BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第六部 / 中盤戦(中編) ] Now 22 students remaining...

          < 26 > 嵐


 『え〜、太平洋沖の台風2号は、依然強い勢力を保ち、本土へと接近中です。このままの進路ですと、夕方には関東地方が暴風圏内に入ると思われ、住民に警戒を――』
  職員室のテレビを見ながら、坂待は、「はぁ」と溜息をついた。
  書類を書く手を止め、待機している一人の兵士に声をかけた。
 「おい、石田ぁ。台風接近だってさぁ、どう思う?」
  石田と呼ばれた兵士は、ちらっとテレビ画面に目を向けた。
  台風の暴風圏を示す円が、現時刻で既に硫黄島にまでかかってきている。
  そして予想進路を示す歪な扇形は、甲信越地方をすっぽりと飲み込んでいた。
  つまりはっきり言うと――その予想進路のどこを通っても、長野県のここは直撃を免れ得ないということだ。

 「直撃する――でしょうね。勢力は衰えるかもしれませんが、プログラムの進行に支障が出ることは間違いないでしょう」
  兵士石田は、言った。
  坂待は、やっぱり溜息をつく。
 「支障ねぇ・・・・・・」
 「一旦中止しますか? 生徒たちも、台風では動けないでしょう?」
 「う〜ん、どうだろうなぁ・・・・・・」
  坂待が唸った。
  突然、プルルル――と電話が鳴った。
  椅子に腰掛けたまま、坂待が気だるそうな表情で受話器を上げて、耳に押し当てた。
 「はい、こちら第12号プログラム実施本部――」
  少しの間があいた。
 「あっ、ば、幕僚監部長どのでございますか! いえ、私が坂待です! いや、はい!」
  坂待は、椅子から腰を浮かせながら、何度も電話に向かって頭を下げた。
 「は? 台風が接近しているがどうするつもりか、と? いえ、実はまだ迷ってまして――はぁ」
 『――相当な被害が出ると予想されます。住民の皆様も今後の情報に――』
  坂待の声と、テレビのニュースキャスターの声が、重なった。
  受話器を耳に押し当てたまま坂待は、兵士石田に向かって、手の平を上下に動かす仕草をした。
  ボリュームを抑えろ、というジェスチャーだ。
  石田はテレビに近づいて、ボリュームを15にセットした。
  たちまちニュースキャスターの声は、どこか遠い別の場所から聞こえているような感じになった。

