BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
大団円
遠山奈津美(女子13番)は思わず駆け出した。そのまま目前の中上勇一(男子11番)の腕の中に飛び込んだ。
「勇一君。よかった、無事で・・・」
自然と涙が溢れ出る。松尾康之に襲撃されて離れてしまってから、ひと時たりとも勇一のことを考えなかったことはない。
やっと再会できたのだ。しかも、政府に対する勝利というおまけつきで。
散ってしまった36人のことを思えば無論手放しで喜ぶわけにはいかないが、とにかく自分たちは勝ったのだ。
でも、今は再会できた喜びが一番だった。
すぐ横では、佐々木はる奈(女子10番)が松崎稔(男子16番)の胸に顔を埋めて泣いていた。
はる奈も自分と同じような気持ちなのだろうと奈津美は思った。背中を包んでいる勇一の両腕がとても温かく感じられた。
6時の放送を聞いてから、奈津美とはる奈は慎重に体育館に近づこうとした。
首輪がないといっても怖くなくなったのは禁止エリアだけだ。
放送を聞いた限りでは、稔の作戦は成功していると考えられる。ゲームに乗っている生存者はいないはずだ。だが、万一の可能性も考慮しておく必要はあるだろう。
実際、まだそれほど進まないうちに、奈津美は何者かが接近してくる気配を感じた。背後のはる奈も感づいた様子で、奈津美の背中を突っついてきた。
2人はそのまま姿勢を低くして息を潜めた。もっと隠れることも出来そうだが、物音を立ててしまう危険が高そうだった。
奈津美は拳を握り締めた。神経を集中した。どうやら、相手は1人のようだ。
勇一たちが自分たちを迎えに来たのならば、最低でも2人のはずだ。
何か予想外のことが起こっているのは確実だろう。発見されてしまった場合のことは考えておかねばならない。
例えば、それが勇一や稔ならば恐れることはない。
だが、坂持美咲(女子9番)あたりだと判断に迷うところだ。相打ちを装って首輪を外した後で、裏切って勇一たちを殺しているのかもしれない。美咲はマシンガンを持っているのだから逃げるのは無駄だ。覚悟するしかないかもしれない。
しかし、ようやく姿が見えたのは全く予想外の人物で、迷彩服を着た兵士だった。
どうして、こんなところに兵士が?
2人は顔を見合わせた。とにかく、ゲーム開始以来兵士の姿は全く見ていない。自分たちの監視は首輪に任せているわけだ。盗聴器つきなのだから、それで充分だと思われる。それなのに、突然現れた理由は何だろう。
いずれにせよ、絶対に見つかるわけにはいかない。首輪の反応がない場所に、生きている生徒が存在することを知られるわけにはいかないのだ。呼吸は勿論のこと、胸の鼓動も一時的に止めたいような気持ちだった。
兵士ははっきり顔が確認できる位置まで接近してきた。奈津美は全身が凍りつくほどの緊張感に襲われた。冷汗さえ出なかった。
恐怖のあまり、見つかったらどうするべきかの決断も出来てはいなかった。
だが有難いことに兵士は、さほど周囲を警戒していない様子で奈津美の目前を通過していった。かなりの急ぎ足だった。誰もいるはずがないという兵士の先入観に助けられたと思われた。
兵士の姿が見えなくなると、奈津美は全身の力が抜けたように座り込んだ。
ふぅ、助かった。でも、一体何のために・・・
はる奈が話しかけてきた。
「あたしたちのいた方向に向かってるわ。ひょっとして政府に何か疑われたのかも知れないわね。もし、犬を発見されてしまったら大変よ」
