BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第五部 / 中盤戦(前編) ] Now 23 students remaining...

          < 25 > 対峙


 「――つまり、3年前の香川県城岩市のプログラムに選ばれちゃったのね、お兄さんは?」
  説明が一通り終わり、北上彩が尋ねると、榊原郁美は小さく頷いた。
 「そう。で、それでお父さんとお母さんがケンカしちゃって、そのまま離婚ってことに決定したの。んで、あたしは、香川みたいな田舎者からいきなり東京の都会っ子になったってわけ。めでたし、めでたし」
  郁美は、言った。
  もちろん、ちっともめでたくない、そんなことは。
 「大変だったのね・・・・・・」
 「まぁね」
  その大変なことに自分たちも巻き込まれているというのに、しみじみという彩に、郁美は苦笑しながら答えた。
  それほどまでに優しいのだ、この彩という子は――そして、郁美はそういう彩が好きだった、とても。
 「でも、それって、男子と女子のカップルがまんまと逃げたって話だったわよね、確か?」
 「うん。どーやってかは知らないけど、とにかく、逃げ切ったらしいわね」
  彩は言いにくそうにしていたが、思いきったように口を開くと、郁美に聞いた。
 「あのね、もし、もしもよ? もしもその――逃げた2人組が郁美ちゃんの前にいたら、どうする?」
 「え――?」
  一瞬意味を図り損ねた郁美は、不思議そうに彩を見た。
  彩は困ったような顔をして、でも尋ねた。
 「だから、もしお兄さんを殺した人かもしれない人が生きていて、あなたの前に現れたら、どうする? 郁美ちゃんは、その――」
  言いかけて、だが自分がとても答えにくい質問をしていると思ったのか、彩は言葉を続けずに笑った。
  ただ、笑ったのだ。
 「やっぱ気にしないで。そんなことあり得ないもんね、うん」
 「・・・・・・」
  郁美は、黙っていた。
  もしその人物が目の前にいたらどうするか――今まで考えたこともなかったけれど――自分はどうするのだろうか?
  やぁ、実は僕、君のお兄さんを殺した男なんだよ――なんていきなり目の前に現れたら、自分はどうするのだろうか?
  生前は、その人は兄ととても仲がよかったらしいが――
  笑って許してしまうだろうか――いや、そんなことはできない、絶対に。
  ならば、それならば、やっぱり殺して――しまうのだろうか・・・・・・?

  随分と思いつめた表情をしていたのだろうか、彩がどんと郁美の背中を叩いた。
 「もう、そんな暗くなんないで! あたしまで暗くなっちゃう」
 「そ、そうね・・・・・・」
  それで郁美も笑ったが、心の中のモヤモヤはとれそうになかった、どうしても。
  だが今は、そんなことを考えている場合ではなかった。
  このコンピュータ・ウィルスを、中学校にいる坂待たちが操っているコンピュータに送らなければならない。
  コンピュータに興味のあった兄の影響で、郁美自身ももともと多少の知識はあったのだが、成功するかどうか自信がなかった。
  郁美が、兄の信史が『やろうとしていたこと』に気がついたのは、プログラムの結果が発表された1ヶ月後(東京に引っ越してきて3週間後)、香川県にいる旧友に電子メールを送ろうと、兄のものだった(そしてもう遺品となった)パソコンに電源を投入したときだった。
  たまたま開いたアクセス・ログのリストに、パソコンへの侵入の形跡があったのだ。
  他のアクセス・ログとは逆に(大抵のアクセス・ログは、こちらからネットにつなぐためのものだった。一度、試しに兄がアクセスしたホームページに行ってみると、ちょっとエッチな画像が出てきた。それからはそういうことはしていなかった、なんだか秘密を知ってしまったような悪い気がして。でも、大抵の男の子はああいうサイトに行くんだろう、多分)、こちらのパソコンにハッキングをかけていたのだ。
  最初は悪質なハッキングかと思った郁美だったが、そいつが持ち出したのは何のことはない、ただの暗号解読ソフトとか、そういうものだったので、その可能性は少ないと思った。
  つまり、そいつはそういうソフトを持っていないにも関わらず(持っていて、どうしてここにハッキングをかけれるだろう? 兄のパソコンは、一般のそれの10倍はセキュリティが固いのだ)、このパソコンには侵入できた。
  それはつまり――このパソコンの所有者、三村信史がやったとしか思えなかった。
  そしてその日付は、ちょうど兄がプログラムの最中だったときなのだ。
  郁美は一応アクセス元のDTT(大東亜電信電話公社の略だ)にまで確認の電話をし、それが技術職員用携帯電話からだということを突き止めた。
  DTTのサポート係の人は予想外の事態に焦っていたが(なにしろ職員が個人の家のコンピュータにハッキングをかけたように見えるのだ、外見上は)、そんなことはどうでもよかった。
  これは、兄が悪戯で造っていたあの携帯電話を使用したに違いない、と思ったので。
  つまり兄は――あの絶望的状況下で、政府から逃れるために思考錯誤を繰り返し、政府のコンピュータにハッキングをかけようとしていたのだ。
  それで、すべてつじつまが合う。
  だから郁美は、兄のパソコンを使って様々なところへ入り込み(政府の演算処理センターは無理だったが)、あのとき信史がやろうとしていたことの概要の見当をつけていたのだ。
  そして今、同じことをやろうとしていた。
  つまり、中学校においてあるサーバにハッキングをかけるという――

