BATTLE
ROYALE
〜 時の彼方に 〜
72
時計が午後6時40分を示した。
中上勇一をはじめとする4人は、プログラム本部である体育館の裏山に潜んでいた。
まだ、空は薄明るい。本来ならば完全に夜になるまで行動しないつもりだったのだが、6時の放送を聞いた結果、作戦を変更せざるを得なかった。
偽の生存者として用意した犬たちの所在地が7時からの禁止エリアになってしまった。犬たちの首輪が爆発するとプログラムは終了してしまい、政府への攻撃に支障が出る。その前に決着をつけねばならない。
さらに、勇一には不安に思えることが2つあった。
まず1つは、遠山奈津美と佐々木はる奈が覚醒して放送を聞いているかどうかという点だった。
松崎稔が目覚まし時計をセットしておいたらしいが、2人が飲んだ睡眠薬の強さによっては覚醒しない可能性もあるのではないかと思えた。
2人の首輪は既に外れているのだから、覚醒しなくても死ぬことはないのだが、2人が放送を聞いていないと自分たちの作戦が順調であることが伝わらないかも知れない。
順調であることが判らなければ、2人は脱出に踏み切れないだろう。
その点に関して稔は心配していないようであったが、勇一は完全には安心しきれなかった。
もう1つは、この禁止エリアが作為的なのではないかという点だった。
偶然あそこが選ばれたのならば問題は無いが、意図的に選ばれたとすれば政府に自分たちの作戦を見破られている心配が生じる。
政府に怪しまれるようなミスはしていないつもりだが、絶対という言葉は使わない方がよさそうだ。
いずれにせよ、早めの勝負に出ざるを得ないと思われた。
用意した作戦は単純だった。
勇一と稔で体育館に忍び寄ってダイナマイトを仕掛けて爆破する。
坂持美咲は、真砂彩香を守りながら後詰に控える。
生き残った兵士たちが勇一と稔を襲おうとすれば、美咲がマシンガンで一掃する予定になっている。
美咲はマシンガンと拳銃1丁だけを持ち、その他の銃器は勇一と稔が半分ずつ持っている。彩香にも1丁渡そうとしたのだが、彩香は固辞した。その彩香が口を開いた。声が震えている。
「あたしは見ているしか出来ないけど、無理しないでね」
美咲がそっと彩香の肩を抱きながら言った。
「大丈夫。あたしたち3人揃っていれば、あんな兵士たちに負けやしないよ」
美咲は、今度は勇一たちに話しかけた。手には木原涼子のデイパックから入手した手榴弾を握っている。
「ピンチになったらいつでも援護するから、安心して行ってきて。これもあるしね」
勇一は答えた。
「任せとけ。これでクソ政府の連中に煮え湯を飲ませることが出来る。万一、返り討ちにされても悔いは無いさ。ただ、その時は奈津美たちも捜して守ってやって欲しい」
美咲は力強く頷いてから、口を開いた。
「それは、約束するわ」
その時、勇一は稔に腕を強く掴まれた。
稔の方を振り向くと、稔は少し離れた方向を無言で指差している。
その指の先を目で追った勇一が見たものは、体育館に向かって走って行く1人の兵士の姿だった。
あの方向は確か・・・
そうだ。奈津美たちのいる方向だ。
やはり政府は何かを疑って斥候を放ったのだ。そして、首輪のついた犬を発見して報告に戻ってきたのかもしれない。最悪の場合は、奈津美たちを発見して殺しているかもしれない。
勇一の頭の中で悪い想像が激しく渦巻いた。最早、一刻の猶予もない。政府が対応する前にやってしまわねばならない。
顔を見合わせた勇一と稔は真っ直ぐに走り出した。
すぐ近くと思っていた体育館の壁が意外に遠い。焦っているから遠く感じてしまっているのは明らかだったが。
今にも兵士たちが飛び出してくるのではないかという不安を抱きつつも勇一は必死で走り、ついに体育館の中央部の壁に辿り着いた。
壁にダイナマイトを固定しようとしたのだが、さすがの勇一も緊張と不安で手が震えるのを隠せなかった。
それでも辛うじて導火線に着火した勇一は、稔とともに全力で壁から離れた。息切れしたところで、地面に倒れこんで耳を塞いだ。
兵士に爆発前に消火されてしまうのではないかという不安が心を過ぎった次の瞬間に、強烈な衝撃と爆風が訪れた。
しばらく伏せていた勇一は、上半身だけを起こして振り向いた。
一面の土煙と炎で様子が判らないが、爆破自体には恐らく成功したのだろう。
