BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第五部 / 中盤戦(前編) ] Now 27 students remaining...
< 21 > 合流
『いいですかぁ? これまでに死んだ人を発表しまーす。よーく聞くんだぞー』
薬局のカウンターに突っ伏していた南由香利の耳に、聞き慣れた(聞き慣れたくなんてないんだけど)坂待の声が届いてきた。
『えーと、まず男子。男子はぁ、十番、佐々井博文くん。十二番、瀬戸雅氏くん。十四番、月下亮二くん。十六番、新田浩くん。二十一番、山下仁くん』
そこで少し、間があいた。
スピーカーの向こう、マイクの前で、坂待がはぁ、と溜息をついたのが分かった。
『それから女子な。えーと、三番、江藤裕美さ〜ん。八番、琴河藍さ〜ん。二十一番、矢島優希さ〜ん』
坂待の声に、由香利は妙に腹が立った。
なにが『さ〜ん』だ、運動会の選手紹介じゃあるまいし。
エントリー・ナンバー1番、南由香利さ〜ん。――あ〜違う違う、スタートラインはそこじゃないよ。そうそう、そっち。では、位置について、よ〜い――。
『ちなみに新田くんと江藤さんはー、脱走を図って対人用戦車に撃ち殺されましたー。無理だって言ってるのに、わかんないのかなぁー?』
坂待の声に、由香利はぎゅっと心臓を鷲掴みにされたような感じが、した。
脱走――? 新田くんと裕美ちゃんが――?
『まあ勢いはついてきたけど、もうちょっと頑張れよー。いいですかぁ? いま君たちに大切なことはぁ、今夜夢を語り合うことじゃりませ〜ん。独りぼっちになるための、スタートラインに並ばなければならないんですよー。昨日の友は今日の敵で〜す』
坂待は、スピーカーを通してわけの分からないことを言った。
つまり何が言いたいんだ、あの人は?
由香利には理解できそうになかった、どうも。
坂待が、続けた。
『それではぁ、禁止エリアを発表しまーす。地図の用意はいいかぁ? じゃあ言うぞー。まず今から一時間後、13時だ。13時にF−2だー。F−2だぞ、いいか〜? それから、三時間後、C−6だ。五時間後からは、D−8が禁止エリアになるぞー。じゃあなー、もっと頑張れよ、みんなー』
そうまくし立てると、『ブツッ』と音がして、一方的な放送が途切れた――放送というものは一方的なものなのだけれど。
それで、由香利は、ほぅと溜息をつきながら、再びカウンターに突っ伏した。
貴志に使った消毒のにおいが手について、由香利の鼻をむずむずと刺激する。
「よかったな。あいつ、まだ生きてるみたいでさ」
地図にチェックを入れ終えた黒澤健司が、カウンターの上でつぶれている由香利を見ながら、言った。
自分のためを思って言ってくれているんだろうが、由香利はなんとなく、むっとした。
「まだ生きてるみたい、ってね、そういう言い方しないでくれる? 死ぬわけないじゃない、三村さんが――」
健司を睨みつけながら、由香利は言った。
「悪いな。語彙が貧弱なんだよ、俺は基本的に」
健司はひょいと肩をすくめると、苦笑したような表情で由香利に謝った――謝っているという感じがしなかったけれども。
健司は、貴志のスミス・アンド・ウェスン・M586をくるくると右手でもてあそんでいた。
危ないわね、もし間違って撃っちゃったら、どうするつもりなのかしら?
由香利はそう思ったが、口には出さなかった。
「しかし遅いな。約束の時間は過ぎてるぞ、もう30秒も」
健司は腕時計を見ながら(去年の誕生日に、榊原郁美からもらったものだ。安物だが、健司は気に入っている)、呟いた。
健司も健司なりに、慶吾のことを心配しているのだ、あまり表には出していないけれども。
「うん・・・・・・」
健司の呟きに、由香利も小さく頷いた。
次の放送までに帰ってくるといっていた慶吾は、戻らなかったのだ、結局。
なにかあったと考えるのが、当然だろう。
由香利はイライラしていた、とても。
「ねぇ――」
由香利は健司に、声をかけた。
「あ?」
健司は振り向きもせずに、ただくるくると自分の手の中で回る拳銃を見つめながら、言った。
「やっぱり変よ、こんなに遅いなんて」
「ああ。変だな、確かに」
さらりと返す健司の口調に、由香利はますます苛立ちを覚えたが、ぐっと抑えこんだ、なんとか。
「探しに行きましょうよ。もしかしたら、どこかで隠れてるのかも――」
由香利が言うと、健司は顔を上げ、由香利を見た。
その顔は、溜息をつきながらやれやれとでも言いたそうな、そんな顔だった。
「なんで、隠れる必要があるんだ?」
つまらなそうに健司は言った。
「なんでって、それは敵――に襲われてたりとか」
クラスメイトを指して『敵』という言葉を口にするのは抵抗を感じたが、由香利は言った。
「ふむ」
健司は溜息をつきながら、しかし思った。
どうやらこの言葉からすると――慶吾に敵対するものはすべて、由香利の敵になるらしい。
健司には、どうも由香利の言動があまりにも単純過ぎるような気がするのだが(実は、健司がキレ過ぎるからなのだが)、これもそのうちのひとつだった。
慶吾という一個人に仕える、忠実な従者だ、これでは。
