BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
後日譚
ありとあらゆるメディアが大東亜共和国の崩壊と、国民主権政府の樹立を告げていた。
テレビ画面では、捕らえられた総統が連行される場面が何度も繰り返して放映されている。
革命が起こることを事前に知らされてはいても、いざ決行されてみると何だか映画の一場面のように感じられて現実味がなかった。
細久保理香(元香川県豊原町立豊原第二中学3年1組女子18番)は新聞の号外を握り締めたまま呆然とテレビ画面を見詰めていた。
「ついに、この時が来たのね」
側で小さく呟いたのは佐々木奈央(同女子10番)である。
奈央の場合は、アメリカ亡命中の姉に再会できるという楽しみもあるわけだ。
「プログラム脱走者たちの努力がついに報いられたわけだ。これで、皆の霊を弔うことも出来る」
大河内雅樹(同男子5番)も感慨深げに言った。
神乃倉五十鈴(元女子7番)は、手を合わせて深く頭を下げている。
神子である五十鈴らしい仕草といえようか。失った彼氏やクラスメートのために祈っているのだろう。
時と共に、少しずつ現実に引き戻された理香はホッと胸を撫で下ろした。
国から犯罪者として命を狙われる心配がなくなったのだから、これほど安心できることはない。
秘密結社にかくまわれてはいても、捕らえられて処刑されたり国の放った刺客に暗殺されたりする悪夢に悩まされていたのだから・・・
でもこれで何も恐れずに生きていける。堂々とこの国の大地を踏みしめて歩けるのだ。
理香は、自分の表情が生き生きとしたものに変わっていくのを実感していた。
首尾よく国分美香の隠した船を見つけ出した理香たち4人は、闇に紛れて政府の船に見つからないように注意しながら本州側へと急ぎ、深夜のうちに無事に上陸できた。
泳いでの脱出劇だったらもっともっと苦労したであろうから、美香には深く感謝する他はない。そもそもここまで泳ぎきる体力が残っていたかどうかも疑問だ。
上陸を果たして船を沖に押しやったところで、理香は言った。
「これからどうするの。多分昼になる頃にはあたしたちはお尋ね者になっているわ。早めに潜伏場所を決めないと」
この言葉には、雅樹が落ち着いて答えた。
「安心してくれ。行き先は決まっている。手配書が出回る前に急ごう」
理香は目を丸くした。
「どういうこと?」
奈央と五十鈴もきょとんとしている。
雅樹は微笑みながら答えた。
「俺の姉がアメリカの秘密結社に勤めている。危なくなったらいつでも保護してくれる約束になっているんだ。場合によってはアメリカへの亡命も手引きしてくれるようだ」
これには心底驚いた。
と同時に、首輪の処理に成功した段階から雅樹の表情が自信に満ちていた理由も理解できた。
理香自身は、脱出後もまだまだ茨の道が続くと覚悟していたのだから。
大通りに出た4人はタクシーに乗り込んだ。
途中でラジオから臨時ニュースが流れ、豌豆島のプログラムで異変があったことを告げていた。
一瞬ヒヤリとしたが、この段階で脱走者の氏名などまで調べ終えているはずがない。
実際、ニュースは詳細が不明であることを告げたのみだった。
当然ながら運転手は自分たちが脱走者であるということなどは露ほども考えていない様子であった。
目的地から少し離れたところで下車した。ここは、雅樹が普通に凱旋し、理香たちが船で逃走する結果になった際の待ち合わせ場所に決めていた地点だった。
そして理香たちは雅樹の先導で秘密結社のアジトへと急いだ。
到着したアジトは、外見上は普通のビルだった。
だが、雅樹が守衛に合言葉のようなものを告げると、守衛が何かを操作して秘密のドアが現れた。
雅樹を先頭にして中に入っていくと、1人の若い女性が待っていた。どうやら既にプログラムの異変を聞きつけていたようだった。
微笑んだ女性が口を開いた。
「雅樹、上手く脱出できたのね。お友達も助けられたのね」
残念そうな口調で雅樹が答えた。
「でも、3人しか助けられなかった。首輪の構造が変えられていて、他の奴のおかげでやっと処理できたんだ」
頷いた女性は理香たちの方に視線を送りながら言った。
「申し遅れましたけど、私は雅樹の姉で大河内志乃と申します。いつも雅樹がお世話になってます。ここまで来ればもう安心ですので、気楽にくつろいでくださいね」
理香は頭を下げながら答えた。
「細久保理香です。よろしくお願いします」
奈央と五十鈴もそれに倣った。
志乃と名乗った女性は、そこで何かに気付いたらしく雅樹の方に向き直って言った。
「ところで奈緒美ちゃんは? まさかと思うけど・・・」
雅樹は両拳を握り締め、俯き加減で答えた。
「奈緒美は・・・ 俺が殺した。どうしようもなかった・・・」
え? 雅樹君が奈緒美を? そんなバカな・・・
理香は自分の耳を疑った。
だが、雅樹は悔しそうな口調で事の顛末を語り始めた。
雅樹の無念さと奈緒美の気持ちが痛いほど伝わり、理香ははらはらと涙をこぼした。
恋のライバルでもあったけれど、奈緒美は大切な友人だったのだ。その奈緒美が理香たちの無事を願いながら逝ったのだ。
理香はしばらく泣き止むことが出来なかった。
その後アジトの仲間を紹介され、理香たちはしばらく居候することとなった。
一番驚いたのは、4年前のプログラムの脱走者だという坂持美咲という女性がこのアジトにいたことだった。美咲はとてもクールな女性で近寄りがたかったが、同じ境遇の仲間を得たことは理香にとっても大きな喜びであった。
一方、奈央は姉のはる奈がアメリカに亡命して無事であることを知り、再会できる日を心待ちにすることとなった。
いずれは自分たちもアメリカに行く事になるのだろうと思っていた理香だったが、志乃たちにはそのような動きが見られなかった。
不思議に思っていたある日、2人の男女がアジトにやって来た。
2人がこの国の中学生にとっては伝説のプログラム脱走者である七原秋也と中川典子であることを知らされた理香は驚いた。
亡命中の2人が危険を冒して帰国した理由が理解できないからである。
だが、これに関しては直後に雅樹から聞かされた。
「姉さんから教えてもらったのだけど、近日中に革命が起こって政府が倒れるらしい。七原さんたちは革命準備のために帰国したそうだ。下準備も全て成功したらしいから間もなくだ。本当は極秘事項だけれど、アジトから一歩も外出しない君たちに隠す価値はないだろうさ」
理香たちは半信半疑ながらも喜びを噛み締めていた。
そして、3日後に革命は起こったのである。
新しい国家が産声をあげてしばらく経った。
理香たちは晴れて自宅に戻り、平和な生活を送ることが出来ていた。
奈央は姉との再会も果たした。今後は必死で勉強して父同様に医学の道に進むつもりのようだ。
五十鈴も再び神子の仕事を始めた。一生、結婚する気はないらしい。彼に対する想いが消えることはないのだろう。
そして理香と雅樹は再編成されたクラスで公認のカップルとなっていた。
ある日、2人は美香と元クラスメートたちの墓参りに出かけた。
結果的に最終回となったプログラムで失われた命は決して戻っては来ない。
二度とこのような悲劇が繰り返されないように平和と民主主義を守り抜くため、及ばずながらも精一杯努力することを、39人の墓前で固く誓った2人であった。
手を握り合ったままそっと墓地に背を向けて歩き出した2人を、眩い太陽が暖かく見守っていた。
理香たちのその後については、また別の物語である。
完