BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第五部 / 中盤戦(前編) ] Now 27 students remaining...
< 22 > 負傷
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
中山諒子(女子十六番)は、どきどきと踊りまくる心臓を必死になだめようと、懸命だった。
自分の目の前には、1人のクラスメイト――三村慶吾と、滝川直が、倒れていた。
いや、正確に言うと、滝川直に関しては諒子が『倒した』と言ったほうが妥当である。
なにしろ、持っていた大型の回転式拳銃――カースル454の銃床で、後頭部を殴りつけたのだから。
§
諒子は合同庁舎の駐車場で小田原美希(女子四番)が死んでいるのを確認したあと(看取ってあげることすらできなかったのだ、結局)、仲間になれるクラスメイトを探して、市街を歩き回っていたのである。
しかし、幸運というべきか不運というべきか――おそらく、幸運といったほうがいいのだろうが――誰にも遭遇することはなかったのだ、今の今まで。
その諒子がショットガンと思しき銃声を聞いたのは、城跡の駐車場の公衆トイレの中である。
男子はどこで何してもいいだろうが(というか、気にしないんじゃない? 男子って、そういうの)、諒子はれっきとした女子であったし、公衆トイレがいくらでもあるこの市街地にいて、何もそこらへんの草むらで用を足そうとも思うはずもない。
これがどこか海に囲まれた、たいした人口もない離島だったなら大変なことだったろう、いやはや。
カースルを握り締めた諒子は、そっと公衆トイレの入口から顔を出し、外の様子を覗ってみた。
果たしてそこには、陸上部でエースを勤めている滝川直が、ショットガンを構えながら立っていたのだ。
何をしているのかしら、と思うまもなく、駐車場の入口付近に立っている石塔の影から、ものすごい勢いでもう一人誰か飛び出してきた。
直のほうはそれを予測していたかのように、ショットガンの銃口をその飛び出してきた男子に向ける。
その男子の顔を見たとき、諒子は「あっ」と小さく声を上げてしまった。
その男子こそ、まさしく、仲の良い女子――例えば、稲山奈津子や琴河藍、中山有里(故、だ。ちくしょう!)などと、「あんたの好きな男子って誰よ〜?」とかいう話題が出るたびに、「え〜、まだいないよぉ」などと口にしている反面、心の中では「三村さんなんて、いいかな」と思っていた、その人だったので。
他人からは、冷静だの大人びてるだのと言われることがある諒子も、こと色恋沙汰に関しては普通の女子――あるいはそれ以下――程度のものでしかなかった。
だから、小説や漫画でしょっちゅう目にする『告白』などという行為などは、する勇気もなかったし、もう自分とはまったく無関係のものであると、はなから決めつけていたような感じもあった。
とにかく、諒子の心の中で<クラスメイト以上恋愛対象未満>というなんともややこしい立場に立たせているその男子の姿を見たとき、諒子の心には微かな安堵感が生まれたのは、事実だった。
生きていて良かった――という、ごく淡い恋心にも似た感じの。
しかし、その安堵感は、眼前の光景を前に脆くも崩れ去りつつあった。
どん、というくぐもった音とともに、直のショットガンから火炎が伸びた。
目を見開いた慶吾は、反射的に身体を捻る――が、間に合わない。
ショットガンから撃ち出された散弾の直撃は免れたものの、拡散したその一部が慶吾の脇腹に突き刺さったのだ。
「ぐぅっ」と苦しそうに表情を歪める慶吾。
身体をくるっと回転させ、体勢を立て直した慶吾だったが、そのままうつ伏せにアスファルトの路面に倒れこんだ。
持っていた拳銃はその手を離れ、路肩に転がっている。
勝負は――目に見えていた。
直が、ショットガンの銃身の下についている茶色っぽい部分を動かすと、発射済みのショットシェルが排出され、次弾が装填された。
直の人差し指が、ショットガンの引き金にかかる。
諒子は、自分に背をむけている直の表情は見えていなかった。