まあ、人を好きになるとはそういうものなのかもしれないが。
しかし健司は、ゆっくりと首を横に振った。
「確かにあいつは、敵と戦ってるかもしれない。だが、そこにおまえみたいなのがのこのこ出てったら、それこそいいカモだ。あいつの邪魔をしたくなかったら、言う通り、大人しくしてるのが一番だ。違うか?」
容赦のない健司の言葉に、由香利は「うっ」とうめいた。
確かにそれは、その通りだ。
その通りなのだが、行動派の由香利には、ただじっと待つだけという状態は耐えがたい苦痛だった。
そのあいだに、自分の好きな男の子が危険な状態にさらされているというのなら、なおさらだ。
即時決断、不言実行――というのが、今までの由香利の生き方だった。
やるからには悔いのないように生きたいもの――と思って生きてきたのだが、今回ばかりはちょっと違う。
失敗したら、後悔することすらできなくなるかもしれないのだ。
まったく、今までの由香利の生き方を真っ向から否定しているようだ、このいまいましいクソゲームは。
「だからおまえも、安直な判断で勝手に動くんじゃない。いいな? もしそれができないようなら――」
健司はなにか言いかけて、しかしやめた。
「どうし――もぐっ!?」
由香利は口を開いたが、さっと健司の手が伸びてきて、由香利の口を塞いだ。
男の子の手って思ったよりも硬いんだな、と由香利は思った。
健司が由香利の口から手を離し、右の親指で、かちっとスミス・アンド・ウェスンの安全装置を解除した。
それを見て、由香利の顔にも緊張が走った。
由香利の耳に、足音が聞こえてきた。
コツ、コツ、コツ・・・・・・。
速いんだか遅いんだかよく分からない足音は、しかしなんとなく急いでいるような感じが、した。
「――誰だろう?」
由香利は、隣にいる健司にすら聞こえるか聞こえないかくらいの声で、尋ねた。
しかし健司は答えず、スミス・アンド・ウェスンの銃口を、薬局のひとつしかない出入口のドアにむけたまま、じっと動かない。
足音は、段々近くなってくる。
今までは何かを探すように不規則な歩き方をしていたのに、今はここに向かって、一直線に歩いてきているようだ――そう、ここに由香利たちがいることを知っているかのように。
薬局のスリガラスがはまったドアに、白と黒の服を着た人影が映ったとき、由香利は喉から心臓が飛び出るかと思った。
どくん、どくん、という自分の鼓動があまりにも大きく聞こえて、外にいる人物に聞こえてしまうのではないかと心配したほどだ。
その人影が、ドアの取っ手に手をかける。
由香利は、隣にいるはずの健司のほうに顔を向けたが、そこに健司の姿はなかった。
健司はいつの間にか、ドアのすぐ横に、暗闇の中にまぎれるように、立っていた。
射し込む光に、銀色のスミス・アンド・ウェスンがぎらぎらと反射している。
がちゃ、と音がして、取っ手が回った。
そしていきなりドアが開き、誰かが入ってきた。
緊張の瞬間は、呆気ないほど早くに幕が降りた。
無防備に入ってきたその人影に、健司が鋭い足払いをかけて床に倒し、すぐさまその人影の腕をねじり上げたのだ。
なにか武道でもやっているのではないか、と思うほど、その動きは俊敏で無駄がなかった。
「いたぁっ!」
人影が悲鳴をあげたので、由香利はこの人影が誰だか分かった――ような気がした。
§
はじめ奈津子は、何が起こったのか分からなかった。
ドアを開けて一歩踏み出したと思ったが、今はなんだか腕をねじり上げられている。
痛みも伴って、奈津子は混乱していた。
腕を外そうとしてもがいたとき、自分の後頭部に冷たい銃口が押し当てられたのを感じて、奈津子は息を呑んだ。
「た、貴志くん! 助けて――!」
誰だろう――などという疑問が浮かぶ前に、奈津子は叫んでいた。
ふっと奈津子の腕を捻っていた手の力が緩まったので、奈津子は少し、冷静さを取り戻すことができた。
それと同時に、ドタドタという音が聞こえ、懐かしい声が奈津子の耳を振るわせた。
「奈津子! 奈津子か!?」
それは、奈津子の彼――杉山貴志の声だった。
ぱっと電気がともり、今まで薄暗くて見えなかった室内を照らし出す。
そこには、カウンターの隅から驚いたように奈津子を見つめている南由香利と、たったいま別の部屋から駆け込んできたという感じの太田芳明、そして泣いているとも笑っているともとれない表情の杉山貴志が、いた。
「黒澤、こいつは大丈夫だ。手を離してやってくれ」
貴志が言ったので、自分の腕を捻り上げているのは黒澤健司だ、と奈津子は分かった。
健司は一瞬ためらったようだったが、拳銃をズボンとベルトの間に突っ込み、空いたほうの手で奈津子が持ってたサーベル(琴河藍のやつだ)をさっと取り上げると、ゆっくりと手を離した。
それでもまだ、腕がじんじんと痺れて動かなかったが、どうでもよかった、そんなことは。
「奈津子、無事だったのか・・・・・・」
貴志が駆け寄り、奈津子の身体を起こしてやった。
何時間ぶりかに見た貴志の顔は、少しやつれてはいたが、元気そうだった。
ああ――貴志くん、久しぶり。あたしは大丈夫よ、あなたは大丈夫なの?