奈津美は身震いした。ホッとしている場合ではない。はる奈の言ったとおり、犬を見られてしまったら作戦は失敗になってしまう。自分たちも勇一たちも再びピンチになってしまうだろう。
そもそも兵士が派遣されていること自体、政府に警戒されている証拠だ。といっても、いまさら兵士を追いかけても自分たちの死期を早める結果にしかならないだろう。
「とにかく、早めに体育館へ行ったほうがよさそうね」
奈津美の言葉に、はる奈は同意した。
といっても、不用意に移動できないことだけは相変わらずだ。気持ちばかり焦っても足は進まなかった。
そして体育館まであと僅かの地点で、奈津美の耳は背後からの足音を捉えた。先刻の兵士が戻ってきた公算が高い。おそらく、犬を発見して川渕に報告するためだろう。
こうなったら、一か八か兵士を襲撃した方が良いかもしれない。殺さなくても気絶させれば充分だ。といっても、鍛えられている兵士に女子2人で飛び掛っても勝ち目は薄く、返り討ちにされるのが関の山だ。だが・・・
ためらっているうちに、兵士は2人からかなり離れたところを通過して体育館の方に姿を消してしまった。
もはや、一刻の猶予もならない。勇一たちが到着しているのならば、急いで援護する必要がある。
奈津美の目が木々の間に体育館の姿をぼんやりと捉えた時、轟音と共に大爆発が起こった。
勇一たちの襲撃が成功したのだろうか。
もう、周囲を気にしてはいられない。奈津美は駆け出した。はる奈も必死でついてきた。
やがて、激しく交差する銃声が聞こえてきた。間違いなく勇一たちが戦っているのだ。
接近するにつれて、何かが焦げているような臭いが立ち込め、天まで焦がすような炎が立ち上っているのが確認できた。
あれほどの爆発の中でも兵士たちが生存して戦っているということは、先程の兵士の報告が間に合ってしまったのだろう。
先刻のためらいが致命的な結果になりかねないように感じて、奈津美の焦りは頂点に達した。
あたしのせいで失敗するなんて、あたしのせいで勇一君たちが死ぬなんて、絶対にイヤ!
いつのまにか奈津美は、とてもはる奈がついてこれないような全力疾走をしていた。銃を持っているのははる奈で、自分はまともな武器は何も持っていない。自分が駆けつけても事実上戦力にはならない。そんなことは百も承知だったが、それでも走らずにはいられなかった。
そして、急に視野が開けた。
思わず立ち止まった奈津美は、至近距離でマシンガンらしき連続音を聞き、反射的に木の陰に飛び込んで銃声の方向を確認した。
奈津美の左側で、森に向けてマシンガンを乱射しているのは紛れもなく担当官の川渕源一であった。その時、川渕の右側、奈津美にとっては川渕を挟んだ反対側の茂みから1人の女子が飛び出して拳銃を構えた。風に揺れる長い髪、坂持美咲に相違なかった。
美咲、協力してくれたのね。有難う。さぁ、早く川渕を倒して!
もし美咲が発砲して外したら自分に命中する危険もあったのだが、そこまで考える余裕はなかった。
だが素早く反応した川渕のマシンガンによって、美咲の拳銃は弾き飛ばされてしまった。
そして咄嗟に身を隠した美咲を、マシンガンの銃弾は容赦なく追っていた。
美咲が危ない!
その先の行動は全く無意識だった。体が勝手に動いたと言わざるを得ない。いつの間にか、足下にあった拳大の石を拾い上げて川渕めがけて投げつけていたのだった。
投げた瞬間に正気に戻った。一瞬、全身の血の気が引いた。投げた石がもし命中しなければ、川渕に自分の存在を知らせるだけの自殺行為になってしまうからだ。振り向いた川渕に蜂の巣にされる自分の姿が脳裏に浮かんでいた。
お願い! 当たって!
