BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第五部 / 中盤戦(前編) ] Now
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< 24 > 侵入
「――ん?」
旗山快は、なんとなく感じた違和感に、ふと足を止めた。
背中の藤本華江は、もうしばらく起きそうにない。
やれやれ――そんなに寝心地がいいのかな、ぼくの背中は。
そんなことを考えながら、快は注意深くあたりを見まわした。
そこは試合会場のほぼ中心にある高等学校で、今は正門から昇降口までが、ぴったりと閉じられていた。
おにいちゃん、高校に入学するには、ちょっとばかり気が早過ぎやしませんか? 受験しないと入れませんよ、ここは高等教育機関なんだから。もっとも、受験すら受けれなくなるかもしれませんけどね。
快は、ふんと鼻を鳴らした。
高校に入れようが入れなかろうが、そんなことはどうでもいいことだった、快には。
もっと極端に言うと、快はこのプログラムで自分が優勝しようが、はたまた途中で誰かに殺されようが、それすらどうでもいいと考えていたのだ。
それでも敢えてどちらかと言うと――快は優勝したいとは思っていなかった、実のところ。
誰か自分より強いものに殺されてみたい、とそう思っていたのだ。
その、自分より強いものがいれば――の話だが。
とにかく、快は自分が生き残りたいがために、今まで矢島優希、浦谷みはる、金子さゆり、日比野悦子――と殺してきたのではないのだった。
「気のせい――か?」
快は、呟いた。
もう一度、頑丈そうな鉄の門が閉まっている校門の手前から、高校の校舎を眺めてみる。
造りとしてはごく一般的で、清潔そうな白い壁に、ごくありふれたアルミサッシが規則的に並んでいるだけの、なんの変哲もない校舎だ。
しかし、この違和感は一体――?
「おや?」
ある2階の教室の窓が数センチほど開いているのが目にとまり、快はちょっと眉を寄せた。
閉め忘れだろうか?
いや、そんなはずはない。
特殊な社会体制を持つ閉塞的なこの国では、こと行政機関と教育機関に関して、大袈裟とも言えるほどの徹底した管理体制を確立させていた。
いや、正確に言うと、政府はその徹底した管理体制を『確立させようとやっきになっていた』のである。
快の目から見て、この国の管理は必ずしも徹底しているとは言い難い――むしろ、いい加減であると言わざるを得ないような感じがあった。
情報管制にしても運営管理にしても、政府機関、民間企業を問わず、どこかしらに『穴』が空いている。
行き当たりばったりのいい加減さのようなものが、あった。
故意にそうしているのか、はたまた社会とはどの国もこんなようなものなのかは知らないが、とにかく無駄だらけのように映っていた、快の目には。
しかしそうは言っても、やはり政府機関と教育機関の徹底さは他と比べてもかなり機密性の高いものであったし、だからそれなりに細かいところはしっかりしていたりするのである。
つまり何が言いたいかというと――多数の職員や警備員(もしくは役人が点検に来たかもしれないが)が窓を開けっ放しにしたまま、教育機関の拠点たる学校をガラ空きにすることなど、まず考えられないのである。
しかし、2階ということもあり、ひょっとしたら鍵の掛け忘れくらいはあるかもしれない。
ということは、校舎の中に誰かが忍び込んでいるという可能性もないことはない、ということだ。
「ふむ」
快はわずかに逡巡し、小さく「うん」と頷いた。
とにかく、この高校の中へ入ってみようと思ったのである。
快はまず、背負っていた華江の身体を門の脇の壁の上に載せ、次いで背負っていた2つのディバッグ(今まで殺した者から頂いた食料や水は、自分のと華江のディバッグに、均等に分けて入れていた)を敷地内に放り込むと、快は自分の身長ほどもある門の上をひらりと飛び越え、着地した――ご丁寧にも、宙返りを加えながら。
藤本には悪いが、ちょっとここで寝ていてもらおう。
快は、思った。
さすがに人間1人背負ったまま、ロック・クライミングはやりたくない。
快は、高校の駐輪場の脇にある木の陰に華江の身体を寝かせ、片方のディバッグを掴むと、両肩にちゃんと背負った。
もうひとつのディバッグは、華江のそばに置いておく。
イングラムとグレネード・ランチャーは、ディバッグの影に隠し、さらに草でカモフラージュをした。
これで、一見しただけでは到底分からないだろう。
