BATTLE ROYALE 2
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The Final Game 〜
[ 第四部 / 序盤戦(後編) ] Now 29 students remaining...
< 16 > ドリーム・ランド
ああ――ムカツク、とても。
藤本華江は思った。
中山涼子からはなんとか逃げ切ったが、そのとき撃たれた左腕がずきずきと痛み出したのだ。
まったく、掠っただけでこんなになるなんて、人間もたいしたことないのね。
とりあえずセーラー服にはつきものの胸元に結んである赤いリボンを解くと、傷口にまきつけ、きつく縛った。
ああ、傷口よりも少し心臓に近いところを縛ったほうがいいんだっけ?
それで、華江は、リボンを腕の上の方に縛りなおした。
無事な右手と口を器用に使って、なんとか縛ることができた。
「保健の授業って、こんな時くらいにしか役立たないわよね」
華江は呟いた、どうでもよいことなのだが。
しかしまぁ、少なくとも利き腕の右が無事でよかった。
木に立てかけてあったイングラムを掴むと、華江はマガジン・キャッチを開放した。
誰かにばったり出くわす前に、完全に弾丸を装填しておかなければならない。
あれから誰にも会っていないが、他のクラスメイトはどこにいるのだろうか?
先程の放送からだと、幾人かは(あの小田原美希もあのまま、多分)死んだみたいだけど・・・・・・。
がしゃっと予備マガジンを押し込み、華江はふぅと溜息をついた。
「何やってんだろ、あたし・・・・・・」
呟いた。
何ってお嬢ちゃん、決まってるじゃないですか。殺し合いですよ、殺し合い。現にあなたも、1人殺しているでしょう?
・・・・・・殺し合い?
そう、殺し合いだ、これは紛れもない。
でも、今に始まったことじゃない、あたしはいつも殺し合いをしていたんだ・・・・・・。
ここは大学の東、禁止エリアぎりぎりの位置だ。
早々人は来ないだろう。
華江は木に寄りかかり、静かに目を閉じた。
ここで少し仮眠を取ったほうがいいかもしれない。
目を閉じた華江は、すぐに夢の中へ落ちていった――それは、浅い眠りだったけれども。
§
華江は、夢を見ていた。
自分が子供の頃(そう、もっと純真無垢だったころ)のことだ。
父親は、朝から晩まで歌舞伎町をぶらぶらして帰ってこないで、たまに帰ってきたと思ったらいきなり華江を殴りつけ、蹴飛ばし、逆さ吊りにして、母親がもうやめてと泣きながら金を渡すまで、華江に暴行を加えていた。
しかし華江は、口の端から滴り落ちる血を拭いながら、じっと耐えていた。
自分だけがこんな目にあっているんじゃない、お母さんも同じなんだから、あたしがしっかりしなきゃ――。
泣き言のひとつも言わず、物をねだるわけでもなく、ただ黙ってじっと耐えているだけだった。
優しい、強い子供だった、華江は。
強さはそのままで、優しさのベクトルだけが180度回転してしまったのは、小学校の卒業式が間近に迫った、2月2日のことだった。
「ただいまー」
華江が小学校から帰宅し、自分の部屋にランドセルを放り投げると、すぐに台所にいるはずの母親の姿を探した。
ところが、いつもは明るい声で「おかえりー」と返事をしてくれるはずの母親は、今日はいなかった。
華江は不審に思ったが、別に特に気にとめることもなかった。
どうせ近くのスーパーに買い物にでも行っているんだろう、多分。
そうして、自分の部屋のベッドの上で、週刊誌(友達の間ではやっていたファッション雑誌だ。今考えるとばかばかしいが、とても)を読み始めた。
しばらく経ち、そろそろ日没も近づいた頃、ギギィと古いアパートの玄関のドアが開いた。
「お母さん? どこ行ってたの?」
華江は玄関の方に足を向け――だが入ってきたのが母親ではなく父親だと分かると、慄然とした。
「理江はどこだ?」
聞き慣れない父親の低い声が、華江の耳に届く。
理江とは、華江の母親の名前だった。
「理江はどこだ!?」
いきなり声を荒上げる父親に、びくっと肩をすくめる華江。
冷たい廊下にぺたんと座り込み、ぶるぶると震えながら、華江は首を左右に振った。
「分かんない・・・・・・」
華江は言った――分からなかったのだ、本当に。
だが父親は娘の答えが気にくわなかったらしく、いきなり土足でずかずかと廊下に上がると、固い革靴のつま先で華江の頬を蹴り上げた。
言葉にならない激痛に、華江は思わず「うっ」とうめいた。
口の中に鉄の味が充満する――切れたのだ、きっと。まぁいつものことだけど。
「分かりません、だろうが! 俺に馴れ馴れしい口をきくな!」
父親が怒鳴った。
立ち上がろうとした華江の髪を、父親が強引に引っ張り、宙吊りにさせる。
何百本の髪の毛が一度抜けそうな気が、なんとなく、した。
ああ、あたし女の子なのに――ハゲになったら嫌だなぁ、担任の浅木先生みたく。
痛みを耐えながらそんなことを考えていた華江だったが、硬いこぶしで殴打されているうちに、さすがに余裕がなくなってきた。
身体中ぎりぎりと痛み、目を開けていることすら、つらい。
――死んでしまいたい。
そう思った、心から。
死んでしまえば、もう痛みなんか感じるはずもない、いっそ殺してくれればいいのに――。
今まで何度も同じような暴行を受けてきた華江だったが、そう思ったのははじめてだった。
なぜ今日に限って、こんなことを思うのだろう?
