BATTLE ROYALE 2
〜
The Final Game 〜
[ 第六部 / 中盤戦(中編) ] Now 21 students remaining...
< 29 > 崩壊
旗山快が、榊原郁美と藤本華江を捕縛したのとほぼ同時刻――山原街商店街の薬局。
杉山貴志は、ペットボトルのミネラル・ウォーターで鎮痛剤を飲み下したあと、ソファの上で横になっていた。
肩の痛みは――もちろんまだ抜けていないが、それでも最初に比べて、だいぶ楽になった、と思う。
貴志の彼女である、稲山奈津子の献身的な手当てのお陰なのかも、知れない。
しかし、大方は南由香利が(なかなか手馴れてるな、南さん。そういや、お母さんが看護婦やってたんだっけ?)手当てしてくれているのを、奈津子がサポートするという感じだったのだけれど。
まぁ、気にしないでくださいよ、そんなこと。俺、のろけるつもり、ないんだからさ。
とにかく、貴志は、睡眠不足のせいか、うつらうつらとしていた。
ぼんやりとした頭の中に、色々な思考が浮かんでは、消えていった。
その中には、やはり、不思議な転校生――三村慶吾のことも、あった。
本当に不思議だった。
本部がある中学校の教室で、飯田浩太郎を助けるために拳銃を使おうとしていた――結局、使わなかったが。
なぜ、武器が支給される前から、拳銃を持っていたのか?
それに――なんとなくだが――このプログラムってものに手馴れているような気が、した。
米帝で、サバイバル・ゲームでもやってたのか、実は?
それは冗談ではなく、実際、慶吾の肩口にはなにか銃弾を撃ち込まれたような丸い痕があった、まさかそんなわけはないとは思うが。
まぁ、そんなことよりも――慶吾はいま、無事なのだろうか?
これが、当座貴志たちのチームにとって、一番大切なことだった。
奈津子の話を聞いたあとの由香利の動揺ぶりを見たら、あまりものに動じない貴志もなんだか落ち着いていられなくなってしまった。
あの黒澤健司すら腕を組んで、探しに行くべきかどうか、しばらく迷っていたほどだ。
しかし、健司の、
「もう少しだけ、あいつを信用してみよう。次の放送で呼ばれなかったら、捜索組と残留組とに分ける。今、下手にバラバラになるのはまずい」という言葉で、なんとか混乱は収束した、当座は。
しかしそれにしても――
貴志がそこまでぼんやりと考えたとき、がちゃっと音がして、貴志が寝ている部屋のドアが開いた。
「貴志くん? 起きてる?」
奈津子の声だった。
貴志は、ぼんやりとした頭をドアの方に動かすと、「ああ」と答えた。
実は、半分くらい寝ているのだけれど――とにかく、答えた。
遮光カーテンが引かれている部屋は薄暗くて、長い髪と整った身体のシルエットしか見えなかった。
しかし、貴志は、安堵感を覚えた――ちょっとだけ。
こうやって貴志と奈津子が出会えたのは、慶吾のお陰と言っても過言ではなかった。
すると、三村さんは、出会いのキューピッドってわけか? なんか――あまり似合ってるとは言えないが。
「ねぇ、ちょっとだけ、いい?」
奈津子が、言った。
貴志は、頷いた。
なにか話でも、あるのだろうか?
