BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
4
奈津美はふと目を開いた。何だかまだ頭がボンヤリしていて、周囲の状況の把握が出来なかった。
え? あたし、何してるの? レストランで・・・ 美味しいもの食べてて・・・ ん? お休みなさいしちゃった。あれ?
ボーっとした目に、黒い塊がゆっくり起き上がるのが見えた。
あ、あれは・・・ 学生服。男の子の背中か・・・
と、その男子が振り向いた。
「あ、奈津美。起きてたか」
その一言で、奈津美の頭は大分スッキリした。もやが晴れるように・・・
男子は、中上勇一だった。
「勇一君、一体、あたし達どうなったの?」
勇一は、忌々しそうな顔で答えた。
「やられたよ。プログラムに・・・」
また、奈津美の頭が真っ白になった。シベリアの大雪原でも、枯れ木の1本くらいありそうなものだが、それ以上に真っ白・・・
何とか、答えた。
「嘘でしょ。プログラムなら確か・・・」
そう、昨年すぐ近くの東条市の中学でプログラムが実施されたはずだ。
「2年連続、愛媛県に? そんなことって・・・」
勇一が遮った。
「ありうるさ。全国で50クラス。ランダムに抽選。2年連続愛媛に来る確率は確かに低いが・・・ でも、来る時は来る。確率って、そんなものだ」
奈津美は黙って首を左右に振った。信じられない、いや信じたくない・・・
「じゃあ、これは何なんだ?」
勇一は、自分の首を指差している。首にピッタリ巻きついた銀色の帯、いやあれは首輪だ。
え? 勇一君、そんなアクセサリーしてた? いつのまに犬になったの?
ま、まさか・・・ ハッとした奈津美は、自分の首に手をやった。嫌な予感は大的中。首の周囲に、冷たい金属の感触があった。慌てて探ってみたが、とても外せそうになかった。
奈津美にも、ようやくそれが現実として受け止められるようになった。と、同時に全身の力が抜けていくのを感じた。死刑判決をもらった瞬間の被告の反応と大差なかった。
あたし、死ぬんだ・・・ もう、パパやママに会えないんだ・・・
沈んだ心の中で、奈津美はプログラムのことを考えた。
プログラム・・・防衛上の必要という名目で行われる戦闘シミュレーション。
なんで、それが防衛の役に立つのかサッパリ解らないし、本当に死ぬのだからシミュレーションなんかじゃない。無駄に、若い将来ある命を散らしているとしか思えない。確率が低いとはいえ、中学3年生とその家族はいつもそのみえざる影に怯えている。奈津美には3歳違いの兄がいる。その兄、恵一が私立の有名進学校に合格したのだが、その時よりも卒業式から帰ってきた時の方が、本人も両親もうれしそうだった。これでもう、大丈夫と・・・ なぜならその前年、高知県で卒業式の会場から拉致されてプログラムを施行されたクラスがあったから・・・ そのクラスは1人を除いて正にこの世からの卒業式を迎えてしまったのだから・・・
昨年、東条市で行われたことと兄が大丈夫だったことから、奈津美は自分もプログラムとは無縁だと勝手に信じていた。しかし・・・
「奈津美、気をしっかり持て! 君らしくないぞ」
今度は、勇一は強い口調で言った。両手で、奈津美の肩を揺すった。
ピシッと鞭で打たれたように、奈津美は体を起こした。今度こそ、完全に覚醒した。
そうよ、むざむざ死んでたまるもんですかって。第一、ここはどこよ?
奈津美は周囲を見回した。体育館? そう、どう見てもここは体育館だった。ただし、山之江東中のとは、微妙に構造が違うようだ。そして自分達はその床に座っているわけだった。2人の周囲には他のクラスメート達が眠っていた。それぞれの首にも、2人と同じものがついているようだった。起きているのは、2人のほかには塩沢冴子(女子11番)、坂持美咲(女子9番)、そして石本竜太郎(男子1番)の奈津美たちとは少し離れたところにいる3人だけのようだった。冴子は、一瞬奈津美と視線を合わせた後、さっと横を向いた。相変わらず変なやつ・・・ しかし、とても落ち着いているようだった。美咲は、じっと下を向いて考え込んでいるようだ。竜太郎は、奈津美ではなく勇一とアイコンタクトを取っているようで、頷きあっている。少なくとも、この3人はこれがプログラムであることを既に理解しているように思われた。勇一を含む4人が、どうして落ち着いているのかを疑問に思うべきだったが、今の奈津美にはそれだけの余裕がなかった。そして、奈津美は自分の左右で眠っているのが遠山奈津紀と河野猛であることを理解し、2人を起こそうとした。しかし、勇一がそっと目で制した。どうして? と、訊こうとした時だった。
体育館の正面の扉が大きな音と共に開き、川渕源一と迷彩服を着て銃を持った3人の男が入ってきた。勇一が呟いた。
「なるほど、そういうことか・・・」と。
扉の音で、多くの生徒が覚醒したようだ。
まだ眠っていた者も、他の生徒に起こされた。
そして、口々に言い合いだした。
「どこだ? ここは・・・」
「ちょっと、みんなも寝てたの?」
「レストランにいたはずだよな」
「何? その変な首輪・・・」
「え? あんたにも、付いてるじゃん。首輪が・・・」
と、いった具合だ。
奈津美は、時計を見た。11時半だった。外は暗そうだから、夜中だろう。
奈津紀と猛は、まだボーっとしているようだ。
「よーし、みんな起きたな!」
川渕が大きな声を出した。授業中には決して聞いたことがないようなハッキリした声で・・・
委員長の佐々木はる奈(女子10番)が、立ち上がって質問した。いつも、柔和なはる奈だが、今はとてもキリッとした表情だ。
「先生、何なんですか、これは? 私達、修学旅行の最中のはずですよ。どうして、兵隊さんがいるんですか?」
「そうだよ。何だ、これは・・・」 コーラスのように声が重なった。
しかし、平然としたままの川渕が言った。
「坂持! お前なら解るだろう。代わりにこいつらに説明してやれ」
奈津美は、眉をひそめた。
え? 美咲? 確かに美咲はとても優秀で冷静だけど、どうして指名を・・・
美咲は、返事はせずにゆっくり立ち上がった。凄くキツい視線を川渕に飛ばしながら、それでもしっかりした口調で言った。ただ、その言葉には妙に抑揚がなかった。
「私たちは、プログラムに選ばれた・・・」
その瞬間、奈津美は感じた。体育館中の空気が凍りつくのを。零下40度の世界にご案内しますってか?
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