BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第五部 / 中盤戦(前編) ] Now 26 students remaining...

          < 23 > 本命


 「ううぅ・・・・・・」
  日下部悦子(女子七番)は、頭を抱えながらその場にうずくまっていた。
  その頭に、悦子に支給された武器(武器、と言えるのだろうか、これは)である、米帝陸軍が使用していたM−1スチールヘルメットが載っている。
  ただの無機質な金属のヘルメットだったが、それでもないよりはマシだと思い、ゲームが始まってからずっとかぶっていたのだ。
  幸いなことにゲーム開始から誰とも出くわしていない悦子だったが、予想外の人物にばったりと会ってしまったのだ。
  いや、会ったという表現はこの場合、適切ではない。
  その相手は、もう呼吸すらしていなかったのだから――

 「うう・・・・・・うううう・・・・・・」
  腰が抜けて動けなくなっている悦子の前には、ボロ雑巾のようになった学生服を着た、瀬戸雅氏(男子十二番)の屍が転がっていた。
  悦子がそれを雅氏だと分かったのは、その身長もそうだったし、近くに置いてあったドラムバッグにご丁寧にも『瀬戸雅氏』という名前が明記されていたからだ。
  しかし“それ”は、もはや『元・瀬戸雅氏』でしかなく、死体だけでは雅氏と断定できないほどにぐちゃぐちゃになっていた。
  カラスかなにかの鳥についばまれたのだろうか、穴だらけの学生服のあちこちから、どろどろとした変な液体と千切れかけた肉がはみ出ていた。
  牛肉のミンチを放置して、そのまま腐らせたような感じだ。
  においも、もう何ヶ月もコンセントを挿し込んでいなかった冷蔵庫を開けたときのような、むわっとした腐敗臭が、悦子の鼻を麻痺させる。

  浄水場だかなんだかの施設が近くにあるらしく、ざぁざぁと水が落ちる音が聞こえてくる。
  その水の音に混じって、ぎゃあぎゃあと気持ちの悪い鳥の鳴き声がした。
 「ヒッ!」
  悦子はその声に、すくみ上がった。
  鳥! 鳥だ! 雅氏の肉体をミンチみたいにした鳥が、近くにいるのだ!
  立ち上がって全力でその場から逃げたかったが、腰が抜けたままなのでずるずると後ろに下がることしかできない。
 「イヤ――もうイヤ! ――嫌だ! なんなのよ、もう!」
  悦子は、叫んだ。
  そのときだった。
  雅氏の死体の向こう側の茂みが、がさっと揺れたのだ。
  そして、微かな声が聞こえた。
 「――るの? 誰かいるの? いたら返事をして」
  声だ。
  自分に呼びかけているのだろうか、と悦子は思った。
  そして、ぎゅぅっとディバッグのひもの部分を握り締めた。
  このとき悦子は、よかった――と思うよりもむしろ、しまった、と思っていた。
  自分が不用意に出した声が、近くにいた誰かに聞こえてしまっていたのだ!
  ちくしょう! なんてあたしはバカなんだろう!
  一瞬パニックに陥りそうになった悦子だが、深呼吸をひとつして、なんとか冷静さを取り戻すことができた。
  こんな状態で自分を失ったら、ろくなことにならないに決まっている。
  どうやら女子のようだが、彼女は敵――なのだろうか?
  がさがさと茂みが揺れ、その人物がどんどん近づいてきていることが分かったが、まだ腰が抜けてしまっていて立ちようがない。
 「誰かいるみたい。そっちにまわって」
 「オーケイ」
  茂みの向こうから聞こえた声に、悦子は慄然とした。
  1人ではない! まだ誰かいるんだわ! ああ、なんてこと――
  これで、隙をついて逃げ出すことのできる確率が、皆無に等しくなってしまった。
 「あ、う・・・・・・」
  悦子は、迷った。
  ここは自分から投降すべきなのだろうか、それとも――戦うべきなのだろうか?
  悦子が考えながら、それでもずるずる後退しているうちに、どんと背中に何かが当たった。
  背後の木にぶつかったのだろうか、と思い、悦子が後ろを振り向こうとしたとき、正面の草むらががさっと揺れ、谷浦みはる(女子十二番)の顔が見えた。
  その向こうには、右手に何か銀色の金属をはめている金子さゆり(女子五番)もいる。
  悦子は、もうダメだ、と感じた――本気で。