貴志がそう思ったとき、奈津子が突然、声を震わせた。
泣きたいのを、じっと我慢しているようだった。
こんな状況でなかったら――そう、人のいない夕暮れの公園で、缶ジュースでも飲みながら、2人だけでベンチに座っているような状況であったなら――奈津子はきっと、泣いていただろう。
そして、貴志は、こんな表情をする奈津子を、今まで見たことがなかった。
奈津子が、続けた。
「あの――あのね、あたし、貴志くんに会うまで、とっても怖くて――」
「――ああ」
貴志は、頷いた。
少し動揺したせいだろうか、もう大分、頭も動いてきているようだった。
奈津子が俯きながら、言った。
「でも――あたしって、酷い女の子なのかな。自分のことばかり考えて――由貴子ちゃんと一緒に、三村さんを捜しに行くべきだったのかな」
貴志は、なにも言わなかった。
独り言を言うようなか細い声で、奈津子は続けた。
「由香利ちゃんの様子を見て――あたし、はじめて気づいたの。あたしの他にも、好きな人に会いたがっている人はいるんだって。だから――とても――」
奈津子の声が、途切れた。
泣いているようだった。
貴志は、理解した。
由香利の動揺ぶりを見て、奈津子は、自分も由貴子のように慶吾を探して、一緒に連れて帰った方がよかったのではないか、と自分を責めているのだった。
これでは自分のことばかりを考えているのではないか、と思っているのだろう。
奈津子にとっての『自分のこと』というのは、つまり貴志のことであるから、貴志としては嬉しいような――複雑な感じだった。
でも、貴志は、ソファの上に上体を起こして、言った。
「そんなことは、ない。奈津子は、俺たちにそれを教えに来てくれたんだ。なにも、自分を責めることは、ないんだ」
「でも・・・・・・」
「それに、三村さんなら大丈夫だ、どんなことになっても」
言ったあと、この言い方はちょっとまずいかな、と思った。
言い直した。
「つまり、それだけ強いってことだ、心も、身体も――」
うまく言い直せた。
「うん――うん、そうだね・・・・・・」
奈津子は、小さく頷いた。
それで不安がすべて取り払われたというわけではなかったけれど、とにかく、貴志の言葉はありがたかった。
「ありがとう、貴志くん・・・・・・」
奈津子が、呟いた。
その瞳が潤んでいて、遮光カーテンから漏れたわずかな光が、四角いハイライトになって奈津子の瞳の中で光っていた。
この部屋には、貴志と奈津子のほか、誰もいなかった。
キスくらいなら――許してもらえるかな、こんな状況でも?
いいんじゃないんですか、別に? さすがにソファで一緒に寝るのは、狭そうですよ、ちょっとばかり?
そのとき、タイミングよく――いや、悪くと言うべきだろう、これは――部屋のドアが、がちゃっと開いた。
咄嗟に奈津子が、ぱっと半歩遠退いた。
貴志も、一瞬、固まっていた。
ドアから、太田芳明が、ひょいと顔を覗かせた。
貴志は、思った。
まったく、あと30秒、いや、15秒遅く入ってきてくれたら、すべてことは済んだのに――
でもまぁ――そんな文句を言うわけにはいかなかった。
「な、なんか用か、太田?」
貴志が、ぎこちない笑みで、言った。
声が少し、裏返っていたような気も、した。
芳明は、しばらくじっと2人の様子を観察していたが、「稲山さん、ちょっと、手伝ってくれ」と言い残し、ドアを閉めた。
なんとなく、言葉の端に棘があるような口調だった――気のせいだろうが。
「ご、ごめん。ちょっと、太田くんのお手伝い、してくるね」
「あ、ああ・・・・・・」
なんとなくまだ顔が赤い奈津子が、慌ててドアから出ていった。
ばたん、とドアが閉まった。
どたどたどたと、廊下を走って行く音が聞こえた。
「――はぁ」
貴志は、溜息をついた。
思った。
人生、なにごともそう都合よくはいかないもんだよな、まったく。
そりゃそうでしょう、おにいちゃん。現に、今、人生における不都合の真っ只中にいるでしょう、あなた?
まったくその通りだ――人生に不都合なことこの上ない、このいまいましいクソゲームは。
そのときだった。
ガラスが割れるような、がしゃん、という音が、貴志の耳に聞こえてきた。
貴志は、苦笑した。
思った。
どうせまた奈津子が、棚の上の瓶かなにかを落っことしたのだろう。
まったく、あいつ、どじだからな――などと、平和なことを考えていた。
しかし数秒後、ぱん、という、明らかな銃声が聞こえ、がばっとソファから飛び降りた。
ドアをぶち破る勢いで開き、銃声の聞こえた方向に走った。
走るたびにズキズキと傷か痛んだが、それはもう、どうしようもなかった。
薬局のカウンターに続くドアを開けたとき、貴志は目の前で起こっている光景が、信じられなかった。
芳明が、奈津子の首に腕を巻きつけて、その頭に拳銃(山下仁の、シグ・ザウエルP230だった)を突きつけていたのだ。
それは、ちょうど、お決まりの刑事もののテレビドラマとかでよく見る、バスジャックとか、そういう場面に、よく似ていた。
思った。
はは――なんだ、そりゃ? この建物でも乗っ取ろうってのか?