もし見えていたら、その表情には自己嫌悪の色がありありと分かったはずなのだが、諒子はそんなことに気づく余裕などなかった、もちろんのことながら。
いけない! と思ったそのときには、諒子は全力で直に向かって走っていた。
軽いダンスのステップ。
手には銀色に光る、大きくて重いバトン――ちょっと形は違うけれども。
以前ちょっとだけ新体操をやっていた諒子だが、まさかロッドやリボンの代わりに拳銃を使うことになるとは、いやはや。
ダンスのステップ、どんなだっけ? ――ああ、そうそう、思い出した。アン・ドゥ・トゥロワ、アン・ドゥ――
「ぇいっ!」
トゥロワ、のタイミングで、思いきり持っていた銃を振り下ろした――直の頭部めがけて。
――“銃”という道具は、基本的に『撃つ』ことが主な攻撃方法だが、それ以外にも攻撃する方法はあるし、時としては防御に役立つこともある。
諒子は、拳銃を『銃器』として使わずに、『鈍器』として使ったのである。
その理由は至極簡単なもので、まず第一に人を殺したくなかったということもあるし(諒子に支給されたカースルは、今回支給された拳銃のなかでは最大口径の454マグナム弾を撃ち出すバケモノだ。直撃したら、肉体が木っ端微塵に砕け飛んで、即死することは間違いない)、なにより諒子は『その銃を撃つ』ことが嫌だったのだ。
カースルはその口径だけあって、数ある拳銃のなかでも、かなり強烈な反動が襲ってくる。
他の銃――例えば、慶吾の持っているベレッタなど――と同じような感覚で引き金を引くと、その強烈な反動のために自分自身が後方に吹っ飛ばされてしまう。
早い話、撃つのがとても疲れる銃なのだ、これは。
そういうわけで、とにかく、諒子は銃で直を『殴った』のである。
もちろん、殺す気はなかったし、映画とかだとこうすれば大抵相手は気絶するものだ。
しかし、映画はやはりただの映画だった、結局。
振り下ろされる力に銃自身の自重が加わり、さらに加速度を増したそれは、直の頭蓋骨にバカみたいな衝撃与えたのだ。
みしっと頭蓋骨が嫌な音を立て、一瞬、銃床がめり込んだ。
あ、陥没したな、と諒子は思った。
それは、中途半端にゆでられた半熟のゆでたまごを、手の平でべちゃっと潰したときのような、嫌な感触だった。
これでしばらくたまごは食べれないだろう、そこそこ好物だったのに。
諒子は、思った。
そして、こうも考えた。
これであたしも――人殺しだ。
§
「ぐっ・・・・・・!」
慶吾は、襲ってきた激痛の波に、思わずうめいた。
目の前で起こったあっという間の出来事に気を取られていたのも束の間、次の瞬間にはめちゃくちゃな痛みが慶吾を襲っていた。
いやはや、こんな痛みは、久しぶりだ。
そう――3年前、桐山和雄にサブマシンガンで撃ち抜かれた、そのとき以来のはずだ、おそらく。
おにいちゃん、それでもプログラム経験者なの? もう少し考えて行動した方がいいんじゃない? しっかりしてよね、もう。
もちろん、そんなことは慶吾にも分かっていた、もうとっくに。
ただ、慶吾はまだ――川田のようにはなれなかったのだ、どうしても。
つまり――大半のマトモな連中を見殺しにして自分たちだけ助かる、ということには、未だに抵抗というか、拒絶をしてしまうのだ。
できることなら全員でなんとかここから逃げ出したい――という望みを、慶吾はまだ捨ててはいなかった、『全員で』ということは、もうできないことなのだが。
しかし、それは川田の考えが悪いとも思わないし、自分の考えが正しいとも思えない。
まだまだ自分は甘っちょろい――ただそれだけのことなのだ、結局。
「クソッ・・・・・・」
慶吾は、ぽたぽたぽたぽたと血が溢れ出てくる脇腹の傷を押さえ、ふわふわと遠退きそうになる意識を必死に留め、立ち上がった、なんとか。
いくらほんの一部が当たっただけといっても、人間を一瞬でソーセージにしてしまう散弾だ。
慶吾の脇腹はなんだかぐちゃぐちゃとした、わけのわからない状態になっていた。
まるで形が崩れた、半生のハンバーグだ。
チーズハンバーグセットひとつ。焼きかたはもちろん、レアでね。美味いんだ、これが。――ああ、そうなの。
ふと、3年前のひとりバトンリレーを思い出す。
