BATTLE ROYALE
〜 時の彼方に 〜


後日譚


 2008年、初夏のある日の夕暮れ時。
 夕焼けの光の中を、カウボーイのような出で立ちで馬を走らせている若者がいた。
 若者は手綱を引いて馬を止めると、周囲に広がる巨大な農場をゆっくりと見回した。
 その時、背後から同じく馬に跨った若者が追いついてきた。
 追いついた若者は、先に来ていた若者に声をかけた。少し、息が切れている。
「ジョッキーになるわけでもあるまいし、そんなに早駆けしなくても」
 相手が答えた。
「ごめん、ごめん。気持ちよかったから、つい飛ばしちゃった」
 帽子の下で笑顔を見せた、まだあどけなさの抜けきらない表情、18歳に成長した
遠山奈津美(元愛媛県山之江市立山之江東中学3年2組女子13番)に相違なかった。
「馬の扱いにも運動神経の差がでちゃうよね。奈津美には敵わないよ」
 と、答えたのは
佐々木はる奈(同女子10番)だった。
 奈津美が呟いた。
「あれから、丁度4年。何事もなければ、今頃あたしは大学生だったのかな」
 はる奈が静かに答えた。
「そうね。あたしは今頃医学部に入って、実験やレポートに追っかけられてたかもね」

 4年前・・・
 無事にプログラム会場から逃亡した6人は、
中上勇一(同男子11番)が大河内志乃から教えられた場所に密かに出向き、アメリカの秘密結社のアジトに匿われた。
 6人もの生還に驚いていた志乃だったが、アメリカへの密航の手配を手際よく整えてくれた。実際のところ、志乃たちがアメリカとの往復に使っている手段のようで、中川典子の手紙もこの方法で送られてきたのだったが。
 
坂持美咲(同女子9番)が亡命をせずにアジトに残って革命の準備をしたいと言い出したため、再会を誓って別れ、5人でアメリカへ渡った。
 到着した港には中川典子と七原秋也が出迎えに来ていて、勇一と典子の姉弟は7年ぶりの再会を喜びあったのだった。
 そして、奈津美たちは秋也と典子が働いている農場で一緒に働くこととなったのだった。

