BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜



 川渕はにこやかに喋り始めた。
「このゲームのルールを説明する前に、2ヶ月足らずの間お前たちを騙していた事を、一応詫びておこう」
 ちっとも、申し訳なくなさそうな表情だった。そして、続けた。
「今までのやり方だと、担当教官はこの場で生徒と初対面となる。しかし、本来の担任教師が抵抗して死んだり、廃人のようになったりするケースが多かった。だから、今回は初めから担任になっておこうというテストケースだった。中村を死なせる結果になったのは失敗だったがな。いやー、辛かったぞ。お前たちに、情が移らないようにするのはな。こっちが拷問されてる気分だ」
 同じく、全然辛くなさそうな表情だった。
 奈津美は、「はいはい」と心の中で頷いた。
 よーく、わかりましたよ。やる気のなさそうな授業。生徒に無関心な態度。事実上全滅すると分かっているクラスに、興味もないだろうし、教育する気にもならないでしょうね。他の教師たちはそんなことは知らないから、一生懸命に教育して下さってたけどね。
「丁度他の県に、俺と同姓同名の教師がいたから、そいつをここへ転任させるフリをして、実は他の学校に転任させた。そして、ここには俺が来たわけだ。つまり、新橋先生にも無理に転任してもらったわけだ。無論、プログラムのためであることは秘密だがな。とにかくそれで、お前たちの好きな新橋先生は死なずにすんだわけだ。感謝しろよな」
 呆れるほど手の込んだことをするものだ。奈津美は唖然とするほかはなかった。
「ところで、佐々木。それから、遠山コンビ。お前たち、俺の正体を調べようとしただろう。お前たちが調べてボロが出るようなことをすると思うか。政府を甘く見るな!」
 急に口調がきつくなり、川渕ははる奈と奈津美たちを睨み付けた。しかし、奈津美は負けずに睨み返した。はる奈と奈津紀も同様だった。
 奈津美の頭の中は、「ふざけんじゃねーよ」の一言で満たされていた。満たされていたどころではない。渦を巻いてあふれ出しそうになっていた。だが、それは自殺行為。すでに世を去った2人の後を追う結果になるのは自明だった。だからその言葉は、辛うじて理性の堰によって止められていた。
 川渕が、また笑顔になった。
 その笑顔を、授業中にも見たかったものですねえ。
 奈津美は、少し拗ねた様な目つきになっている自分に気付いた。
「お前たち、いい目つきしてるよ、3人とも。このゲームの優秀な選手になれるだろう」
 奈津美は、慌てて視線を落とした。何人ものクラスメートが、こちらを見たように感じた。
 違うのよ、みんな。こいつの心理操作にかかっちゃダメ。と、思っても当然口には出せない。
「ま、こう見えても俺も人間だ。さっきの睡眠薬入りシチュー、美味しかっただろう。あれはな、俺のポケットマネーを使って、ワンランク上の味にしてもらったのだ。担任教師としての俺からの、せめてもの贈り物だ。感謝してくれよ」
 奈津美は、自分の心がますますひねくれてくるのを感じた。
 ええ、確かに美味しかったですよ。あんな美味しいのは、今までにも経験ないし、もし生きて帰れても2度と味わえないでしょうね。でも、それに感謝しろですって? 冗談でしょ。美味しくしたのは、奈津紀のようなシチュー嫌いでも思わず食べてしまうように、そしてあたし達の舌が睡眠薬を感知できないようにするためでしょ! いい加減にしてよね。
「さて、今からルールを説明するが、立ち上がることは許さん。が、他人の邪魔にならない程度の私語は認める。今のうちに、作戦を練るのも自由だ。ただし、知っての通り生き残るのは1人だ。下手な相談は墓穴を掘る結果になるかもしれんがな。ちなみに、お前達の作っていた班ごとに寝かせてやったから、お友達がそばにいるはずだ。本当に、俺って優しいよな。さあ、このゲームでは“昨日の友は今日の敵”だ。今のうちに、仲良くしとくんだな。ほら、もう隣の友達はやる気になってるかもよ・・・」