  茶髪にしている谷浦みはると、その仲間の金子さゆりに関しては、日頃から悪い噂が絶えなかった。
  隣の町の学校のチームとケンカをしたとか、バイクを無免許で乗って補導されたとか、万引きをして指導員に捕まったとか――とにかく、身辺にそういう話題が絶えない不良だったのだ、この2人は。
  そしてそれよりなにより、悦子がもうダメだと思った理由は――この2人が藤本華江の子分だったからに他ならない。
  こいつらがここにいるってことは――その親分たる華江も、当然近くにいるはずだと思ったのだ。
  童顔の悦子は、入学当初からなんだかんだとこの2人に因縁をつけられ、イジメとまではいかないまでも何回か嫌がらせをされたことがあった。
  歩いている最中に足をかけられて転ばされたり、机に落書きされたり、いきなりスカートをめくられたり(女の子同士だから別にいいのだが、しかし男子がいる目の前でやられそうになったこともあった、そのときはなんとか回避できたけれど)など、そんなつまらないことだ。
  華江はそれを馬鹿馬鹿しそうに見ていただけで、直接自分に嫌がらせはしなかったけれど――でも止めもしなかった。

  そういうわけで、このゲームが始まって以来、なんとしても会いたくないと思っていた3人のうちの2人に会ってしまったのだ、悦子は。
  その2人の視線が、目の前のぐちゃぐちゃなハンバーグの死体に釘づけにされてた。
  はっ、と息を呑む音が、10メートルほど離れた悦子にも聞こえたような気が、した。
 「――ち、違うの! その、彼を殺したのは私じゃなくて――」
  あらぬ誤解をされるかもしれないと思って、咄嗟に言い訳をしようとした悦子だったが、ふと違和感を感じた。
  みはるとさゆりの瞳が、自分を捉えていないことに気がついたので。
  2人の視線は、悦子よりももっと上――彼女の背後に向けられていたので。
 「あ・・・・・・」
  みはるが震えるような声を出し、そして――くるっとまわれ右をすると、一目散に駆け出した。
  さゆりも慌てたように、それに続く。
  なに!? 一体なんなの!? なんで逃げるの!?
  悦子は、わけが分からなかった。
  そのとき――

  ぱん、ぱん、ぱん、ぱん!
  乾いた、とても軽い音が、自分のすぐ近くで聞こえた。
  そう、すぐ近く――タイプライターを1文字ずつ、確実に打ち込んでいるかのようなその音は――悦子の頭上から聞こえてきたのだ。
  たった今、ウサギのように逃げ出したみはるとさゆりの後頭部と背中に、ひとつずつ小さな穴が開いた。
  確実に、心臓と大脳を貫いていた。
  即死だった。
  2人揃って同じ格好で、野球のスライディングをするように地面に倒れこむ。
  プロの野球選手も目を見張るようなダブルプレー。グレイト。
  悦子はその光景を、息を呑んで呆然と見詰めていた。
  そんな悦子のすぐそばに、思い出したようなタイミングで金色に光る空薬莢が落ちてきた。
  あの2人は――撃たれたのだ、間違いなく、銃で。
  しかし、悦子は銃を持っていない(何の役にも多々ないヘルメットだけなのだ、いまいましいことに)。
  それなのに・・・・・・2人は撃たれた。
  その銃声は、間違いなく、悦子の頭上から聞こえたのだ。
  ということは――まさか――
  悦子は、ゆっくりと頭を動かして、頭上を見た。
  果たしてそこには――

