BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第四部 / 序盤戦(後編) ] Now 29 students remaining...

          < 17 > 存在理由


  木の陰から飛び出してきた藤本華江を見て、矢島優希(女子二十一番)は、どきっとした。
  殺せなかった! 1個で十分だと思ったのに!
  慌ててディバッグの中に手を突っ込み、ずしりと重量感のある黒いたまごを取り出した。
  表面の凹凸がないたまご型のそれは、M26A1破砕型手榴弾だった。
  総統府の幕僚監部では、破砕型手榴弾を支給するか、炎を撒き散らす傷痍手榴弾を支給するかで意見が分かれたが、傷痍手榴弾はひとつでプログラム会場全体が火事になることもあり得るということで、このM26A1が選ばれたのである、優希の知ったことではないが。
  しかしそれでも、支給武器の中では当たり中の当たりであった。

  プログラム開始当初、優希は自分がどうすべきか、判断がつかずにいた。
  いくらなんでも、自分のクラスメイトを殺す人間など本当にいるのだろうか、という疑問もあった。
  その疑問が解消されたのは、3時間ほど前の坂待の放送のときだ。
  死んでいるのだ、クラスメイトは、間違いなく。
  それは政府が、生徒を『やる気』にさせるために故意に殺したのでないとしたら、自分たちのクラスの誰かが殺しているという結論の他はない。
  きっとみんなも、やる気になっているはずだ。
  坂待も言っていたではないか。
 『私たちは殺し合いをする、やらなきゃやられる』と――。

  優希はクラスの中で友達も多く、男子にもそこそこモテたのだが、それだけで人を信用しろなどと言われてもできるはずがなかった。
  小学校から出ると、優希はすぐにこの茂み(G−7エリアだ)に隠れて、じっとしていた。
  隣のエリアが禁止エリアに指定されたときは、さすがにどきりとしたが、これだけ近ければ誰も来ないだろうと思い直し、ただひたすら隠れ続けていた。
  華江を見つけたのは、大学のキャンパスの隅のほうにある、仮設便所――え? トイレに行くためだけに動くのかって? 当然じゃないの、失礼ね。あたし、女の子よ? その辺の草むらでしろって言うの? 男子じゃあるまいし――へ行った帰りだった。
  静かに眠っているうちに、襲うこともできた。
  この支給された手榴弾(ああ、女の子にこんなもの使わせるなんて)を投げつければ、済むことだったのだ。
  しかしそれは、できなかった。
  華江は、プロポーションも整っているし、顔もきれいだ、同姓の優希の目から見ても。
  ただ、B組には中山諒子や南由香利、清水奈緒美や小田原美希、稲山奈津子など、かわいい(そして安全な)女子がそろっていたので、あまり目立って美人だというわけではなかった。
  だが、木にもたれかかって寝息を立てて眠っている華江は、普段の噂ほど悪い人間だとは思えなかった、どうしても。
 『天使の寝顔』とは、よく言ったものだ。
  優希には、天使を殺す度胸はまだなかった。
  だから、一度はそのまま元いた所に戻ったのだ、華江を起こさないように。
  それから1時間ほど経って、華江がまだいるかどうか見に行った。
  草むらの影から木のほうを見たとき、華江は目元を拭って、立ち上がるところだった。
  その頬に、涙のあとが、微かに残っていた。
 「泣いていたの――かしら?」
  ひょっとしたら、寂しいのかもしれない、仲間を探しているのかもしれない。
  声をかけてみようか?
  そう思ったのも、束の間だった。
  優希は、目を見開いた。
  華江の手の中に、サブマシンガンが握られていたので。
  華江が眠っているときには気付かなかったが、もしあれが本物だとすると(多分、そうに違いない)、自分が小学校から出たとき、昇降口に倒れていた松本真奈美を殺したのは、華江ということも考え得るので。
  身体に穴を空けて倒れていた真奈美の姿を思い浮かべた優希は、華江がサブマシンガンで真奈美を撃ち殺すシーンをイメージし、ぶるっと身体を震わせた。
  確かに、華江と真奈美が出発した時間差は、僅か4分しかない――あいだに三村慶吾を挟んでいるが、三村さんがそんなことをするとは思えない、とても。
  真奈美を殺せるのは(しかも銃で)、時間的に華江しかいない。
  でも――。