 どこまで、あたしたちの心をいたぶれば気が済むのだろう。奈津美は、グッと拳を握り締めた。
 今は無理だけど、必ず痛い目にあわせてあげるからね。
 川渕の声が、また大きくなった。
「知ってると思うが、ルールは簡単だ。どんな方法を使ってもいいから、最後の1人になるまで殺しあってもらうだけだ。反則は、俺たち政府関係者に反抗することと、この会場から逃亡することだけだ。それ以外の行為は、全て認める。優勝者には、総統陛下直筆の有難い色紙が授与されるぞ。それも、生涯の生活保障付だぞ。いいだろう、皆欲しいよな」
 当然ながら、誰も頷かなかった。川渕が、再び沈黙を破った。
「なんだ、なんだ。張り合いのない連中だな。総統陛下の色紙は、超レアアイテムだぞ。俺が、いくら頑張っても絶対に貰えないような品だ。それにお前たち、死にたくないだろ。まだ、人生の楽しみを殆ど知らないだろ。今死ぬのは、もったいないだろ。死なないためには、優勝するしかないんだ。分かったか!」
 今度は、数人が小さく頷いた。
 奈津美は、小さく左右に首を振った。
 ダメ! みんな、騙されちゃ。クラスメートと殺しあうなんて、出来るわけないじゃん。
 川渕が微笑んだ。
「よしよし、少し解ってきたようだな。では、会場の解説をしよう」
 それを聞いた兵士たちは、理沙の死体の乗ったストレッチャーを用具庫に押し込み、かわりに映写機のようなものと携帯用スクリーンを持ってきて、手際よくセットした。
 照明が暗くなり、スクリーンに地図が映し出された。何人かが、慌てて手帳を取り出してメモを取ろうとし始めた。
「メモなんか取る必要はないぞ。後で、全員に地図をプレゼントしてやる。こう見えても、プログラム担当教官は親切なんだ」
「また、つまらん事を恩着せがましく・・・」しかめっ面の勇一が呟いた。
「そうよね」奈津美は小声で同意した。
 親切だというなら、あたしたち全員を今すぐ解放してよね。いまさら解放してくれたって、もうあんたを許しはしないけど。でも罪一等減じてあげてもいいわよ。打ち首から切腹に変更・・・ってね。
川渕の大声が続いていた。
「見ての通り、ここは半島だ。住民は数日前に追い出した。根元の辺りには、大きな町もあって多くの施設がある。一方、先の方は山も崖もある複雑な地形だ。いろいろな工夫が可能だ。住民の使っていた家具とか、店の商品とかはそのままにしてある。精一杯利用して頑張ってくれ。ただし、俺たちの楽しみとして罠も用意してあるからな。それから、半島の付け根には高圧電流を流した有刺鉄線が張ってある。気をつけろよ。触っただけで、感電死するからな。地下にも埋めてあるから、掘って逃げるのも無理だ。また、鉄線を切断した場合は周囲に埋めてある爆弾が、切断した者を生かしてはおかない。さらに念のために、鉄線の外部には軍隊を配置してあるからな。また、海上には軍船を用意してある。泳いで逃げた者は容赦なく射殺するぞ」
 国の予算が不足しているというニュースを何度か聞いたことがあるけど、こんな所で税金の無駄遣いしてるわけね・・・ 奈津美の怒りが、さらにワンランク上がった。
「解ってると思うが、この建物は体育館だ。今いるのは2階で、1階は俺たちの控え室だ。俺はずっとここでお前たちの活躍を見守ってるからな。え、どうやって見守るのかって? その秘密が、今付けてもらってる政府特製の首輪にあるのだ」
 多くの生徒が首に手を当てて、あらためて首輪の冷たい感触を確認していた。