 「は、すいません。テレビがちょっとうるさかったもので――。で、もう一度用件を――」
  言いながら、坂待は手近にあった紙をメモ用紙がわりにして、さらさらと何かをメモした。
  実は、坂待はもともと国語の教師だったのだが、それにしては字が汚い。
  焼けたアスファルトの上をミミズがのたくりまわっているような、ぐちゃぐちゃした字だ。
 「ええっ!? ホントですか、それー? あーいやいや、そう言うわけじゃ――。はぁ、はぁ、分かりました。ところで――」
  坂待の表情が、急に緩む。
  そこでやっと椅子に腰掛け、受話器を持ち替えた。
 「誰をお買いになったんです、幕僚監部長は? ――え? 旗山快を? あーなるほど、いやさすが、お目が高い」
  坂待は、内緒話をするかのように、受話器の口元を手で包み込んだ。
 「ええ、もちろんまだ生きてますよ、もう5人殺してます。――は? いまですか? いまは――えーとそうですね、いやちょっと待ってくださいよ――」
  そう言って受話器の口を手で押さえ、近くにあるモニターを覗き込んだ。
  そして、ちょっと顔をしかめる。
  しかし再び受話器を耳に当てた。
  言った。
 「えーと、そのですね、今はなんだか高校の中に入っちゃってるみたいなんですよ。鍵、開いてたんですかねぇ。――あーいやいや、そうじゃなくて。うーんと、榊原郁美を狙ってるみたいですね、はい」
  うざったそうに髪をかきあげたあと、坂待は手元の書類に目を落とした。
 「ええ、3年前の12号のときの。ああ、妹ですよ。今回も、兄と同じようなことしようとしてますねぇ。――え? あ、いやいやそんなことは――。はぁ、まぁそれはいいんですがねぇ。問題は旗山の方で――」
  机の上に散乱している書類をひっくり返しながら、坂待は頭をかいた。
  言った。
 「いやあ、なんかまだ殺さないんですよ、藤本って言うんですがね。ええ、なんか気絶させたまま連れまわしちゃって――どういうつもりなんですかねぇ。えー、そんなことはないんじゃないですかぁ? ええ、あー、あと三村慶吾ですけど――」
  また、書類をひっくり返した。
  すぐに見つかった。
 「なんかけっこう重傷負ってますねー。死んじゃうんじゃないんですかー? いやー、実は私、三村を買ってましてねー、ちょっと期待してたんですがねー。いやいや、まぁ、ええ。あ、ところでその件については? ええ、確か――秋子でしたっけ? 本名は中川典子? はぁ、で?」
  坂待は、しばらく眉を寄せて受話器を握っていた。
 「――ええっ!? ほんとですかぁ!?」
  叫んだ。
  しかし、待機していた幾人かの兵士に見られていることに気づき、受話器の口元を抱え込むようにして、言った。
 「旧米帝大使館に? はぁ、で、殺しました? ええ、はぁ、え? こちらにですか? いや、はぁ、まぁ構いませんけど――」
  また、書類の裏にメモを取った。
  今度は、幾分、読みやすい。
 「ええ、では。あーいやいや、そんなことは――。えー? そうですかぁ? ありがとうございます。あー、詳細はメールで。はい」
  それで、坂待は、「はぁ」と溜息をつきながら、受話器を元に戻した。
  兵士石田に向かって、言った。
 「どうやら生徒がもう一人増えそうだぞー。台風だけど、ゲームは続行することにした。それと――」
  顎に指を当て、坂待は少し考え込んでいるようだった。
  しばらくして微かに頷くと、髪をかきあげながら、言った。
 「ちょっとモニタールームに行ってくるから、ちゃんと書類書き上げといてくれ。いいかー?」
  そして立ち上がると、すたすたと職員室を出て、隣のモニタールームに足を向けた。

  そこは、名前通り、モニターが並んでいた。
  各モニターにはそれぞれ違う映像が映っていて(首輪に内蔵されている小型カメラの映像だ)その右上には名簿番号とその生徒が今いる現在位置が表示されている。
  いくつかのモニターは、黒い画面に“LEFT THE STAGE”という、赤い文字が表示されていた。
  ああ、『退場』ですか。ゲームから退場したというわけ。なるほど? つまり『死んだ』って意味ですか、それは?
  それはともかく、坂待は、あるひとつのモニターをじっと見つめていたが、溜息をつきながら、髪をかきあげた。
 「やれやれ、大変だなぁ、プログラム担当官ってのも。坂持先生は偉大だったんだなぁ・・・・・・」
  そう呟くと、すたすたと職員室に戻っていった――




       §

  三村秋子は、がたがたと揺れるトレーラーの荷台の中で、じっと座り込んでいた。
  スカートに顔をうずめ、何かをじっと耐えている――そんな感じだった。
  ぎゅっとスカートを掴んでいる手の平が、じっとりと汗ばんでいる。
  そして秋子は――突然襲ってきた猛烈な眠気に耐えていたのだ、必死に。
  この眠気が人為的なものであることは、もはや疑いようがなかった。
  あたしを眠らせて、政府はどうしようというのだろうか?
  朦朧としだした意識の中、秋子は必死に考えた。
  何かを考えていなければ、今にも目蓋がくっついてしまいそうだった。
 「寝てはダメ。寝てはダメ。寝てはダメ、寝てはダメ寝てはダメ寝てはダメ寝ては――」
  秋子は、狂ったように、ぶつぶつとそればかりを呟いていた。
  まるでアメリカ製の、できの悪いレコーダーだ、これでは。
  壊れたテープレコーダー。同じフレーズばかりを永遠に繰り返している。