  しかし、優希は見てしまった。
  伸びをしている華江の足元――少し濡れているけれど、短い草の上――に、黒い光沢を放つサブマシンガンの使用済みマガジンが置いてあるのを。
  それは、今まで華江が誰かに向けてそれを使用したということを、如実に物語っていた。
  やっぱり、真奈美を殺したのは華江だったんだ!
  それを――そんな人を仲間にしようなんて、あたしったらなんてことを考えたの!
  そう思うが早いか、優希は右手に握っていた(咄嗟のときのため、いつも持っていた、いい気持ちはしなかったけれど)M26A1破砕型手榴弾のピンを抜くと、華江のほうに思いきり放った。
  やられる前にやらなきゃ! あたしが――殺されちゃう!
  頭の中は、そのことでいっぱいだった。
  ほかのことは、もうなにも考えられなかった。
  閃光と爆風で華江の姿が消えたとき、優希はほっと安堵のため息を漏らした(罪悪感も覚えた、少しだけ)。
  しかし、どうだ、今は!?
  華江はマシンガンを手に、自分に向かって来ているではないか!

  手榴弾のピンを抜くと、優希は再び、華江が走ってくるほうに向かってそれを投げた。
  ぱらららららっ――とイングラムから火線が延び、優希の隠れていた木の幹に穴を空け、樹皮を飛び散らせた。
  その一拍後、再び凄まじい爆音が響く。
  先程よりもかなり至近で爆発したせいで、優希は耳の鼓膜が破れたかと思った。
  しかし、そんなことを気にしている余裕はない、今は。
  優希はディバッグを掴むと、走り出した、丈の高い草が生えている茂みに向かって。
  背後で、ぱららららっ――という軽い音がした。
  まだ生きているのだ、華江は。
  なんてしぶといのだろう、不死身じゃあるまいし。
  優希のすぐ横の地面に、ぱぱぱぱっとパラベラム弾が着弾し、砂ぼこりを舞い上げる。

