BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第四部 / 序盤戦(後編) ] Now 29 students remaining...

          < 15 > 悪夢


  典子は、がばっと起き上がった。
  一瞬、ここはどこ? という素朴な疑問が浮かんだが、それはすぐに、吹き飛んだ。
  懐かしい、黒板が見えたので。
  そしてそこに、白いチョークで、地図のようなものが描いてあったので。
 「――島?」
  典子は、呟いた。
  その地図は、どこかの島のようだった。
  しかも、その形に見覚えがあった、典子は。
 「!」
  思い出した。
  波が荒い瀬戸内海に浮かぶ、香川県に所属する小島――沖木島だった。
  あの、1997年度第十二号プログラムが行われた場所だ。
  典子は、わけが分からず、教室内を慌てて見回した。
  クラスメイトは、いなかった。
  しかし、その代わりに、銀色に光る金属のわっかが、机の上に置いてあった。
  怪しく光るそれは、首輪だった。
  思わず自分の首に手を伸ばした典子は、自分の首に巻き付いているそのいやらしい金属の首輪の感触を確かめ、慄然とした。
  自分は、何故こんな所にいるのだろうか?
  秋也は・・・・・・一番大切な人は、どこにいるのだろうか?
  首を捻り、隣の秋也の机を見たが、そこに捜し求める者の姿はなかった、当然のことながら。
  しかし、首輪もまた、なかった。
  クラス全員の机の上に首輪が乗っているのに――三村や杉村、桐山と川田の机の上にすら、だ――、秋也の机の上には、首輪どころか消しゴムのカスすら乗っていない。
  捜しに行かなくては。
  典子は思った。
  何故だか分からないが、とにかく、そう感じたのだ。

  立ち上がろうと典子が椅子を引いた、その時だった。
  教室の立て付けの悪いドアが、がらりと音をたてて開き、一人の男子生徒が入ってきた。
  典子は、思わず目を見開いた。
  その生徒に、見覚えがあったので。
  その生徒こそ、まさしく、今捜しに行こうとした秋也だったので。
  秋也の学生服はぼろぼろに破け、所々に血が付着していた。
 「秋也くん――!」
  典子は、叫んだ。
  思った。
  良かった――とにかく、良かった。
  秋也は無事だったのだ、身体中に怪我はしているけれども。
 「典子――」
  秋也が言った――苦しそうに。
  典子はがたんと机をどかし、秋也のほうに走った。
  しかし、秋也の元にたどり着く前に、その足の動きを止めざるを得なかった。
  秋也が典子に、血に汚れた右手で握っていたベレッタM92FSを、すっと向けたので。
  その銃口が、確実に、典子の眉間をポイントしていたので。
 「もう、冗談はやめてよ。早く出ましょう、ここから――」
  それでも典子は、言った――笑顔で。
  オーケイ、ほんの冗談だ。早く逃げようぜ、典子サン。
  そんな言葉が返ってくると、典子は確信していた。
  しかし、目の前の秋也が発した言葉は、そんな甘ったるい幻想を吹き飛ばすような、強烈な一言だった。
 「悪いな、典子。俺はまだ死にたくない。優勝するのは――俺だ」

  これがもし客観的に――例えばそう、自宅のテレビか何かの前で、風呂あがりのアイスクリームでも食べながら見ている金曜洋画劇場のワンシーンであったなら、秋也の口調には間違いなく、殺意が込められていると理解できただろう。
  しかしもちろん、典子はそんなことは思わなかった。
  秋也が未だに冗談を続けているのだと思っていたのだ、本気で。
  秋也くん、結構マジな冗談するなぁ、なんて突っ込めばいいのかな?
  そんなことを、典子は頭の中で、必死に考えていたのだ。
  秋也が、左手で、がしゃっとベレッタのスライドを引いた時に、はじめて典子の口元から笑みが消えた。
 「ど、どういうこと・・・・・・なの?」
  典子は、混乱する脳を総動員し、やっとのことでのその言葉を口にした。
  その一言だけで、全体力を使い果たしてしまったような気が、した。
 「どうもこうも――」
  秋也がまた、言った、頭を軽く振りながら。
  苦しそうだった。
 「優勝できるのは、1人だけだ。だったら、生きている奴が2人いたら、都合が悪いだろ?」
  ああ――全くもって、彼の言う通りだ。
  典子は、思った。
  そして、こうも思った。
  ――だからなに?
  3年前は、3人で見事逃げたじゃないの?(川田くんは死んでしまったけれど)
  それなら、今年も逃げれるはずでしょう?
  しかし、それを口にする勇気は、典子にはなかった。
 「分かったなら、無駄な抵抗はしないでくれ。疲れてるんだ、俺は」
  秋也が冷たく、言い放った。
  それだけだった。
  そして、秋也は、おもむろにベレッタの引き金を、引いた。
  ぱん、と聞き慣れた音がして、ベレッタが小さな火炎に包まれるのが見えた。
  きらりと金色に光る空薬莢がイジェクション・ポートから排出されるのと同時に、9oパラベラム弾の弾頭が、回転しながら自分に向かってくる。
  へぇ――凄い、こんな風に見えるんだ。
  典子は、思った。
  弾丸が自分を貫く直前――生きてるうちに見る最後の光景。
  自分が殺した桐山和雄も、この光景を見たのだろうか?
  それは、気のせいなのか、やけにゆっくりと見えるような気が、した。
  どうです、最新型のビデオデッキは? スローモーション画面でも、こんなに鮮明。お買い得ですよ?
  スローモーションというより、コマ送りでしょう、これは。
  典子は、思った。
  ああ、あと5p・・・・・・4p・・・・・・3cm・・・・・・