願いが通じたのか、幸運にも石は川渕の側頭部に見事命中した。
しかし、よろめいた川渕はすぐに体勢を立て直した。ダメージは意外に少ないようだった。間違いなく次の瞬間には振り向いて、こちらにマシンガンの銃口を向けるだろう。
だが奈津美が見たものは、瞬く間に飛び出した美咲が素早く腕を振る姿だった。
美咲は何度も腕を振り、川渕は声も上げずに崩れ落ちた。倒れた川渕に向かって、美咲はさらに腕を振り続けた。
美咲の持っている物が鞭であることを奈津美が確認できたのは、川渕がぐったりと動かなくなって美咲が手を止めてからだった。
流石の美咲も肩で息をしている様子で、奈津美の姿は見えていないようだった。美咲に声をかけようかと思った時、奈津美は背後からはる奈が追いついてくる気配を感じ、また同時に別の方向からの足音を聞きつけた。
足音の方向に視線をやると、勇一と稔が駆けてくる姿が見えた。
勇一君・・・ やっと・・・ やっと、会えたね・・・
感動のあまり声が出なかった。ようやく声をかけることが出来たのは、川渕が大木に縛り上げられた後だった。
背後からうめく様な声が聞こえて、奈津美は勇一の胸に埋めていた顔を上げて振り向いた。
どうやら、川渕が意識を取り戻したようだった。
坐った姿勢で大木に縛られている川渕が口を開いた。
「いまいましいが、俺たちの負けだ。これで、どのみち俺の死刑は確定だ。煮るなり焼くなり勝手にしてくれ。だが、その前に訊いておきたいことがある」
奈津美たちは誰一人返事をしなかったが、川渕は続けた。
「どうして、首輪の外し方が解ったのだ。お前たちがいかに優秀な頭脳を持っていても簡単には出来ないはずだ」
稔が答えた。
「確かに難しかった。だが、爆発する心配のない首輪があれば解析できるさ」
川渕はハッとした表情になった。声は出さなかったが。
「解っただろ。俺は梶田と尾崎の亡骸を見つけた。2人の首輪は爆発した部分以外は原型を保っていた。俺は、その片方を細かく分解して調べた。そして、盗聴器の存在を確認するとともに着脱方法を見破った。それだけでは危険性が高すぎて首輪外しは実行できないのだが、幸いにも首輪はもう1つあった。そちらで試してみたら、爆弾に繋がる配線に触れることなく見事に外せた。理由は想像がつくのだが、禁止エリアでない場所で複数の首輪を爆破したのがお前たちの敗因なんだ。梶田が水中脱出を目指したことが、結果的に俺たちの勝利に結びついたわけさ。梶田と尾崎にはとても申し訳ないんだけどね」
川渕は溜息混じりに答えた。
「そういうことか。だが、あいつらは始末するしかなかった。直後にあそこを禁止エリアにしておけばよかったわけだが、後の祭りってとこだな」
ワンテンポ置いて続けた。
「その後の芝居は見事だったと言いたいところだが、お前たちもミスをしているんだぞ。犬の脈拍が人間より速いことをうっかりしていただろう。それが解ったおかげで、俺たちは非常警戒態勢を採ることができた。結果的なのだが、大多数が爆発寸前に体育館から逃げ出すこととなった。それでも負けたのだから意味はないが」
稔は舌打ちをした。
「そうか、それで怪しまれたのか・・・」
勇一が言葉を繋げた。
「あそこを禁止エリアにしたのは作為的なんだよな」
川渕は無言で頷いた。
「そのおかげで、俺たちは襲撃作戦を予定より早めざるを得なかった。もともとは深夜に決行するつもりだったからね。これで俺たちのミスは帳消しになったことになるな」
勇一の言葉に川渕は顔を顰めた。
奈津美たちの知るところではないが、川渕は自分の賭けた金を惜しんだことを深く後悔していたことだろう。
僅かの沈黙の後、川渕は奈津美に視線を移しながら言った。
「遠山、お前は本当に運がいいぞ。あのような国家反逆罪に該当する発言をするのがもう少し早かったら、俺はお前の首輪を爆破したはずだ。残り人数が少なくなった段階だったから、もはや処刑するわけにいかなかった。それに・・・」
