BATTLE ROYALE 2
The Final Game



       [ 第六部 / 中盤戦(中編) ] Now 21 students remaining...

          < 30 > 到着


  坂待欽八は、モニターを眺めながら、長い髪をうざったそうにかきあげた。
 「んー? なんだかややっこしいことになってるなあ」
  その口調からは、まったく困惑が感じられない。
  実際、坂待は、困惑などしていなかった。
  旗山快が軍人だったことははじめて知ったが――しかし、だからなんだと言うのだ?
  資料によると、快は2年生のときに転校してきたらしい。
  プログラムの対象となるクラスが決定するのは、予定期日の約1年前なので、そのときにはもう、快にはプログラムに選ばれることが分かっていたはずだった。
  それでも転校してきた――いや、せざるを得なかったのだろう。
  今回の快の『任務』のために彼につけられたコードネームは、『モーティシャン』というらしい。
  モーティシャン――それは、直訳すると、『葬儀屋』である。
  彼は最初から、このプログラムにおける殺人マシーンとして軍部に投入されたのだ、つまるところ。
  朝起きたら、自分の生徒の1人がターミネーターになっていた。グレイト。

  快が転校してきた理由は、坂待には大体の予想がついていた。
  政府内のごく限られた人間の間では、プログラムで賭博――トトカルチョをしている。
  先の幕僚監部からの電話も、その件についてであった。
  つまり、プログラムでは、個人の利益不利益が生じるのだ――もちろん、政府と軍部の一部でだけだが。
  それならば、この国のこと、自分だけ利益を得ようとする者が中にいても、まったくおかしくはないのだ。
  おそらく快は、軍部の誰か(ひょっとしたら、先の幕僚監部長かもしれない)の利益のために、このプログラムに参加するように命令を下されているのだろう。
  それはもちろん、ルール違反である。(プログラムはルール無用でも、トトカルチョにはそれなりのルールがあるのだ)
  快を送り込んだ人物も、そのことは十分理解しているはずである。
  だとすると――優勝するのは、おそらく快ではない。
  快の任務は、有力な優勝者候補を殺すこと。
  そして、最後に快と誰か――快の雇い主が賭けている誰かだ――が残ったら、自分は自殺せよ、とかいう命令が下っているのだろう。
  快が軍部による仕組まれた参加者だということが発覚したとき、快が生きていると都合が悪いし、快に賭けていた軍部の人間が真っ先に疑われるからだ。
  そう考えると、電話で旗山快に賭けていると言っていた幕僚監部長は、快の雇い主ではないのかも、知れない。分からない。
  嘘を言った可能性も否定できないし(トトカルチョのことは、すべて総統府が扱っているので、坂待に嘘の発言をしたとしても、一介の役人である坂待が真相を知ることは不可能なのだ)、ひょっとしたらそうやって逃げ道を作ったのかも知れない。
  とにかく、そんなことは、坂待の仕事の範囲外のことだった。
 「でもなぁ・・・・・・。なんだかなぁ・・・・・・」
  天井を見上げながら、坂待は呟いた。
  いくら極秘裏に行なっているトトカルチョと言っても、不正はよくない――ような気がする。
  しかし、下手に口を出すと、坂待などはすぐに公務員免許を剥奪され、一介の市民になってしまうのだ。
  自分に関係ないことには口を出さない方がいい。
  関係のないことには――

 「はぁ・・・・・・」
  坂待が、溜息をついた。
  思った。
  まったく、厄介なことだ、この国で生きるということは。
  自分の敬愛する坂持先生だったら――どうしただろうか?
  彼は、心からこの大東亜共和国を尊敬していた。
  そんな彼だったら――ひょっとしたらこの不正を公表していたかも知れない、自分の職がなくなるとしても。
  しかし、プログラムでトトカルチョをやっているなどという事実が国民に知れたら、それこそ、反体制派の勢力を盛り上げることになるだろう。
  そうすれば、米帝が崩壊したために混乱が生じている国内が、一挙に暴動を起こすことも考え得るのだ。
  自分も国家を尊敬しているが――しかし、それがこの国の崩壊につながるとすれば、それはやるべきではない。
  坂持先生なら、どうするだろうか?
  坂持先生なら――