「その首輪は電波で管理していて、お前たち全員の居場所や生死を俺たちに知らせてくれる。だから、軍船に見つからないように夜に泳いで逃げようとしても、俺たちには丸わかりだ。そんな不埒な者には、こちらから電波を送る。そうすると、首輪は爆発するのだ。そんな無駄死には、しないようにしてくれよ。ちなみに、首輪を無理に引きちぎろうとすれば、自動的に爆発するからな」
 首輪を強く引っ張ろうとしていた何人かが、慌てて手を離すのが見えた。
「さて、もう一度地図を見てくれ。南北にAからJまで、東西に1から10まで、それぞれ10等分してある。そして、将棋盤のように全体が100の区画に分かれている。その1つ1つをエリアという。たとえば、この体育館はエリアH=4に該当する。そして、禁止エリアというものを定める。禁止エリア内にいる生存中の者の首輪は無条件に爆発する。
禁止エリアは2時間に1つずつ増えるが、それは6時間毎に行う放送で発表してやる。最低でも1時間の猶予があるから、充分移動できるはずだ。原則的に、最初の放送までは禁止エリアはないのだが、ここだけは別だ。全員が出発した20分後には禁止エリアとなる。
それから放送では、それまでの死者も発表する。優勝者が決定した時も、放送で知らせてやる」
 どこまで、手の込んだことを・・・
 奈津美の中で、怒りとあきれた気持ちが交錯した。そして、思った。
 馬鹿馬鹿しい。あたしたちが殺し合いなんてするわけないじゃない。そりゃ死刑囚40人集めて、優勝者は無罪放免とかいうなら、熾烈な戦いになるかもよ。でも、あたしたちは中学生。それも、同じクラス。殺し合いなんて・・・ 全体が禁止エリアとやらになる前に、全員で団結して何とかしてやるわよ。
 が、次の川渕の言葉で奈津美の頭のコンピューターはフリーズ寸前になった。
「皆で固まって隠れようとか思ってないか? 残念ながら24時間連続して誰も死なないと時間切れというルールがあってな、全員の首輪が爆発して優勝者は無しということになる。頑張って、殺しあうのだぞ! さっきも言ったように、生き残るには優勝するしかないのだ。解ったな!」
 勇一が、再度奈津美の手をしっかり握った。それで、奈津美の頭はまた回転し始めた。
 その手には乗らないからね。誰がそんなこと・・・
 ふと、周囲を見回した。疑心暗鬼の表情でクラスメートを見ている者が何人もいる。奈津美と視線の合った者は、すぐにそっぽを向いた。
 ちょっと皆、洗脳されちゃダメ! でも、実際どうしたら・・・
 勇一が、静かに言った。相変わらず、落ち着いた声だ。
「ひとまず信頼できる者で集まって行動するんだ。それしかない」
 奈津美はしっかり頷いた。奈津紀と猛も同調した。
 再び川渕の声がした。
「では、1人ずつ2分間隔で出発してもらう。最初の1人を抽選で決める。その後は、番号順に男女交互だ。その扉の向こうにデイパックが山積みになっているから、1つづつ持っていけ。と言っても、お前たちに選ぶ権利はないがな。で、その中には飲料水と食料、地図と磁石と時計に懐中電灯、それにもう1つおまけが入っている。このおまけはなあ、大抵は武器なのだが防具やズッコケアイテムも混ざっているから、まあ幸運を祈るんだな。それから、私物も持ってっていいぞ」
 川渕は時計を見た。
「よし、丁度夜中の零時だ。5月25日、午前零時ゲーム開始。さあ、最初に出発するやつを決めるぞ」
 兵士の1人がビンゴマシーンのようなものを持ってきた。黒と赤の玉がいくつも入っているようだ。川渕が回して、黒い玉が1つ転がり出た。川渕が、それを手に取って言った。
「よし、男子4番!」


                           <残り40人>

第1部 試合開始 了


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