犯人は借金返済の金に困り、今回の薬局ジャックを企んだもよう。グレイト。
だが、もちろん、そんなわけがなかった。とにかく、薬局ジャックではないはずだ。
芳明が持っている拳銃の銃口からは、蒼白い煙が立ち昇っていて、天井からぱらぱらと砂が落ちていた。
おそらく、天井に向かって威嚇射撃をしたのだろう。
しかし、とにかく、どうでもいいのだ、そんなことは。
貴志は、芳明に向かって、言った。
声が、微かに震えていた。
「お、太田――? お、おまえ――どうして――?」
そして、カウンターの前に立っている、健司に視線を移した。
健司は苦笑しながら、貴志を見返した。
その表情は、健司にしては珍しく、困惑の表情が混じっていた。
「た、貴志くん――」
奈津子が、弱々しく呟いた。
その奈津子の頭に銃口を押しつけ、芳明は、一歩下がった。
焼けた銃身が奈津子のこめかみに触って、奈津子は今にも泣き出しそうだった。
最初、奈津子は、何がなんだかわからなかった。
芳明に呼ばれてあとをついて行ったとき、芳明が急に銃を向けて、奈津子に襲いかかってきたのだ。
そのとき、びっくりした奈津子は、思わず薬品棚にぶつかり、ケースのガラスを割ってしまった。
破片が飛び散り、奈津子と芳明の上に降りかかった。
奈津子は首筋を切り、芳明は頬を切ったが、芳明はそれを無視して奈津子を締め上げた。
そして、奈津子を締め上げたままカウンターの方へ行き――驚いている由香利たちの目の前で、天井に向けて一発撃ったのだ。
耳のすぐ横で激発した火薬の音は凄まじく、奈津子は一瞬、鼓膜が破れたかと思った。
怒りを堪えているような低い声で、芳明が口を開いた。
「こいつさえ来なければ――俺はこんなことはしなかった。俺は、こいつを、許すことができないんだ、どうしても」
それで、奈津子は、考えた。
あたし太田くんに恨まれるようなこと、したかしら、今まで?
していない――と思う、多分。
健二が目を細め、芳明に尋ねた。
「どう言う意味だ? 説明してくれ」
芳明は、激しく首を左右に振った。
「いいんだ! 俺は、こいつに、復讐してやらなきゃならない! こいつは――こいつは――」
「ふ、復讐――?」
由香利が、恐る恐るという感じで、口を開いた。
芳明が、叫んだ。
「そうだ! 復讐だ! こいつは真由美を見捨てたんだ! それと同じように、いつこいつが俺たちを裏切るかもしれない!」
そこに居合わせたほぼ大半の人間は、芳明の言葉の意味が分からなかっただろう。
ただ、奈津子だけは、はっと息を呑んで、目を見開いた。
ひとつだけ、思い当たる節があった。
ひょっとして――あのことなのだろうか? しかしあれは――
奈津子の記憶の中、もう大分薄れていたそのシーンが、目の前に甦ってきた。
§
それは、いつものように、奈津子と由貴子、それに琴河藍と内村真由美が、街へ買い物に出かけたときのことだ。
駅前のデパートや、ショッピング・モールをぶらついて、色々買いこんだ。
奈津子は前から欲しかったハート型のイヤリングを買ったし、真由美は銀のチェーンのブレスレット(店員に頼み込んで、付き合っている彼氏――太田芳明のイニシャル、<Y.O>と掘り込んでもらっていた)を買ったし、藍はヒールが高めの靴を買っていた。
由貴子だけは、「別に欲しいものないし」と言って、ただぶらぶらと見て歩いているだけでなにも買わなかった。
そんないつものように平和な――ああ、アレが平和ってものよね、本当の――休日だった。
とにかく、そこまではよかった。
そこまでは――
午後になって、由貴子と藍は、用事があると言って早々に帰ってしまっていた。
奈津子と真由美は、少し喫茶店で休もうということになった。
商店街から奥に入った道を抜けて、近くのパフェがおいしいと評判の喫茶店に行こうとした。
その裏道は、お世辞にも綺麗とは言えず、薄汚いホテルだのバーだのが立ち並んでいた。
そこに、なんだかガラの悪い――多分、高校生くらいの――連中が数人、たむろしていた。
もちろん、そんな奴らはどこにでもいるし、第一、目を合わせなければ大抵は襲ってきたりはしない。
猿山のサル程度の――ひょっとするとそれ以下の――連中なのだ、はっきり言って。
だから、奈津子と真由美も、ただ普通に通り過ぎようとしただけだった。
しかし――見てしまった。
アスファルトに散乱した注射器と注射針――粉薬のようにビニールに入っている、白い粉末。
ああ――奈津子は、思った。
ひょっとして、お医者さんごっこですか。いい歳した高校生が? なるほど?