  そこまでぼんやり考えたときだった。
  ぎしっと廊下の床が軋んで、一人の兵士が入ってきた。
  石田だった。
  言った。
 「担当官どの、ただいま、荷物が到着したようです」
  それを聞いて、坂待はまた、「はぁ」と溜息をついた。
 「今年のプログラムは、前例がないことばかりだなぁ。三村――いや、中川典子、だっけ? 途中参加、ってことになるのかなぁ?」
 「さぁ。それは担当官どのがお決めになることです。軍人である自分が発言する権利はありませんから」
  兵士石田が言ったので、坂待は「ふん」と鼻を鳴らして、立ち上がった。
 「お嬢さんを職員室へ――あ、いや、相談室にしとこうか。相談室へ通しておいてくれないかぁ」
 「了解」
  大東亜共和国の一風変わった最敬礼(右腕を自分の身体と約60度になるように挙げるのだ)をすると、兵士石田は部屋を出ていった。
 「さて、と」
  坂待は、手元にある書類をかき集め、一旦職員室の横にある給湯室に向かった。
  3年前の第12号プログラムの脱走者のうちの1人――中川典子。
  一体――どのように逃げたのだろうか?
  プログラムに関係したほとんどの人間が死んでいたので、3年前のプログラムの詳細は、依然として掴めなかった。
  それを聞き出さなければ、典子をゲームに加えることはできない。
  ただ、首輪を外す技術を持っていたのは、確かなのだ。
  今年の首輪――ミッドウェー23号は、3年前のそれ(ガダルカナル22号のことだ)よりもさらに複雑に作られている。
  ガダルカナルは三つのシステムがそれぞれ独立して稼動していたが、ミッドウェーは六つのシステムが相互リンクをして組み合わされている。
  つまり、首輪を外すことは、内部構造を知らない限り――回路に詳しくないものなら、知っていても――絶対に無理なのだ。
  それなので、おそらく問題はないと思うが、しかし念には念を入れなければならない。
  2人分のお茶を湯飲みに入れて、坂待は、職員室の隣の隣にある相談室へ向かった――




       §

  相談室に通された秋子は、安っぽいパイプ椅子に座っていた。
  クルツなどの武器は、秋子が眠っている間に取り上げられてしまった――もちろんのことながら。
  トレーラーを降りるとき、少なからず抵抗はできたのだが、秋子は敢えて、しなかった。
  下手をすると、慶吾に政府が何らかの危害を加える可能性があるからだ。
  アメリカ国防総省のKH型偵察衛星を使ったとき以来、慶吾の姿を見ていなかった。
  慶吾は、いま、無事だろうか?
  決まっている――
  もちろん、無事に決まっている。
  何と言っても、慶吾はギターを持った聖人なのだ。
  死ぬはずがない、がしかし――

