BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
5
誰も喋らなかった。不気味な沈黙が流れた。この沈黙を破ったのは川渕だった。
「よーし、正解だ。坂持、座っていいぞ。佐々木も座れ」
2人は腰を下ろした。美咲は落ち着いて、はる奈は力なくだったが。
ボーっとしている生徒たちを見回しながら、川渕は続けた。
「何だ、信じられないのか。担任が、そのままプログラム担当教官なんてのは初めての試みだから、無理もないかもしれんが・・・」
一瞬の間を置いて川渕は、ポンと手を打った。
「そうだそうだ、君たちに面白いものを見せてやろう」
と、言いつつ兵士たちに目配せをした。
兵士たちのうちの2人が、体育館の入り口横にある用具庫のような部屋に入り、車輪の付いた担架を運び出してきた。病院などで使うストレッチャーというやつだろう。上に白い布が掛かっている。それが生徒たちの目の前に来ると、川渕は無言で布を取り除いた。
「ぎゃあああああ」
前の方にいた生徒たちが叫んだ。叫び声はすぐに部屋中に広がった。猛と奈津紀も大声を出しているようだ。
奈津美は叫び声すら出なかった。目を大きく見開き、体中の血液が凍りついたような感じがしていた。それもそのはず、布の下に見えたものは全身血まみれの中村理沙(教育実習生)だったのだ。
川渕は表情を変えずに言った。
「可愛そうになー。修学旅行にまで付いてこなければ・・・ 勿論、この女はプログラムとは関係ない。覚醒したら、すぐに帰すつもりだった。ところが、こいつはお前たちも解放しろと言った。俺を罵った。挙句の果てに、自分を犠牲にしてでも生徒を助けろと言った。教師の鑑だよなー。殺すには惜しい女だったが、結局殺しちまった。包丁でメッタ突きにしてな。バカだねー。これで、お前たちが助かると信じて、死んでいったぞ・・・」
奈津美は心が引き裂かれるように感じた。あの、優しくてかっこいい理沙先生が、見るも無残な姿となっている。しかも、自分たちを庇ったという。思わず、川渕を睨み付けた。
あんた、それでも教師か・・・
思わず、立ち上がって川渕に罵声を浴びせそうになった。いや、実際に立ち上がりかけた。が、勇一がサッと左手首を握った。奈津美はわれに返った。目の前には、銃を持った兵士が並んでいるのだ・・・
「イヤッ!」という声が後方からした。
奈津美が振り向くと、最後方にいた梅田美也子(女子3番)が立ち上がり、体育館の端の非常口を目指して走っていこうとしていた。そばにいた石本竜太郎が、「やめろ!」と叫んでいるのも聞こえないようだった。兵士たちが銃を持ち上げた。が、川渕はそれを制し、懐から縦笛のようなものを取り出して口に咥え、やや上方を向いて一吹きした。
小石が飛んでいくような音が聞こえたかと思うと、走っていた美也子の体が一瞬反ったようになり、つづいて頭から床に突っ込むように倒れた。少し手足が痙攣していたが、間もなく動かなくなった。
「美也子!」と、叫んで立ち上がろうとしたのは親友の伊佐治美湖(女子2番)だったが、竜太郎が殆ど抱きつくように制していた。
川渕が、右手を突き上げながら大声を上げた。
「延髄に見事命中! グレイト!」 全身で満足さを表現していた。そして、少しトーンを落として続けた。
「伊佐治、命拾いしたな。石本に感謝しろよな。もし立っていたら、お前もこの専守防衛軍特製吹き矢の餌食だったからなー」
美湖が、へなへなと座り込むのが見えた。
し・・・死んだ? 美也子が・・・ 川渕の吹き矢で・・・
特に美也子と親しいわけではないが、奈津美は全身がガタガタ震えているのを感じていた。基本的には気の強い奈津美だが、理沙の死体を見て、さらに今美也子が倒されるのを見たため、勝手に体が震えだしてしまったのだ。
“・・・落ち着くのよ、奈津美!”
と、理性が自分に向かって叫んでいるが、体が言うことを聞かない。同じく体を震わせている奈津紀が無言で抱きついてきた。自分以上に震えている奈津紀を右手一本で抱きしめているうちに、奈津美は少し落ち着いてきた。無論、勇一が左手をしっかり握っていてくれたこともあったが。
また、川渕の声が響いた。
「いいかー、勝手に立ち上がる者には容赦しません。第一、あの非常口は外から封鎖してありまーす」
「だったら、殺すなよ」
猛の呟きに、奈津美は目だけで頷いた。川渕の声は続いている。
「それでは、このゲームのルールを説明し・・・」
誰かが遮った。
「おい、こんなことして許されると思ってんのか!」
怒声と共に立ち上がったのは、ごつい体格の副委員長、堂浦修(男子8番)だった。
川渕が、修の方を振り返った。充分予想していたと言わんばかりの平然とした表情だった。
何故か兵士たちも銃を構えなかった。
「俺の親父が誰だか、先生なら知ってるだろ!」
修の父? 生徒たちは顔を見合わせた。修がクラスメートに親の話をしたことなど、一度もない。
無論、奈津美も知らなかった。まあまあの身分の地方役人だとでも言うの? プログラムは、国家行事だから何の意味もないと思うけど・・・
しかし、川渕の答えはそれ以上だった。
「知らないわけないだろう。お前のご尊父は、四国方面軍第一師団長閣下、堂浦保陸軍中将であらせられる」
あちこちから、「ほー」という声があがった。そんな偉い人の子だったのか。それをかさに着ないお前は、いいやつだなー・・・ と、いう感じ。
しかし、奈津美は川渕の表情を見ていた。まさしく、それがどうしたと言わんばかりだった。え? どうして?