しかしもちろん、そんなはずはなかった。
白い粉末はおそらく、麻薬――コカインとか、そういったものだろう、つまるところ。
それを横目で見た真由美が、ぴたっと足を止めた。
奈津子も一緒に足を止めた――どきっとして。
真由美は、普通の人よりもかなり正義感が強い女の子だった。
だから、たまに、どうでもいい他人の喧嘩をとめようと自分から入っていって、それで怪我をしたりしたこともあった。
そしてさらに――彼女は、大好きだった兄を、麻薬のために亡くしていたのだ。
詳しいことは、奈津子には分からない。
ただ、麻薬漬けになった彼女の兄が、正気を失って、ホテルの最上階の窓から飛び降りたらしいということだけは、聞いていた。
他殺ではないか、という見方も当時あったらしいが、とにかく、麻薬のせいで亡くなったのは確かだった。
だから、真由美は、『クスリ』というものに、憎悪の念を抱いていた。
正義感の強い真由美のこと、この状況を黙って通過するわけがないことは、奈津子には分かりきっていたのだ。
「ちょっと――あんたたち」
真由美が、不良どもを見下ろして、言った。
「ああ? なんだ、このブス? てめぇもやりたいんか? へへへ・・・・・・」
茶髪で、両耳にピアスをジャラジャラとつけている男(そんなにたくさん輪っかつけて、重くないのかしら? ああ、耳に穴空いてるから、その分軽くなってるのかな?)が、どろんとした無気味な瞳で真由美を見上げた。
「ケケケケ――!」
輪になってしゃがんでいた奴らが、気持ち悪く笑った。
どいつもこいつも、バカみたいな顔をしていた――まぁ、実際、バカなんだろうけど。
例の『茶髪の耳輪』が、いやらしそうな目で真由美と奈津子を見まわした。
奈津子には、その目の光が、なんとなく、粘質を帯びているような気が、した。
言った。
「なんだ、違うのか? そんなら、続きはホテルのベッドででも聞くか? ヘヘヘ・・・・・・」
どうやら、『耳輪』がグループのリーダーのようだった。
真由美はしばらく汚物を見るような目でそいつを見下ろしていたが――いきなりへらへらと笑っている『耳輪』の顔面を踏みつけた。
しゃがんでいた『耳輪』の顔の高さは、ちょうど『踏みつける』のにちょうどいい高さだったのだ。
だから、真由美は、そうしたのだ――それが当然のことのように。
その『耳輪』が、「げおっ」とうめいた。
真由美は、そんなことを気にした風もなく、叫んだ。
「あんたたち、そんなものやってたら、いつか命落とすからね! やめなさいよ!」
そして、真由美は、地面の上に転がっていた注射器と白い粉を、靴の底で踏みつけた。
ぱん、と注射器が割れ、その破片でビニールに穴があき、白い粉が地面にこぼれた。
不良どもの血相が、一気に変わった。
「このアマァ!」
「ざけてんじゃねーぞ!」
「いくらすると思ってやがる!」
「ぶっ殺すぞ、コラ!」
口々に叫んでいた。
さすがに奈津子もまずいと思い、「ほら、逃げよっ!」と言って真由美の腕を掴むと、大通りの方に走り出した。
「ちょっと――待ってよ! まだ――」
真由美は立ち止まりかけたが、しかし奈津子がしっかりと手を掴んでいたので、仕方なしにあとをついて来た。
その日はそれで、なんとか逃げきった。
事件が起こったのは、その次の日だった。
学校から帰宅する途中(その日はたまたま、貴志は部活のミーティングとかで一緒に帰らなかった)、用事があった奈津子は、昨日騒ぎがあった裏道へ入ろうとし――足を止めた。
声が聞こえた。
「ちょっと! やめなさいよ、あんたたち! 人呼ぶわよ!?」
「うるせぇっつってんだよ!」
男と、女の声だった。
奈津子は、その双方の声に、聞き覚えがあった。
特に女の方――あの声は――真由美!?