ゆっくりと勝利の喜びが沸き起こってきたが、勇一は何となく嫌な予感がしていた。
そして、少し淡くなってきた土煙の中に数人の兵士の姿を見た時、予感は確実なものとなった。
やはり兵士たちは爆破前に脱出していたのだ。しかも、兵士たちは銃を構えたまま2人の方へ突っ込んできていた。
勇一は素早くイングラムを手に取り、兵士たちめがけて撃った。松尾康之との戦いで散々聞かされた連続音を、今度は自分が放っているのだ。
何人かの兵士を倒したが、煙の中から兵士は次々に湧き出てくる。
稔も戦っているが、武器が拳銃のみなので多くは期待できそうにない。
美咲が援護してこないのは、煙でよく見えないからだろう。
「あっちからもだ」
稔の声で振り向いた勇一は、別の方向からも兵士たちが突撃してくるのを見た。
とても、両方の相手はできない。
クソッ、これまでか。
と思った時、何かが空を切る音がした。思わず視線を送ると、新手の兵士たちの方向へ手榴弾らしきものが飛んでいた。
勇一たちにとって幸運なことに、彼らは美咲の位置からよく見える場所にいたのだ。
坂持、ナイスアシストだぜ。
思う間もなく爆発が起こり、そちらの兵士たちは全滅したようだった。
代わりに、美咲を発見した別の兵士たちが、そちらへ向かったようだった。
勇一は再びイングラムを構えて撃ち始めた。
視野の片隅では、美咲もマシンガンを撃ちまくって兵士たちを薙ぎ倒していた。
その時、勇一は美咲の左横に1つの影が近寄っていくのを見た。思わず、叫んでいた。
「坂持、危ない。左だ」
銃撃戦の中では届くはずもない叫び声だったが、美咲にはテレパシーのように伝わったようだった。勇一の仕草で何かを感じたのかもしれなかったが、とにかく美咲は素早く影からの攻撃をかわした。しかし、マシンガンを取り落としてしまったようだった。
徐々に土煙が淡くなり、代わりに炎が大きくなってきたため、視界がかなり広く明るくなってきた。
そのため、勇一はその影の正体が川渕源一であることを確認できた。
川渕は吹き矢でしつこく美咲を狙っていたが、美咲は森に飛び込んで身を守った。
川渕は美咲が落としたマシンガンを拾い上げて、美咲が飛び込んだ森めがけて乱射を始めた。
美咲の援護に行きたいのだが、目の前の兵士たちを全滅させるまでは不可能だ。
いくら美咲が強くてもマシンガンの乱射には耐えられまい。それに、奥に隠れているはずの彩香もあぶない。
勇一は必死でイングラムを撃った。しかし、間の悪いことにあと2人というところで弾切れになった。
稔が1人を倒したが、もう1人は銃口をピタリと勇一に向けた。
勇一はイングラムを投げ出し、素早く地面を一回転しながらベレッタを抜き放ち、膝立ちの姿勢で発砲した。
額を撃ちぬかれた最後の兵士が崩れ落ちると、勇一は川渕の方を振り返った。
川渕は相変らずマシンガンを撃っていたが、少し離れた位置の木の陰から美咲が飛び出して拳銃を構えた。美咲のすばしっこさには驚きを通り越して呆れるほかは無い。
だが、川渕の反応も素早い。美咲が発砲するよりも早く銃口を動かして撃った。
美咲は再び木の陰に入ったが、拳銃は弾き飛ばされてしまった。もう、美咲には銃器がない。
やばい。一刻も早く助けねば。坂持にもう1丁持たせておくべきだったか。
勇一と稔が美咲の援護のために走り出した時だった。
川渕が突如、側頭部を殴られたようによろめいた。誰かが、石でも投げたのだろうか。
川渕は素早く体勢を立て直したが、それよりも飛び出した美咲が鞭を振るう方が早かった。
美咲の鞭は正確にマシンガンや吹き矢を跳ね飛ばし、さらに川渕の体に何度も食い込んだ。
流石の川渕も耐え切れずに崩れ落ちたが、美咲はさらに鞭を連打した。
遂に川渕は動かなくなった。気絶したのだろう。
駆け寄った勇一と稔は美咲の手を借りて、ぐったりしている川渕を木に縛りつけた。川渕にとどめを刺す者を、相談して決めるためだ。
森の奥に隠れていた彩香も姿を現した。
終わった。これで全て終わった・・・ あとは、脱出するだけだ。
ホッとした勇一の背後から声がした。
「勇一君」
この声は・・・ そうか、川渕に石を投げたのは彼女なのか。
振り向いた勇一の目に飛び込んできたのは、微笑みながら立っている遠山奈津美の姿だった。
<プログラム崩壊。生存者6人>
第5部 決着 了