  逃げていく前方のセーラー服の背中に向かい、華江は、ちっと舌打ちをした。
  さすがに右手だけでは、正確なポイントはできそうになかった。
  連射の反動にも、どうも耐えられそうにない。
  それにしても、誰なのよ、あいつ一体!?
  微かに見えたセーラー服について行くように、華江も茂みのなかに跳び込んだ。
  随分と丈が高く、あまり周囲がよく見えない。
  前方から聞こえるがさがさという音を追って、華江は走った。
  しかしすぐに、その音が聞こえなくなる。
 「すばしっこいわね、なかなかやるじゃない」
  華江は、呟いた。
  2回の手榴弾を避けただけでも、なかなかなものなのだが(そう? ありがと)、華江は3度目の回避の方法を想定しつつ、茂みの間から微かに見えた白いセーラー服に向けて、イングラムの引き金を引いた。
  またしても強い反動が華江を襲ったが、うまくいった、今度は。
  イングラムから伸びた火線が、相手のスカートのに穴をあけたのだ。
  相手は、「きゃあ!」と悲鳴を上げ、地面にスライディングをするように倒れこんだ。
  華江の口元が、にやりと歪む。
  無駄よ、スライディングだろうが盗塁だろうが、あんたはもうアウトなのよ、あたしを相手にした時点でね。
  ようやく華江は、茂みを抜けた。
  そして、自分が今撃った相手が矢島優希だと、初めて分かった。
  優希はスカートの上から太腿を押さえ、まだ地面に倒れている。
 「やってくれんじゃない、あんた、どういうつもりよ?」
  華江はニヤニヤ笑いながら、優希を見下ろした。
  キッと華江をにらみ返した優希に、おお怖い、といったように大げさに肩をすくめて見せる。
 「それにしても、まさかあんたがこんなことするなんてね。正直、ちょっと意外よ」
  華江が言うと、優希は少しうさんくさそうに目を細めた。
 「・・・・・・そうでもないわよ。それより、真奈美ちゃんを殺したのは、あなたなんでしょ?」
  脚を撃たれているにも関わらず、案外落ち着いた優希の声に、華江はちょっと眉を寄せた。
  ひょっとしたら、掠っただけなのかもしれない。
  とどめを刺したほうが良さそうだ、早めに。
 「どうなの?」
  優希が、華江をにらみながら、言った。
  華江はイングラムの銃口を優希の胸に移しながら、頷いた。
 「そうよ、あたしが殺したの、真奈美を。わるい?」
  思った。
  いきなり手榴弾投げつけたあなたがそれを非難するんなら、笑うわよ、あたしは、思いっきり。
 「べつに・・・・・・」
  そう呟くように言って、優希は視線をそらし、少し俯いた。
  だが、すぐに華江のほうに視線を戻し、言った。
 「あなたは、なんのために人を殺すの? 自分が生き残るため?」
  華江は、頷いた。
 「それもあるわ。でも、それだけじゃない」
 「――え?」
  優希は、驚いたように華江を見た。
  事実、少し驚いていた。
  自分が生き残るため以外の理由って、いったいなに?
  聞きたいと思ったが、どうせ答えてくれるはずもないということは、分かりきっていた。
 「あなたは、自分が生き残るためにあたしを殺そうとしたわけ?」
  逆に華江に聞かれ、優希はどきっとした。
  考えた。
  違う――ような気がしないでもない。
  でも、もしかしたらそうなのかもしれない。
  あたしは、どうしてこの人を殺そうとしたのだろう・・・・・・?
  優希は、わけが分からなくなった。
 「分からない。でも、そうなのかもしれない。だって、あなたが真奈美ちゃんを殺したから――」
 「それが分かったのは、たった今じゃない。あんたがあたしを殺そうとする理由にはならないわ」
  華江の言葉に、優希は声を失った。
  そうだ、あの時点ではまだそうと断言できなかったはずなのに――。
 「で、でも! 結局、真奈美ちゃんを殺したのは藤本さんなんでしょう!?」
 『あなた』が『藤本さん』になったのは、優希自身、意識してのことではなかった。
  言ったあと、なんとなく違和感を感じたくらいだった。
  優希は、この3年間で彼女を『藤本さん』と呼んだことがないということに、はじめて気が付いた(それは、大抵のクラスメイトはそうだったのだけれど)。
  しかし、当の華江はそんなことに気付いた様子はまったくなく、優希の言葉に苛立ちを隠せないようだった。
  華江は言った、少し強い口調で。
 「あんたね、あたしのとこを敵にして、戦う理由みたいなこと言ってるけど、あまったれんじゃないわよ。あんたは、たまたま会ったあたしが怖くて、殺そうとしただけでしょうが。違う?」
  きっぱりと否定できない優希は、それで、俯いた。
  思った。
  なんで藤本さんの言うことは、いつも正論に聞こえるのだろう?
  実際、正しいのだろうか、彼女の言っていることは?
 「あんたの言うこと聞いてると苛々すんのよ。何かにつけて『あなたが、あなたが』って、なんでも人のせいにしなきゃ動けないの!? 他人は他人よ、自分じゃないわ。自分の行動くらい、自分で決めなさいよ、バカね」
  それで優希は、少しむっとした。
  それは、華江に、一番触れられたくなかった自分の弱い部分を厳しく指摘されたからかもしれない。分からない。
  とにかく、不愉快だった、優希は。
 「そ、そんなこと――」
 「いいえ、そうよ。戦う理由ってのはね、他人から与えられたり、押しつけられたりする義務じゃないわ。権利なのよ。いい? 分かる? あたしは権利を行使しているだけなの。あんたは、すべて他人に押しつけてる。自分の責任も、義務も、権利すらも押しつけてるじゃない。そんなことで、生きてる価値があると思ってんの!?」
  一気に言い放った華江は、自分がかなり大きな声で喋っていることに気付き、少し周囲を見まわした。
  思った。
  まったく、何を偉そうに言ってるのかしら、あたしは。
  まるで人生相談だ。カウンセラー・藤本華江。は〜い、患者さんは順番に並んでね〜。
  そんなことはどうでもよかった、今は。
  いつの間にか下がっていたイングラムの銃口を、再び優希の胸にポイントする。
  それで、華江に怒鳴られて呆けていた優希は、はっと我に返った。
 「だから、あたしは、あなたを殺すわ。悪く思わないでね」
  ぐっとイングラムの引き金にかかった指に、力がかかる。
  だが、目の前にへたり込んでいる優希は、逃げるでもなく、助けを乞うでもなく、ただぼ〜っと自分の胸に向けられた銃口を見ているだけだった。
  なぜか華江の指は、そこから化石のように動かなくなっていた。
  なに? なにを躊躇っているの、あたしは? 1人殺そうが2人殺そうが、同じじゃないの。
  そう自分に言い聞かせたが、指から先の数センチが、まったく自分のものではないような感じが、した。
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・」

  沈黙が2人のまわりを支配した。

 「・・・・・・」
 「・・・・・・」
 「・・・・・・撃たないの?」
  優希が、口を開いた。
 「う、撃つわよ、もちろん」
  少しどもってしまったことに、華江は後悔した。
  動揺しているの? このあたしが? この子を殺したくないと思っているの?
  自問した華江だったが、答えはもう出ていた、明確に。
  指が、動かないのだから。

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