BATTLE ROYALE
〜 荒波を越えて 〜


大団円

 前方にプログラム本部のボロ校舎が月明かりに浮かんでいる。
 それを見た
細久保理香(女子18番)は大木の陰で足を止めた。
 後に続く
佐々木奈央(女子10番)神乃倉五十鈴(女子7番)もそれに倣った。
 前方を歩く
大河内雅樹(男子5番)は既に校舎の目前まで進んでいる。
 政府側に対して何らかの反撃をしたいと思ってはいるのだが、具体的に何が決まっているわけでもない。
 本部の警備状況などが把握できていないので、事前に決めようがなかったのである。
 間もなく政府側の者が雅樹を出迎えることだろう。
 発見されるわけにはいかないので、ひとまずは木陰に隠れることとなる。
 政府の者と雅樹が校舎内に入ってから、次の行動を考えるわけである。
 雅樹に危険が及ばないような攻撃方法があるのかどうか、正直なところ自信はなかったが・・・
 それに自分以外の2人の運動能力は女子の中でもかなり低い部類である。
 校舎を見詰めながら考え込んでいると、突如放送が流れた。
 何故か担当官の鳥本美和ではなく、印藤少佐の声だった。
「担当官の体調が優れないので、代わりに俺が担当する。大河内君、優勝おめでとう。まずは、持っている武器類を全部足下に置いてくれたまえ」
 あのひ弱そうな担当官がダウンしたようである。
 そもそも、あのような女性が担当官をしていること自体が妙ではあったのだが。
 放送を聞いて立ち止まっていた雅樹は、言われたとおりにイングラムやウージーなどを足下に置いた。
 実は雅樹はウージーを理香に託そうとしたのだが、使いこなす自信のない理香が断ったのだった。
 再び放送が聞こえる。
「全部置いたな。隠し持っている場合は死刑も覚悟してもらうが、大丈夫なのだな」
 雅樹が校舎内に響くように大声で答えた。
「全部置いたぞ」
 またもや放送が聞こえた。
「よし。次は制服を脱いで下着だけになれ。ここには男しかいないのだから問題なかろう」
 印藤の慎重さがとても妙に感じられた。そこまで警戒する必要があるのだろうか。優勝者が女子でも脱がせるのだろうか。優勝者が桃香だったら絶対にありえない指示だろうけど。
 雅樹は恐らく驚いたはずだが、平静を装って制服を脱いだ。
 直ちに放送が流れた。
 印藤は校舎のどこかの窓から見ているのだろう。
「よし。そのままの格好で校舎に入れ。入ったら、最初に出発した時の教室まで来い。寄り道は許さんぞ」
 雅樹は答えることなく、校舎の方に進んだ。
 理香は首を傾げた。兵士たちが出迎えに来るのが普通だと思われるのだが、その様子が全くない。
 校舎も妙に静まり返っているし、見る限りでは人の気配がなさそうだ。
 何らかの異変が起こっていることは間違いなさそうである。
 ひとつの可能性を考えてみた。
 政府側が何らかの方法で理香たちの生存を見抜いて、兵士たちを会場内に派遣して理香たちを始末しようとしているのではないかと。
 であれば、ここはもぬけのからであり、反撃には好都合である。
 ただし、雅樹の身は安全とは限らないのだが。
 他の可能性も考えてみたが何も浮かばなかった。
 とにかく、ここには兵士が殆どいないことだけは確かなようである。
 雅樹の姿が校舎内に消えた直後、ぐずぐずするのは得策ではないと判断し、意を決した理香は校舎へと向かった。
 奈央と五十鈴にはこのまま待機してもらうことにした。
 月に照らし出されないように注意しながら、足音を殺しつつ理香は急いだ。
 無事に校舎に入った理香は忍び足で進みながら、周囲を窺った。
 暗闇のボロ校舎なんて肝試し会場に使えるほど不気味なものだけど、今の理香には怖がっている余裕は無かった。
 廊下にも兵士の姿は見られない。本当に印藤以外には誰もいないのではないかと思えてきた。
 やがて、最初に出発した教室の前に辿り着いた。
 中には明かりが灯っている様子で、印藤らしき者と雅樹が会話しているようだ。やはり他の者の声はしない。
 耳を澄まそうとしたところで、理香は廊下の突き当たりにある明かりが漏れている部屋が気になった。
 確か兵士の溜まり場になっていたはずの場所だ。
 理香は気配を殺したままで教室の前を通過すると、さらに進んで突き当たりの部屋に至った。
 中に兵士がいるのなら、発見されれば命はない。今までの状況から考えて、誰もいないとは思うのだが・・・
 理香はおそるおそる中を覗き込み、そこに広がった凄惨な光景に思わず息を呑んだ。
 数十人の兵士が血液や吐物にまみれて息絶えている。
 そして一番手前には担当官の鳥本美和が胸を撃ちぬかれて事切れている。
 唖然としながらも理香は考えた。
 印藤がクーデターでも起こしたのだろうか。