  考えにふけっていた秋子の耳に、がちゃっという音が聞こえた。
  相談室のドアが開き、長髪の、中年の男が入ってきた。
  その男を見たとき、秋子は、思わず目を見開いた。
  3年前、川田章吾に殺されたはずの、坂持金発にそっくりだったので。
  あのニヤニヤとした気味悪い笑いかたまで、そっくりだった。
  そいつが、言った。
 「ああー、ごめんごめん。自己紹介しなくちゃなー。2000年度第12号プログラム担当官、坂待欽八と言います。よろしくなー」
  坂待は、顔をくしゃっと崩しながら、頭をかいた。
  思った。
  どうでもいいけど、なんとかならないの、その髪の毛とふざけた名前?
  だがまぁ――どうでもよかった、そんなことは。
  とにかく、こいつは坂待で、坂持金発とはなんの関係もないのだ、一応。  
  坂待は、テーブルの上でとんとんと書類の束をそろえると、持ってきた湯飲みのうちのひとつを、秋子の前に押し出した。
 「ほら、お茶だけど。遠慮なく飲めよ」
  そう言ったあと、自分も一口飲んで、「はぁ」と溜息をついた。
  それから、言った。
 「えーと、三村秋子さん――だよね? 渡米学生の、私立第弐中学校3年3組か。ふぅん・・・・・・」
  書類に目を落としていた坂待が、顔を上げた。
  ニヤニヤした目つきで、秋子の顔を、見た。
  秋子は、思わず、ごくっと唾を飲み下した。
  その音が、なんとなく、いつもよりも大きく聞こえた――気のせいだろうけれど。
  坂待は、また、うざったそうに髪をかき上げた。
 「とにかくさ、先生さ、感心してるんだ」
 「なにが・・・・・・ですか?」
  秋子は、眉を寄せながら、言った。
  一応、敬語を使ってやった。
  この時点では、まだ――

  坂待が、お茶をすすった。
  続けた。
 「政府に逆らおうって考えには賛成できないけどさ、でもさ、普通さ、できないよ。お兄さんを助けるために、政府を敵に回すなんて」
  心底感心した、というように、坂待は言った。
  秋子は、何も言わなかった。
 「でも、やっぱり、役人と兵士を3人も殺しちゃったのは、いけなかったなー。あれでさ、正体がさ、ばれちゃったんだよね」
  坂待が、受け皿に湯飲みを戻した。
  そのとき、なんとなく、大きな音を立てたような気が、した。
  坂待は、にこにこ笑いながら、書類を見た。
  言った。
 「本名、中川典子。1997年度第12号プログラム参加者。七原秋也とともに脱走後、行方不明。現在、指名手配中――」
 「――だったら、なんだって言うの?」
  秋子は、言った。
  もう敬語も使わなかった。
  それに――もう偽名使ってもしょうがないでしょう、バレているんじゃ。そう思いません、お客さん?
  典子は、表情ひとつ変えなかった。
  もちろん、心の中では必死に表情を隠していたのだが、とにかく、一見平静だった。
  坂待が、ちょっと、眉を上げた。
  言った。
 「いやー、たださ、政府としてはさ、普通そのまま強制労働キャンプか――ああ、その前に、国家反逆罪で収容所に送られるのかな? とにかくさ、こんなプログラム会場なんかに送られてくることはないはずだろ? なんでだろうな?」
  それは――その通りだった。
  実際、典子も、どういうことなのかさっぱり理解できなかった。
  坂待が、また、お茶をすすった。
  どうやら、もうお茶がなくなってしまったようだった。
  お茶を淹れに立つかと思ったが、さすがにそんなことはしないようで、手元の電話を取って『1』をプッシュした。
  受話器を上げて、言った。
 「あー、坂待だ。お茶一杯、持ってきてくれ。うん、そうそう、相談室に」
  それを見て、典子は、ちょっと眉を上げた。
  ここの電話は――使えているようだった。
  まさか近所の寿司屋にでもつながっているわけはないだろう。――おかわりね。なるほど?
  つまり――内線電話が使えるということだろうか?
  そうすると――