 下馬して厩舎に馬を戻した奈津美とはる奈は、仲良く並んで歩きながら宿舎に向かった。
 2階の窓から顔を出した
松崎稔(同男子16番)が声をかけてきた。
「お〜い。お客さんが来てるぞ」
 2人は顔を見合わせた。
「誰だろう? 彩香かなぁ?」
「多分、そうだよ。急ごう、奈津美」
 2人は小走りに宿舎へ入ると、そのまま2階にある自分たちの部屋へと急いだ。
 待っていたのは、予想通り
真砂彩香(同女子16番)だった。
「彩香、久しぶりね。元気だった?」
 奈津美の問いかけに、彩香は微笑んで答えた。
「おかげさまで元気よ。奈津美たちはどこへ行ってたの? 今日はお仕事は休みって聞いてたんだけど」
 はる奈が答えた。
「ゴメンね。久しぶりの休みだったから、奈津美と馬で遠乗りしてきたの。事前に来るって言ってくれれば待ってたけどね」
 稔が口を挟んだ。
「俺と勇一は仕事だったけどな」
 彩香が言った。
「急にみんなに会いたくなっちゃって。あたしも外出できる日は限られてるし。4時頃に訪ねてきたんだけど誰もいなくて、ついさっき松崎君が戻ってきたの。でも今日の天気だと馬に乗るのも気持ちいいよね、きっと」
 奈津美が答えた。
「とっても、気持ちよかったわよ」
 答えながらも、奈津美は彩香のことを気遣っていた。
 自分には勇一がいるし、はる奈には稔がいる。美咲は1人でも平気だろうが、彩香には心の支えになる者がいない。勿論、自分たちが支えにならなければいけないのだし、そのつもりだったのだが、どうしても自分たちでは恋人の支えとは比較にならない。一緒にこの農場で生活するように誘ってみたのだが、結局彩香は修道院に入る道を選んでいたのだ。
 おそらく自分たちがカップルなので遠慮しているところもあるのだろう。奈津美は彩香が不憫でならないのだった。だが、憐れみの表情や言葉はますます彩香を傷つけてしまうだろうと思い、会った時は努めて明るく振舞うように心がけていた。
 彩香がボソッと言った。
「いつか、大槻君の墓参りに行けるといいな」
 大槻貴之と彩香が結果的に両想いだったことは聞いている。けれども、今墓参りなどに行けば確実に政府の手に落ちて処刑される結果になるだろう。それを可能にするには、革命を敢行して政府を転覆させるほかはない。彩香が修道院に入ったのは、貴之の冥福を祈る目的も多分にあるのだ。
 はる奈が、彩香の肩をポンと叩いて言った。
「大丈夫よ。革命を起こせば必ず行けるわよ。それも、そんなに遠い将来じゃなくて」
 彩香は俯いて答えた。
「でも、はる奈は革命反対なんでしょ。また、夥しい血が流れるから。あたしだって、そこまでして欲しくないもの」
 はる奈は落ち着いた口調で答えた。
「本当は反対だった。でもね、無血革命ならば大賛成よ」
 彩香は遠くを見ながら、うつろな目で答えた。
「そんなの不可能だわ。あたしを喜ばせようとしてくれるのは嬉しいけど無理よ。なぜなら大東亜のような恐怖政治を行っている国で、政府を転覆させたら、今まで抑圧されていた国民が黙っているはずがないわ。万一、政府転覆までを無血で実行できても、総統たち上層部は群衆に襲われて殺される結果になるわ」
 奈津美は、彩香の視線の先に移動して目を合わせながら言った。
「普通に考えれば、そうなってしまうわね。でもね、ひょっとしたら総統たちもこんな国は間違ってると思ってるかもしれない。でも、体制を緩めれば革命や暴動が起こって自分たちが殺されてしまう。だから、自分たちが生き延びるためには恐怖政治を無理矢理にでも続けるしかないわけよ。彼ら自身も決して幸せじゃないかもしれないでしょ。そこで、七原さんがいい事を考えてくれたの」
 彩香は黙って奈津美の目を見ていた。奈津美は続けた。
「まず、水面下から上層部に打診をしてみるの。命の安全と生活の安定を保証するから、国を国民に譲らないかって。応じなければ、アメリカが全面戦争で大東亜を潰すことも辞さないって。アメリカ政府もロシアや韓半民国に対する拠点として大東亜を利用したいらしくて、この案に乗ってくれたの。既に例の組織から、大東亜政府に圧力がかかっているはずよ」
 彩香は首を傾げた。
「総統たちの安全って、どうやって保障するのよ。アメリカに連れて来ても安全とは思えないし」
 奈津美は微笑みながら答えた。
「そこが七原さんの非凡なところね。総統たちを極秘に韓半民国へ亡命させるの。もちろん、国民には総統たちを処刑したという嘘の発表をするわけよ。そうすれば、総統たちは今より気楽な生活が出来るし、国民は革命の喜びに浸れるわけよ。実は、準備は着々と進んでいてね、韓半民国の総書記の了解も取り付けてあるの。勿論、莫大な裏金が動くんだけどね。ちなみに七原さんと典子さんは、既に大東亜に戻って潜伏してるのよ。あたしと勇一君も近いうちに呼んでもらえる予定なの。でも、はる奈と松崎君は革命完了までここにいる予定だから、彩香も同じでいいよね」
 呆気にとられていた彩香が、やっと口を開いた。
「七原さん、凄い。それで成功したら本当に大槻君の墓参りが出来るんだね」
 はる奈が答えた。
「そういうことよ。あとは、総統たちの考え次第よね。国と自らを滅ぼしてまで面子を保ちたいような人たちでないことを祈りたいわね。勿論、実際にはアメリカ政府は本気で戦争する決意をしているわけじゃないから、交渉する人の腕にもかかっているけどね」
 稔が付け加えた。
「俺たちはとにかく吉報が届くのを待つしかないさ」
 そこへ、勇一が手に封筒を持って駆け込んできた。
「姉さんからの手紙だ。総統たちが妥協したらしい。何でも、七原さんと坂持と大河内さんの3人で総統の官邸に乗り込んで直談判したらしいんだ。坂持の奴、隠し持ってた鞭で総統を脅したらしいぞ。鞭ならば、金属探知機にかからずに持ち込めるってわけだな」
 奈津美たちは、手紙に目を通した。勇一の言ったとおりのことが書かれていた。勇一と奈津美に早く来るようにと結ばれていた。
 勇一が言った。
「奈津美、明日行くぞ。ひとつ間違えば生きて帰れないかもしれないけどいいね」
 奈津美は力強く頷いた。
「あたしは、何があっても勇一君と一緒よ」
 2人は体を寄せ合って接吻しようとした。
 が、稔の声がそれを遮った。
「おい、これを見ろよ」
 稔は部屋のテレビを指差している。先ほどまでは映画だったはずだが、臨時ニュースのようだ。
 奈津美は目を丸くした。画面の中で演説しているのは、間違いなく大東亜の総統だった。
 国の将来を強く憂いたため、やむなく自分の命と引き換えに政権を国民に返還することを高らかに宣言していた。総統もなかなかの役者だ。脅されていることなど微塵も感じさせない堂々とした演説だった。
 奈津美たちの予想よりもずっと早く革命は成功してしまったのだった。結局、自分たちは参加できなかったことになる。奈津美は半分安心し、半分悔しく感じた。
 演説が終わった。途端に壇上に何人もの男女が駆け上がり、総統を取り押さえて連行して行った。これも、芝居のはずだ。おそらく、この会場にいる人間全員がサクラなのだろう。そもそも、この時間の大東亜は真夜中なのだし。
 その時、総統を連行していた長い髪の女性がテレビカメラを振り返って微笑みながらピースサインをした。その女性は、紛れもなく坂持美咲であった。
 奈津美は、そのサインが自分と勇一に向けられているのだと解釈した。美咲は、おそらく七原秋也もだが、奈津美たちを危険に巻き込まないうちに革命を完成させようとしたのだろう。
 奈津美・勇一・稔・はる奈・彩香の5人は誰ともなく抱き合って喜びを爆発させた。自分たちがプログラムから脱出して生き延びたことは決して無意味ではなく、政府の転覆という形で実を結んだのだった。これで、散ってしまった36人も少しは浮かばれるのではないだろうかと奈津美は思った。
「さぁ、今夜は徹夜で騒ぐぞ」
 稔の声に4人は同意した。
 5人の笑顔と笑い声は一晩中続いた。

 数年後・・・
 国号を大東亜から日本と改めた国のある場所で、一組のカップルが結婚式を挙げた。
 指輪の交換をしながら新郎が言った。
「奈津美、これから一生よろしくな」
 新婦はにこやかに答えた。
「こちらこそ。あたしはいつまでも勇一についていくからね」
 新郎は力強く頷いた。
 背後にいたそれぞれの両親や親戚たち、あるいは友人たち、中でも幼児を連れた夫婦と同じく新婚らしい夫婦、それに1人の小柄な女性と1人の長髪の似合っている美女が精一杯の祝福の拍手を送っていた。
 彼らは後にそれぞれの道で身を立てていくのだが、それはまた別の話である。
 


                           


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