華江は考えた(その間も、父親は華江の背中を蹴りつけている、当然のように)。
ああ、そうか。お母さんがいないからだ、いつもとめてくれる人がいないから――。
意識が朦朧としてきた――耳鳴りもする、キーンと飛行機が飛んでいるみたいだ。
もう、だめかも・・・・・・。
そう思ったときだった、耳鳴りと父親の怒声に混じって、鋭い悲鳴が聞こえた。
それはもう聞き慣れた、母親の悲鳴だった。
ぼんやりと開いた華江の目に、母親がハイヒールを履いたまま廊下に上がってきて、父親をドンと突き飛ばす姿が映った。
父親は、無様に床の上にしりもちをついた。
はじめて見る、それは光景だった。
「華江ちゃん!? 大丈夫、華江ちゃん!? しっかりして!」
湿った声が、華江の鼓膜を振動させる。
そして母親は、華江の身体をぐらぐらと揺すった――まだ死んでないよお母さん、痛いってば。
母親に抱かれているので身体中に激痛が走ったが、別に悪い気持ちはしなかった。
「大丈夫なの!? 返事をして!」
大丈夫よ、泣かないで。
華江はゆっくりと首を縦に振って、にっこりと笑った――笑みというにはかなり、無理があったけれども。
それで、母親は、少しほっとしたような表情になった。
「・・・・・・そう。よかっ――」
よかった――と続くかと思われた母親の言葉は、グシュッという湿った音にかき消された。
さっきまで泣き顔だった母親の表情が、何かに驚いたような、不思議がっているような、変な顔に変わった。
「お――母さん?」
華江は呼びかけた、母親に。
なぁに、華江ちゃん? という言葉は返ってこなかった。
そのかわり、びっくりしたように開いた母親の口の中から血の塊がこぼれだし、華江の胸のあたりに滴り落ちた。
そして、すぅっと顔が近づいて来たかと思うと――どさっと華江の上に倒れこんだ。
そのときはじめて、華江は母親の首の後ろ、うなじのあたりに、鋭く光る包丁が刺さっていることに気がついた。
それは、華江が母親の誕生日にプレゼントした(そして華江が手伝いをする際、よく使っていた)包丁だった。
――華江ちゃん、次はきゅうり、切ってね。気をつけて、均等によ?
いつかそう言っていた――そしてもう永久に聞くことのできない――母親の言葉が、脳の中で反芻されていた。
その向こうには、手を母親の血で濡らしながら、驚いたように自分を見ている父親の姿があった。
華江は、理解した。
殺したのだ――お父さんはお母さんを――殺したのだ! この男は!
華江の目の前が真っ赤になった。
目が充血しているのか、それとも母親の血が目に入ったのか、よく分からなかった。
そして、母親の首からゆっくりと包丁を抜き取った。
ぬめっとした感覚があったが、華江はもうそんなことを感じてはいなかった。
床に座り込み、がたがたと震えているその男に近づいていった。
なによ、今度は立場、逆になっちゃったわけね?
華江はすっと包丁を上げ、それから、一気に振り下ろした――渾身の力をこめて、目の前の怯えた目をした『獲物』の心臓を狙って、躊躇いもなく。
返り血が、華江のお気に入りだった母親の手編みのセーターを汚した――既に母親の血がついていたのだけれども・・・・・・。
§
華江は、目を覚ました。
懐かしく、つらい夢だった。
なんだか目尻が濡れているような気が、する。
「・・・・・・バカらし。泣くわけないじゃない、このあたしが」
華江は呟いた、自分に言い聞かせるために。
「私は死なない――死ねない。生きるんだ、絶対に」
それは、自分を守るために命を落とした母親のためでもあった、華江にとって。
プログラムだろうが、坂待だろうが、華江には関係なかった。
生きるしかない。
そのためには、目の前に立ちはだかる障害を、すべて乗り越えなければならない、それがたとえ大東亜クレイジー共和国だろうが、短足中年教師だろうが、自分のクラスメイトだろうが――。
殺してみせる、全国1億5千万が敵だったとしても、あたしは生きてみせる!
華江は、ぐっとイングラムのグリップを握りなおした。
「もうそろそろ移動しないと・・・・・・」
なるべく左手を使わないように立ち上がり、う〜んと伸びをした華江の目に、何か黒いものが映った。
突き抜けるような青空に、ぽつんと黒いたまごのようなものが浮いている。
浮くの? たまごが? まさかそんなわけ――ないわよね。
そのたまごは、落ちてきているようだった、自分に向かって。
「ヤバイ・・・・・・かな?」
華江はふっと苦笑をもらし、その細い足の全脚力を使って、いま自分がもたれていた木よりもひとまわり大きい木の陰に跳び込んだ。
そのたまごは、地面に落ちる直前、カッと鋭い閃光を放ったかと思うと――真っ赤な火の玉となって周りの草をなぎ倒した。
それに続いて、あのいまいましいたまご形を形作っていた外装金属片が、恐ろしい速度で周囲の木々に突き刺さった。
「ふん、手榴弾ね。いい度胸じゃない、やってやろうじゃないの!」
木の陰で、華江の小さな口元が、くっと吊り上がった。
誰だか知らないけど、このあたしにケンカ売ったこと、後悔させてやるわ!
まだ熱風が残っていたが、華江はかまわず飛び出した。
その時には、もう先程見た夢の内容など、きれいさっぱり忘れ去っていた。
戦う理由は、人それぞれ、違うものだ。
自分を信じて戦うもの、狂気に駆られて戦うもの、愛するものの為に戦うもの・・・・・・
どの理由がいいとは、一概に言えるはずもない。
華江の場合は、母親のために――愛するもののために、戦っているのだ。
それは、戦うための、立派な理由に他ならない。
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