そしてポケットから、おもりのついた長い鎖(雅氏の支給武器だった鎖分銅だ)を取り出すと、米帝の時代遅れの映画――セイブゲキとかいう映画だ。変な格好をした奴らが酒場の前で撃ち合いをするという、お決まりのパターンがあるやつ――に出てくるカウボーイよろしく、分銅の遠心力を使ってぐるぐると回し始めた。
ヘイ、ジョージ! その牛は俺の獲物だ、横取りするんじゃねえよ、ベイビー。
ぱっと手を離すと、鎖の先についた分銅がひゅおっと空を切って、前方に飛び出した。
そして、わずかに開いている窓のすぐ横を通っている雨樋にぐるぐると巻きつき、そのあと雨樋を固定するために壁から突出していた金属の棒のところに分銅が絡まり、がっちりと固定された。
本物のカウボーイ(米帝が崩壊した今、そんなものは存在しないのだけれど)もできるかどうかという技を、快は一発でやってしまった。
だが、それがさも当然のように、快はしっかりと鎖が固定されていることを確認すると、それを使って校舎の壁を登り始めた。
白く塗られている壁には快の履いているプレーンなスニーカーの型がつき、今まで清潔感を漂わせて厳然とそびえ立つイメージのその建造物が、一瞬にしてユーモラスな、ただの『足跡がついた白い建物』に変わってしまった。
しかしそんなことはお構いなしに、快は驚異的な速度で鎖を引き寄せ、数十秒後には問題の窓のところまでたどり着いていた。
右手で鎖をしっかりと握り、左手ですっと半開きの窓を開ける。
「微かだが、窓枠に泥がついている――。やはり誰か侵入した形跡があるな、ここは」
快はそう呟くと、ひらりとその窓の中へ身体を躍らせた。
がっちり固定されていた分銅を外し、ポケットの中に忍ばせる。
快がいま持っている武器と呼べるものは、左手にはめられた金子さゆりのナックルと、ベルトに挟んである谷浦みはるの鎌、そしてこの鎖分銅だけだった。
だが、これだけあれば十分だ、当座は。
快は足音を立てないように、床の上についている、普段では見落としてしまいそうな靴の型を追った。
「勝手に侵入している上に床まで汚すとは、あまり誉められたことではないな」
自分のことを棚に上げ、快は呟いた。
どうでもいいことなのだけれど。
§
「ねぇ・・・・・・なにやってるの? 早く逃げようよ、ここから――」
北上彩(女子六番)は不安そうにきょろきょろとあたりを見まわしながら、その教室の中で作業に没頭している榊原郁美(女子九番)に声をかけた。
「大丈夫よ、ここは。ちょっと待って、いま――もうちょっとだから」
郁美は、やっと探し当てた目的の部屋――コンピュータ・ルームにずらりと並んでいるデスクトップ型の端末のうちの一台のディスプレイを見つめながら、独り言のように呟いた。
入口で見張り番をしている彩は、ふぅっと溜息をつく。
それは、もう聞き飽きた言葉だった。
いま思えば、郁美が高校なんかに入ろうといった時点で、引き止めておけばよかったのだ。
坂待のクソくだらない説明会の最中にまわってきた『学校の外で待ってて』と書かれた郁美からのメモに従って親友との合流を果たした彩は(慶吾たちのグループが集まっていたのは学生玄関だったが、彩が待っていたのは教員玄関だったので、彩は慶吾のグループがすぐ近くに集まっていたことを知らなかった)、郁美と一緒にゆっくりと慎重に移動していたが、郁美がこの高校の前に来ると、急に目を輝かせて「入ろう」と言い出したのだ。
彩には断る理由もなかったし、郁美はクラスでも赤城真治(男子一番)と張り合えるくらい頭がよく、冷静だったので、郁美の言うことに素直に従うことにした。
それがいけなかった。
自分の身長ほどもあるフェンスをよじ登らなければならなかったし(運動神経も悪くない郁美にはわけもないことだったようだが、彩にはかなりの運動だった)、それになにより、たまたまひとつだけ鍵が開いている窓を見つけた郁美が、「あそこから入ろう」などと言い出したときには、心の中で思いっきり大きく溜息をついたものだった。
郁美ちゃん、それ、本気で言ってるの? だってあそこ、2階よ? それなのにそんなにさらりと言うなんて、あなた、一体なんなのよ? 空中浮遊ができるっていうあの光輪教の教祖様だったの、実のところ?
しかし実際は、郁美が体育倉庫から引っ張り出してきた長いはしごで登ったのだけれど。(そしてそのはしごは、「誰かに見つかるとヤバイから」とかなんとか言って、郁美が教室の中に引っ張り上げてしまった。いやはや、実は結構ちゃっかりしてるんじゃない、この子?)