「それに? 何なの?」
奈津美は問い返したが、川渕の答えはこれだった。
「いや、何でもない」
美咲が口を開いた。
「おそらくあそこで奈津美を殺したら、あたしが趣旨変えしてしまうと思ったんでしょうね。あたしに賭けてる以上、あたしを処刑することはできないはずだし」
川渕はそれには答えず、美咲を睨みつけながら言った。
「坂持、まさか、まさかお前が国を裏切るとはな。こればかりは今でも信じられん。遠山に洗脳されてしまったのか?」
美咲は鼻で笑いながら答えた。
「あたしの理想はもっと高かったってことよ。米帝と戦争するというならば、国のために喜んで戦死してあげるわよ。でもね、こんな愚劣なもので死ねないわよ。奈津美たちも死なせたくないわよ。共和国民としてふさわしい死に場所じゃないわ。どうせ死ぬならば、価値のある死に方がしたいわ。それに、優勝してあんたを喜ばせるなんてこともお断りだわ。どう? 解った? こんなあたしをプログラムに参加させるなんて、国があたしを裏切ったのよ。半分、そう思ってたところで奈津美のあの言葉でしょ。あれからもしばらく考えたんだけど、命は自分のために使うことに決めたの。そう決めたら、とてもスッキリしたわよ。奈津美に洗脳されたというよりも、国に洗脳されていた状態から解放された感じだわ。これで、生まれて初めて自分のために生きることが出来る。死んだ子たちには申し訳ないけど、今ではプログラムに参加して良かったと思ってる」
プログラムに参加して良かったですって? どんな事情であっても、あたしはそんなことを言う人とは付き合えない。
奈津美がそう思った時、川渕が呟いた。
「どうやら、このクラスが選ばれたこと自体が災いの元だったようだな」
さらに川渕は真砂彩香(女子16番)を見上げながら言った。
「真砂、お前が生き残るとはな。実は、開始寸前までお前だけには1票も入っていなかった。それでは賭けが成立しないので困っていたら、なんと総統閣下がお前を買った。それも100票も。俺は信じられなかったが、総統のデータを見る眼は見事だったってわけだな」
彩香は答えず、代わりにはる奈が言った。
「先生は担任として何を見ておられたのですか? 単に賭けの対象として見ておられたから、彩香の良さが理解できなかったのではありませんか?」
そういえば、こいつは担任だったな。
奈津美はほとんど忘れていた事実を思い出した。
はる奈が続けた。
「彩香には素晴らしい武器があるわ。決して人に嫌われることのないあの性格よ。クラスで彩香が嫌いな子は多分一人もいないと思う。あたしのようにリーダーシップをとってしまうと、どうしても不満に思う人や目障りに感じる人が出てくるわね。でも、いつも控えめで笑顔を絶やさない彩香だったら、不満を持たれるわけがないわ。だから、プログラムでも敢えて狙われることはないはずよ。ゲームに乗った人たちが相打ちにでもなれば、生き残っても何ら不思議じゃないわ。ひょっとしたら総統はそこまでデータを深読みされたのかもしれませんね。大方は、単なる気まぐれのような気もしますが」
彩香が口を開いた。
「あたしは別に・・・ それに、一時は自殺するつもりだったし・・・」
川渕は遮った。
「もういい。確かにお前を殺したい奴はいないかもな」
再び、はる奈が言った。
「それより、先生。担任として、36人の霊にしっかり詫びていただきたいんですけど」
川渕は苦笑しながら答えた。
「こんな俺を先生と呼ぶとは、お前にはかなわんな。だが俺は担当官になるための仮の担任。詫びることは出来ない。詫びてしまったら、俺は担当官ではなくなってしまう。だが担任としてこれだけは言える」
川渕は深呼吸した後、6人を見回しながら言った。
