BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜



 3年2組の一行は、洋風レストランに到着した。
 “キッチンオーサカ”という大きな看板の下がったその店は、いわゆる洋食屋で外見は木造の和風建築だが、中に入るとシャンデリアの下がった洋風の部屋が並んでいる。
 山之江東中学の修学旅行では、伝統的に最後の夕食の種類を生徒の希望で選び、ワンランク上の店で食べることになっていた。その分、親の支払う自己負担金が増えているのだが、もちろん生徒たちには関係なく、例年修学旅行の最後の楽しみとなっていた。
 2組では多数決の結果、今年は洋食屋に決定していた。ちなみに、1組は寿司屋、3組は中華料理店に行ってるはずだった。
 大部屋で4人ずつのテーブルに腰掛けた生徒たちは、運ばれてくる料理に舌鼓を打った。
 奈津美の右隣のテーブルでは、
梶田広幸(男子4番)森山文規(男子19番)らが、
「こんな美味い物は、二度と食えないかも・・・」などと、ワイワイやっている。
 左隣のテーブルには、
山野由加(女子18番)大薗規子(女子4番)の満足そうな顔が見える。中村理沙(教育実習生)も同じテーブルで、にこやかな表情で2人に話しかけている。が、もう1人座っている川渕源一(担任)はいつものように無表情でひたすら食べているようだった。
 奈津美は、右手にいる奈津紀、左手にいる勇一、向かいにいる猛に向けて笑顔を振りまきながら、料理を味わった。3人もいい表情になっている。
 この後、船で一泊して明朝には学校に着いて解散。なんて、幸せ・・・
 メインディッシュが運ばれてきた。ビーフシチューだ。
 準鎖国政策のおかげで、狂牛病とやらを恐れる必要もない。
 この国の政策が有難いと思えるのは、こんな時くらいのものだ。
 奈津美は、スプーンですくって口に運んだ。口いっぱいに、美味が広がって、鼻腔にも突き抜けるようだ。
「美味しい・・・」と、思わず呟いた。
 ふと見ると、奈津紀は手を付けていない。そう、奈津紀は確かシチューが苦手なのだ。
「大丈夫よ、奈津紀。本当に美味しいから。その辺の店のとは大違いよ」
 猛と勇一も頷いた。それに促された奈津紀は、恐る恐る一口食べた。途端に、両目を大きく見開いた。そして、叫んでいた。他のテーブルの者が振り向くほどの声で。
「美味しいいいいい!!」
 そして、奈津紀は勢い込んで食べ始め、奈津美より先にシチュー皿を空にした。

 目の前にデザートが運ばれた時、不意に奈津美は強い眠気と眩暈のようなふらつきを感じた。修学旅行の最終日だから勿論疲れている。夜も枕投げやトランプであまり寝ていない。
 であっても、こんな美味しいものを前にして眠くなるとは何事?
 奈津紀に声を掛けようとして唖然とした。既に、奈津紀はテーブルに顔を埋めて眠っていた。猛と勇一もぐったりしている。
 慌てた奈津美は周囲を見渡した。首を動かすのも楽ではなかったが、とにかく見た。殆どのものが、テーブルや椅子の背もたれに体を預けて眠っているようだった。そして、川渕源一と中村理沙も同様だった。
 先ほどまで賑やかだった室内には、もはや誰の声もしていなかった。
 そしてウエイトレスたちは、なぜか暗い表情でうつむいていた。
 奈津美は立ち上がろうとしたが、体に全く力が入らない。ゼリーで全身を固められているような感じだった。 頭は、ますますボーっとしてきた。
 どうなってんのよ、一体?
 その時、「奈津美、寝るな」という弱い声が聞こえた。
 奈津美は、辛うじてそちらへ視線を動かした。
 勇一が、苦しそうに顔を上げているのが見えた。
「寝るな、奈津美。寝たら終わりだ・・・」
「な、何?」 奈津美は唇を動かしたが、多分声は出ていなかっただろう。
「やられたぞ。恐らくこれは・・・・・」
 勇一は、何とかはっきり発音したのだが、もう奈津美には聞こえていなかった。

 数分後、川渕源一は何事もなかったかのように立ち上がった。全員が眠っていることを確認した後に、満足げに口笛を吹いた。
 それを合図に部屋のドアが開き、迷彩服の男たちがどやどやと入ってきて生徒たちと理沙を運び出し始めた。最後に川渕が部屋を出ようとすると、そこに店長が立っていた。
 川渕は店長に向かって敬礼をして言った。
「ご協力に感謝します。無事、作戦終了です。貴方には、後日政府より、感謝状と金一封が贈られます」
 店長は、返事をしなかった。視線を合わせることさえしなかった。
 協力を拒めば、確実に殺されるためやむなく協力した店長にも実は中3の娘がいたのだ。
 川渕はそのまま立ち去ったが、店長は生徒たちが運ばれていった方向にいつまでも頭をさげていた。目に大粒の涙を浮かべて・・・
 その背後には、抱き合って泣いているウエイトレスたちの姿があった。

 その頃、3年2組の生徒たちの自宅には役人や兵士たちが訪れて、家族に事実を伝えていた。親たちの反応は様々だった。じっと唇を噛み締めた者・泣き崩れた者・卒倒した者・天に祈った者などなど。なかには、食って掛かったためにわが子を天国で待つ羽目になった者もいた。
 しかし、ある生徒の自宅ではこうだった。
 先ず、応対に出た父親は桃印の政府書類を確認すると、表情も変えず言った。
「お役目ご苦労」
 兵士たちは敬礼を返した。が、そこに出てきた母親は、事情を知って一瞬青ざめた後、兵士ではなく父親に迫った。両眼が血走っている。
「冗談じゃありません。貴方の力であの子を、いやクラス全員をすぐに解放してあげて下さい!」
 父親が一喝した。
「そんなことが出来るか! 俺の立場を考えてみろ!」
 母親は、さらに喚き散らした。
「立場が、何ですか! 私たちの大事な息子じゃないですか! あの子が、むざむざ殺されるんですよ! 貴方は父親でしょ!」
 今度は父親は諭すように言った。
「この国に住む以上、国の決めたことには従わねばならん。俺だって、つらい。だが、俺の息子だという理由で免除するわけには行かないのだ。勿論、あのクラスが選ばれたことは知っていた。コンピューターが、あのクラスを選んだ時のショックは忘れない。俺は、密かに一晩中泣いたよ。だが、これは宿命なのだ」
 しかし、泣き崩れた母親は見た。
 強く握り締めた父親の両拳を。
 爪が手掌に食い込んで血が滴り落ちる様を。
 兵士たちは去っていったが、両拳から正に血涙を流していた父親は、いつまでも仁王立ちしていた。


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