 “ザ・ドリーム・イズ・オーバー。
  アイ・ドント・ビリーブ――
  アイ・ドント・ビリーブ――
  アイ・ドント・ビリーブ――
  アイ・ドント・ビリーブ――
  アイ・ドント・ビリーブ――”

  あーお客さん、いくら安いからって、これは買わないほうがいいですよ。アメリカ製なんて買うだけ損、やめといた方がいいって。
  ハハア、そうなの。だったらこの眠気――なんとかして。
  秋子は、思った。
  なんともならなかった、当然のことながら。
  どんどん目蓋が重くなっていき、秋子の意識は遠退いていった。
  腕を動かそうとしたが、腕は全然動かなかった、まるで自分の身体ではないかのように。
  ふと、秋子は、考えた。
  これは、本当に眠りにつく寸前なのだろうか?
  ひょっとしたら、本当は睡眠ガスではなくて、毒ガスか何かではないのだろうか?
  死ぬときも寝るときも、感覚は一緒だということを、聞いたような気が、する。
  だったら、自分はこのまま死ぬことになる――のだろうか?
  もう、秋也の顔を見ることはできなくなるのだろうか?
  もう、秋也と一緒においしいものを食べることができなくなるのだろうか?
  もう、秋也と一緒に寝ることはできなくなるのだろうか?
  もう、もう、もう――何もできなくなってしまうの――だろうか?
 「い、いや・・・・・・」
  秋子は、呟いた。
  自分でも知らぬ間に、目からは涙が溢れてきそうだった。
  いやだった。
  そんなのは、とにかく、何がなんでも――そう、たとえ死んだとしても――いやだった。
  いま考えると、あの悪夢の方が、どれほどよかったろう。
  最後に秋也の顔を見て死ねるのだ、こんな四角く暗い箱の中ではなく。
  だが、今は、とにかく――眠い。
  秋子は、結局、その襲い来る眠気に打ち勝つことはできなかった、仕方のないことなのだけれど。
  しかしもちろん、秋子はただ眠っただけであり――それは睡眠ガスのせいで、別に毒ガスでもなんでもなかった。

  遠退いていく意識の中、秋子は、聞いた。
  トレーラーがクラクションを鳴らしたと思ったら、いきなり何かに乗り上げたようにガタンと跳ねたのを。
  まぁ、しかし、ただ路上に落ちていたブロックか何かに乗り上げたのだろう、多分。
  その思考を最後に、秋子は、深い眠りについた。
  トレーラーの荷台には窓がついていなかったので、秋子は、自分が慶吾とほんの1kmも離れていない位置にいることなどは、思いもよらないことだった、当然のことながら。
  しかしとにかく、秋子はプログラム会場に入っていたのだ、知らないうちに。
  そして、『秋子がブロックか何かだと思ったもの』にとっては、とんでもない不幸であったと言えた――




       §

  雨が、ものすごい勢いで降っていた。
  尾田雅文(男子四番)は、支給された武器(フリスビーだ。こんなもの、何の役に立つ?)を傘がわりにして、雨の中を走っていた。
  いきなりの豪雨に、昼間太陽に熱せられたアスファルトから、もうもうと靄が立ち上っていた。
  まるで、濃い霧の中にいるようだった。
  雅文は、思った。
  ちょうどいい――この靄のおかげで、いま動いたとしても、かなり見つかる確率は少ないだろう。
  とにかく、いくら他に色々な武器が出回っているとは言っても、雅文のフリスビーよりはマシなものなはずだ。
  だから、雅文は、今まで隠れたところ(池のほとりだ。外城田池と言うらしい、どうでもいいことだが)からは一歩も動かずに、じっと隠れていたのである。
  しかし、この豪雨のおかげで、移動することが可能になったのだ。
  この靄に身を隠しつつ動けば、見つかることはほとんどないだろう――大好きな煙草を我慢しなければならないが。
  だから、雅文は、一番靄の発生が大きいところ――国道18号線を、ひたすら北に向かって走っていたのだ。
  ――え? 車道を走るなって? いいじゃねーか、どうせ車なんかこねーんだし。いちいち歩道なんか、歩ってられっかよ。
  地図を見たところ、北の方は山の麓になっており、木々が生い茂っているはずだった。
  身を隠すには、ここよりは山の中の方がいいだろうと思ったのである。
  それは、間違ってはいなかった、ある意味において。
  そのとき北の方には、野口千沙子(女子十七番)と七原光平(男子十五番)しか、いなかったので。
  だが一方で、その判断が、雅文の命を落とすことになった原因とも言えた。
  それはつまり、こういうことだった――