 だが、印藤にそんなことをする理由はなさそうだ。
 気になるとすれば、毒殺されていると思われる兵士たちに対して美和だけが銃殺されている点である。
 ひょっとすると美和がクーデターを起こして印藤に成敗されたのだろうか。
 担任の国分美香は大学の後輩だった美和を説得して失敗したと言っていた。美和とはかなり親しかったらしい。
 だが、美香の死を知った美和が何らかの動きを見せる可能性もあるだろう。
 自分の命を捨ててまでするかどうかは疑問ではあったけれど。
 そこで理香はハッとした。
 それだけの異常事態に陥っているのなら、雅樹がそのまま優勝を認められるとは限らないのではないだろうか。
 急に不安に駆られた理香は密かに教室の前まで戻ると、耳を澄ましながら鍵穴から中を覗いた。
 その途端、理香は蒼ざめる結果となった。
 なぜなら印藤が銃を雅樹に突きつけていたからだ。雅樹の首輪は既に除去されていたけれど。
 印藤の声がする。
「正直に答えろ。3人の女子は生きているんだろ。お前が首輪の処理をしたんだろ」
 雅樹が答えた。
「そんなことはない。不本意だが確実に生き残るために俺は優勝を選んだ。彼女たちを死なせたくはなかったが、それでも俺はやったのだ」
 印藤が言い放った。
「それなら、今から俺をそこへ案内しろ。この目で3人の死体を確認させてもらう。それまでお前は真の優勝者ではない」
 雅樹は返答を一瞬躊躇ったようだった。
 そして、それは印藤に確信を与えてしまったようだった。
「図星のようだな。これで、お前の優勝は取り消しだ。この場で処刑してやる。3人の女子も必ず見つけ出して始末してやるから観念しろ」
 雅樹君が危ない・・・
 最早黙って見ているわけにはいかない。
 理香は思い切りよく扉を開くと同時に中に駆け込んで、印藤めがけて催涙スプレーを噴射した。
 拳銃も託されていたけれど、スプレーの方が狙いが正確であると判断した。
 しかし不意を突かれたはずの印藤だったが、咄嗟に飛び退いてスプレーの直撃を避けていた。
 そして印藤は素早く理香に銃口を向けなおして叫んだ。
「この国家反逆者め。成敗してやる」
 しまった。あたしは、これまで・・・
 理香は全身が硬直して動けず、目を閉じて死を待った。
 そして銃声が響いた。
 結局死んじゃったな、あたし。でも、雅樹君は必ず生き残ってね。勿論、奈央も五十鈴も・・・
 あれ? まだ考えることが出来る・・・ あたしは死んでないのかな・・・
 そっと目を開いた。
 目の前の光景は相変わらずの教室だ。死んでいないことは間違いなさそうだ。
 そして、理香の目には倒れている印藤とまだ煙の出ている拳銃を構えた雅樹の姿が映し出された。
 おそらく雅樹は印藤の注意が自分から逸れた隙に、下着に隠していた銃を抜き放ったのだろう。
 雅樹は印藤の頭にもう一発撃ちこんでから拳銃を机に置き、理香の方に向き直った。
「素晴らしいタイミングだったぞ、理香。おかげで助かった」
 理香は両眼から涙が溢れ出るのを制御することは出来なかった。
 涙でくしゃくしゃの顔のまま、雅樹に駆け寄って無言で抱きついた。
 下着姿の男子に抱きつくなんて相当に恥ずかしいところだが、どうせ誰も見てはいない。
 雅樹は理香を暖かく抱擁してくれた。
 理香はひたすら泣きじゃくった。言いたいことはいろいろあるのだが、言葉にすることが出来なかった。
 しばらくして雅樹の声がした。
「奈央ちゃんたちが来たよ」
 赤面した理香はサッと体を離した。
 見ると教室内に入ってきた奈央と五十鈴がじっとこちらを見ている。奈央は雅樹の制服を抱えているようだ。
 奈央が言った。
「そのままでいいよ、理香。覚悟はしてたから」
 理香は思わず俯いてしまった。
 今度は五十鈴の声がした。
「銃声が聞こえたから我慢できなくなって駆け込んできたけど、2人とも無事でよかった」
 奈央から受け取った制服を着ながら雅樹が言った。
「おかげで何とか無事だったよ。他の連中には申し訳ないが、これで4人で生きて帰れる。君たちも本当に良く頑張ったね」
 理香はそっと顔を上げながら奈央の表情を盗み見た。
 奈央はとてもスッキリした顔をしていた。完全に吹っ切れているのだろう。
 雅樹の声がした。
「さてと、政府が異変を察知すると軍隊が送りこまれてくるだろう。皆のためにも俺たちは必ず生き残らなきゃいけない。急いで美香先生が用意してくれた船で脱出だ」
 理香たち3人は力強く頷いた。
 やがて校舎から駆け出した4人を月が優しく照らし出していた。 


                           <生存者4人脱出確定>


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