BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第六部 / 中盤戦(中編) ] Now 21 students remaining...

          < 28 > 体育館


  しんとした体育館に大きな音が響き、アリーナの扉が開いた。
  体育館の隅、跳び箱の影に隠れて息を潜めていた榊原郁美は、思わずごくっと唾を飲み込んだ。
  思った。
  なんでこんなに早くここに来るわけ?
  まるで――自分の位置を性格に把握しているようだ。
  さすがの郁美も、こんなに早く旗山快がここに来るとは、思っていなかった。
  逃げ出したときに追ってこないのを不思議に思ったが――とにかくこれで隠れることができると思ったのに。
  まったく、あいつは超能力者なのだろうか?
  はぁい、ご注目。この帽子の中にミルクを入れて――ワン・トゥ・スリー! さぁ、ミルクが鳩に早変わり――
  郁美は軽く、頭を振った。
  ばかばかしい。
  そんなこと、あるわけがない。
  きっとただの偶然か――もしかしたら、クラスメイトの居場所を知る、なんらかの手段があるのかもしれない。
  そう考えた郁美は、自分の首に巻きついているものに手を当てた――はっとして。
  もしその手段があるとしたら――このクソやくたいもない首輪のせいに違いない。
  まったく、足手まといなアクセサリーだ、これは。

  わずかに姿勢を変えたとき、古くなった木製の跳び箱が、がたっと音を立てた。
  大きな音ではない。
  普段の体育館だったら聞き逃してしまうくらいの、小さな音だ。
  普段の――そう、バレーボールやらバスケットボールやらをやって、活気付いている体育館であれば。
  しかしもちろん、今はレシーブのときの元気のいい掛け声はないし、バスケットボールが床を叩く音もしていない。
  ただの心細い静寂が支配しているだけだった。
  そして、そのせいで、バスケットコート一面分を隔てた快の所にまで、その音は届いてしまっただろう、おそらく。
  郁美は跳び箱の隙間から、そっと快の方を覗いた。
  快はこちらを見ていた――無気味に笑ったような表情をしながら。
  静かだった体育館に、快の声が響いた。
 「もう隠れている必要はないよ。大人しく出て来たらどうだ?」
  そう言った快の言葉の語尾に、風呂場でしゃべっているようにエコーがかかった。
  ここで歌を歌えば、どんな音痴でも、うまく聞こえるだろう、大抵は。
  あらまあ、なんて大きなカラオケボックスなんでしょう。

  郁美は、「ふぅ」と溜息をついた。
  ハッタリなどではないらしい、どうやら。
 「・・・・・・分かったわよ。今、出るわ」
  郁美は、言った。
  普通の声の大きさだったが、思った以上に体育館中に響いた。
  跳び箱の陰から出て、そこに置いてあったロイター板の上から、体育館の茶色く変色した床に降り立った。
  相当古い体育館だったが、生徒によってよく磨かれていたのか、郁美の靴の裏できゅっと音が鳴った。
  それで、郁美は、土足で体育館に入っていることに、少し後ろめたさを感じた。
  それから、バスケットコートを挟んで立っている快を、じっと凝視した。
  快もまた、こちらをじっと眺めていた。
  郁美が先に、口を開いた。
 「あなた、どうしてあたしがここにいるって分かったの?」
  無人の――もちろん、自分と向こうにいるもう一人を抜かして、だ――体育館に、声が反響した。
  快が、左手を上げながら、答えた。
  その手の中には、なにやら電子手帳ほどの大きさの四角い物体が、握られていた。
 「まぁちょっと――ね。藤本華江が持っていたこいつを使ってみただけさ」
  一平面だけがぼんやりと光っていたので、それが液晶画面であることが分かった。
  ああ――郁美は、頷いた、心の中で。
  やっぱりそういう仕組みなわけね、あなた、それ、ちょっと、ずるくない?
  郁美は、溜息をついた。
  快の右手の中には、郁美に支給されていた、スミス・アンド・ウェスンが握られている。
  それ、返してくれないかしら? あたしのなんだけど、もとはと言えば?
  郁美には北上彩に支給されたアーモリー・ディフェンダーがあったが、所詮はポケット・ピストルなので、期待はできない。
  撃ち合いに向く銃ではなかった、どちらにしても。