  今のところ、それは順調にいっているように思えた。
 「ねぇ、もうちょっとで終わるから、見張りお願いね」
  郁美が言うと、彩はぐっと親指を立てた。
 「うん、オーケイ」
  そう言うと、支給されたポケット・ピストル(アーモリーのディフェンダーだ。ポケット・ピストルといえば、デリンジャーかこのディフェンダーが有名どころだろう)を握り締めた。
  ちなみに、郁美に支給されたのはスミス・アンド・ウェスンのM19リボルバーだったので、このチームは結構高い戦闘能力を保持しているということができる、今のところ。
  彩は戸口に立って周囲を見まわし、郁美はデータの送信を開始する。
  非常用の補助電源も切られていたので電力を取るのに苦労したが、電算機部の人か誰かが遊びで作ったのだろう、プラグも挿し込める小さなバッテリー・パックがあったので、電源はなんとかなった。
  そして回線は――
  郁美は手の平についた汗をスカートで拭い、そっとマウスを動かした。
  高校で使用しているコンピュータなので、OSはウィンドウズだ。
 『接続』というグラフィックのボタンを押し――しばらくして『回線が確立されました』と表示されたときには、思わず叫んでしまった。
 「ビンゴ! やったわ!」
  これで、この高校の回線を何時間も調べた甲斐があるというものだ。
  この高校は、坂待たちがいる中学校と情報技術提携を結んでいて、電話回線の他に試験的に光ファイバーでの接続も可能になっていたのだった。
  それは今のところLAN接続と何ら変わらないものであり――つまり、この高校のコンピュータの回線とプログラム実施本部が置かれている中学校の回線は、直接つながっているのと同じなのである。
  そしてそれは、実は教育委員会や役所へ届出をしていない無許可のものであり、政府がそのことを知らない確率が高いのだ。
  事実、それは正解で、実際に回線が確立されたことにより、それは明確なものとなったのだ。
 「これで勝ったも同然よ! 彩ちゃん、もうすぐ終わるからね、このくだらないゲームも!」
  郁美は、少し高い声で言った。
  兄が成し得なかったことを達成できる、という陶酔感もあったのかもしれない。
  しかし郁美は、なぜ信史が『それ』に失敗したか、ということまでは知らなかった。
  つまり、首輪の中の盗聴器(そして小型カメラ)の存在を、知らなかったのである――