奈津子の頭の中に様々な言葉が浮かんでは消えていき、その消えた言葉は水となって、奈津子の目から流れ出ていった。
「うっ――う、貴志くん――貴志くん貴志くん貴志くん――」
気がつくと、奈津子は貴志の学生服に顔をうずめ、彼の名を連呼しながら泣いていた。
みっともないなぁ、とは思ったけれども。
しばらくして、奈津子はようやく泣き止んだ。
顔を上げてみると、なんだか羨ましそうに顔を赤くして奈津子を見ている由香利と、ぽけっと口を開けて貴志と奈津子を交互に見ている芳明、そして苦笑しながら腕を組んで、奈津子と貴志を視界の隅のほうで捕らえている健司がいた。
「や、やだ、あたしったら――」
顔から火が出たように赤くなって、奈津子はどんと貴志を突き飛ばした。
なんの抵抗もなく、床にしりもちをつく貴志。
おいおい、おねえちゃん。そりゃあいくらなんでも、あんまりじゃないか? ほら、一応怪我もしてるんだし。
貴志はしりもちをついたまま、びっくりしたように奈津子を見ている。
奈津子は彼に、とても理不尽なことをしたような気が(実際、したのだ)した。
「あ、ごめ――」
奈津子の言葉は、しかし貴志の血にぐっしょり濡れた右肩を見て、凍りついた。
貴志は肩に大怪我をしていたのだ! ――今までは暗くて気付かなかったけれど。
貴志も奈津子の表情を見て、何気なさそうに自分の肩に視線を落とす。
「ああ、これか――」
貴志は、言った。
「ちょっと油断してな。撃たれたんだよ、山下に」
その驚愕すべき言葉は、いともさらりと発せられた。
ちょっと油断してな。コケたんだよ、階段で――そんな感じ。
「う、撃たれたって――ま、まさか拳銃とかで?」
奈津子が聞くと、貴志は呆れたような顔をした。
「撃たれるっつって、他に何かあるか?」
思った。
あるじゃない、いっぱい。アーチェリーとか、ボウガンとか――。
しかし、口にはしなかった、無意味なことなので。
そのかわり、言った。
「大丈夫なの?」
「ああ、まぁ・・・・・・な。南サンに手当てしてもらったし、痛みもだいぶひいたようだ」
貴志は、苦笑いのような表情を浮かべながら、言った。
「そ、それで――山下くんのほうは?」
奈津子が言うと、貴志の頬かぴくっと動いた。
それで、奈津子は、理解した。
『二十一番、山下仁くん――』
先程の放送で、名前が呼ばれたではないか、山下仁は。
死んでいるのだ、いまはもう――おそらく、貴志に殺されて――
「――と、ところで、奈津子はどうして私たちがここにいるって分かったの?」
話題を逸らそうというか、なんとかしようという意図が露骨だったが、横合いからかけられた由香利の声に、奈津子ははっと我に返った。
「そう、それなの。実は――」
奈津子は、慌ててしゃべり出した。
自分に、貴志がここにいると教えてくれた人物――三村慶吾は、滝川直と戦っていることを。
直が、ショットガンを持っているということを。
そして自分が、城跡の方でその激発音を聞いたのを最後に、その音はまったく聞こえなくなってしまったということを。
三村慶吾は――生きているのだろうか?
そして、彼を助けに行くと言った千早由貴子は――?
奈津子が言葉を紡ぐたびに、由香利の表情はますます険しくなり、健司の表情は苦笑とも困っているともとれない表情になっていった。
貴志は眉を寄せて座っており、芳明は――芳明はじっと奈津子を見つめていた。
だが、その様子がなにか変だった。
もし芳明の表情が石膏かなにかで作ってある像だとしたら、作者は間違いなく『憎悪』という題名をつけたことだろう。
芳明は明らかに、奈津子に敵意の視線を向けていた――誰も気がつかなかったけれど。
そしてそれは、このチームを崩壊に至らしめる危険性を秘めているということに気づいたものは、誰もいなかったということを意味しているのだった――
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