驚いた奈津子は、建物の影から、そっと様子を覗ってみた。
そして、目を見開いた。
真由美が、ボロボロにセーラー服を破かれた姿で、大勢のガラの悪い連中に囲まれていたので。
殴られたのか、真由美の頬に紫色のアザがあった。
昨日、真由美が踏みつけた『耳輪』が(鼻に大きなガーゼをテープでとめている。ダサすぎだ、これは)、真由美の髪を引っ張って、地面に押しつけた。
そのとき、一瞬、奈津子は、真由美と目が合ったような気が、した――気のせいかもしれないけれど。
しかし、とにかく、奈津子は咄嗟に、さっと身体を引っ込めた。
真由美を取り囲んでいる連中の人数は、昨日とは比べものにならなかった。
ざっと見ても、10人はいる。
しかも、バイクにまたがっていたり、肩に入墨(タトゥー、というやつ?)を入れていたりする、『いかにも』な奴らだ。
奈津子は走って、その場を離れた。
逃げているわけではない――もちろん、警察を呼びに行くつもりだった。
大通りを歩いている人に助けを求めてもいいが――もしそれでその人が怪我をしたら申し訳ないし、それよりも奈津子の話を聞いて助けに来てくれる大人など、皆無に等しいだろう。
無駄な時間を費やしているわけにはいかなかった。
とにかく、奈津子は、全速力で駅前の交番に走った。
途中、転んで、肘と手の平を擦り剥いたが――どうでもよかった、そんなことは。
そこに駆け込んで、一部始終を話し、警官に助けを求めた。
渋る警官をなんとか引きずり出し、パトカーを出させてあの場所に向かったが、奈津子が着いたときには、もうそこには誰もいなかった。
ただ、破かれたセーラー服の一部らしい布が、微かに散らばっているだけだった。
おかげで奈津子の方が警官に不振な目で見られ、結局、「嘘をつくのもほどほどにしろ」と怒られて、帰るしかなかった。
翌日、内村真由美は、学校を休んだ。
水曜日からは学校に来たが、明らかに元気がなかった。
奈津子の方も、「それであのあとどうなったの?」なんてことは聞くこともできず、その話題は一切しなかった。
ただ、それからというもの、真由美の奈津子に対する態度が、妙によそよそしくなったのは事実だった。
今までのような友達――という感覚は変わっていなかったが、とにかく、どこかで一線を引かれているような感じがした。
しかし――あのことを芳明に告げていたのだとしたら?
もし、あのとき真由美が、自分が真由美を見捨てて逃げたと思っていたのだとしたら――?
芳明が激怒するのも、当然のことだった、事情はともあれ。
そして、それは、奈津子が一番気にしていたことでもあった。
だが、とにかく、確かめてみようとしただが――やはり奈津子は、面と向かって真由美にそのことを聞くのが、怖かったのだ。
実際、あの状況から推測するに――真由美はあのあと、あそこにいたバカどもに酷いことをされたに違いないのだ。
あいつらが制服を破っただけで、大人しく真由美を返すとは思えない。
だから――つまり、奈津子はどうしても、真由美に聞くことができなかった。
そして遂に、奈津子は、もう誤解を解く機会を失ってしまったのだ――永遠に。
§
芳明は、さらに強く奈津子を締め上げた。
「うううっ――!」
苦しさのあまり、奈津子は、うめいた。
「奈津子っ!」
貴志が、叫んだ、悲痛な声で。
そのときだった。
今まで奈津子を締め上げていた芳明の腕の力が、ふっと緩んだ。
「ごほっ! ごほごほっ――!」
奈津子は、咳き込んだ。
そして、涙が滲んだ目を開いたとき――その光景を、見た。
とても信じられない、光景だった。
芳明の右腕が、奈津子の顔の横から、ぬぅっと突き出されていた。
そしてもちろん、その先には、シグ・ザウエルが握られていた。
それはまっすぐに――カウンターの前にいる、南由香利に向けられていた。
そして、由香利もまた、奈津子に向かって、スミス・アンド・ウェスン・M586を向けていたのだ。
いや、奈津子を締め上げている――太田芳明に向かって。
由香利が、言った。
「太田くん。あなたは、誤解をしているわ・・・・・・」
とても、静かな声だった。
その言葉に、芳明が怒鳴り返した。
「誤解だと!? なにを誤解するんだ! こいつが真由美を見捨てたせいで、あいつは――あいつは――!」
芳明の腕が、ぶるぶると震えていた。
奈津子は、思った。
ああ――やっぱり、あのときのことなのね。そうなのね、太田くん?
