BATTLE ROYALE 2
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The Final Game 〜
[ 第六部 / 中盤戦(中編) ] Now 21 students remaining...
< 27 > 雨
「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」
千早由貴子は、肩で息をしながら、呆然と目の前の光景を見つめた。
由貴子たちを襲った滝川直が、突然降り出した雨にずぶ濡れになりながら、倒れていた。
特に血は出ていないし、外傷もぱっと見ではよく分からない。
果たして彼は――生きているのだろうか?
ウージー・サブマシンガンを構えながら、由貴子はゆっくりと直に近づいていった。
ギクシャクと、不自然な動きだった。
思った。
これではまるでブリキの人形だ。左右交互に足を出しまーす、はい、右、左、右――
地面についた左足が、ずるっと滑った。
「わっ!」
体勢を立て直そうとした由貴子だったが、そのまま水溜りにべちゃんとしりもちをついてしまった。
しかし、その水溜りは、なにかおかしかった。
水の色が――赤いのだ。
「・・・・・・え?」
由貴子は一瞬、息を呑んだ。
すぐに分かった、それが血だということが――雨で随分薄められていたけれど、それは紛れもなかった。
ばっと立ち上がり、それから直に駆け寄った。
頚動脈に指を当てて脈を診てみたが、もうそれは冷たい肉の塊でしかなく、脈打ってはいなかった。
直は死んでいたのである、つまるところ。
そしてやはり外傷は――いや、頭部がふやけているみたいになっている――まるで豆腐だ。
なにか固いもので殴られたのだろうか?
とにかく、頭部以外の外傷は、見当たらなかった。
つまり、この血は直のものではない――ということは――
「三村さん・・・・・・の?」
由貴子は、呟いた。
その言葉を肯定するかのように、直の近くに、青い12ゲージ・ショットシェル(ショットガンは、扱いやすいように切り詰められた、ソードオフショットガン・ベネリM3Sだった、どうでもいいことなのだが)がひとつ転がっていた。
そして、それを撃ち出したはずのショットガンは、なくなっていた。
由貴子は、思った。
三村さんが――持っていったのかしら?
しかしこの血の量からすると、相当な重傷を負っているはずだった。
「そう遠くへは行っていないはずだわ・・・・・・」
由貴子は、呟いた。
晴れていれば血痕でも残っていたかもしれないのに、なんでいきなり降ってくるのよ、チクショウ。
由貴子はぎりっと歯を噛み締めたが、とにかく、今は、慶吾を探す方が先だった。
気を取りなおし、駐車場の入口付近を中心に、由貴子は歩き始めた。
しかしそれにしても――
歩きながら、思わず苦笑してしまう。
なんでそんなに三村さんにこだわるのかしら、あたしってば――こんな命懸けってときに。
由貴子は、思った。
こんな命懸けってときに――言いかえると、それだからこそなのかも知れない。
平和だった頃――ああ、何万年前の話かしら? 今はもう遠い昔のことにように思える、たった数日前のことが――教室で『ちょっといいな』と思った男の子は、命懸けの状態で、『死ぬほど好きな』男の子に変わってしまったのかも、知れない。分からない。
別に慶吾のことが好きとか、そういう感情はなかった――今までは。
しかし今は――どうなのだろう?
「――ん?」
そんなことを考えながら歩いているうちに、なんだか土手のようなところにある階段の前に来ていた。
どうやらこの下に、なにかの並木道があるらしい。
由貴子は、なんとなく、その階段を降りてみた。
階段を降り切ったところで、由貴子ははじめて、駐車場の入口が橋になっていることに気がついた。
その橋は煉瓦造りで、なんだか地下鉄のトンネルのような形をしていた。
そこで、由貴子は、目を見開いた。
そのトンネルの下に、人影があったので。
一段高い場所に横になっている人物こそ、自分の探していた三村慶吾だったので。
「み、三村さん!?」
由貴子は、慌てて慶吾に駆け寄った。
そして、はっと息を呑んだ。
慶吾の右脇腹の付近が、なにかでかき回されたようにぐちゃぐちゃになっていて、そこからじくじくと血が溢れ出していた。
一応、応急救護的な措置はしてあるようだったが、あまり効果があるとは思えなかった。
一刻も早くちゃんとした手当てをしないと、取り返しのつかないことになるかもしれない。
では、稲山奈津子が向かった、杉山貴志たちがいる薬局に――?
由貴子は、考えた。
しかしあそこまでは、結構な距離があるはずだった。
しかし、思った。
やるしか――ないんじゃない?