  典子が考え込んでいると、坂待が、可笑しそうに笑った。
  言った。
 「あー、三村のこと、心配なんだよな? な、そうだよな?」
  典子は、答えなかった。
  それはもちろん――図星だったし、別に答えなければならない責任も、なかった。
  それで、坂待は、「はぁ」と溜息をついた。
  続けた。
 「あの中川さ、先生の言うことは聞いた方がいいよ。ほら、先生さ、こう見えても、このプログラムの担当官なんだよ。だからさ――」
  そう言って、坂待は、ポケットに手を突っ込んだ。
  ポケットから手を出した。
  なにか持っていた。
  それは、テレビのリモコンのようなものだった。
  坂待が言った、笑いながら。
 「ほら、これ見てごらん。『M』、『F』ってボタンと、0〜9までの数字のボタンがあるよな。もう分かったろ?」
  それを聞いて、典子は、ぎりっと唇を噛んだ。
  オーケイ。分かった。理解した。
  Mは男子を示すアルファベット、Fは女子を示すアルファベットだ。
  数字は、2桁を基本で入力するのだろう。
  つまりそれは――爆弾の起爆遠隔操作用コントローラなのだ、つまるところ。
  男女の区別と名簿番号の指定をすると、その人の首輪に内蔵されている爆弾が爆発するという仕組みだろう。
  だから、その言葉通り、生徒の生死は坂待の手に握られていると言っても過言ではないのだ。
  そう――秋也の生命も。
  坂待の不細工な指が、たった三つのボタン(『M』『1』『9』だ)を押せば、秋也はこの世界から――消えてしまうのだ。
  まるで、霧のように。
  3年前、典子の大切なものを、色々と消し去ってしまったときのように。
  その中で唯一残った大切なものが、秋也だった。
  しかし彼を消されてしまったとき――あたしは一体、どうなるのだろう?
  ガラス細工を落としてしまったときのように、心が砕けて、あとは何も考えられなくなってしまうのではないだろうか?
  それは、典子にとって、最大の恐怖だった。
  もしかしたら、秋也の生命と引き換えに犯させろ、と言われたら、そうしていたかもしれない。
  それほど、秋也の存在は、大きくなっていたのだ。
  そして、それは、いまの典子にとっては、大きな弱点となっていた。

 「まぁそんなに心配そうな顔、しないでいいよ。先生さ、一応担当官ってことになってるけどさ、かなりのことがない限り、プログラムの結果に左右するような干渉はできないことになってるからさ」
  坂待が、ニヤニヤしながら、言った。
  それで、典子は、少し安堵した――もちろん、そうあてにできる言葉ではないが。
  しかし――それは脆くも、崩れ去った、坂待の一言で。
 「でも、先生がそんなことする必要、なさそうだよな。三村――あ、七原って言ったっけ? あいつさ、いま重傷負ってるんだよ。ショットガンで撃たれてさ。ゲームが終わるまで、持たないかも知れないよ?」
 「――えっ!?」
  典子は思わず、声を上げた。
  表面上の冷静な仮面がはがれ、喜怒哀楽の激しい、多感な一人の少女の表情へと変わっていった。
  動揺を隠せない典子を見て、坂待がまた、にやっと笑った。
  薄気味の悪い笑みだった。
  それが、今の話が、作り話ではないことを雄弁に語っていた。
  秋也くんが――重傷? それ、ホント? 冗談でしょう? ねぇ、そうでしょ?
  ごめんよおねえちゃん。その――冗談じゃないんだよ、これが。ほら、もうすぐ私の出番なんですよ。棺桶の用意、しなくちゃ。
  ぽろっと、典子の瞳から、涙がこぼれた。
  このクソゲームが始まって以来――それを告げられた、あのアパートの件以来――それは、典子が流した、はじめての涙だった。
  とても、大切なものが、一瞬にして奪われる――それは、誰も奪う権利をもっていないはずなのに。
  秋也はいま、苦しんでいるはずなのだ。
  何のために――?
  誰のために――?
  分からない――がしかし、とにかく、生きているのだ、懸命に。
  その生きる権利を、誰が奪えると言うのだろう?
  政府が? 軍部が? 役人が? 軍人が? 総統が?
  何が、誰が、そんな権利を、持っているというのだろうか?
  それは、秋也自身でしか持ち得ない、権利であるはずなのに――

