BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第四部 / 序盤戦(後編) ] Now 29 students remaining...
< 18 > 決断
「いいわ、もう。どっか行きなさいよ」
華江はイングラムを下ろすと、言った。
優希は、不思議そうな表情で華江を見上げている。
事実、不思議だった。
なぜ彼女はあたしを殺さないのだろう?
あたしは、殺す価値すらないオンナになってしまったのだろうか?
「なんで・・・・・・?」
優希は、口を開いた、恐る恐る。
「それって、あたしは殺す価値もないってこと――?」
「そうよ」
華江の厳しい口調に、優希は俯いた。
思った。
やっぱり、そうなんだ――あたしは価値のない人間だったんだ。
このときの優希には、殺されずにすんでよかった、などという考えはこれっぽっちも浮かばなかった、さっきはあれほど死にたくないと思っていたのに。
なんだかとても哀しくて、情けなくて、いっそ自分で死んでしまいたい、というような気にもなった。
「だから――」
華江が、続けた。
「だから、あんたは殺さない。今のあんたは、あたしに生死を任せてる。あたしがこの引き金を引けば、あんたは死ぬのよ。でも、あたしは殺してやらない。なんでか分かる?」
優希は、首を振った。
分からなかった、本当に。
なんでだろう?
「それはね、今ここであたしがあんたを殺せば、あんたは一生人に頼って――他人に自分の人生を任せたまんま死んじゃうってことになるじゃない。そういうの、嫌いなんだ、あたし、すっごく」
華江の言葉が、優希の頭の中を駆け巡る。
勝手に松本真奈美の人生を終わらせた華江が言うべき言葉ではないのかもしれなかったが、そんなことなどどこかへ忘れてしまうような強さが、華江の口調にはあった。
藤本さんは、強い人だ――ほんとうに。
優希は心から、そう思った。
華江が、続けた。
「あんたはこれから先、自分だけの力で生きてみなさい。たとえ何かをして死んでも、それがあんたの決めたことによってだったら、それでいいじゃない。いい? わかった? 了解した?」
優希は、ただこくんと頷いた。
言葉が出なかった、喉の奥がダムに塞き止められたように。
そして、そのダムを決壊させるほど、自分の力は強くないと思った。
「でも、次に会ったら、あたしはあんたを殺すからね。いいわね?」
そう言うと、華江はくるりと向きをかえ、すたすたと繁みの中へ戻っていった。
丈の高い草の中に華江のセーラー服が消えると、優希ははっと目覚めたたようにあたりを見まわし、慌てて立ち上がった。
そして、華江を追って、繁みの中へ入っていった。
自分の身長ほどもある草をかき分け、華江の姿を探した。
「どこ? 藤本さん!? どこにいるの!?」
低い声で叫んだが、返事はなかった。
やっとのことで草むらを抜け、優希は、走った、大学の方に。
確信があったわけではないが、なんとなく、華江はそっちに向かったような気が、した。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
数分走っただろうか、優希は運動は苦手な方ではなかったけれど、疲れていた、全力疾走だったので。
そして、太腿の痛みもあったので。
でも、その甲斐はあった。
大学のキャンパス内にあるテニスコートの脇――桑畑の影に、白いセーラー服が見えた。
一目で、華江だと分かった。
声をかけようとしたそのとき、桑畑の向こう、大きな温室のようなガラス張りの施設の前に、ひとりの男が立っているのが見えた。
髪を上げ、学生服は着ていない。
第2ボタンまで外して、だらしなく着くずした白いYシャツを着ていた。
旗山快(男子十八番)だった。
快は、手の中に何か持っていた。
不気味に黒く光る、大きな筒のようなものだ。
その筒の先端は、一直線に、華江のほうを向いていた。
そして華江は、桑畑の影になっていて見えていないのだろうか、旗山快の存在に気付いていないようだった。
もう一度、快の方に目を移したとき、優希にはそれが見えた――はっきりと。
その筒の後ろ側に、大きな筒とは不釣合いなほどに小さい、拳銃のグリップのようなものがついているのを。
そして、そのグリップと筒の接合された部分の前に、拳銃のそれとまったく同じ、引き金のようなものがついているのを。
快の右手の人差し指は、既にその引き金にかかっていた。
「藤本さん! 危ない!」
気付いたときには、優希はもう、叫びながら華江に向かって走り出していた。
その声に、華江はばっと振り返った。
その瞳には、自分に向かって走って繰る優希の姿が、見えた。
なによ、あいつ! せっかく殺さないでいてやったのに、どういうつもり!?
咄嗟にイングラムを優希に向けた華江だったが、やっぱりそこから、指が動かなかった。
走ってくる優希が、スローモーションのように、妙に遅く感じた。
優希は、なにも持っていなかった――手榴弾も、ディバッグも。
走ってくる優希の向こう、テニスコートのフェンスの影に、優希のものと思われるディバッグが立てかけてあった。
お姉ちゃん、俺を置いていくなよ。俺がないと、あんた食料も何にもなくなっちまうんだから。もし誰かに取られたら、どうするつもりなんだ、おい?