由貴子が覚悟を決め、慶吾の身体に手をかけた、そのときだった。
「動かないで・・・・・・」
背後からかけられた鋭い声に、由貴子は心臓を鷲掴みにされたかと思うほど驚いた。
電極に両手を突っ込んだときのように、びくっと身体が硬直したまま、動けなかった。
いやはや、こんなに驚いたのは久しぶりだ――そう、女子柔道部の顧問の先生に呼び出されて、いきなり「今度の地区予選でレギュラーとして出てみないか?」と言われたときくらいのものだ、こんなに驚いたのは。
そしてその予選で優勝して、全国大会に行ったのだった、今となってはどうでもいいことなのだけれど。
「――だ、誰? りょ、諒子?」
由貴子は、身体を硬直させたまま、言った。
セーラー服の背中に、なにか大きい銃口が押し当てられているのが分かった。
「あなた、どうしてここにいるの? 三村さんに何かしようとしていたの?」
由貴子の質問には答えず、背後の人物は、言った。
よく見ると、慶吾のそばに見覚えのあるポーチが置いてあった。
おそらく、この背後の人物が慶吾を手当てしていたのだろう。
つまりその人物は――敵ではないということだ、とりあえずは。
由貴子は、ほっと溜息をついた。
全身から力が抜けていくのが分かった。
「大丈夫、あたしは敵じゃない。三村さん、追っかけてきたんだけどさ、見失っちゃって――」
「とりあえず、手に持ってるものを置きなさい」
命令口調の声に、由貴子は微かにむっとしたが(なんでこのあたしが命令されなきゃなんないのよ?)、しかしとにかく、持っていたウージーを慶吾の隣に置いた。
「置いたわよ?」
「――こっち、向いて」
そう言われたので、由貴子はくるっと振り返った。
思った通りだった。
中山諒子が、由貴子の目の前に立っていた――ショットガンを構えながら。
その銃口がまだ自分に向けられていることに、由貴子は軽い苛立ちを覚えたけれど。
「いまの話、本当?」
諒子が、聞いた。
ここで「ウソ」とか言えば、あたしは撃ち殺されるだろうな、間違いなく――とか考えながら、由貴子は頷いた。
それは本当のことだった、少なくとも。
「だったら――」
諒子が、微かに笑った。
なんだか裏のありそうな、湿った笑いだった。
「だったら、何の目的で? まさか、『それ』の餌食にしようって魂胆?」
そう言って、諒子は顎でウージーを示した。
由貴子は、あからさまに顔をしかめた。
なんでこんな奴にそんなことを言われなきゃならないの!?
もともと気性が激しかった由貴子は、それで、かっと頭に血が上った。
「あんたこそ――!」
由貴子が怒鳴り返そうとした。
「――やめろ」
そのとき、横合いから急に声をかけられ、2人はそちらの方を見た。
その声には、とても威圧感があった。
いつの間にか慶吾が眼を開いていて、2人を睨みつけていた。
その気迫に気圧されるように、諒子と由貴子は、どちらともなくごくりと唾を飲み下した。
「くっ!」
慶吾は、まだ血が滲んでいる学生服の上から傷を押さえ、上体を起こした。
思った。
桐山のイングラムの時よりもひどい、これは――
「み、三村さん、あまり無理しない方が――」
「もう少し――休んでたらどう?」
諒子と由貴子は、そろって言った。
めちゃくちゃな痛みが、慶吾を襲っているはずだった。
言ったあと、お互いの顔を見合わせた。
これで2人は、相手の胸中が、自分の同じようなものであると悟った。
つまり慶吾のことを気にかけているという――生来鈍感なのか、当人はまったく気づいた風はなかったが。
「中山サン、千早サンの言ったことは多分、本当だろう。なんで追ってきたのか、その理由は分からないけど――」
慶吾は、言った。
やっぱり鈍感なのだ、この男は。
そりゃいくらなんでもあんまりじゃないですか、おにいちゃん? ああ、3年前もそうでしたね。進歩してないわけですか、結局?