 「それで?」
  郁美が、言った。
 「何が狙いなわけ? あたしを殺すこと? ――まぁもちろん、最終的にはそのつもりなんでしょうけど」
 「うん。まぁそういうことになるんだろうね」
  快が、ためらいもなく、頷いた。
  それで、郁美は、苦笑した。
  あの――そんなにはっきり答えられても、困るんですけど。
  郁美の苦笑を無視して、快は続けた。
  高揚のない、機械的な口調だった。
 「個人的には、嫌なんだ、そんなことをするのは。でも、きみも『目標』に選定されているからね、残念ながら」
 「――目標?」
 「そう。『目標』だ。藤本華江と、榊原郁美、それと金子さゆり、谷浦みはる。男子は、黒澤健司、杉山貴志、あと――三村慶吾だ」
 「へぇ、そう?」
  郁美は、黒澤健司の名前が出たことに(自分の名前は、もう先に聞いていたから驚かなかった、別に)内心、動揺した。
  しかし表情には出さなかった――と思う、多分。
 「まぁ、金子さゆりと谷浦みはるは、なんの手応えもなかったけれどね。下手に不良ぶってるから、こう言うことになる」
  快は溜息をつきながら、金子さゆりと谷浦みはるに注意するように、言った。
  それで、郁美は、どきっとした。
  それはつまり――その快の言葉は、郁美よりも前に彼女たちに会っている、ということだ。
  そして、もうその2人は、このやくたいもないゲームを退場しているのだろう。
  だがしかし、それは、いい。
  もう死んだ人間のことは――少し申し訳ない気もするけど――仕方がない、とにかく。
 「で? その目標って、一体――」
  なんのこと、と続けようとしたところで、郁美の声がかき消された。
  ぱらららっ――という、一種タイプライターのような軽い音がしたので。
  3点バーストで撃ち出されたパラベラム弾が、快の左手の中にあった液晶を、粉砕した。
  液晶と同時に撃ち抜かれるはずだった快の手は、傷ひとつついていなかった。
  無事だった。
  咄嗟に手を引っ込めたのだろう。
  思った。
  まったく、どこまで人間離れしているのかしら、いやはや。
  まあ、とにかく、そんなことを考えている場合ではなかった、今は。
  快の背後に――アリーナの扉の影だ――人影が見えたので。
  その人影が、ヨウカンの箱くらいの四角いものを、手に持っていたので。
  それは、もちろん、ヨウカンのパッケージではなく、もっと固くてごついもの――カステラ箱くらいの大きさのあるM10を、さらに小さく扱い易くした、イングラムM11サブマシンガンだったのだ、つまるところ。



       §

  藤本華江は、イングラムの銃口を、旗山快の背中に押しつけた。
  快は、別に抵抗したりはしなかった。
  しかし、言った。
 「ぼくに勘付かれないで背後をとるとは、なかなかやるね」
  快は、妙に感心したような口調で、言った。
  華江は、そんな快の言葉に、笑顔で答えた。
 「お褒めいただいて、どうもありがとう。ついでに、睡眠不足も解消できたし、これもお礼、言っとかなきゃね」
  とても棘のある、一言で厭味と分かる口調だった。
  だが、それでも快は、とぼけたように肩をすくめながら、言った。
 「それはどうも。さわやかなお目覚めだったかな?」
  背中に押し当てられているイングラムなど、意に介した様子もない。
  華江は、片方の眉をちょっと上げた。
  侮辱されたような気持ちと、呆れたような気持ちが、華江の胸の中でダンスをしていた。
  シャル・ウィー・ダンス? あたしと? オーケイ、いいわよ。だけど足、踏まないでよね?
  だが、とにかく、どうでもいいのだ、そんなことは。
 「あんた、なんであのまま、あたしを殺さなかったの? 今の『目標』って、なんのことよ? あんた、一体何者なわけ?」
  華江は、吐き出すように言った。
  快が笑いながら、肩をすくめる。
 「そんなにいっぺんに疑問符を並べられてもな。どうにも答えようがないんだけど、とにかくそう言うことだよ」
 「どう言うことよ!?」
  郁美と華江が、口を揃えて、怒鳴った。
  アクセントまで、同じだった。
  ただ、郁美の方がいくらか声が高かったけれど――ちょっとだけ、0.75オクターブくらい。
  それで、快は、眉を寄せた。
  困ったな、という表情のようだった、どうも。
 「そう言われても、極秘事項なんだよ。ぼくの口から言うのは、どうもなぁ・・・・・・」
  快はぼやくように、呟いた。
  それで、華江は、ちょっと唇を舐めた。
  イングラムの前に背中を見せている快は、まったくの無防備と言ってよかった、拳銃は持っているけれど。
  いま華江が引き金を引けば、ほぼ確実に快を殺すことができるだろう。
  はっきり言って、何故自分を殺さなかったのか、快が一体何者なのかなんてことはどうでもよかったのだ、華江には。
  少し――興味はあったけれども。
  とにかく、快が自白する気がないのならば、それはそれで一向に問題はないのだ。
  ここで殺してしまえば、そいつの秘密やら何やらなんてことは、なんの意味も成さない情報なのだから。
  華江の指に、微かに力がこもった。
  しかし、イングラムの引き金が引かれるその前に、快が口を開いていた。