 「狂ってる――」
  典子は、呟いた。
 「狂っているわ、この国は。――いいえ、この国の人間、全員が。政府の役人も軍部の軍人も、そこで暮らしている国民も、みんな!」
  典子の言葉を、坂待は面白そうに聞いていた。
  口を開いた。
 「ふ〜ん。中川、それ、本気で言ってるのか? 自分の言葉には、責任を持たなきゃあならない。坂持先生の教えだよ?」
  そう言うと、坂待は、腰にかけてあったビアンキ製のホルスターから、共和国の公式大型拳銃――コルト・ガバメントを抜いて、典子に向けた。
  それは、中村有里と内村真由美を貫いた、銃だった。
  ガバメントは、正確に、典子の眉間を捉えていた。
  それでも、典子は、怯まなかった。
 「あたしが例え、ここで死んでも、この国の人間が狂っていることに変わりはないわ。それは、あたし、3年間アメリカに住んでいて、とてもよく分かったもの。外から見ると、内から見たときよりもはっきり中のことが見えるものなのよ」
  坂待が、「ほお」と口を丸くした。
 「どう分かったのか、先生にも教えてくれよ」
  それで、典子は、ちょっと笑った。
  目にはいっぱい涙を溜めていたが――それでも、笑ったのだ。
  坂待は、その笑顔を、純粋に、綺麗だな、と思った。
  もちろん、ただそれだけのことだったのだけれど。

  典子は、言った――まるで詩を詠むように。
 「この国の人は、『普通』を望んでいるわ。『普通なだけでいい』、『普通に暮らしたい』――そういう『夢』を持っている人が、たくさんいる・・・・・・。高すぎず低すぎず、派手すぎず地味すぎず、他人と同じくらいの、ほぼ中間の位置を保つことを美徳としている。時に、それは正しいわ。でも、それではいけない。それだけでは、いけないの――」
  坂待が、口を挟んだ。
 「どうしてだろうな? 『普通なだけでいい』がさ、どうしていけなくなるんだろう?」
  典子は、続けた。
 「世界は常に、特別なことでできているんだもの。人間は絶えず、『特別なこと』をしているんだもの。それを『普通』と感じるのは、その人の心が麻痺しているからよ。『特別なことと似たようなこと』が毎日続くと、それを『普通』と勘違いしてしまう。でも、それは、『普通』じゃないの。『特別なこと』を『普通』と勘違いしている人は、本当の『普通』に対処できない――」
 「対処っていうのは、どういう意味だろうな?」
 「『特別なこと』を『普通』だと思っている人は、本当に『普通』なことを捉えることができないわ。だから、その流れに身を任せて、自分で考えもせずにただ他人の波に流されるだけ。この国は、そういう人が、とても、多い。本当に特別なことは乗り越えられるけれど、本当に普通のことは、流されるだけで乗り越えられない。それが、この国の、人間なのよ・・・・・・」
  典子は、言い切った。
  国語教師だった坂待だが、基本的に、詩は専門外だった。
  妙に焦点をぼかしたような表現をするから、真意を掴みにくいのである。
  だが、この詩は、何を言っているのか分からないようでいて、心のどこかで理解できる――そんな詩だった。
  言った典子自身も、自分の感性に任せて口を動かしていたので、余り意味を把握しているとは言いがたかった。
  しかし、3年前、川田章吾が言っていた。

 『つまり――不和雷同。他者依存性と集団指向。要するに――自分のアタマで考えられないってことだよ』

  典子は、その意見に、反発した。
  あの頃の自分の反論は、理論と言うよりも感情論――いや、希望的観測で、なんの意味もなかったといまさらになって思う。
  川田も秋也も、それを知っていて、自分の意見に笑顔で頷いてくれていたのだろう。
  その川田よりも3歳年上になった今(彼の時計は、もう動かない、永遠に)典子の出した答えが、いま坂待に話したようなことだった。

