と言えるのだろうか?――を歌う若い男女が、そこらじゅうにいた(へヴィーメタルとかいったジャンルだ、確か)。
首都のワシントンD.Cにも行ったことがあるが、ここもかなり治安が悪く、拳銃の音など、しょっちゅう聞こえた。
ここ、『自由の国アメリカ』では、一般市民が銃を持つことを認めている・・・・・・いや、一般市民は、銃を持たざるを得ないのだ。
何故だろうか?
決まっていた、自分の生命と財産を守るためだ、もちろん。
もし誰かに襲われそうになったら、その銃で自分の身を守るのだ。
そうしなければ自分が殺されてしまうのだから。
『やらなきゃ、やられる』――おやおや、なんだかどこかで聞いたような言葉じゃありませんか、それって?
ちなみに大東亜共和国では、国民が武器を持つことは堅く禁じられていた、例外は防衛軍の兵士と警察、あと一部の役人だけだった。
しかしとにかく、慶吾と秋子は、なんとか堪えた。
いくら治安が悪くても、ここの政治は共和国よりはマシなんじゃない?
国民から選ばれた人が政治をしてるんでしょ、ここでは?
アメリカには選挙制度があるから、共和国よりはマシな政治をするはずでしょう。
それが、民主主義ってものじゃないの?
そう思っていた。
だが、実際はまったく違っていたのだ。
大統領とかいうポストの人物に代表される政治家は、自分の利益しか考えていなかった。
投票率は、もうとっくに数パーセントという数値に突入していた。
政治なんて俺たちには関係ないね――、そう考えている人たちが90%もいるのだ、アメリカには。
選挙日の一週間前にもなれば、札束が詰まっているダンボールを積んだトラックが街中を忙しく走りまわっていた。
アメリカは、『自由』ではなく、『放任』の国家だったのだ、結局。
アメリカが人気の理由は、そこにあった。
『個人の自由』が、『何をしてもいい』と、イコールで結ばれているところ。
実は、共和国の方が『平和』だったんじゃないかしら?
秋子はふと考えた。
もしそうだとしたら――恐ろしいことだ。
『自由』からは混乱が、『束縛』からは秩序が生まれることになる。
政府と国民が完全に隔離されているのは共和国も同じだが、一方では自由放任、もう一方では絶対服従。
結果、一方は崩壊寸前。もう一方は常勝街道驀進中。
「こりゃもう、ダメだな」
アメリカにいたとき、慶吾はこんなことを呟いた。
その通りになった。
その言葉を聞いた数週間後、首都ワシントンで、軍事クーデターが勃発したのだ。
そして秋子たちは、あの懐かしい共和国の国旗が、ホワイトハウスのてっぺんにはためくのを見ることができたのである。
めでたし、めでたし。
そんなことはいいのよ、どうでも。
秋子は思った。
いま大切なのは、その噂の方だった。
もしそれが本当ならば、大使館とアメリカ国防総省(ペンタゴン)との間に、共和国政府が知らない極秘回線が通っているはずだ。
秋子はその回線を経由して、ペンタゴンのスーパーコンピュータを使い、共和国政府中央演算処理センターのコンピュータにハッキングをかけようと目論んでいた。
もしダメだったら、直接プログラム会場になっている植田市のサーバをハッキングすればいい。
中央演算処理センターよりは、セキュリティが甘くなっているに違いない。
そもそもコンピュータの処理速度は、圧倒的にこちらが勝っているはずだった。
ハック自体は、今年の四月はじめに一度やったことがあったので多少、自信はあった。
なんで、そんなことができるのかって? いいじゃないですか、できるんですから。まぁ見ていて下さいよ。
秋子はコンソールの前に座り、コンピュータの電源を入れてみた。
先程まで物音ひとつしなかった部屋に、コンピュータのCPU冷却ファンの音が響いた。
主電源は、まだ生きているらしい。
モニターに米帝の大手コンピュータ会社『アイ・ビー・エヌ』の文字が浮き出た。
もちろん、現在は共和国政府が管理する官営企業に成り下がってしまったが。
オペレーティング・システムが起動した。
画面に英語と数字の羅列が次々と表示された。
それで秋子は、慣れた手つきでキーボードとコンソールを同時に操り、ペンタゴンとのホットラインを、いとも簡単に呼び出してしまった。
外部からの接続にはやたら厳しい政府専用回線といえど、同じ政府関係部署からの接続はそれほど厳重なチェックを必要としないものだ。
しかも、それがほとんど存在すら知られていない極秘回線ならば、なおさらだった。
米帝はいままさに混乱の最中だ。
