BATTLE
ROYALE
〜 荒波を越えて 〜
84
結局、何もできなかった・・・
鳥本美和(プログラム担当官)は小さく呟いてうなだれた。
1人でも多くの生徒を生還させるために、自分に出来ることを探そうと決意してからさほどの時間は経っていない。
しかし何もしないうちに生徒は次々と減っていき、ついに優勝者が決まってしまった。
つい先程、優勝者決定の臨時放送をすませたばかりだ。
三条桃香が自殺したのにも驚いたが、脱出志向と思われた大河内雅樹(男子5番)が突如趣旨換えし、3人の女子を射殺して優勝してしまったことにはもっと驚いた。
これまでの雅樹の言動を思い出すと細久保理香(女子18番)を探していたのは明白であるし、佐々木奈央(女子10番)を蜂須賀篤から助けたりもしている。
今山奈緒美を殺害してはいるけれど、これが不本意だったことも明らかである。
どう考えても、到底優勝を目指していたとは思えない。
脱出に絶望したとしても行動が短絡的すぎる。
まして、自分の想い人の息の根を止めてまで優勝を狙う人物とは考えられなかった。
本当に人の心ほど解らないものはないと痛感した。
ともあれ、雅樹が優勝したことは事実だ。
まもなく本部に帰ってくるであろう雅樹を受け入れる準備をしなければならない。
そしてプログラムは無事に終了し、自分はマニュアル紛失の罪を問われることになるだろう。
・・・
美和は何気なく隣の机の印藤少佐を見やった。
印藤は三条桃香が散ってからずっと放心状態のようである。
今もうつろな目で虚空を見つめている。
トトカルチョに負けたショック以上に、自分が処分されるとの不安が強いのだろう。
この男は、自分のマニュアルを隠し持っているのだろうか・・・
自分はこの男の報告で処分されてしまうのだろうか・・・
美和は印藤から目を逸らし、遠方の兵士たちに目をやった。
すると無事に仕事が終わった満足感からかすっかりくつろいでいる様子である。
そうだ・・・
今からでも出来ることはある。
このまま処分されるのを待つこともない。
既に捨てる覚悟の命なのだから・・・
美香先輩、見ていてください。美和は精一杯のことをしてみます。教師として恥ずかしくない最期を迎えてみせます。
強い決意の下に、美和はすっくと立ち上がると給湯室に足を運んだ。
手早く兵士と自分たちの人数分のコーヒーを淹れて、カップに注いだ。
そして自分以外のカップに懐から取り出した粉を少しずつ入れた。
この粉は鵜飼翔二に支給されるはずだったデイパックから発見した物で、正体は猛毒の青酸ソーダである。
プログラム終了に喜んでいる兵士たちには簡単に飲ませることができるだろう。
準備を終えた美和は大きな声を出した。
「皆さん、大変お疲れ様でした。コーヒーを用意しましたので、控室に集まってください」
比較的近くにいた兵士たちが喜びの声を上げた。
「美人の担当官様にコーヒーを淹れていただけるなんて、俺たちは何て幸せなんだ」
「担当官様、どうもありがとう御座います」
兵士たちは次々にお盆を持って控室に移動し、美和は自分のカップだけを持って後に続いた。
ずらりと着席した兵士たちを見回しながら、美和はにこやかに言った。
「皆様のおかげで無事にプログラムを終了することができました。新米担当官の私を助けてくださったことに深く感謝し、プログラムの終了を祝して乾杯したいと思います。それでは大東亜共和国の発展と皆様のますますのご活躍を願って乾杯!」
コーヒーカップで乾杯なんて変だけれど、そこまで頭が回らなかった。
だがそこで、美和はそこに印藤の姿がないことに気付いた。
一番危険な人が残ってるじゃないの、まずい・・・
慌てた美和は、余っている毒入りカップを持って印藤のところに向かった。
印藤はまだ呆然とした表情のままだった。
多分兵士が呼びに来たはずだが、まともに聞こえなかったのだろう。
印藤の目の前にカップを置きながら、美和は優しく声をかけた。
「少佐、おかげで大役を無事に果たすことができました。コーヒーを淹れましたのでどうぞ。他の方には控室で飲んでいただいています」
我に返った様子の印藤は室内の兵士が誰もいなくなっていることに驚いた様子だったが、少し考えてからこのように答えた。
「担当官こそお疲れ様でした。桃香様が亡くなられたので無事とはいえませんが、とにかく終えることができましたな。コーヒーの方はありがたく頂きますが、どうか担当官のカップと交換しては頂けないでしょうか。この年になると妙に疑り深くなりましてな。大変失礼な申し出ではありますが」
「あっ、私のはもう一口飲んでしまって口紅もついてるし・・・」
慌てて答えたが、一瞬の動揺を隠すことはできなかった。
印藤が大声を出した。
「おい、お前ら。そのコーヒー飲むんじゃないぞ」
だが返事は無かった。
顔色を変えた印藤は立ち上がると、美和を突き飛ばしてから控室へと走っていった。