  ――蒼白い煙を上げているイングラムM11を片手で構えながら立っている、旗山快の姿があった。
  左肩に膨れたディバッグをふたつ掛け、右手にイングラムを持っている。
  そして、悦子がもっとも驚いたのは――快が華江を背負っていたことだった、まるで子供を負ぶっているような格好で。
  その華江は、寝ているのか気絶しているのか、目を閉じたままだ。
  快の目が動き、足元にいる悦子の視線とぶつかった。
  こんな冷たい目を、悦子は今まで見たことがなかった。
  セーラー服の背中を、つっ――と冷たい汗が流れ落ちた。
 「きっ――」
  悦子は、思いっきり悲鳴を上げようとした。
  しかし悦子は、その悲鳴を飲み込まざるを得なかった――快が、すっとイングラムの銃口を自分に向けたので。
  がくがくと身体が震え出すのが、よく分かった。
  なんで身体は恐怖を感じたら震えるのだろうか? まったく、不都合なことこの上ない。
  だがとにかく、そんなことを考えている余裕は悦子にはもう、ない。
  腰が抜けたとかいうレベルではなく、もう骨もなにも全て抜き取られてしまったかのような感じが、した。
  軟体動物だ、これでは。
  ああ――あたしはここで、撃たれて死ぬんだわ。瀬戸くんのように鳥の餌になるのね、きっと。
  そう思った。
  なんだか、鳥が無性に気味の悪いものに思えてくる。
  そんなこと言ったって、あなたも食べるでしょう、チキンは。――え? もう食べないって? ああ、そうですか。

 「君ね――」
  快が、口を開いた。
  悦子は全身の筋肉を緊張させる。
  殺される――!
  そう思って、悦子はぎゅっと目を瞑った。
 「――なんでもすぐに叫び声を上げればいいというものじゃない、とりわけこのゲームは。実際、さっき君が叫び声を上げたせいで、あの2人に気づかれたんだろう?」
  快は諭すように、悦子に言った。
  すぐに撃ち殺されると思っていた悦子は、「へっ?」という感じで、少し拍子抜けした。
  快は、悦子に向けていたイングラムを、ゆっくりと下ろした。
 「殺さ――ないの?」
  悦子は、震える声で快に尋ねた。
  悦子の質問に、快が不思議そうに眉を寄せる。
 「さぁね。しかし、ぼくとはあまり関わらないほうが君とためだと思うね。それとも、殺されたいのかな?」
  穏やかな口調で発せられた、その穏やかならざる言葉に、悦子は慌てて頭を横に振った。
  殺されたいだなんて――そんなわけがない。
 「だ、だって――あなた、いま――」
 「なにを言いたいのかよく理解できないな」
 「だから・・・・・・あの2人は殺して――なんであたしは殺さないの?」
  当然の疑問を、悦子は口にした。
  口をもぐもぐとさせる悦子を見下ろしながら、快はふぅと溜息をついた。
 「彼女たちを殺したのは、そうする必要があったからだ。君にはそれがない、今のところね」
  わけのわからない快の言葉に、悦子は眉を寄せた。
  殺す必要があった――とは、どういう意味なのだろうか?
  それは――このゲームでは全員にあてはまる資格ではないのだろうか?
 「どう言う――ことなの?」
  悦子が尋ねると、快はつまらなそうに首を振った。
 「ま、色々とね。こんなつまらない世界からは、とっとと消えちまいたいところなんだが――そうもいかなくて」
  さらにわけが分からない。
  悦子は何も言えず、ただじっと快を見上げるだけだ。
  そこらへんによくいる中学3年生のはずなのに、なんだか随分と大人びているような感じがしないでもない。
  それに――なんでこの人は、こんな落ち着いているのだろうか?
  しゃべり方からして、なんだか世界の裏を見てきた人間のような、とても違和感のあるしゃべり方だった。
 「ちょっと彼女らの持ち物を頂いてくる。そのあいだに逃げたければ逃げればいい」
  そう言うと、快は肩にかけていたディバッグを下ろし、ついでに背負っていた藤本華江の身体も地面に横たえた。
  転がっていた雅氏の死体を蹴飛ばし、その場に落ちていた雅氏に支給された武器と思われるもの(鎖分銅だ、悦子にはなんだか分からなかったが)を拾いながら、ディバッグを肩に担ぎ直すと、金子さゆりと谷浦みはるが死んでいる茂みのほうに向かって歩いていった。
  その足取りは、とてもしっかりしたものだった。
  人を殺してパニックになるでもなく(悦子はまだ、これまでに快が誰かを殺したかもしれないなどとは思いつきもしなかった)、ただ冷静に、機械的に仕事を――そう、仕事をこなしているという感じだ。
  だとすると、快の仕事は――殺し屋だろうか? それとも暗殺者か?
  いづれにしても、あまりいい仕事とは思えない。
  残された悦子は、地面に寝かされている華江に目をやり、どうして快が華江を背負っていたのだろうかと、首を傾げていた。
  もう腰が抜けているわけではなかったが、悦子は別に逃げるわけでもなく、ただ呆然とそこに座っていた。
  心の中に、なにか――とても些細ななにかが引っかかっていた。