  仮にも出せたこの答えに、川田は――秋也は、笑顔で頷いてくれるだろうか?
  典子は、自分に向けられたままのガバメントの銃口を見つめながら、思った。
  もしもここで殺されても――秋也くんなら、きっとやってくれる。
  典子はわけもなく、晴れ晴れとした気持ちが、した。
  坂待が、言った。
 「とにかくさ、今の発言はさ、国家反逆罪だよな。だから死んでもらうけど――悪く思わないでくれよな?」
  典子も、言った、力強く。
 「秋也くんは――生き残るから。絶対に」
  かちっという音を立てて、坂待がガバメントの撃鉄を起こした。
  人差し指が、そのごつい大きな拳銃の引き金にかかる。
  典子は、そっと目を閉じた。
  思った。
  信じてるから――秋也くんなら、絶対大丈夫だって。
  そしてすぐに、ばん、という音が、部屋に響いた。




       §

  典子は、きゅんっと胸になにかが食い込む感覚がして、思った。
  ああ――死んだんだな、あたし。
  もうちょっと生きていたかったけど――できれば、秋也くんに看取られて死にたかったけど――でも、しょうがないか。

  そのとき、典子の耳に、慌てたような声が聞こえた。
 「た、大変です! システムをコントロールしているコンピュータが、一斉にハングアップしました! 一切指示を受けつけません!」
  それで、典子は、目を開いた。
  死んではいなかった。
  あの音は――兵士が、ドアを勢いよく開けた音だったのだ。
  そして、見た。
  ドアを開けた兵士が、角張ったディバッグを持っているのを。
  その出っ張り具合から、おそらく中には、クルツ・サブマシンガンが入っていると思われた。
  つまり、坂待は、典子をプログラムに参加させようと考えていたのだ――もちろん、あのとき余計なことを言わなかったら、だ。
  途中参加ってことになるんですけど、いいんですか? ――え? いいの? ああ、そうなんだ。
  ほんのわずかなチャンスだった。
  典子は、そのチャンスを、逃さなかった。
  もう完治している足に力を込めて、典子は思い切り跳んだ――その兵士に向かって。
  兵士に気を取られていた坂待が、はっとして銃を構えなおした。
  ばん、と火薬が炸裂し、45口径ACP弾がドアをぶち破ったときにはもう、典子は兵士の肩からディバッグをひったくって、廊下を全速力で走っていた。
  走りながら、考えた。
  あの兵士の言葉からすると、システムを管理している人間が、誤って典子の送ったウィルスを解凍してしまったのだろう。
  これで、以後、約10時間くらいは、プログラムの進行どころではないはずである。
  本当に――最後のチャンスだった。
  走りながら、典子はディバッグの中を覗いてみた。
  予想通り、ウージー・サブマシンガンのごつい姿が、すぐに見えた。
  それに比べるとまるで玩具のようなデリンジャーや、銀色に光るチーフスペシャル38口径も、入っていた。
  ご丁寧にも、予備マガジンまで入っていた。
  典子はウージーを引っ張り出すと、安全装置を解除した。
  職員室のドアから、兵士らしき人影が、何事かと顔を出していた。
  ごめんなさい、兵士さん。悪いんだけど――ちょっと引っ込んでいて!
  典子は、そういう人影に、片っ端からパラベラム弾のシャワーを浴びせかけた。
  職員室のドアとともに、顔を出していた兵士の頭に、大きなトンネルが開いた。
  頭から鮮血を噴き出しながら、兵士は、ぺたんとしりもちをついた。
  どうですか、パラベラムのシャワーの湯加減は? 熱すぎる? へぇ、そうなの。
  ぱららららららら――本部の中学校に、マシンガンの連射音がこだました。
  その度に、兵士の身体がストロベリィ・パイに変わっていった。
  まだ生きている兵士は、極めて少なくなっていた。
  こうして、事態は、一変したのである。
  兵士の屍の中を、典子は全力疾走で駆け抜けた。
  前方に、小さな昇降口が見えた。
  典子はそのまま、中学校の外に飛び出した。
  とにかく、プログラム参加者のリストに加わったのだ、典子は。

   【残り20人+1人】


       [ 第六部 / 中盤戦(中編) 完  第七部へ続く・・・・・・ ]


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