  雅文が立ち上る靄に隠れながら北を目指して走っていると、どこかでよく聞く音が聞こえた。
 「ん?」
  雅文は、立ち止まった。
  ごおおおお――という、重低音のくぐもったような音だ。
 「なんだ? この音は、いつも聞いていたような――」
  雅文は、首を傾げた。
  無理もないことだった。
  なにしろ、ここは長野県ということで、交通も激しくないうえ、今は車などは一台も走っていなかったので。
  だから、雅文が、それが自分の家の前をひっきりなしに行き交う大型の長距離トラックの音に似ていると気づくのに、数秒を要した。
  その数秒が、雅文にとって、命取りとなった。
 「なんだ、トラックか・・・・・・」
  ほっと息をついたのも束の間、「なぜここにトラックがいるんだ?」という新たな疑問が浮かんだ。
  ――なんでだ!? 閉鎖されてるんじゃなかったのか、ここは!?
  雅文は、すっかりパニックに陥った。
  しかしそんなことよりも、当座考えなければならないことは――自分がいま、車道に突っ立っているということだ。
  刹那、ぱっとあたりが明るくなった。
  背中から、強力な光で照らされているらしい。
  そして、雅文には、その15000カンデラ以上の光量を持つものの正体に、とっくに気がついていた。
  しかし動けなかった、分かってはいても。

 『プァ――――ッ』という、長い警笛の音が響いた。
  次の瞬間、雅文の身体は、時速75kmで走っていた大型トレーラーに弾き飛ばされた。
  40〜50メートルも吹っ飛び、ごしゃっと肩からアスファルトの道路に叩きつけられた。
  意識が朦朧としていた。
  尾田雅文、走り幅跳びで見事、世界新記録を叩き出しました。記録、49.8メートル。グレイト。
  雅文は、ぼんやりと、思った。
  ここは――マズイんじゃないか?
  ええ、そりゃそうですよ、ご主人様。なんてったって、そこ、車道ですから。
  その通りだった。
  人を轢いたというのに、ちっともスピードを落としていないトレーラーが突っ込んでくるのを、雅文は奇妙な方向にねじれた自分の頭が向いている先に、捕らえることができた。
  そして、その大きなタイヤが、自分の目の前に迫ってくるまで――自分の上を通り過ぎるまで、じっと見つめていた。
  まったく――俺は、どこまで、運が悪いのだろう?
  雅文は、タイヤに巻き込まれる直前、ただなんとなく、そう思った。

  トレーラーは、何事もなかったかのように、プログラム実施本部が置かれている中学校へと向かっていった。
  しばらくの間、その片輪のタイヤが通った跡には、二本の赤い血のラインができていたが、それもすぐに雨に流し落とされた。
  国道18号線の黄色いセンターラインの上、クラスの中でもっとも運のない男は、重さ8トンのトレーラーに巻き込まれ、既にぐちゃぐちゃのストロベリィ・パイになっていた。
  溢れ出る血は雨に洗われ、道路脇の排水口に、どろどろと吸い込まれていった。
  ぐにゃりと変形した首輪が、その肉の塊にへばりついて、ただ雨に打たれているだけだった――

   【残り20人】


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