       §

  旗山快は、谷浦みはると金子さゆりのディバッグと、その武器(みはるの武器は、鎌だった。さゆりのほうはというと、金属製の重いナックルだ。どっちにしろ、あまり強力な武器、とは言えそうにない)を回収すると、2人の死体を見て溜息をついた。
 「やれやれ――藤本華江が無駄に弾を使うから、サブマシンガンの利点も何もあったもんじゃない」
  そう言って、ナックルを自分の左手にはめ、鎌をベルトの間に差し込んだ。
  サブマシンガンの特徴は、弾丸をシャワーのごとくバラ撒くことによって、正確なポイントをしていなくてもターゲットへの命中率が上がるということなのだが、華江は快と戦ったときにマガジン1本分の弾丸を無駄にしており、今後のことも考えると弾丸を節約しながら使わなければならなかったのだ。
  だから快は、イングラムをシングル(単発射撃)モードにして、弾丸の浪費を防いでいた。
  快は再び、彼の『ターゲット』となってしまった2人のクラスメイトを見つめる。
 「この程度のやつらが『目標』だって? ぼくを見て逃げ出すようなやつらが? そんなこと言っていたら――」
  快は、すっと顔を上げた。
  その瞳には、冷静さと冷酷さが交じり合ったような、冷たい光が輝いている。
 「――ぼくは何人殺さなければならなくなるんだろうな」
  芝居がかったような口調で芝居がかったような台詞を吐き出し、快はくるりと向きを変えた。
  ふたつの死体の前を去る際、快はみはるの胸の上に、黒いたまごを置いて行った。
  心ばかりの餞別だ。ありがたく受け取ってくれると嬉しいな。――ああ、そうですか。
  表面の凹凸がないそのたまごは――そう、矢島優希に支給されたM26A1破砕型手榴弾だった。
 「・・・・・・4・・・・・・3・・・・・・2・・・・・・1」
  歩きながら、快はぶつぶつとカウントをしていく。
  快がちょうど茂みから出てきたとき、その背後で大音響とともに爆発が生じ、周囲の木々を薙ぎ倒した。
 「――ゼロ、だ」
  快は、呟く。
  驚いたようにこちらを見ている悦子と、目が合った。
  悦子から見たら、快は燃え盛る炎を背景に立つ――さながら悪魔のように見えたことだろう。
  その悪魔の片方の唇が、不気味にくいっと持ち上がった。
  笑っているともバカにしているとも取れないその表情に、悦子はこれまでにない戦慄を覚えた。
 「なんだ、まだ逃げていなかったのか。せっかく逃げる時間を与えてやったのに――」
  快は、悦子に向かって言った。
  悦子の大きな目が、さらに大きく見開かれる。
  イングラムの銃口が、悦子の眉間を確実にポイントしていたので。
  その指が、もう引き金にかかっていたので。
 「ま、待って――!」
  悦子が叫んだそのときには、快の人差し指が二度、小さく動いたそのあとだった。
  ――ぱん、ぱん!
  イングラムが小さな炎に包まれるのが見えた直後、がん、とそこだけ車にひかれたような衝撃が、悦子の眉間を襲った。
  それで、悦子の意識は、どこか遠い闇の外にすっ飛んでしまったので、自分が間髪おかずに心臓を貫かれたことは、悦子には既に知覚できなかった。
 「言ったろう――」
  快は、呟くように言った。
 「ぼくに関わらないほうが君のためだ――って」
  しかし、もはや快の言葉は誰にも届いていなかった。
  4人分のディバッグを持ち、華江を背負い直すと、快はすたすたと歩き去っていく。
  背後で燃え盛る炎の中、日下部悦子の瞳孔が、急激に拡散していった――

  【残り22人】


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