修は、激しい口調で続けた。
「分かってるなら、どうしてこんなことが出来るんだ? 先生はともかく、後ろの兵隊さんたちは親父の部下のはずだ。その息子の俺をこんなことで死なせたら、お前らも全員死刑かもしれんぞ。さあ、早く俺たち全員を解放して家に帰らせろ!」
奈津美の背後の方から、「いいぞー、修」「もっと、言えー」等の声が聞こえた。
奈津紀が、奈津美の手を取って言った。少し、弾んだ声で・・・
「やったね、奈津美。あたしたち、これで助かるよ。堂浦君に感謝だね」
奈津美も頷きかけた。が、勇一の声を聞いてまた固まった。
「無駄なことだ・・・」と。
猛が訊いた。
「何で、無駄なんだ?」
しかし、勇一の答えはこれだった。「見てればわかる」
そして、実際その通りだった。川渕は、一歩一歩修に近づきながら言った。
「言いたいことは、それだけか?」 全く動じている様子はない。
少し、修の顔に怯えの色が見え始めた。でも、言った。
「何なんだよ。俺の親父が怖くないのか!」
川渕は、修の目前で足を止めた。
「では、逆に質問しよう。閣下は、お前にプログラムのことを話したか?」
奈津美には、修の手が震えているのが見えた。
修が答えた。さっきまでより、ずっと声が小さくなっている。
「そりゃ親父は、俺がプログラムに選ばれることなんか知らないだろうし・・・」
突如、川渕が大声で笑い出した。教室でのやる気のない川渕とは全くの別人のようだ。
「わはははは、お前は何も知らんのだ。閣下の本当の立場を。この機会に、教えといてやる。閣下は、本年度のプログラム実施副委員長だ。プログラムを実施するクラスを決めるコンピューターのキーを押すのは閣下の役目なのだ。だから閣下は、3月の時点でこのクラスがプログラム対象に決まったことはご存知のはずだ。だが、閣下はお前に話さなかった。息子より国の方が大事。軍人として立派だ。俺は閣下を尊敬してるよ。ま、秘密を漏らせば、切腹するしかない立場ではあるがな・・・」
修は、がっくりと両膝をついて、力なく言った。
「そんな・・・ 親父が、俺を・・・ この俺を見捨てるなんて・・・」
無論、修はその父が両の拳から血を流して悲しみに耐えていたことなど知る由もない。
川渕は急に笑顔になり(こんな顔もはじめて見たぞ)、修の肩に優しく手を置いた。
「そんなに、落ち込むことはないぞ。第一、お前が死ぬと決まったわけじゃない。優勝すればいいじゃないか。見事優勝して凱旋すれば、閣下はお喜びになるぞ。閣下の名声もさらに上がるだろう。この親にしてこの子ありだ」
しかし、川渕のこの言葉は半ば放心状態の修の耳から耳へと通過して行ったようだった。
と、川渕の足元に座っていた巨漢の樋口勇樹(男子13番)が突如立ち上がり、背後から川渕の首を締め上げた。兵士たちがサッと銃を構えたが、勇樹を撃てば川渕にも当たってしまう角度なので撃てないようだ。これなら、吹き矢も役立たない。勇樹は、あらん限りの大声で叫んでいた。
「てめえええ、もう、許さねー。このまま、絞め殺してやる!」
が、次の瞬間、奈津美は信じられないものを見た。川渕が右手を肩越しに後ろへ伸ばし、勇樹の学生服の襟をつかんだと見るや、背負い投げのように軽々と投げ飛ばしてしまったのだ。
ズッシーン! と、大轟音と共に100キログラムはありそうな勇樹の巨体が体育館の床に叩き付けられた。回れ右をした川渕は、勇樹に背を向けて元の場所へ戻ろうとした。勇樹はすぐに立ち上がった。自分よりずっと小柄な川渕に投げ飛ばされた屈辱のためか、顔が真っ赤になっている。叫んだ、いや吼えた。
「このやろおおお。待ちやがれ!!」
そして、再度川渕の背中に突進しようとした。川渕は振り向きもせず、右手を少し持ち上げた。それが、合図だった。今度は、勇樹の巨体は兵士たちの銃の格好の標的だった。3丁の銃が同時に火を噴き、勇樹の頭に1つ、胸に2つの穴が開いた。それぞれの穴から血が噴出した。
「うおおお」なお、叫びながら勇樹は前のめりに倒れた。もはや動かなかった。
もう少しで、足元にいた和栗怜花(女子21番)を押しつぶすところだった。正座していた怜花の膝スレスレに勇樹の頭が落ちてきて、怜花のスカートがあっという間に血まみれになった。
「キャー!」と叫んだのは怜花ではなく隣にいた尾崎奈々(女子5番)で、怜花は真っ青になって半ば失神し、後ろにいた度会裕隆(男子21番)に抱きとめられた。
川渕は何事もなかったかのように言った。
「これ以上、無駄死にするバカを増やさないようにしてくれよ」と。
奈津美の怒りが再度膨れ上がったが、下手な行動をおこせば自分も「無駄死にするバカ」の一員になることは明白だった。
女子3番 梅田美也子 没
男子13番 樋口勇樹 没
<残り40人>