       §

 「これで勝ったも同然よ! 彩ちゃん、もうすぐ終わるからね、このくだらないゲームも!」
  部屋の中から郁美の声が聞こえ、その声の弾み具合に、彩はほっと溜息をついた。
  やれやれ、やっといつもの調子に戻ったわね。これ以上暗くなられたら、あたしがどう接していいかわかんなくなっちゃうわ。
 「そう。頑張ってね」
  彩は、明るい声でそう言った。
  少し声が大きかったかもしれないが、どうせここには誰もいないのだ、聞こえるはずもない。
  そして、ちらっと自分の手中にすっぽり収まっているディフェンダーに視線を落とした。
  間違いなく――本物の重量感と迫力が、そこにはあった。
  自分たちは、殺し合いをしているのだ・・・・・・。
  今までは使わなかったが、いつかこれを使うときが本当に来るのだろうか?
  そのとき、自分はこれを使うことに躊躇いを覚えないだろうか?
  そう考えた彩は、軽く頭を振って、その思考をかき消した。
  そんなことを考えている場合じゃない、今は――
 「彩ちゃん、終わったよ! 成功したよ! あたしたち、逃げ出せるんだよ!」
  部屋の中から、郁美の弾んだ声が聞こえた。
 「そう、よかったわね。こっちは異常ないから、安心し――」
  彩も少し弾んだ声で、それに答えようとした。
 「――さて、果たしてそれはどうかな?」
  安心して――と言おうとしたときだった、その声が聞こえたのは。
  地の底から響くような、低い声だった。
 「!」
  ばっと振り返ったが、そこには誰もおらず、ただ長い廊下が暗闇の中に続いているだけだ。
 「気のせいかしら・・・・・・?」
  そう小さく呟いたとき、彩ははじめて、自分の首にネックレスがかかっていることに気がついた。
  金属のくそやくたいもない首輪とはまた別の、鎖のネックレスだ――街にいるガラの悪い連中が売っているような。
  ヘイ、そこのおねえちゃん、このネックレスいらない? 安くしとくぜ、特別サービスでよぉ。な、どうだい? 買ってみないか?
  しかしもちろん、そんなネックレスを買った覚えは彩にはなかったし、していた覚えもなかった。
  だが、彩がそう思うまもなく、その鎖のネックレスは彩の首に食い込み、声帯と頚動脈、ついでに気管も一緒に潰してしまっていた。
  恐ろしい力だった。
 「!!」
  彩は叫ぼうとしたが、声どころか息も出ない。
  もし息ができたとしても、声帯が潰れていたので声を出すことはできなかったのだが。
  みるみる彩の顔が膨れ上がり、目が真っ赤に充血してきた。
  ほんの一瞬の出来事だった。
  今まで廊下が見えていた視野が徐々に狭まり――彩の呼吸は、停止した。
  その廊下の風景が白一色に漂白されていくとき、彩は耳元で、口笛を聞いたような気がした。
  どこかとぼけたようなそのメロディーは、一体、何の曲なのだろう・・・・・・?
  彩は、その答えを知ることはなかった――永遠に。