「坂持、佐々木、中上、松崎、遠山、真砂。短い間だったがお前たちのような素晴らしい連中の担任だったことを誇りに思うぞ」
目を閉じた川渕はさらに続けた。
「言いたいことはこれだけだ。さぁ、さっさととどめをさしてくれ」
勇一が持ち物の中から小さ目の包みを取り出して、奈津美に手渡しながら言った。
「これは石本に支給された武器だ。体育館を爆破できたのは石本のおかげだし、あいつの無念を晴らすためにも、これで川渕にとどめをさして欲しい」
奈津美が少し重い包みを開くと、出てきたのは超小型の時限爆弾だった。
「さ、これを川渕の膝の上に置いて、タイマーを回すんだ。1分で充分だ」
勇一の言葉に奈津美は首を傾げた。
「どうして、あたしなの? 政府への憎悪ならば皆も同じ筈よ」
勇一は答えた。
「俺と稔、それに坂持は兵士たちを倒している。佐々木と真砂は恐らく川渕の死を望みはしないだろう。でも、君は奈津紀と猛の敵を取りたかったはずだよね」
奈津美は首を振った。
「もう、これで充分よ。この人を殺しても、もはやむなしいだけだわ。このまま逃げようよ」
勇一は微笑んだ。
「それでいいよ。もし君が承知したら殴るつもりだったから」
稔が口を開いた。
「でもな、勇一。俺たちが助かった方法を知られた以上、こいつは生かしてはおけないぞ。以後のプログラムに参加させられる連中の助かるチャンスが少なくなってしまう」
「そうだな、やるしかないな。気は進まんが」
勇一が答えた時、美咲が奈津美の手から時限爆弾を引っ手繰った。
「じれったいね。あたしがやるよ。穢れ役は一手に引き受けてあげるよ」
言うが早いか美咲は爆弾をセットした。6人は急いでその場を離れた。
その直後、大音響とともに川渕の体は砕け散った。
稔が言った。
「俺は証拠隠滅のために犬の首輪を外してくる。皆は、先に漁船の所へ行って待っててくれ」
言い終えると同時に走り出した稔をはる奈が追った。
「待ってよ。あたしも一緒に行く。犬たちにお礼も言いたいし」
2人を見送った勇一が口を開いた。
「さぁ、漁船のところへ行こう」
「うん」
奈津美は答えた。彩香も頷いた。
だが、美咲が遮った。
「勇一君。決闘を申し込みたいんだけど受けてくれるわね」
え? 決闘? 一体、何のこと?
勇一はため息混じりに答えた。
「受けないわけには行かないかな。でも、これだけは言わせてくれ。君のお父さんを殺したのは姉じゃないんだ」
美咲は落ち着いて答えた。
「具体的に誰が殺したかは問題じゃない。聞いたことあるでしょ。優勝者とその家族は、死んだ子の家族からの投石や嫌がらせ電話に苦しめられるって。死んだ子の大半は、その優勝者が殺したわけじゃないことは誰でも知ってる。でも、遺族の感情ってそんなもの。あたしも同じ。貴方のお姉さんが脱出しなければ父は死ななかったかもしれない」
奈津美は2人の間に割り込んだ。
「美咲、何言ってるのよ。わけがわからないわよ」
勇一が奈津美の肩に手を置いた。
「説明するよ。こういうことなんだ」
勇一は事情を話した。そして、付け加えた。
「坂持の気持ちはよく解る。俺たち一家も姉のクラスメートの遺族からさんざん嫌がらせをされた。姉が殺したのはたった一人。それも、クラスメートを散々殺しまくった奴らしい。それでも、遺族の皆さんはそんなことは考慮してくれない。結局、俺たちは夜逃げした。警察から逃げる方が目的だったけどね。考えてくれ。坂持が協力してくれなければ俺たちの作戦は成功しなかった。だから、ここは坂持の言うとおりにするしかないと思う」
「そんな馬鹿なことって・・・」
奈津美は勇一に取りすがった。涙目になっていた。
美咲が言った。
「奈津美にはあたしの気持ちは解らないと思うけど、間接的とはいえ父の敵に出会って引き下がるわけにはいかないの。脱出確定まで待ってあげたあたしに感謝して欲しいくらいだわ」