当時のクラスメイト――元渕恭一のできの悪いホラー小説のような、あの光景だ。
川田に吹き飛ばされた腕から腕へ、拳銃のバトンリレー。グレイト。
その後、恭一は川田のショットガンの一撃によってソーセージ工場のくずかごのようになってしまったが、ひょっとしたら自分の脇腹も今、そんな感じなのかもしれない。
だがしかし、当座は――
「え・・・・・・と、中山サン――でいいのかな?」
慶吾は顔を上げると、そのまま倒れ込みそうになる感覚に耐え、拳銃を持ちながら震えている諒子に声をかけた。
びくっと過剰な反応を示す諒子。
慶吾は構わずに、かなり無理をして諒子のほうに歩き出した。
歩く振動が来るたびに嘔吐感がこみ上げてきたが、どうしようもなかった。
しかし、耐えた。
女の子の眼前でゲロを吐くなんて、そんなことできるかよ――ビニール袋も一緒に支給されればいいのに、ちくしょう、役立たずめ。
「助けてくれたの――かな、ひょっとして?」
慶吾が言うと、諒子は震えながら、こくっと頷いた。
その足元には、滝川直の死体が転がっている。
諒子自身、おそらくあれほどの打撃を与えるつもりはなかったのだろう。
殺す気はなかったのに殺してしまった、という感情が、一時的に諒子をパニック状態に陥れていた。
慶吾は、その直の死体の横にしゃがみこみ、何が起こったのかよく分かっていないように見開かれた目を、閉じさせた。
実際、そうだったのだろう。
直は自分が誰にやられたのか、知ることはできなかったはずである。
その後頭部は、強烈な打撃を受けて陥没骨折でもしたのか、ふにゃふにゃになっていた。
硬くなったプリンか――もしくは木綿豆腐というところだ。
思った。
どっちにしてもあまり食べたくないな、こいつは。
そして、立ち上がる。
呆然と立ち尽くす諒子の背後で、若々しい新緑の葉が、さわさわと気持ちの良いそよ風になびいている。
かなり可愛い顔をしている諒子とその景色のマッチングに、慶吾は一瞬気を取られた。
なにかの絵画みたいだった。
題名は『新緑』か――いや、それよりも『戦場の少女』くらいがいいかもしれない。
しかしとにかく――どうでもよかった、そんなことは。風景画家でもあるまいし。
軽く首を振ると、またずきっと脇腹が痛んだ。
それにしても――
直は、何故いきなり慶吾たちを攻撃したのだろう?
ただこのゲームに『のった』だけなのか、それともなにか事情があったのか――太田芳明が信用できる人物として直の名前を挙げたのだから、それなりに信用し得る動機があったはずなのだ。
「なんでだ――?」
慶吾は、ぶつぶつと呟いた。
襲いくる眠気のせいか、頭がぼんやりとしている感じが、した。
黒服の男が、執拗にも慶吾のあとを追ってくる。
やぁ、眠いなら寝ればいいじゃないですか――永遠に。子守唄でも歌いますか? ああ、それともロックの方がお好みですか?
まったく、しつこいことこの上ない。
慶吾は周囲を見渡すと、他に人がいないことを確認し、どこか隠れられそうなところがないか、探した。
ふと、自分が立っている道路の下を見る。
どうやら、城跡の駐車場の入り口は小さな橋になっているようだった。
その下には銀杏並木があるが、それはどうやら、もう廃線になった電車の駅のなれの果てのようで、この橋の下は古いトンネルになっていたようだ。
ここなら、そう簡単には見つからないだろう。
慶吾は、思った。
「中山サン、とりあえず、隠れよう。こんなとこに突っ立ってたら、いつまた誰かが来るとも限らないからな」
そう言って、路上に転がっていたベレッタと直のショットガン、そしてディバッグを右手に掴み、左手で諒子の手を取ると、諒子はぴくっと身体を硬直させたが、しかし大人しくついてきた。
諒子の手が自分の血で濡れていることに気づき、やっぱり逆の手を使ったほうが良かったな、などと思ったが、諒子はそれでも慶吾の手をぎゅっと握り締めていて、とても離してくれそうになかった。
脇の階段から、銀杏並木の小道に下りる。
慶吾はなんとなく、今度は秋子と一緒に旅行かなにかで来れたらいいな、と思った。
ずきり、と傷が痛む。
今度――というものは、本当にあるのだろうか?