       §


  がん、と殴られたような衝撃が、秋子の眉間を襲った。
  思わず、うっとうめいた。
  思った。
  ああ――死んだかな、あたし――秋也くんに撃たれて?
  ゆっくりと、秋子は目を開けた。
  死んではいなかった。
  そこは、分校の教室ではなかった、当然のことながら。
  ただ、長細い箱のような部屋の中に、秋子はいた。
  床から壁、更には天井まで、つまらないほど無機質な金属に覆われている。
  がたんと床が揺れ、秋子は不本意にも、数センチ飛び跳ねた。
  飛び跳ねたはいいが、もちろん、重力に逆らって浮いていることなどできはしない(光輪教の教祖様は浮けるらしいけど、本当かしら?)。
  秋子もまた、重力には従順だった。
  どすん、と思い切り、しりもちをついてしまった。
 「いたたた・・・・・・」
  我ながら情けないこの格好は、死んでも慶吾に見せれないと思った、どうでもいいことなのだが。
  揺れた拍子に、がしゃりと別のものが、秋子に倒れかかってきた。
  それは、秋子が兵士から奪い取った、ヘッケル・アンド・コックのMP−5クルツ・サブマシンガンだった。
  さっきの衝撃は、どうやらこいつに額をぶつけたせいらしい。
  つっ――と生暖かい血が、額から流れていた。
  また床が、がたんと揺れた。
  大きなエンジン音が聞こえる。
  トラックの中だろうか、と秋子は思った。
  すると、自分はあの爆発の中でも、生きていたと言うことになる――当然のことだが。
 「政府に更迭されてるってことになるのかな、今は?」
  秋子は、呟いた。
  全くその通りですよ、お嬢ちゃん。なかなか鋭い勘してるね、いやホント。
  また、がくんと揺れた。
  秋子はその度に、隣に大人しく寝転がっているクルツと一緒に、ジャンプをしなければならなかった。
  そして、しりもち――おしり、あざになっちゃうじゃない、もう。
 「ひどい悪路ね・・・・・・」
  秋子は思わず、呟いた。
  その言葉がトラックの運転手に聞こえたのかどうかは分からないが、とにかく、その後秋子がしりもちを強制されることはなかった。

 「クルツはあるけど・・・・・・」
  秋子はそう言い、スカートの上から自分の太腿のあたりを触ってみた。
  固くて冷たいものに指が当たると、秋子はほっとしたように、溜息をついた。
  一応、デリンジャーもあるらしい。
  それならばと思い、秋子はきょろきょろと辺りを見回してみた。
  どうやらこれは、トラックではなくトレーラーのようだ、と秋子は気付いた。
  荷台が随分と広いからだ。
  その中は真っ暗で、秋子の座っている荷台の端から向かいの端までは、暗くて見えない。
  しかし、ほんのわずかな扉の間から射し込む光を頼りに、秋子は手探りで床を這っていった。
  その光に照らされ、一瞬、きらりと光るものが見えた。
  スミス・アンド・ウェスンのチーフスペシャル38口径だ。
  秋子はそれを拾い上げ、ん〜と唸りながら、首を傾げた。
  秋子が持っていた武器は、押収されずに一緒に積まれていた。
 「なんでだろ?」
  分からなかった。
  これから、自分がどうなるかさえも、分からないままだった。
  しかし、とにかく、少なくとも行き先だけは、大方見当がついていた、秋子には。
 「多分・・・・・・あそこね」
  秋子は頭の中で、地図を思い浮かべた。
  山に囲まれた――盆地状の――城下町。
  恐らくは、プログラム会場に連れて行かれるのだろう。
  そうすれば、また慶吾に会えるかもしれない。
  そして、また逃げ出せるかもしれない――今度は、全員で。
  それにしても、先程は酷い夢を見たものだ。
  秋也と典子がまだプログラムをやっていて、典子が秋也に撃ち殺される――。
  まったく、なぜあんなばかばかしい夢を見たのだろう、あんなこと、あるはずがないのに。


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