 「しかしそれを言ったところで、ぼくになんのデメリットがあるわけでもない――ま、メリットもないけど――でも特別に、きみたちにだけ教えても、構わないかな・・・・・・」
  快は、いつものつまらなさそうな口調で、言った。
 「それなら、話してくれるって言うの? あなたの正体を?」
  郁美が、言った。
  はじめはバスケットコート一面分離れていた郁美だったが、いつの間にか、その距離は半分になっていた。
  華江は心の中で、舌打ちをした。
  快を殺したあとは、郁美も蜂の巣にしてやろうと考えていたので。
  だが、この距離なら逃げられることもないだろう。
  そう思い直し、華江は、イングラムの引き金にかかった指の力を、わずかに緩めた。
  それがいけなかった。
  背中に銃口を当てられているにも関わらず、快は華江の一瞬の隙をつき、足をうしろに蹴り上げた。
  凄い勢いだった。

  ぱららっ――とイングラムが火を吹いたのは、快に蹴り上げられて、銃口が天井を向いた時だった。
  ぱぁん、と天井に吊るしてあった蛍光灯が割れ、郁美の真上に落ちてきた。
  そのときにはもう、イングラムは華江の手から離れて、少し離れた床の上に転がっていた。
  快の回し蹴りが華江の手を捕らえて、イングラムをふっ飛ばしたのだった。
  本当に、一瞬の出来事だった。
  そう、まるで、郁美が幼いころ兄の信史に見せてもらった、子供だましの手品のようだった。
  手の平の中にあったコインが、一瞬にしてなくなるのだ。
  アレを見せたあと、信史はにやりと笑いながら「タネや仕掛けなんかないぜ」と言っていたが、テレビで同じ手品をやったあと、種明かしをしていたので、郁美はいまさらながら兄が侮れなかったことを知った。
  それは――兄が政府に『殺された』あとのことだったのだけれど。
  とにかく、その手品を見ているように、一瞬にして事態は急変していたのだ。
  兄と同じ血を分かち合った郁美のこと、もちろん、ただ指を咥えて見ているわけがなかった。
  コンマ数秒のうちに判断し、落ちてきた蛍光灯を横っ飛びで避けた。
  床にぶち当たった蛍光灯がさらに砕け、細かい破片が飛んできて郁美の首筋を切った。
  ちりっとした痛みを感じた。
  触ってみると、血が出ていた。
  まあまあだった。
  その間に、華江は快から飛び退り、イングラムめがけて跳んでいた。
  ばん、と先程よりは低めの音がして、快が持っていたスミス・アンド・ウェスンが火を吹いた。
  咄嗟に身を屈めた華江の数センチ頭上を、357マグナム弾が高速で通過した。
  その弾が、華江の目の前にあったイングラムに命中し、イングラムはさらに遠くへはじかれた。
  世にも珍しい、独りでに踊り出すサブマシンガン。あらまあ、なんておもしろいの。
  郁美が素早い動作で起き上がったときには、だだっ広い体育館に銃声のエコーがもうひとつ響いていた。
  快の持っている拳銃が炎に包まれるのが見えた次の瞬間には、持っていたはずのディフェンダーが、遥か後方に吹き飛んでいた。
  手がじんじんと痺れていたが、とにかく、怪我はなかった。
  手の中のディフェンダーだけを狙ったのだ、快は。
  郁美は、快と正面からやりあうことを、ほぼ諦めていた。
  こんなのに勝てるはずがなかった。
  そして、それは、華江も同じだった。




