BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


第1部

試合開始


 5月のある日。奈良公園は晴天に恵まれていた。
 大勢の観光客。のんびり歩く鹿。平和そのものの風景だった。
 遠山奈津美(愛媛県山之江市立山之江東中学3年2組女子13番)は、鹿せんべいの束から1枚を抜き取り、目の前の鹿にそっと差し出した。パクッと、鹿はそれを食べた。鹿は、奈津美の右手に鼻を近づけ、もう1枚欲しそうな顔をした。
「はい、はい、あげますよ」
 奈津美は、さらに鹿せんべいを1枚取ろうとした。その時、背後から忍び寄ったもう1頭の鹿が、奈津美の左手の鹿せんべいを束ごと咥えて持ち去った。
「ちょっと、待ちなさいよ」と言ったが、無論意味はなかった。
「あらら、奈津美もやられたんだ。あたしも全部持っていかれたよ」
 少し離れたところにいた
遠山奈津紀(女子12番)が、クスクス笑いながら言った。
「奈津紀、笑わないでよ」
 奈津美は、少し口を尖らせながら答えた。
 奈津美と奈津紀、2人は小学校時代からの親友だった。部活も一緒で卓球部。同姓で、名前も似ているため双子に間違えられた経験は数え切れなかった。丸顔でぱっちりした目の奈津美と、面長で切れ長の目の奈津紀は顔の違いを除けば、体格も学校の成績も似ていた。強いて言えば、頭脳と精神力で奈津美が、体力で奈津紀がやや勝っていた。
 ちょうど、鹿をはさんで2人が見詰め合うような感じになった時、シャッター音がして2人は揃ってそちらを見た。
「いい構図の写真が撮れたぞ」
 と、言ったのは同じ班の写真部員、
河野猛(男子5番)だった。
「なんだ、猛君か。鹿をはさんでお見合いする2人の美少女ってわけね」
 微笑みながら奈津美が言うと、
「いや、2人の侍女を従えた鹿のプリンスってとこだな」
 猛の横にいた
中上勇一(男子11番)が、いたずらっぽく答えた。勇一も同じ班だ。
 奈津紀が両手を腰に当てて言った。
「ひどいわねー。勝手に撮っといて。それなら、モデル料を請求しようかしら」
 猛が答えた。
「おいおい、勇一が言ってるのは冗談に決まってるだろう。本気にするなよ」
 腰に当てていた手を肩まで挙げた奈津紀が答えた。
「何言ってんのよ。私のも冗談よ。じょ・う・だ・ん」
 奈津美が口を挟んだ。
「随分、歩いたから少し疲れたわね。あの茶店で休まない?」
 奈良公園は広い。4人はずっと歩いていたのだ。無論、3人も同意し、皆で茶店に入り腰を下ろした。