 「――♪」
  廊下から聞こえてくる口笛に、郁美は「おや?」と思った。
  ゆったりとした、それでいてどこかとぼけたような、不思議なメロディーが流れてくる。
  決して下手ではない、そういう曲なのだろう。
  郁美はいま、自分のディバッグに道具をしまっているところだった。
 「聞いたことのない曲ね。なんて曲なの?」
  作業を続けながら、郁美は肩越しに、彩に尋ねた。
 「“How?”って曲さ。レノンって奴が作ったロックン・ロールだ。個人的には、クラシックのほうが好きなんだがな」
  彩ではない、男の声だった。
  郁美の表情が一気に強張り、ディバッグからスミス・アンド・ウェスンのM19を掴み出すと、ばっとその場を離れた。
  ぱん! という小さな音がして、たったいま郁美の頭があった場所を、小さな鉛玉が通過した。
  まだ電源が入ったままのパソコンのディスプレイにピシッと穴が開き、ぶつんと消えた。ブラックアウト。
  郁美は、そのままごろごろと床を転がり、彩が持っていたはずのディフェンダーから発射された2発目も回避した。
  しかしいつまでも床に寝ているわけにもいかず、ばっと立ち上がったところに、今度は分銅が空気を唸らせて飛んできた。
  さっと身を捻って頭部への直撃を回避した郁美だったが、鎖がくいっと引かれ、空中で予想と反した動きを見せたことに戸惑っているうちに、その鎖はいつの間にか郁美の右手首に巻きついていた。
  部屋の戸口で、黒い影が動いた。
  さっとスミス・アンド・ウェスンをそちらに向けようとしたとき、いきなり強い力で鎖を引かれ、郁美の細い腕を締め上げた。
  そのせいで、手に持っていたはずの拳銃はいとも簡単に床に落ち、転がった。
 「くっ・・・・・・!」
 「ほお。威嚇の2発は別にしても、こいつは頭部を狙ったつもりだったんだがな。それを避けるとは、いやたいしたものだ」
  そんな言葉が聞こえ、戸口の陰から旗山快が出てきた。
  左手には、しっかりと鎖の端を握っている。
 「彩ちゃんは・・・・・・どうしたのよ?」
  唇を噛み切りそうなほど噛み締めながら、郁美は聞いた。
  しかし、答えはもう分かっているも同然だった。
 「残念だが、北上彩はもうこの世にはいない」
  郁美の予想通りの答えが、快の口から返ってきた。
 「彼女は『対象外』だったんだが、君に気づかれるとまずかったんでね。殺させてもらったよ」
  対象外とかなんだとかよく分からないことを快は言ったが――とにかく彩は死んだのだ、もう。
  郁美は、ぎゅうっと手を握り締めた。
  爪が皮膚に食い込み、血が滲み出たが、どうでもよかった、そんなことは。
  もういないのだ、彩は――郁美の一番仲のよかった親友は、もうこの世にはいないのだ。
  どうしようもない哀しみと怒り、そして脱力感が、郁美を襲った。
 「で、ぼくとしては本来の目的である君を殺さなければならないんだけど?」
  快は言った、とぼけた口調で。
  それが郁美の頭に、かっと血を上らせた。
 「ふざけないで! あんたなんかに殺されるほど、あたしはヤワじゃないんだから!」
  そう叫ぶと同時に、足のつま先で床に落ちていたスミス・アンド・ウェスンを蹴り上げた――快に向かって。
  くるくるとまわりながら、拳銃はそれでも相当な速度で快に向かっていく。
 「むっ!」
  快がそれを払い落とそうとしたとき、一瞬――ほんの一瞬だけ、鎖の締め付けが緩んだ。
  郁美は、それを見逃さなかった。
  さっと手を引いてその鎖の拘束から脱すると、快が拳銃を叩き落したときにはもう、渾身の力を込めて快に体当たりを食らわせていた。
 「おっと!」
  快のバランスが一瞬崩れた隙に、郁美は戸口においてあった自分のディバッグと彩のディバッグを左手で掴み、ついでに快が投げ捨てたディフェンダーを右手で引っ掴むと、全速力で逃げ出した。
  暗い廊下を、たたたたっという威勢のいい足音だけが響いていく。
  その音を、快は感心したように聞いていた。
 「ふぅん。まさかあの状態から自力で脱するとは、なかなかやるなぁ・・・・・・」
  快は、自分の頬の筋肉が緩んでいることに、気がついていなかった。
  思った。
  もしかしたら――あいつはぼくを殺すことができるかもしれない。
  快は、足元に落ちているM19を拾い上げ、鎖分銅をポケットに納めると、ディバッグを背負い直した。
  おそらく郁美は、まだこの高校から出る気はないだろう――下手に外に出るよりも、ここにいたほうが隠れやすいし見つかりにくいからだ。
  だったら――追うしかないんじゃないか?
  快は郁美が走って行った方向へ、ゆっくりと歩き出した。
  こつん、こつん、と床に足音が響いた。
 「さて――それじゃあ楽しませてもらうかな。ぼくには君の居場所が分かるんだよ、榊原郁美。さぁ、どうする?」
  不敵な笑いを見せる快の手の中には、電子手帳ほどの小さい四角いものが握られていた。
  その液晶の画面には、★印と『F9』という文字が表示されている。
  それは小田原美希(女子四番)に支給されたもので、『呂型簡易探知機』といった。
  携帯用のレーダーのようなもので、特定領域内にいる者の首輪から発信されている固有の周波数を感知し、その位置と名簿番号を表示してくれるものであった。
  郁美は、どうやら大講堂に向かっているようである。
  スミス・アンド・ウェスンをベルトの間に突っ込むと、快は少し歩調を速め、郁美のいる大講堂へと足を向けた。
 「生き残るのはぼくなのか。それとも――」
  ぶつぶつと呟きながら、快は歩く。
 「――♪」
  口笛まで吹く。
  曲は、“ハウ?”だ。

  “感情をいつも否定されてきたのに
   どうして感情を持つことができるだろう?
   できっこないよ できっこないさ――”

  快の心には、滅多に生まれない感情――『楽しい』という感情が生まれた――ような気がする。
  事実、その表情は、これから父親と遊園地へ行く子供のような、とても楽しそうな感じがするものであった。
  やったねパパ、明日は遊園地だ! ――そんな感じ。
  とにかく、快はある義務を課せられてここに送られてきた――『仕組まれた選手』であった。
  快の雇い主のことを、果たして政府は知っているのだろうか?
  また知っているとして、どこまで知っているのだろうか?
  しかし、どうでもいいことだ、そんなことは。
  快がいま興味を持っているもの――それは、『榊原郁美』に他ならない。
  彼女と戦うことの他は、快には何の関係もないことだった。
  郁美と戦い、彼女を殺すか――それとも、自分が殺されるか?
  後者の場合は、もうその先のことを快があれこれ思案する必要はない、死んでいるのだから。
  しかし郁美を殺してしまった場合は――勝ってしまった場合は――快はどうすればいいのか、まだよく分からなかった。
  より強いものを求めて自分が殺されるのを待つか――?
  しかしそれでは――

  日が傾き出して、空を赤く染めている。
  だが東の空には、間違いなく、真っ黒い雨雲がどんどんと湧き出してきていた。
  嵐がくるかもしれない――と、このプログラム会場にいるほぼ全員は、そう感じた。
  そして、それは、まったく正しかったのである。

   【残り21人】


       [ 第五部 / 中盤戦(前編) 完  第六部へ続く・・・・・・ ]


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