立ち上がった華江の右のほうで、ぼん、という、小学校の音楽室にある大太鼓を破ってしまったときのような、低い音がした。
それに続いて、しゅるるるる、という魚雷のような音が、恐ろしい速度で近づいてくるのが分かった――自分に向かって、一直線に。
顔をそちらに向けようとした瞬間、どんと胸を誰かに突き飛ばされた。
優希だった。
優希の表情は、なぜかほっとしたようだったが、突き飛ばされて後ろ向きに倒れていく華江と一瞬視線が合うと――にこっと笑った。
今まで優希の笑顔は見たことがあったが(教室とかで、よく彼女は友達としゃべりながら笑っていた)、これほど優しい、自然な笑みは、華江は見たことがなかった、一度も。
それは彼女が、これはあたし自身で決めたことだから――と言っているような気が、した。
スローモーションのような感覚は、そこで、途切れた。
優希のその優しい笑顔に、真横から、恐ろしい速度で飛んできた何か――そう、黒い『何か』の塊だ――がぶち当たった。
刹那、それは炸裂し、真っ赤な火球となって、周囲に先ほどの手榴弾よりも少し弱い程度の、恐ろしい爆風を引き起こした。
バランスを失った華江は、その爆風にあおられ、再び後ろに(今度は十数メートルも)吹き飛ばされた。
地面に肘から落ち、皮膚と、腕に巻いてあったリボンがこすれた。
激痛が走ったが、どうでもよかった、そんなことは。
まだ熱気がおさまらないうちに、華江は立ち上がった。
「優希ッ!?」
叫んだ。
叫んでから、この3年間で、はじめて彼女の名前を呼んだことに気付いた。
そして、優希が立っていた場所には、立ち上る黒煙と――無残にも爆風にひきちぎられた肉の塊しか見出すことはできなかった。
桑畑の中で、がさがさと音がした。
旗山快だった。
手には、筒状の大きな武器を持っている。
あれで優希を殺したのだろうか?
あいつが――あいつが優希を!
華江は、イングラムを快に向けた――両手で保持して。
無理に動かしたので左腕にまた激痛が走ったが、どうでもよかった。
唇を噛みしめて痛みに耐えながら、華江はイングラムの引き金を引いた。
ぱらららららら――両手で正確にポイントされて撃ち出された9mmパラベラム弾は、快に突き刺さるかに思われた。
しかし、すっと快が身体を右方向(華江から見ると左方向)に崩すと、快の胸を正確に捉えていたはずの火線は、虚しく中を通り抜けていった。
ぱらららら――ぱららららら――ぱらららららららららららら――!
華江は、左腕の激痛を耐えながら、狂ったように撃ちまくった。
だが、ひとつとして成果を上げたものはなかった。
奴だけは殺してやる、と思った。
どうしてそう思ったかは、自分でも分からない。
優希を殺されたからかもしれない。
それがあたしに何の関係があるの? とも思ったが、もうよく分からなくなっていた、華江には。
ぱららら、ぱん――。
今まで軽快な音を立てて、フル・オートで弾丸を吐き出していたイングラムが、ぴたりと止まった。
弾切れだ! マガジンを入れ替えなければならない!
しかし、快はすぐそこまで来ていた。
華江はギリギリと痛む左腕に鞭打ち、イングラムのマガジン・キャッチを開放した。
度重なる連射で熱せられたマガジンが、がちゃりと地面に落ちた。
スカートのポケットから予備マガジン(なんでスカートのポケットってこんなに取り出しにくいのよ!)を出し、マガジン・キャッチに押し込んだ。
そして快のほうを向き、引き金にかけた指を引こうとした。
だが、相手のほうが、僅かに動作が早かった。
イングラムの銃口の前に身をさらす危険もかえりみず、快の手がイングラムに伸びた。
一瞬、イングラムを奪おうとしているのかと思った華江は、ぐっとグリップを握る手に力をこめた。
それから引き金を引けば、まだ勝算はあるかもしれなかった。
しかし、快の手はイングラムを握ることなく、そのまま側面にからみつき――瞬時にコッキング・レバーを安全位置にまで押し込んでしまった。
イジェクション・ポートから初弾が放出されたイングラムは発射不能になったが、それを華江が知覚するよりも早く、今度は快の膝が華江のみぞおちにめり込んだ。
「ぐっ!」
なんとか堪えようとした華江だったが、隙をつかれてイングラムを手から奪われてしまった。
そして、今度は首の後ろのところに強い衝撃が走り、地面に崩れ落ちた。
なに・・・・・・こいつ、化け物なの!?
華江は思ったが、それ以上は考えられなかった。
ただ、朦朧とする意識の中、自分が快に背負われたことだけは、おぼろげながら分かった。
自分は、生きなくてはならないのに。母親と――矢島優希のために――。
そこまで考えて、華江はふっと気を失った。
【残り27人】