       §

  快は、持っていた鎖分銅の鎖で、華江と郁美を縛り上げた。
  まず両腕をうしろで縛られ、その残った鎖の長さで、華江と郁美を背中合わせにして縛った。
  もちろん、ディバッグは奪われて、傍らにおいてある。
  郁美は、思った。
  やれやれ、これではまるでイケニエの儀式だ。
  準備は整った。オーケイ、それではこれから火をつけるぞ。憐れ、2人の美女は炎の中に――
  そういえば、これとよく似たシチュエーションのアメリカ映画を(多少規制されてはいたが、でもレンタルショップなどにたまに置いてあった)見たことがあるような気がする。
  なんとかという考古学博士が、聖杯を探して父親と冒険をするのだ。
  途中、ナチス・ドイツ(大東亜共和国と軍事同盟を結んでいて、現在ではノイエ・ナチス・ドイツという国名になっている)に捕まって、部屋に監禁されるというシーンだった。
  ちなみにノイエ・ナチス・ドイツは、大東亜共和国と米帝に次いだ先進工業国だったが、米帝が崩壊した今、その工業力は世界第2位になっている。
  医療技術分野では、大東亜共和国を凌いでいる部分もある。

  そんなことはともかく、郁美と華江を縛り上げた快は、改めてイングラムを拾い上げた。
  華江は、背中合わせに縛られているので郁美からは表情が見えなかったが――機嫌が悪そうだった、まあ当たり前なのだけれど。
  快は、2人を見下ろし、言った。
 「話の途中で混乱させてしまったね。でも、銃口を突きつけられながらしゃべるってことには馴れていなくてね」
  そう言うと、快はイングラムの安全装置をかけ、ディバッグの上に無造作に放り投げた。
  右手にはスミス・アンド・ウェスンを持っているが、撃鉄は起こされていない。
  とりあえず持っている、という感じだった。
 「さて、話を元に戻すけど――」
 「ちょっと待ちなさいよ」
  快の言葉を遮って、華江が言った。
  口調から、苦々しさが溢れ出ていた。
 「ん?」
  快が首を傾げると、華江が、快を真正面から睨んだ。
 「あたし、あんたに負けたことは認めるけど、そう易々と殺されるつもりはないわ。それだけ、その頭に入れときなさい。オーケイ? いい? 了解した?」
  華江がそう言うと、快は、ふっと笑った。
  その表情を見たとき、華江は、一瞬、違和感を感じた。
  なにか――とても珍しいものを見たような気が、した。
  思った。
  そう言えば――こいつ、教室で、こんな顔で笑ったことがあっただろうか?
  いつも、にやりという感じの含み笑いと、相手をバカにしたような冷笑しかしていないような気がしたけれど――

  だが、そんな華江の疑問に気づいた風もなく、快は頷いた。
  言った。
 「オーケイ。隙があったら、いつでもぼくを殺すといい。ただし、こっちもただ殺されるわけにはいかないけどね」
  郁美は、快の方に無理に首を回して、口を開いた。
 「いいわ。だけど、教えて。あなたは一体、なに? 何故、そんなに落ち着いていられるの?」
 「ハハア――」
  快は、にやっと笑って、肩をすくめた。
 「ぼくの正体って言っても、そのままなんだけれどな。実は幽霊でした、なんてオチを期待してるんだったら、残念ながら違うね」
  それで、郁美は、むっとしたように目を細めた。
 「じゃあなんなわけ? 普通の中学生とは、どうみても違うわよ、絶対に」
 「おやおや、まさかきみにそんなことを言われるとはな。政府にハッキングをかけれるような度胸のあるきみに――」
 「か、関係ないでしょ!」
  快と郁美のやり取りを聞いて、華江はひょいと眉を上げた。
  政府にハッキング――?
  それは――どういうことなのだろうか?
  気になったが、しかし華江は口を出さなかった。
  面倒だったので。