転倒した美和も起き上がると同時に印藤の後を追った。
控室に辿り着くと、そこは修羅場であった。
夥しい数の兵士たちが血や吐物にまみれながら。床をのた打ち回っていた。
何人かの兵士は既に息絶えているようで、見ている間にも動きが徐々に悪くなっていく兵士がいる。
印藤は拳銃を抜くと美和の心臓の位置に突きつけながら怒鳴った。
「無事に優勝が決まったところで、このような国家反逆行為に及ぶとは何事ですかな。乱心には見えませんし・・・ 何のおつもりかお答えになられよ」
最早これまで・・・
観念した美和はストレートに答えた。
「美香先輩が死んで目が覚めたの。私のやりたいことはこんなことじゃない。教師として生徒を守るのが私の仕事。だから・・・」
印藤は不快そうな表情で言葉を返した。
「それでは納得できませんな。プログラム中ならともかく、優勝決定後にこのような行為に及んでも生存する生徒が増えることはありませんからな。他の理由がおありなのではないですかな」
この場に及んで伏せても意味はない。
美和は本音を語った。
「担当官のマニュアルを紛失したの。いくら探しても見つからなかった。兵士か貴方が拾って隠し持っているのでしょ。このままじゃ私の厳罰は確定的。優勝決定後なのは不本意だけれど、このままじゃ気がすまないの」
途中から目を丸くして聞いていた印藤が答えた。
「あのような機密文書を紛失するとは何事です! ですが、自分は拾ってはおりませんぞ」
「それなら兵士たちが・・・」
美和の言葉に印藤は即答した。
「それもありえませんな。この兵たちは全て自分の直属です。自分に内緒でそのようなものを隠し持って政府に提出などすれば自分の逆鱗に触れることは明白。必ず自分か担当官ご自身に提出するはず。探しても見当たらないのならば、既に本部内には存在しないのかもしれませんな」
美和は答えた。
「それはありえないでしょ。誰が持ち出すって言うの?」
印藤が尋ねた。
「いつから見当たらないのですか? 最後に確認したのはいつですか?」
「プログラムの説明をして内ポケットにしまってから確認できていないの」
美和の返事を聞いて、しばらく考えていた印藤はポンと手を打ってから言った。
「おそらくあの時です。担当官は女子の・・・そうです。石川綾に体当たりされて転倒しましたね」
美和は頷いた。
「その時に、石川はマニュアルをすりとったのでしょう。それしかありえません。そもそもその後の石川の行動力と、あの時の怯えた態度は矛盾してますからな」
この言葉を聞いて美和は蒼ざめた。
とすると、必死で探したのは何の意味もなかったことになる。
印藤がいまいましそうに言った。
「石川が施錠されている独房からどうやって川崎愛夢を助け出したのかが不思議だったのですが、石川が盗みの達人だと仮定すれば納得できます」
とすると、マニュアルは生徒の手に・・・
とんでもないことだと思ったが、美和はそこで考えを変えた。
ひょっとしたら、マニュアルを上手く活用して首輪を処理した生徒がいるかもしれない。
だとすれば、その生徒が生還するのを援助するのに自分の行動は役立っているはずだ。
すられてしまったのは担当官として不覚と言わざるをえないけれど、とんだ怪我の功名になったかもしれない。
そこで、印藤が何かを思いついたように言った。
「まさか、あいつら・・・」
美和が答えずにいると、印藤は言葉を続けた。
「マニュアルを悪用して首輪を外したかもしれん。大河内の突然の変化は、それならば納得できる。3人の女子はおそらく生きてますぞ」
美和は答えた。
「でも、石川さんと大河内君が接触した記録はなかったような気がするけど」
印藤は首を振った。
「それは甘い読みです。石川は自分を危険に曝してまで神乃倉を逃がしました。その時にマニュアルか首輪の処理法を託したと考えれば、全ての説明は可能です。アレを見られれば、盗聴機能の存在も知られてしまいますからな」
印藤が自分と同じ推論をしていることに愕然としたが、現実味が高まったのも確かである。
上手く行けば生還する生徒を4人にできそうである。
美和は思わずほくそえんでしまった。
それを見た印藤が声高に言った。
「そんなに上手くは行かせませんぞ。こうなったら私の手で4人とも始末しますから。それでも私は切腹でしょうけれど、意地でも決して4人を生還させはしませんぞ」
印藤はワンテンポ置いてから続けた。
「その前に貴女の処刑をしなければなりませんな。この状況ならば、私には貴女を処刑する義務がありますからな。お覚悟めされよ」
とうに観念していた美和はそっと目を閉じた。
そして祈った。
もし3人の女子が生きているのなら、雅樹ともども無事に生きながらえることを・・・
そして詫びた。
美香や散ってしまった生徒たちに・・・
そして・・・
そこで銃声が響き、美和の魂は天に召された。
印藤は倒れた美和の体を足で踏みにじりながら、拳銃の手入れを始めた。
<残り4人>