とにかく、慶吾は、そんなことはお構いなしに起き上がろうとした。
しかし、起き上がれなかった。
思った。
マズイな、さすがに体力が持たない。――体力だけが取り柄なのにな、俺は。
ええ、そりゃマズイですよ、ご主人様。トイレのスリッパで作ったシチューよりも、ずっと。
それで、ちょっと、考えた。
「千早サン、ちょっと水、もらえるかな?」
「えっ!? あ、待って」
慶吾が言うと、由貴子は慌ててディバッグの中からミネラル・ウォーターのボトルを出した。
それを受け取ると、慶吾は口をつけて、その水で口の中をすすいだ。
鉄の味がしたが、多分自分の血だろう。
そして、ポケットから錠剤を出して、飲んだ。
薬局にあった痛み止めだが――少しは外傷にも効くのだろうか、どうせ気休め程度だろうが。
思った。
こんなことなら、消毒液や麻酔薬(あ、麻酔は使えないか、俺には)でも持ってくればよかった、クソ。
水を飲んだせいか、先程よりも幾分、楽になった、ほんの少しだけだけれど。
「いま、何時だ? 俺、何時間寝てた?」
慶吾が呟くように言うと(しゃべるのも辛い、内臓に被害が及んでいるのだろうか?)、2人は揃って腕時計を見た。
「16時ちょっと過ぎよ」
由貴子が、言った。
「――じゃあ、4時間くらい、寝ていたことになるわ」
諒子が、続けた。
「4時間か・・・・・・。遅刻にしては、ちょっと時間が遅すぎるかな」
慶吾は、呟いた。
次の放送までに帰る、と言ってきたのに、もうその放送はとっくに終わっていたのだ、直との死闘のときに。
それは仕方のないことなのだけれど。
問題は――南由香利たちは、今も大人しくあの薬局にいるだろうか、ということだった。
「ちょっと地図、見せてくれるか?」
諒子に言うと、諒子はセーラー服のポケットから地図を取り出した。
ディバッグに入っていたときと同じくらい、きちんとしている。(慶吾の地図は、もうくしゃくしゃだった)
それを受け取り、開いてみた。
禁止エリアになった場所に、鉛筆で斜線が引いてある。
例の薬局は――まだエリアに指定されてはいないようだ、どうやら。
行ける――だろうか、今のこの俺の状態で?
お客さん、そりゃあちょっと無謀ってやつじゃあないですか? あなた、いま、ソーセージになりかけてるんですよ? 自覚、ないんですか、もう。
しかしとにかく、いつまでもここにいるわけにはいかない。
ここはトンネルの中だ、雨宿りにはちょうどいいのだが――危険だった。
トンネルは、出口と入口しか、ない。
そして、ここは、その出口と入口が一直線上にあるのだ。
つまるところそれは――もし片側から銃弾を撃ちこまれれば、横への逃げ道はない、と言うことだ。
逃げも隠れもできない。
もしサブマシンガンのような連射機構を持つ武器などだった場合は最悪で、それはつまり当たるしかないのだ、その鉛玉のシャワーに。
どうです、湯加減は、お客さん? ――え? 熱すぎるって? そりゃあそうでしょう、当店自慢の、パラベラム温泉ですから。効能は、リウマチ、肩こり、冷え性――まぁ、なんにでも。
それで、慶吾は、唇をちょっと舐めた。
「仕方ない、とりあえず、薬局へ行こう」
慶吾が言い、由貴子が頷くと、諒子は眉を寄せた。
「薬局って?」
「ああ、由香利とか、奈津子がいるのよ。あと、杉山くんと、黒澤くん、太田くんもね」
由貴子の言葉を聞いて、諒子はちょっと、口元を歪めた。
それでも別段、その整った表情が崩れたわけではないのだけれど。
「奈津子と――太田くんが? それはちょっと――よくないわね」
苦しそうにそう言った諒子の言葉が、慶吾には理解できなかった、もちろん、由貴子にも。
「どう言う意味だ?」
「それ、どう言う意味?」
2人の言葉が、重なった。
慶吾は、思った。
あれ、こんなシーン、確か前にもあったよな。そう――3年前に。
まぁ――どうでもいいことなのだけれど。
諒子が、続けた。
「実は、太田くん、多分――あたしの思い違いかもしれないけど、でも多分、実は奈津子のこと――」
諒子が言いにくそうに、そこまで言ったときだった。
カッとあたりが照らし出されたかと思うと、バリバリというものすごい轟音が響いた。
「きゃっ!?」
「な、なに?」
諒子と由貴子は、咄嗟に耳を塞いだ。
「大丈夫、ただの稲妻だ。しかし嵐になるかもしれない・・・・・・」
慶吾は呟いた、誰に言うともなしに。
それはそう、ただの稲妻だった。
だがしかし、諒子にはその稲妻が、なにかとても不気味なものに思えてならなかった。
思った。
まるで、悪魔が舞い降りてくる前兆のようではないか、これでは――
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