どうやら、そうらしかった。
芳明が、叫んだ。
「――あいつは、何人もの男に強姦されたんだ! ちくしょう! こいつが見捨てたせいで!」
「じゃあ、奈津子が入っていって、彼女もそいつらの犠牲になればよかったわけ? それじゃあ、なにも解決しないじゃない」
由香利が、言った。
芳明の顔が、どす黒く変色していた。
「うるさい! そんなのは関係ないんだ! ちくしょう!」
芳明が、ずいっと由香利に向けて拳銃を突き出した。
いつ撃っても、おかしくない状況だった。
しかし由香利は、冷静だった。
「関係ないわけないじゃない! 奈津子ちゃんが真由美ちゃんを見捨てるわけないでしょう!? あのときだって、逃げたんじゃなく、警察を呼びに行っただけなのよ!」
「とにかく、こいつは真由美を見捨てたんだ! それが証拠に、こいつはそのあとも真由美に何も言ってこなかったじゃないか!」
「違うわ! 奈津子ちゃんは、ずっと気にしてたのよ、そのことを! ただ――ただ、怖くて聞けなかっただけなんだわ、きっと!」
由香利の言葉に、奈津子は、思い出した。
そう言えば、事件直後に一度だけ、南由香利にそのことを相談したことがあったのだ。
責任感が強く、人から相談を持ち掛けられやすい由香利は、ただ奈津子に、「確かめてみることね」と言っただけだった。
だから、奈津子は、そんなことは由香利はとっくに忘れていると思っていたのだ。
だが――実は、ずっと気にかけてくれていたのだ、奈津子のことを。
思い出したあと、奈津子は、思った。
自分のことをあんなに考えてくれている由香利に比べて、あたしはどうなの?
怖いからとか言って――ずっと問題を先送りにして?
太田くんの誤解を解くことは、あたしがやるべきことなはずよ?
何故、由香利ちゃんに任せているの?
稲田奈津子――あなたはそんなことで――恥ずかしいとは思わないの!?
奈津子は、ぎりっと唇を噛んだ。
血の味が微かにしたが、そんなことに構っていられなかった。
言わなければならない――あたしの口から!
奈津子が決意を固めた、そのときだった。
事態は、いっぺんに急変した。
「ちくしょう! おまえもこいつの仲間なんだな!? ちくしょう!」
芳明が、よりいっそう大きな声で叫んだ。
手に持った拳銃を、由香利の眉間に向けていた。
「太田っ! やめろ!」
健司が怒鳴ったが、芳明はもう誰の声も聞こえていないようだった。
「クソッ、おまえから殺してやる! 殺してやるぞ!」
そして、奈津子の目の前にある芳明の指が、シグ・ザウエルの引き金にかかった。
由香利の目が、見開かれた。
奈津子は咄嗟に、芳明の腕を掴んだ。
「撃っちゃダメ!」
奈津子は、叫んだ。
しかしその叫びは、ふたつの銃声によってかき消された。
ぱん、という乾いた音。
ばん、という少し低い音。
芳明の持ったシグ・ザウエルと、由香利の手の中にあったスミス・アンド・ウェスンが、ほぼ同時に火を吹いた。
そして、奈津子は、見た。
スミス・アンド・ウェスンから発射された357マグナム弾が、芳明の人差し指ごと拳銃を吹き飛ばしたとき、シグ・ザウエルから発射された9ミリショートが、由香利の制服に穴を空けるのを。
奈津子が芳明の腕を掴んだため、眉間に向けられていた銃口が、微かに下にさがったのだった。
その結果――銃弾は、由香利の左胸に命中した。
由香利の身体がダンスをするときのように、くるっと軽やかに回転した。
スミス・アンド・ウェスンが由香利の手を離れ、空中でくるくると回転したあと、重い音を立てて床に落ちた。
由香利は、そのとき、背中をカウンターの壁に預け、ずるずると崩れ落ちていくところだった。
「由香利ちゃんっ!」
奈津子は、自分が叫んでいるのが分かった。
その声は、絶望に打ちひしがれていた。
ああ――奈津子は、感じた。
これで、もう、取り返しがつかないことになってしまったのだ、このチームは。
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