BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
2
列車は生駒トンネルを抜けて大阪府にはいった。
夕焼け空がとても美しい。
窓際に座ってボーっと空を見ていた奈津美は、左手を突付かれて振り向いた。
スナック菓子をせわしなく次々に口へと運んでいた奈津紀が、1つを奈津美に手渡しながら言った。
「さっきの理沙先生、マジ格好よかったよね。私、とっても気持ちよかった、あの一言」
受け取った菓子を口に放り込みながら、奈津美は大きく頷いた。同じ言葉でも、もし奈津美や奈津紀が言ったのなら、「何だ、このアマぁ」という言葉が返って来たに違いないからだ。
「いっそのこと理沙先生が担任だったらいいと思わない?」
奈津紀の言葉に、奈津美は再度頷いた。そして、答えた。
「そうよねー。ま、無理だけど・・・」
当然だ。学生の理沙が正式に教員になるのは、来年の春。
奈津美たちは高校生になってるってわけ。
そして、奈津美は担任教師の川渕源一のことを考えた。
2年生の時担任だった新橋淳子先生が転任し(余計な話だが、新橋淳子は中村理沙と同じタイプで生徒に大人気だった)、かわりに転任してきたのが川渕であった。
しかし、この川渕が問題だった。
とにかく、教師としてのやる気というか情熱のようなものを全く感じない。
ただ、最低限の義務を果たしているだけの感じで、授業中に寝ていようが私語していようが、全く注意もしない。出席すら取らない。
まあ、この国の教師では淳子や理沙のようなタイプの方が珍しいのかもしれないが、それにしても生徒に無関心過ぎると言わざるを得なかった。
さいわいにも川渕の担当科目は社会科だったので、授業がいい加減でも充分自習で補うことが出来た。
が、奈津美達は3年生。こんな奴に進路指導をうけるの? あたしたち・・・
実は半月ほど前に、奈津美と奈津紀は川渕の素性を調べようと考えた。
まず、いつも何でも調べてくる矢山千恵に相談したが・・・
“あたし、先公に興味ない。バレて、内申悪くなったらやだシ”
との返事だった。
そこで、委員長の佐々木はる奈(女子10番)に話を持ちかけた。
はる奈は話に乗ってくれて、親しくしている教務主任に質問に行った。
が、やはりそんなことを教えることは出来ないとのことで、辛うじて転任前に勤務していた学校名を聞きだしたのみだった。
それが、妙なことに群馬県の中学だった。通常、教員免許は同県内でしか通用しない。
ますます、怪しい・・・
というわけで、3人はその中学に新聞記者を装って電話してみたのだった。
その結果、その学校での川渕は理想的な教師だったようで、容貌も今の川渕とは少々異なることが明らかになった。
結局、3人は2人の川渕は恐らく別人であると結論付けた。が、中学生の身でそれ以上調べることは無理だった。下手なことをすれば、身を滅ぼす結果になる国なのだから・・・
勿論、他のクラスメートにそんな話はしていない。
「暗い顔して何考えてるのよ?」
奈津紀の声で、奈津美はわれに返った。
「うん、ちょっと川渕のことをね・・・」
プッと、奈津紀が噴出した。
「楽しい修学旅行の時に・・・ もう、奈津美ったら・・・ 旅行の間だけは、存在感のない担任も悪くないじゃない。 もちろん、理沙先生が担任ならもっとうれしいけど、あたしたちが担任の首のすげ替えなんかできないんだし・・・」
確かにその通りだった。考えても、もはや意味はない。進路は自分たちでしっかり考えないと。
その時、通路を吉村克明(男子20番)と川越あゆみ(女子6番)がしっかり手をつないで通り過ぎた。2人は公認のカップルだ。ついでだが、クラスにはもう一組カップルがいる。登内陽介(男子9番)と久保田智子(女子8番)だ。
2人の背中を見送った奈津紀は、とてもうらやましそうに言った。
「いいなあ。団体とはいえ、殆ど新婚旅行じゃん。まあ、一緒には寝れないけどさ」
「そうね。うらやましいわね」
と、答えた奈津美だが実は知っていた。昨晩、他のクラスメートが気を利かせて2人だけを同室にしたことを。 確かに、こんな時だけは無関心な担任は有難い。ま、今このことは奈津紀には言わない方がよさそうだ。
「で、奈津美は河野君とはどうなの?」
当の河野猛が、通路を隔てただけのところにいるので、奈津紀は耳元で囁いている。
「どうって・・・ 見ての通りとしか・・・」
確かに、奈津美と猛は親しい。というより、猛は明らかに本気だったが、奈津美にはどうしても友達以上には思えなかった。むしろ奈津美は中上勇一の方を深く信頼していた。
「なんか、じれったいのよね。見てると・・・ あたしが、キューピッドになってあげようか・・・」
奈津紀の提案に、奈津美は小さく首を振った。
そして、頭の中で呟いた。
無理しないで・・・ 本当は、貴女が猛のこと好きなの、あたし気付いてるんだから・・・
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