 京都・奈良を巡る5日間の修学旅行も今日で終わり。電車で大阪まで移動し、夕食を摂ったのち、船で四国に帰る予定になっている。
 奈津美はソフトクリームを舐めながら周囲を見回した。
 多くの観光客に混ざって、クラスメートたちが班ごとに行動している。
 あちらで、鹿の群れと戯れているのは
石本竜太郎(男子1番)の班だ。
 竜太郎は母子家庭の子だ。父は数年前に、何やらの嫌疑を掛けられて警察に処刑されたらしかった。どんな嫌疑なのかは、竜太郎自身もよく理解していないとのことだった。とにかくこの国の警察といえば(憲兵と言った方が近い)、証拠もないような嫌疑で、いきなり死刑を執行することが何も珍しくない。竜太郎の父も無実だったかもしれない。だが、竜太郎はそんなことを感じさせない明るく人望のある少年だった。
 隣にいるのが、同じ班の
松崎稔(男子16番)だ。機械いじりが大好きだが、決してネクラではなく、スポーツも得意な快活な男だ。
 クラス1のお嬢様の
冷泉静香(女子20番)のキリッとした顔や、優等生の坂持美咲(女子9番)の長い髪も一緒に見えている。
 奈津美は今度は反対側を見た。芝生に寝転がっているグループが目に留まった。
 修学旅行では、男女2人ずつの4人で1つの班を組むことになっていたが(42人のクラスだったので、5人の班が2つある)、うまく仲間を見つけられなかった4人が集まったのがこの班だった。
 転校生の
松尾康之(男子15番)、同じく転校生の塩沢冴子(女子11番)、ゲームおたくの藤井清吾(男子14番)、空手有段者の永田弥生(女子15番)というメンバーだ。
 ちょっと不気味なこの4人。
 中でも、冴子の不気味さは際立っていた。山之江東中学では、3年に上がる際にクラス変えはない。だから、4月に転校してきた冴子が、まあ康之も4月に転校してきたのだが、クラスに馴染みにくいのはある程度仕方がない。しかし、冴子の場合、全く馴染もうとしていないように見えるのだ。どうしても必要な時以外は決してクラスメートと口を利かない。第一、ほとんど視線を合わせない。奈津美も転校当初は何度か声を掛けてみたことがある。しかし、ロクな返事もしないので、最近は全く話していない。しかし、授業態度は真面目で積極的に質問などもしているし、教師たちには評判がいいようだ。おまけに、他のクラスには友人を作っている。詮索好きな
矢山千恵(女子19番)が、冴子の素性を調べたことがあり、奇妙なことがわかっていた。本人は隠しているようだが、2年生まで冴子が在籍していたのは山之江南中学であり、しかも一戸建てに住んでいたのを売り払って、家族で東中学の学区内のアパートに引っ越しているのだ。親は大企業のエリートで、金に苦労するとも思えない。どうしても東中学に転校したかったのだと、考える他はなかった。
 さらに千恵は、南中学にいる友人に冴子の評判を聞いてきた。何と、友人の多い明るい少女で、今も南中学時代の友人と遊んでいるというのだ。本当に、謎に包まれた感じだった。
 その情報がクラスに広まってからは、敢えて冴子に話しかけようとするものは誰もいなくなっていた。
 それに比べれば、康之の方は友人も出来ていて、奈津美とも雑談程度は交わしている。
 が、表情に乏しく何を考えているか分からないタイプだった。
 その時、茶店にもう1つのグループが入ってきた。
 クラスの中のいわゆる不良の集まった班だ。
 服部伸也(男子12番)と、付き人のような溝下慎二(男子17番)、そして浅井里江(女子1番)といつも里江に従っている豊浜ほのか(女子14番)の4人。伸也と里江は仲が良いような、張り合っているような不思議な関係だ。
 4人は、奈津美たちに目もくれず奥の席に着いた。早速、伸也がタバコを咥えたのだろう、奈津美たちのところにまで煙が漂ってきた。
 ゴホッと隣の奈津紀が咳き込んだ時、凛とした声が響いた。
「やめなさい!」
 思わず奈津美はそちらを振り向いた。
 伸也たちの横に長身でスーツの似合う若い女が立っていた。
 奈津美は気付いていなかったが、前から店内にいたのだろう。
 奈津紀がうれしそうに叫んだ。
「理沙先生!」 
 教育大の学生の中村理沙は、教育実習生として2週間ほど前から奈津美のクラスに来ていて、異例ながら修学旅行にも同伴していた。美人でスタイルもいい理沙は、男子には大人気だったし、明るくて授業も上手だったため女子にも好かれていた。
 理沙は奈津美たちの方を振り返らず、じっとタバコを咥えた伸也を見つめていた。
「あんたに、言われちゃしょうがない」
 ぶつぶつ言いながらも、伸也はタバコの火を消した。
「伸也も、美人のお姉さまには形無しねー。うふふ」
 茶髪の里江が笑いながら言い、鼻ピアスをしたほのかも笑いをかみ殺しているようだった。ただ、慎二だけは全く表情を変えなかった。笑えば後が怖いって訳だろう。
「さあ、そろそろ集合時刻でしょ」
 理沙の声に、奈津美は慌てて時計を見た。
 確かに集合時刻が迫っていた。
「よし、行こう」
 猛の声に4人は立ち上がった。
 


                           <残り42人>


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