慶吾は思わず、苦笑した。
この傷が致命傷になっているかどうかは分からないが、放っておけば確実にあまり好ましくない状態になってしまうだろう。
自分でなんとかしようか、とも思ったが、今回は消毒用のウィスキーもなければ、救急セットなどもちろん、ない。
しかも、なんだか知らないが、めちゃくちゃに――眠い。
どんどん目蓋が重くなってきて、勝手に目が閉じられていく。
俺の目の上になんか重りでも載ってるんじゃないか、ひょっとして?
慶吾は、思った。
もちろん、そんなものは載っていなかった、当然のことながら。
トンネルの中の段になっているところに諒子を座らせた慶吾は、諒子の大きな瞳を見つめ、言った。
「いいか? もし誰かがここに来て――あんたを殺そうとしたら、俺に構わずに逃げるんだ。逃げろ――よ? 分かったな?」
なんだか口がうまくまわっていない。
諒子の光のない瞳が、ぼんやりと慶吾を見返す。
「あ、あた――し」
唇が震え、諒子がか細い声を出した。
いつも教室で大きな声でしゃきしゃきとしゃべる彼女とは似ても似つかない――触れば崩れ落ちてしまいそうな感じだった。
「あたし――人を――殺し――。人を――人を殺し――! あ、ああ――!」
ぽろぽろと、目から涙がこぼれていく。
慶吾は、ぎゅっと唇を噛んだ。
中学3年生――その情緒が不安定な時期の少女には、この現実はとてつもない負荷を精神にかけているに違いなかった。
もう止めてもいいんだ――と言ってやりたかった。
しかし、それは、できないのだ、このゲームでは。
「おいっ! しっかりしろっ!」
力の入らない腹筋を使い、慶吾は低い声で、怒鳴った。
びくっと、諒子の細い肩がすくむ。
「人ってのはな――人ってのは、とっても弱くて、とっても脆いものなんだ。一人じゃ生きていけない、決して――」
言いかけて、喉の奥から血の塊がせり上がってくるのを、慶吾は感じた。
慌てて口を手で覆ったが、間に合わなかった。
慶吾自身の学生服と、諒子の白いセーラー服に、どす黒い血が飛び散った。
諒子は、なんだかびっくりしたような表情をして、慶吾を見つめている。
慶吾は構わず、諒子に向き直った。
「中山サンも――その生命は、もうあんただけのもんじゃない。もう死んでしまった連中の分も――生きて生きて――お互いを信じて、そうすれば必ず――なにか道は開ける――」
言いながら、我ながらなにを言っているのかよく分からないな、と慶吾は心の中で苦笑した。
どうも意識が朦朧としていて、思考力が極端に落ちてきているらしい。
もう限界だ、と思った。
「わるいけど、中山サン。ちょっと俺――寝かせて――くれ」
慶吾はそれだけ言って、どさっと諒子に倒れかかった。
慌ててその身体を抱きとめる諒子。
慶吾の身体は、なんとなく、冷たくなっているような気がした、気のせいかもしれないけれど。
諒子の瞳に、徐々にだが、光が戻り始めていた。
『人ってのは・・・・・・一人じゃ生きていけない、決して――』
『その生命は、あんただけのもんじゃない』
『お互いを信じて、そうすれば必ずなにか道は開ける――』
慶吾の言葉が、諒子の頭の中で反芻している。
ふっと、国山光と一緒に死んだ小田原美希の笑顔が、諒子の目の前に現れた。
そう、自分は受け渡されたのだ、彼女の命を――そして、自分の胸の中で苦しそうに眠っている(いや、気絶しているのだ、これは)好きな男の子の未来を。
泣いてなんかいられない――
諒子は、思った。
諒子の目が、急に鋭さを増した。
いつも冷静だのなんだのと言われていたときとは比べものにならないくらい鋭い瞳。
それは、藤元華江のそれによく似ていた。
生きる目的を――生き残る意思を強く持ったものの、それは瞳だった。
周囲の安全を確認し、慶吾の身体を横たえると、諒子は自分のディバッグの中からミネラル・ウォーターのペットボトルを取りだし、慶吾の傷口を丁寧にすすいだ。
貴重な水だったが、しかし今はそんなことを考えている場合ではなかった。
ポーチの中から救急セット(ちゃちなものだが、これしかない、今は)を出し、今度は携帯用の消毒液を傷口にたらす。
諒子はいま、決心した。
この人を――信じてみようと――
【残り25人】