勇一が答えた。
「そうだったな。その好意には応えざるを得ないな」
さらに奈津美を抱きしめながら言った。
「解ってくれよ、奈津美。約束するよ、俺は絶対死なない。見ててくれ」
奈津美は首を振った。
「嫌よ、やめてよ決闘なんて。あたしは勇一君には勿論だけど美咲にも死んでほしくないんだもの。折角助かったのに馬鹿なことはやめようよ。ね、美咲も・・・」
そこまで言ったところで上腹部に強烈な衝撃と痛みを感じた奈津美は、声を出せなくなりその場に崩れ落ちた。
完全に息が詰まっていて、全く動けない。勇一に当身を食わされたのだろう。辛うじて気絶しない程度に手加減してくれたようではあったが。
2人の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。
「マシンガンじゃつまらないから拳銃でやろうね」
という美咲の声が聞こえたような気がした。
やがて、銃声が響き始めた。
事情はどうであっても、勇一が美咲を殺すとは奈津美にはとても思えなかった。だが、美咲は遠慮なく勇一を殺すだろう。決闘とは言葉の上だけで、実際にはほとんど一方的なものだ。
早く、早く止めないと勇一君が死んでしまう・・・
だが、腹を押さえて転げまわるのが精一杯でとても立てそうにない。目を開けるのも辛い。その間も銃声と駆け回る足音が聞こえる。
その時、奈津美は誰かに上半身を抱き起こされた。誰かといっても彩香しか考えられないわけだが。
目を開けると、勇一と美咲が素早い移動を繰り返しながら銃を撃っている。幸いなことに、今のところ両者とも無傷のようだ。
有難う、彩香。早く息を整えなくちゃ。
やがて、徐々に呼吸が楽になり、奈津美はどうにか立ち上がることが出来た。無論、痛みは残っているが。
と、横向きに走っていた勇一が突き出ていた木の根に躓いて横転したのが見えた。
危ない!
反射的に奈津美は、止めようとした彩香を押し倒して走り出した。
美咲が素早く間合いを詰めるのが見えた。
ダメ! 美咲、やめて!
しかし、なかなか勇一の所まで辿り着けなかった。自分の足が信じられないほどに遅く感じられた。
神様、今だけでいいから足をもっと速くして!
美咲が勇一に駆け寄りながら鞭を取り出したのが見えた。鞭が一振りされると、勇一の銃が弾き飛ばされて数メートル先に転がった。続いて美咲は、勇一に銃を突きつけた。
美咲の声が聞こえる。
「覚悟はいいわね」
勇一が答えた。
「俺の負けだ。坂持、奈津美のことを頼んだぞ」
勇一君、何言ってるのよ。ダメよ。死なないで・・・
再び、美咲の声がした。
「承知したわ。奈津美たちはあたしがしっかり守るから、安心して冥土へ旅立ちなさいな」
冗談じゃないわ。そんなのイヤ! 死ぬなら一緒よ!
いつのまにか奈津美は勇一の側まで辿り着いていた。そのまま夢中で勇一の上に身を投げ出した。
「馬鹿! 来るな!」
勇一の怒声と重なるように銃声が響いた。
これで、いつまでも一緒だよ、勇一君。
・・・あれ? 銃声が聞こえたのにあたしは生きてるみたい・・・
銃弾というものは音よりも速い。そもそも銃声をハッキリと聞き取れたということは、自分には命中していないということなのだが。
ひょっとして勇一君にだけ当たった? それとも・・・
最悪の予感が頭を過ぎる。
それでも奈津美はおそるおそる顔を上げた。
勇一はしっかりと目を見開いて美咲の方を見つめている。少なくとも勇一は死んではいない。
ホッとした奈津美は勇一の視線の先を追った。
奈津美の目が捉えたのは、虚空に向けて発砲した状態のままの美咲の姿だった。
美咲は奈津美に視線を合わせながら言った。
「あたしの負けだよ、奈津美。奈津美の勇一君を想う気持ちは何よりも美しいよ。それに比べたら、親の敵討ちなんて・・・」
「美咲・・・」