共和国専守防衛陸軍の大半が、アメリカで治安維持に右往左往していることだろう。
ペンタゴンのコンピュータ・プログラムの書き換えをしている暇は、ないはずだ。
いまなら・・・・・・いけるかもしれない。
まさかこんなところで役に立つとは思わなかったけど、でもよかった、アメリカでコンピュータを勉強しておいて。
典子は思った。
確かにその通りだった。
アメリカで、コンピュータ専門技師の家――川田章吾の知り合いで、同じく共和国から亡命した人らしい。川田にコンピュータを教えたのも、この人だということだ――にお世話になったのが、幸いしたと言うべきだろう。
秋子は、手早くコンソールを操った。
中央演算処理センターにハッキングをかける前に、秋子には、やりたいことが、――いや、やらねばならないことがあった。
慶吾の無事を確認すること、ただ、それだけだ。
「たしか、長野県の植田市・・・・・・だったわね」
秋子が呟いた。
壁に掛かっている地図を、見た。
世界地図。役に立つわけないでしょ、そんなもの。
世界地図の掛かっている横の棚に、地図帳があった。
主用都市地図。これだ。
秋子はぱらぱらとページをめくり、『長野県』の欄を見た。
「う・・・・・・う・え・だ・し・・・・・・は、これね」
頷いた。
再びキーボードを軽く叩いた。
入力した。数字。
『E13814.0 N3623.0』――東経138度14.0分、北緯36度23.0分。植田市の位置。
しばらくして、部屋の中央にある大きなスクリーンに映像が映し出された。
共和国上空に固定された、KH型偵察衛星の映像だった。
そもそもそれは米軍の偵察衛星で、共和国内の軍事行動を偵察するために打ち上げられたものだった。
その性能は、地上に置いた煙草の銘柄を読み取ることさえできるほどだ。
リクエストはありますか、お嬢さん? 『ワイルドセブン』? オーケイ。お安い御用です。
もともとこの衛星は米帝の国防総省が管理していたものなので、会場の様子を見ることができるとても有効な手段たりえるのだ、ここでは。
なにしろ、米帝の軍事拠点を、秋子はすべて押さえたのだから。
映像を見ながら、手元のコンソールでズームアップしていく。
まだ夜なので、よくわからなかった。
しかし、商店街かどこかだろうか、大きな通りが重なっている交差点の中央に、誰かが横たわっているのが見えた。
黒いシルエットがふたつ。
それは元井和也と川村秀貴の死体だったのだが、もちろん秋子が知るはずもなかった。
ただ、わかってしまった、それが死体だということが。
秋子は、心臓の鼓動が速くなったのを感じた。
慶吾だろうか?
慶吾の死体なのだろうか?
違う、そんなはずはない。
だって、だって――慶吾は自分にとって、ギターを持った聖人のような人なのだから。
さらにズームした映像を見て、急に胸のあたりがむかむかして、秋子は必死に嘔吐感を堪えた。
その死体のひとつは、頭部がなかったので。
まるきりできの悪いB級、いやC級ホラーだ、これでは。
冗談ではなかった。
秋子は思わず、スクリーンから目を背けようとした。
そのとき、スクリーンの隅の方で、閃光が走った。
マズル・フラッシュに違いなかった、誰かの拳銃が発射されたのだ。
その閃光が、誰かの生命を奪ったかのかもしれない。
拳銃を発射したのは、慶吾かもしれない。わからない。
でも、拳銃を発射されたのが、慶吾なのかもしれなかった。
あれ慶吾くんですよ、きっと。ご愁傷様です。棺桶の用意はお済みですか? このくらい? 墓碑銘は何にします?
秋子は慌てて、頭を振った。
ふいに、3年前の惨状が鮮明によみがえった。
国信慶時が、自分の眼前で頭を撃ち抜かれる光景が。
藤吉文代が、ナイフを頭に突きたてたまま倒れていく光景が。
北野雪子と日下友美子が、桐山和雄に殺される光景が。
その桐山を、自分がスミス・アンド・ウェスンのチーフスペシャル――いま持っているやつだ――で殺した、その光景が。
大切な――そう、とても、大切なものが、一瞬にして失われる光景。
秋子は、自分の身体が意思とは無関係に、がくがくと震えていることに気がついた。
これは続いている――まぎれもなく続いている。
あの恐怖が、あの絶望が、再び慶吾を包み込んでいる!
「秋也くん・・・・・・!」
秋子は顔を手で覆い、思わず叫んだ――、嘗ての、慶吾の名を。
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