  しかし、急に真顔になって、快が言った。
 「でも残念ながら、その作戦には致命的欠陥があった――」
 「致命的――欠陥ですって?」
  郁美が、呟いた。
  その声が、華江には微かに震えているように思えた、気のせいかもしれないが。
  そんなことはまったく構わない様子で、快は頷いた。
  言った。
 「うん。ああ、いや、作戦自体に問題はなかった。問題があるとすれば――こいつだ」
  快は自分の首に巻き付いている金属の首輪を、右手に持っている拳銃の銃口で叩いた。
  自分に銃口を向けるなんてことは普通、しないものだが、快はそういうものを扱い慣れているような感じが、した。
 「こいつは、専守防衛軍の装備品研究所ってとこで開発された、『ミッドウェー23号』って言うんだ」
 「ミッドウェー・・・・・・23号?」
 「ま、名前なんかどうだっていいんだけどな。もう気づいているんだろう? ぼくがきみを追って来たことで――」
  快がそこまで言うと、郁美の目がはっと見開かれた。
  背中を向けている華江には郁美の表情は見えなかったが、ぐっと郁美の身体が強張ったのが分かった。
 「ま、まさか――そんな――」
  真っ青な表情で、郁美が呟いた。
  身体が、微かに震えていた。
  思った。
  あらあら、そんなに震えちゃって。クーラーでもついているの、ここは? あたしはむしろ、暑いくらいなんだけど?
  しかしやはり、口は開かなかった。
  快は、冷静に続けた。
 「そのまさかだ。この首輪には、集音機と小型カメラが内蔵されている。ぼくらの言動は、全部政府に筒抜けなんだよ」
  華江は、微かに頷いた。
  なるほど、そういうことか。あたしたちを監視してるってわけだ、いつでも殺せるように? ふうん、そうなの。
  そして、そこではじめて、快と郁美の会話に口を挟んだ。
 「大体は分かったわ。つまり、この子は政府を騙して逃げようと企んだけど、結局は失敗だったわけね?」
  華江は、言った。
  快は、肩をすくめた。
 「ま、そういうことになるね。少し大雑把な言い方だけど」
 「でも、そうするとひとつ、引っかかることがあるわね?」
 「ほう? なんだい、それは?」
 「あたしたち、そんな話は――マイクとか、カメラとか――聞いてないわ。あの坂待とかいう奴の説明にもなかった。いま考えると、それをほのめかすような発言もあったけど、でも、とにかく、それだけで、そこまで詳しく分かるわけがないわ」
  華江が言うと、郁美も「あっ」と言って顔を上げた。
  快は、黙っていた。
 「――あんた、どうしてそんなことを知っているの?」
  静かに言い放った華江の声は、誰もいない体育館の中に響き渡った。

 「・・・・・・ふむ」
  しばらくして、快が大きく溜息をついた。
  続けた。
 「ま、知っていて当然だ。これ、なんだか分かるかい?」
  そう言って、快はYシャツの胸ポケットから、四角いピンバッジのようなものを華江と郁美に見せた。
  金色の桃の花びらの模様をした金細工が布地に付けられていて、その下に白いラインが何本か入っていた。
  華江は、すっと目を細めた。
  こう言うものをつけている奴らは、街などで見かけたとき、大抵、スチールヘルメットにアサルト・ライフルを持っていた。
  桃の花びらは大東亜共和国の象徴で、そしてその下のラインは、階級を表しているはずだった、自分の記憶が正しければ。
  郁美にも、それがなんだか分かったようだった。
  顔を上げ、快の顔をまじまじと見つめながら、郁美は言った。
 「あなた――軍人なの?」
 「ああ。大東亜共和国専守防衛陸軍特殊工作部伍長。そいつが、ぼくの肩書きだ」
  快の、さほど大きくもないその声は、しかし体育館中に響いたのだった。
  華江と郁美は、納得した。
  なぜ快が、こんなにも銃器の扱いに長けているのか。
  なぜ、こんなにもプログラムの内部事情を知っているのか。
  道理で――勝ち目がないわけだ。
  職業軍人に、どうして中学生の女の子が敵うわけがあるだろう?
  とにかく、2人は、あまり抵抗もなく、その事実を受け入れることが、できた。
  疑問は、まだまだたくさんあったけれども。

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