奈津美の呟きに、美咲は答えた。
「それに勇一君を殺したら、今度はあたしが奈津美にとって敵になってしまうわ。歴史を鑑みても、敵討ちの連鎖ほど見苦しいものはないからね。とにかく決闘自体には勝ったから、あたしはこれで満足することにしたよ。さぁ、船のところへ行きましょう」
奈津美は、思わず口走った。
「美咲、有難う」
美咲は長い髪を掻き上げながら、奈津美から視線をそらして答えた。
「礼を言われるようなことじゃないわ」
言うが早いか、美咲は船の方向へ歩き始めた。彩香が後を追った。
奈津美は勇一に手を引かれて立ち上がった。再び、勇一の胸に顔を埋めた。
「よかった。本当に・・・ もし、勇一君が死んじゃったらどうしようかと思った」
勇一は奈津美を抱きしめながら言った。
「感謝するよ、奈津美。全て君のおかげだよ。君を守りたいと思えたからこそ、俺はここまで頑張れた。そして、今は君に助けられた。それにさっきは、手荒なことをしてすまなかった。赦してくれ」
奈津美は、目を真っ赤にしながら答えた。
「感謝するのはあたしの方だよ。勇一君がいなかったら、あたしは間違いなく死んだはずだもの。当身もあたしを守るためだものね。赦すもなにも怒ってなんかいないよ」
やがて、2人は自然と唇を重ねた。
一刻後、半島の東に繋がれた小型漁船に6人の少年少女が集まっていた。それが奈津美たちであることは、言うまでもないだろう。
沖にいる政府の軍船の兵士たちが異変を察知し、船を半島に横付けして上陸してくるのを高い建物から確認して、入れ替わるように出航しようとしていた。
そうすれば、軍船に発見される可能性は低くなる。政府側も漁船に仕掛けた罠まで解除されているとは思わないだろうから、比較的安全に逃走出来るはずだ。
稔が操舵し、船首には勇一、船尾には美咲がそれぞれマシンガンを持って立ち、周囲を警戒しながら出航した。
四国側に戻るのは危険で、一気に本州側の海岸を目指した。
奈津美は闇の中にかすかに見える半島を見詰めた。そこでは、36人のクラスメートが永遠の眠りについている。
ゴメンね、みんな。本当は全員で逃げたかったんだけど、あたしたちだけ助かっちゃって本当にゴメンね。
はる奈も同じ気持ちなのだろう。目に涙を浮かべている。彩香も頭を垂れて、一言も発しない。
稔が言った。
「君たちの気持ちはよく解る。俺だってとても辛い。でも、この先こそイバラの人生かも知れないんだ。俺たちには36人の霊に恥じない生き方をする義務があると思うな。それに、俺たちは決して楽に生き残ったわけではない。無論、無意味な殺戮もしていない。あいつらには申し訳ないが、生き残るにふさわしいだけ俺たちは頑張ったと言えるはずだ。勿論、あいつらも頑張ったと思う。やり方が正しくないやつもいたし、運が悪かっただけのやつもいるだろう。だが、俺たち6人の誰が欠けていてもこの結果にはならなかった。言葉は不適当だが、ある種の誇りを持ってもいいと思う。決して卑屈になることはないよ」
確かに、この結果は6人の偶然ながらも絶妙なコンビネーションの賜物だ。
彩香には不本意だろうが、浅井里江が健在だったら最終的にどんな展開になったか見当もつかない。はる奈がいなければ、奈津美は病院で里江に討ち取られていただろう。
そして奈津美がいなければ、美咲は川渕に倒された可能性が高いし、そもそも美咲が脱出に協力することはなかっただろう。
他の3人が果たした役割については言うまでもない。
今は逃げるしかない。でも、いつかは政府を転覆させる手伝いをしたい。それが、36人への最大の供養になるだろう。これはむなしい敵討ちなんかじゃない。この国を生まれ変わらせることなんだ。
奈津美の心に新たな闘志が湧き起こった。
いつか、いつかきっと・・・
船は順調に目的地の海岸に向かっていた。
<生存者6名脱出成功>