それから郁美はこのコンピュータ・ルームを見つけて、その並んでいるパソコンで何かをやっているのだった、5時間ほど前から。
「ねぇ、なにやってるのよ? そろそろ教えてくれてもいいでしょう?」
彩がイライラしたように言うと、郁美は「うん」と頷いて、しかしそれでもキーボードを叩く手を止めないでしゃべり始めた。
「あのね、あたし、今は『榊原』って苗字なんだけど、実は違うんだよ」
「違うって――どういうこと?」
「うん、だからね――ほら、あたし3年前に引っ越してきたでしょ? 始めのほうだったから、あまり違和感はないだろうけど」
郁美の言葉に彩は、ああそう言えばと思った。
彼女は小学校6年生のの夏休みのちょっと前に、香川県から転校してきたのだった――すぐに卒業してしまったし、もともとクラスメイトに知っている人はほとんどいない中学だったので、あまり違和感はなかったのだけれど。
しかし、それが苗字とどう関係があるのだろう?
「それで?」
彩は言った。
郁美は続ける、ディスプレイを見つめ、キーボードを叩きながら。
「うん。実はあたしの本当の苗字、『三村』って言うの」
「えっ!?」
これにはさすがに、心の準備をしていた彩も驚いた。
三村って言うと・・・・・・それはつまり――あの三村さんと同じってこと?
「じゃ、じゃあ――?」
言いかけた彩の言葉を遮り、郁美は小さく首を振った。
「ううん、三村さんとは関係なくて」
それを聞いて、彩はほっと胸をなでおろした。
郁美が三村慶吾の義理の妹だったとかなんとかだったら、彩はもうどう言っていいか分からずに呆然と立ち尽してしまったことだろう。
その危険は回避されたわけだ、当座は。
「でも、なんで『榊原』になったの?」
彩が尋ねると、郁美はキーボードを叩く手を止め、彩のほうに顔を向けた。
苦笑しているようだった、暗くてよく分からなかったけれど。
「あたしの両親、離婚したの。『榊原』は、母方の旧姓ってわけ」
さらっと言った郁美の言葉に、彩はがつんと後頭部を殴られたような気が、した。
郁美が母子家庭だということは知っていたのだが――父親は死んでいないと言っていたので、てっきり単身赴任で他県に行っていると思っていたのだ、彩は。
「ご、ごめ――あ、あたしってば、なんてことを・・・・・・」
うろたえる彩に、郁美は笑って首を振った。
「いいのよ、そんなことは。言わなかったあたしも悪いんだし。でね、その離婚の理由っていうのが――」
郁美が再び、ディスプレイに顔を戻した。
その手は、動いていない。
ただ彩には、その17インチのディスプレイに照らし出される郁美の横顔が、なんだか哀しそうに歪んでいるような気が、した。
「――実はあたしのお兄ちゃんのせいなんだな、これが」
郁美が、努めてとぼけたような声を出しているのが、彩には分かった。
「え? でも――」
「うん、今はいないわよ、どこにも」
「・・・・・・」
今はいない郁美の兄ということは、つまり――
「死ん――じゃったの?」
彩は、震える声で、尋ねた。
郁美は、う〜んと唸りながら、再びキーボードを叩き出す。
別の作業をすることで、そのことを深く考えないようにしているようにも見えた。
「死んだって言うか――殺された、って言うのかな」
郁美の言葉に、彩はこれまで以上に、どきっとした。
彩が心の準備をしていても、その準備だけでは補いきれない衝撃的な事実が、彩の鼓動を早めていた。
いやはや、これではまるで爆弾だ。準備をしても対応できない、強力な言葉の原子爆弾。
みなさーん、今から原爆を落としまーす。今から落としますよー。準備をしてくださーい。してくださ〜い。
そんなことを言われても、「ああ、そうなの」としか言いようがない。そんな感じだ。
「こ、殺された――って、誰に?」
彩が尋ねると(ホントは聞きたくなんてないんだけど、この雰囲気じゃ聞かざるを得ないじゃないの、もう)、郁美の目がすっと細くなった。
「政府に、よ」
「せい――ふ?」
「そう、政府」
郁美は言うと、たんっとひときわ強くキーボードのエンターキーを叩くと、う〜んと伸びをした。
彩のほうを向いて、にやっと笑う。
その笑いかたが、なんとなく、転校してきたばかりの三村慶吾の笑い方に似ているような気が、した。
なんだか嫌みったらしい、しかしそれでも決して人の気を悪くさせない、そんな笑い方だ。
「だから、あたしは、あたしのお兄ちゃんを殺した政府に、一発見舞ってやるんだ。その準備がたった今、終了しました――ってところかな」
彩は、見た。
郁美の向こうで光っているディスプレイの上に、英語数字と記号の羅列が並んでいるのを。
そしてその中に、“the-3rd-man”という文字が入力されているのを。
もちろん、それがなんなのかは分からなかったのだけれど。
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